当意即妙? 従者のとりなしに恋のゆくえは…『落窪物語』

本日の召使 : 帯刀(たちはき) (『落窪物語』より)

学校の授業で教わる平安朝の作品といったら、
『枕草子』『源氏物語』このふたつでしょう。
『落窪物語』はあまり知られてないように思います。

千年前、清少納言が『枕草子』の中で前置きも無く「みんながとうぜん知っている物語」のように触れている『落窪物語』も、現代では日本文学年表などで「あー、源氏物語の前にも、いちおう物語ってのはあったのね~」と確認するくらいで通り過ぎてしまいます。

しかし召使い好きなら、ふたつのメジャー作品よりも、この『落窪物語』のほうが楽しめます。

貴族文化の爛熟期に書かれた『源氏物語』は、どうしたって貴族にスポットが当たってしまいますが、それより前の時代、まだ人々の生活が洗練されていなかった頃の『落窪物語』では、主人公の貴族と同じくらい、下司の身分である従者たちが活き活きと描写されているのです。

 ふたりの従者 <阿漕(あこぎ)>と<帯刀(たちはき)>

『落窪物語』の物語内容は、いわゆる「継子いじめ」、シンデレラ・ストーリーです。

その昔、中納言忠頼という人がいて、五人の姫君があった。
姫君たちは大事に育てられ、はなやかに暮らしていたが、
ひとり、<落窪の君>と呼ばれる腹違いの姫君だけは、後妻の継母にいじめられ、そまつな扱いを受けていた。
<落窪>とは床のひくく落ち窪んだ場所のことで、そんな陰気な部屋に継母は姫君を押し込み、さげすんで<落窪の君>と呼んだのだった。
世をはかなみひっそりと暮らしていた落窪の君でしたが、ある時、左近の少将に見初められ――とまあ、こんな感じです。落窪の君は左近の少将とともに幸福に暮らし、ついでに実家の中納言一家も栄えてめでたし、めでたし。

西洋のシンデレラ物語と違うのは、魔法使いのおばあさんの代わりに、落窪の君と左近の少将それぞれに仕える従者が活躍している点です。そう、われ等が従者です!

落窪の君に仕えている女従者の名は <阿漕(あこぎ)>
左近の少将に仕えている男従者の名は <帯刀(たちはき)>
このふたり、夫婦です。
夫婦でもって物語のヒロイン、ヒーローにそれぞれ仕えているんですな。
で、主人公たちの恋の手引きに暗中飛躍するわけです。

阿漕は髪が長くて、器量良し、その上かしこい女性―と描写されてますが、さすがは下司らしく(?)、感情表現が豊かです。思ったことはハッキリ言う。手加減なし。とくにむかっ腹立てた時の弁舌はあざやかです。黙ってなよなよと運命になびく主人・落窪の君とは対照的です。

いっぽうの帯刀は、じつに気の利く若者。主人である左近の少将とは乳兄弟ですので、ツーカーの仲です。しかしどうも奥さんの阿漕には弱いらしく、尻に敷かれている様子です。

この従者ふたりが東奔西走、主人公をリードして、ぐいぐい物語を引っ張ってゆく―それがこの物語の特徴であり、魅力です。
主人公ふたりは貴族ですので、(とくに女性の落窪の君は)そう軽々しく行動するわけには行きません。その代わりに、従者である阿漕と帯刀がうまく立ちまわって事を運んで行くんですね。

さて、私が読んでいて一番グッときた「従者の手腕の見せどころ」は、少将の<雨夜の恋路>の場面での、帯刀のセリフです。

 「好きならば、う○この臭いも、好い香り(のはず!)」

場面のあらましは、こうです―

左近の少将が落窪の君のもとへ通って三日目の夜。
(当時は男が女のもとへ三日間続けて通って、正式の結婚とされた)
不運にも、外はどしゃぶりの雨。
少将は『今夜はそちらへ行けそうもない、行きたいのはやまやまなのだが…』と言い訳の歌を書き、帯刀も主人の<残念なご様子>を書き添えて、落窪の君のもとへ手紙をやった。

その手紙を見た阿漕、カッチーンときた。
夫への返事に「思いの篤い人はどんなに雨が降っててもやって来るものです。なんて薄情な方なの!」とピシャリ。

夜更けて届いた姫君の悲しげな返歌を読んで途方にくれる少将。
雨はますます激しく振るばかり。
おなじく妻の手紙を読んで考え込んでいた帯刀、こうしていても仕方がないと心に決めて立ち上がった。
「待て帯刀、どこへ行く」
「歩いて行って、姫君をなぐさめに」
「なら私も行こう」

主と従者は大きな傘をひとつさし、雨の悪路をヨロヨロと歩き進んだ。
しかし不運はつづくもの。
道中、先払いをしながらやってくる行列にぶつかった。
狭い道なので、逃げ隠れもできぬ。
「あやしいやつめ、泥棒か? つかまえろ」
追い詰められたふたりは、道端の糞の溜まりの上に這いつくばってしまった(!)

行列が去ってようやく立ち上がったものの、がっかりする少将。
「帰ろう。こんな臭くて訪れたら、かえって嫌われてしまう」
しかし帯刀は、大笑い。
「こんな大雨にいらっしゃるのだから、かえって、姫君は、貴方さまの篤い御志がわかって、麝香(じゃこう)の香りとお思いになるでしょう。行く先はもうすぐですよ」

いやあ~、どうかな~!?
だって…う○この臭いでしょ? とても良いお香の匂いには…。
しかしこれで少将は気を持ち直して、落窪の君との逢瀬を果たすのですから、帯刀のこじつけ、いや、取り成しもスゴイもんです。いよっ、言葉の魔術師!
(ちなみに少将、姫君と逢う前にちゃんと足を洗いました)

バイプレイヤーと呼ぶには惜しい活躍ぶり。準主役級の従者なのです。

参考文献:
『日本古典文学大系13 落窪物語 堤中納言物語』(岩波書店 1979)
『古典文学全集4 竹取・落窪物語』(ポプラ社 1989)
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (まめ)
2007-12-16 03:02:15
はじめまして。
執事に関する記述がこんなにいっぱい!と
フラフラ吸い寄せられてきてしまいました。

落窪物語にしても、主人公より生き生きとしている使用人のほうが
魅力的に思えたりするものですね 笑


主従ものなら古典的ですがシェイクスピアの十二夜など面白いですね。
「ふくらはぎシリーズ」に関する記事を読んで、
十二夜のキーアイテム「黄色の靴下」に妙に納得したものです。


 
 
 
十二夜! (countsheep99)
2007-12-17 00:08:38
>まめさま。

イイとこ突きますね(笑)
わたくしのブログup予定記事リストにしっかり入ってますよ。(リストばかり増えて更新が…)

ほかに「ロメオとジュリエット」の、ジュリエットの乳母なんか、気になるところです。もぅ、ジュリエットが可愛くて可愛くて、仕方ないんだろうな…と読んでいて哀切な気持ちになってしまいます。

ふくらはぎシリーズの記事を書いた頃は、やたらいろんな人のふくらはぎばかり見つめてまして「ん、このふくらはぎなら、合格!」なんて。
…困ったもんです。ああ。
 
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