残念ながらOfficial Web Site を見てもきちんとしたdiscography が明示されていませんので,現在までにどのくらいのカタログを有するのかわかりませんが,Wikipediaには2001年以降の作品が掲載されていますので,興味のある方はこちらをどうぞ。
本楽団が他の公共放送局専属楽団と違うところは,そのカヴァーする守備範囲の広さです。スウィング・ジャズ,モダン・ジャズ,ライト・ミュージック,アヴァンギャルド・ジャズからヒップ・ホップまで,様々な音楽をそのレパートリーに持ち,数多くのフェスティバル,定期コンサートなどにももちろん参加する,おそらく地元フランクフルトでは子供からお年寄りまで,あらゆる年齢層の方々に愛されるビッグバンドなのでしょう。技術的にもSWR, WDR, NDR ビッグバンド らと全く同格と言ってよいでしょう。
「五線譜に書かれてある音楽なら何でもやりますよ。だって私たち,ヘッセン放送協会に勤めるサラリーマン・ミュージシャンだも~ん。」みたいな意識があるのでしょうか。ある意味,節操無い活動ですが,あくまで public band ですから仕方ありません。
で,僕が所有する作品は,『 Swinging Christmas 』( 2002 ),『 Two Suites / Tribal Dances 』( 2003 ),『 Do It Again / Plays Three Decades of Steely Dan 』( 2004 ),『 Once in A Lifetime 』( 2006 ),の計4枚です。
『 Swinging Christmas 』は,マージョリー・バーンズという米国生まれの黒人歌手と,昨年の横濱ジャズプロムナードでもルイス・ヴァン・ダイクのバンドで来日したオランダ人ヴァイブラフォン奏者,フリッツ・ランデスバーゲンをフューチャーしたクリスマス・ソング集です。まあまあ,楽しい作品です。
『 Two Suites / Tribal Dances 』はドイツ人の作曲家兼アレンジャー兼指揮者のラルフ・シュミッドと,オランダ人の作曲家兼アレンジャー兼指揮者であるマーティン・フォンデの二人がそれそれ組曲を披露した2部構成の作品。ミュージカル~現代音楽~アヴァンギャルド・ジャズの刺激的な楽曲。
『 Once in A Lifetime 』は,ジョーイ・デフランチェスコとジェフ・ハミルトンが客演した作品。スタンダードも演奏しており聴きやすい作品。
そんな訳で, HR ビッグバンドの作品は一作ごとに作風が全く異なるので,新作が出るのが楽しみなバンドである反面,作品ごとの好き嫌いがはっきりしてしまいやすい傾向にあります。その中でも僕が最も気に入っているのがこのスティーリー・ダン集である『 Do It Again / Plays Three Decades of Steely Dan 』です。“ Three Decades of Steely Dan ”と聞いてピンときた方はけっこうなSD マニアですね。SD のベスト盤に『 A Decade of Steely Dan 』からを捩ったタイトルなのでしょうね。
それにしても SD のカヴァーするのってかなり自信がないとできないことです。SDの曲って,超一流のミュージシャンを沢山起用し,極めて繊細なスタジオ・ワークで時間をかけて作り込まれた完全なる楽曲ですからね。下手にアレンジできない,弄りようがないわけです。さらに限りなくデジタルに近い,いわば人間的なブレ,揺らぎみたいなものを一切排した楽曲なので,人間的,有機的なサウンドが醍醐味であるビッグバンドとは対極にあるのですから,これに挑戦するのは大変です。ですが,これがかなり出来がよい仕上がりになっているので感心しちゃいました。アレンジャーはフレッド・スタム( Fred Sturm )というアメリカ人です。
変に原曲のイメージを崩さないようにアレンジするのではなく,時には大胆な解体,再構築を施し,原曲に新たな命を吹きこむことに成功しています。ゲスト・ギターリストのライアン・フェレイラ( Ryan Ferreira )もスティーブ・カーンやラリー・カールトンらを模倣するのではなく,フランク・ギャンバレ風に馬鹿テク炸裂の暴れようで,開いた口が塞がりません。この人,本当にSD聴いたことあるのかしら。
副題『 スティーリー・ダンの30年 』とあるように,72年のデビュー作『 Can't Buy A Thrill 』から2000年の『 Two Against Nature 』までの作品の中から万遍なく選曲されています。細かい事言うと,M-9 《 The Goodbye Look 》は SD の楽曲ではなく,ドナルド・フェイゲンがソロ・アルバム『 The Nightfly 』の中に納めた楽曲です。兎に角,前述したボヒュスレーン・ビッグバンのフランク・ザッパ集といい,WDR ビッグバンドのウェザー・リポート集といい,カヴァー集と言えど欧州の超一流エリート集団が目指す山はエベレスト級です。自慢げに超難曲をサラっと演っちゃいますから欧州のビッグバンドのレベル高いです。
こんな凄腕集団なのですが,メンバーをみるとほとんど日本では無名なミュージシャンばかりです。唯一有名な方はマルチ・リード奏者のトニ・ラカトスぐらいでしょうか。
もし,SD には興味が無いというなら,ジョーイ・デフランチェスコがフューチャーされた『 Once in A Lifetime 』が万人受けするかもしれません。
最新作は,映画音楽界でも有名なコリン・タウンズ( Colin Towns )がアレンジ&指揮し,ビリー・コブハムが客演したマハビシュヌ・オーケストラ集『 Meeting of The Spirits 』ですが,ブログ“ Jazz & Drummer”のnary さんがレビューしていますのでぜひご覧下さい。
最後に,ヘッセン放送局専属のジャズ・ユニットには,このHR ビッグバンド以外にも HR ジャズアンサンブル( HR Jazzensemble , Jazzensemble Des Hessischen Rundfunks )という組織があります。58年にアルバート・マンゲルスドルフが旗揚げした large ensemble unit ですが,最大でも9人編成,つまりナイン・ピースなのですが,トランペットなしの変則的なナイン・ピースで活動しているバンドです。メンバーは流動的ですが,核になるメンバーはマンゲルスドルフ兄弟,澤野商会からの『 YOGI JAZZ』の復刻で話題になったヨキ・フロイト,Globe Unity Orchestra にも参加していたハインツ・ザウアー,それに馬鹿テク若手サックス奏者のクリストフ・ラウアーらと凄いバンドです。HR ビッグバンドが一般大衆受けする活動に主眼を置いているのに対してHR ジャズアンサンブルは、かなりアーティスティックな活動に力を入れています。これに関してはまた近いうちに取り上げますね。では、また。