
TVニュースなどでも取り上げられ、ちょっと話題の吉祥寺の映画館「バウスシアター」が閉館してしまうと言うことで、お別れに行ってきました。
開館は84年3月、ある世代にとっては80年代の出来事なぞ新しい方でもあり、されど30年の歳月は決して軽くはないでしょう。

84年3月ってことは開館この頃ね ※今回はジュリーはナシで
私が初めて訪れたのは10年近く経った93年2月のこと、日本ロック史最大の伝説「裸のラリーズ」5年ぶりのライブ、そして3年後の96年を最後に60年代から続いたこのバンドは姿を現していません、中心メンバーは消息不明の状態。
それをいいことに大っぴらに流通してる、ブートレグで耳にした人達は口々にこの日の演奏は良くないと言う。
しかし言いたい、ホントにあの演奏をナマ体験してたら果たして「良くない」のただ一言だけで済まされるだろうか?
私的には3回見れたラリーズのライブの中で1番凄かったのがこの時の演奏、以来20年数百と見たライブで、アレ以上の音量のライブは経験がなく、ストロボライトを使った視覚的効果も映像で見たとこで絶対にわかるまい、ライブ中失神すると危機感を感じたのはあの時だけ、衝撃度生涯ベスト5に入るそれはもう凄まじいライブ、録音物だけ聴いて「良くなかった」はないでしょうと。
あと97年、ブーム真っ最中、春と夏に見た映画「エヴァンゲリオン」、ご存知の通りアレも単なる子供向けロボットアニメではない。
ラリーズとエヴァ、どちらも終わった後、お客さんが誰1人話さずジーッと黙り込んでしまい、館外に出た光景が忘れられない、それだけショックでした。
ホントは映画でも見に行くつもりが、あれよあれよと時が経っちゃって、気がつけば最後の10日間の「LASTLIVE」だけ、しかもほとんどがSOLDOUT、慌てて決めたのが今回の「ラストショー」と題された、吉祥寺の象徴的シンガー、今は亡き高田渡ゆかりのミュージシャンによるイベント。

トップが「ハチャトゥリアン楽団」、こういうのなんつうの?ディキシー・ランド・ジャズ?、ニューオリンズ・ジャズ?
そう思ってたらその通り、MCでニューオリンズ・ジャズだそうで・・・、まぁ一口にジャズと言っても白人・黒人、ハードバップにフリー、スウィング、ビ・バップ、ビックバンド、ヴォーカル、フュージョン、硬軟いろいろありますからねぇ、ジャズと言う言葉から受ける印象もそれぞれ違うかと。

2番目が倉沢桃子さん、最初チケットで名前見た時アレ~??、どーっかで聞いた名前・・・
Wikiで調べたらやっぱりそうだ、元おはガールシトラス
、知ってるわ「恋のめざまし時計」、思い出すなぁ、アレは99年10月池袋サンシャイン噴水広場、イベントいっしょに見に行ったよねぇ(笑)
その後どこでどうなったか、弾き語りのシンガーソングライターに転身、15年ぶりにこんな場
所で再会するとは思わなかった、以後○○年ぶり再会続出のイベントに。
おまけにシークレットゲスト1人目、日本のフォーク黎明期より活動する中川五郎さんが登場、シークレットゲストも多数訪れました。
てか、五郎さんついこないだ清瀬のフォークジャンボリーで見たばっかり(笑)

最後に”ねぇ友よ、僕らの日々を一分一秒逃さず記録してるビデオテープがあれば、どんなに良かっただろうね”と歌われる「一分一秒」という曲、自分がいつも考えてる事みたいな曲で思わず涙。
そう戻れなくてもいいから、もう1度何かで見てみたい、スッカリ忘れてたけど、こんな曲を歌えるシンガーになってたんだなぁ。
あぁ、タイガースのデビューから、ジュリーを一分一秒逃さず記録してるビデオテープがあれば、どんなに良かっただろうか、でも、そんなビデオテープはないから、こうしてたまに話をしよう・・・
続いて3組目、アーリー・タイムス・ストリングス・バンド、72年結成、ソニーからシングル1枚を出して解散、以後2001年に活動再会~現在精力的に活動中、70年代日本のフォーク&ロック界を影でささえた名手・大御所揃い、それぞれが幾つもの楽器を披露。

「律とイサト」で知られる村上律さんと名ハーピスト松田幸一さんは、後に泉谷のバックバンド「ラストショウ」を結成、単なるバックで終わらない名手揃いのこのバンド、有名ミュージシャンの作品でのスタジオ・ワークにも凄い仕事量があります。
紅一点の竹田裕美子さんは「休みの国」で名前を聞いたことがありました、「休みの国」は81年の「ミッドウェイ」で吉田健&上原ユカリのエキゾティクスのリズムセクションも参加してた時期があり、録音はエキゾティクス直前の80年。
元はちみつぱいで有名なマルチプレイヤーの渡辺勝さん、この方もNHKの番組収録で見て以来、21年ぶり。
ノイジーな音を撒き散らし、ジャグバンド的な古いサウンドであるハズのこのバンドを、新しい「今」の物にしていました。

清瀬のフォークジャンボリーで主催の若者が話てたのが、「彼らは現役なんですね、単になつかしいとか懐古的な物だったら僕はこういうイベントをやらない」との通り、最近見た還暦越えのミュージシャン全員に言えるのが、スケージュールを見れば一目瞭然、みなさん全国各地でライブまたライブの日々当然でしょう、とにかく現役感がバリバリ。
次が本イベント主役でもある高田渡さんの息子さんの、高田漣さん。

渡さんの76年のアルバム「FISHIN ON SUNDAY」の曲でお名前は知ってました、なんでも拓郎さんの歌にも出てくるとかで、そういえば71年のジャンボリーで渡さんが「うるさいそこの吉田拓郎」とか言ってるのがあります、仲良かったんでしょうね。
亡くなった直後の小金井でのイベントには陽水も来たし、大滝さんもフォークで1番に渡さんの名前を挙げています、一般的知名度はともかくフォーク界での影響力の大きさを感じる。
お父さんの曲のカバーなどギターの腕前もかなり、アシッドフォークを思わせる浮遊感のある歌を聴かせてくれました、開始から3時間を越えてちょっと眠くなってきたぞ・・・
次が佐久間順平さん、この方とさっきのアーリー・タイムス・ストリングス・バンドの今井忍さん、このお2人も90年夏の渡さんのライブで見て以来、実に24年ぶり、当時私は1?歳(笑)、最初がジュリーで人生4回目に見たライブ。

何人かのゲストの中でうれしかったのが、73年に自主制作で出した「夜だから」でマニアに知られるフォークデュオ「林亭」。
日本フォークの隠れ名盤、相方の大江田信さん(現・中古レコ屋店主)が来て「林亭」見れました、こういうのが若者の音楽だった時代があったんだよなぁ・・・
とかく誤解されがちなのがブルースもジャズもフォークも全て元々若者が演奏し、レコードに吹き込んでいたという事実、ブルースもジャズもジイさんの音楽ではない。
最後が本イベントの責任者的立場の佐藤GWAN隆さん、元は俳優さんでフォークシンガーとしては若干デビューが遅れたせいか、私もオムニバスで数曲聴いたことがあった程度の認識で・・・
往年の「春一番コンサート」や「ホーボーズ」に出演、ベルウッドからデビューとあれば堂々たるフォークシンガーですね、優作さんのアルバム「Uターン」に楽曲提供なんて持ってるのに気がつかなかった。

ここで又、スペシャルゲスト、これもうれしい
「シバ」ことマンガ家としても知られる三橋乙揶さん、この方も24年ぶり、なんだこのイベントは(笑)

フォークシンガーというより完全にブルースマン、昔と全然変わらない。
最後は全員で、「私の青空」。

世間的には知る人ぞ知る、日本のフォーク&ロック黎明期より活動するベテラン・ミュージシャン達、彼らがいなくなったらきっとニホンの音楽もJ-POPとアイドルばかりのうすっぺらなものになるでしょう。
地味ながら底辺でささえてるベーシストのような存在かと思います、売り上げ枚数がどうのより、真の意味でのミュージシャン・アーティストという言葉はこっちのハズじゃあ・・・
4時間くらいはやるだろうと想定してたら、まさかまさか6時間(
)もやるとは思わず、正直さすがにライブ見るのも疲れた、これで最後みたいのが多くてどうにもこうにも
あと3日でバウスシアターも終り、昭和どころか90年代もホントに遠く遠く去り行く


今日ははボ・ガンボスの今は亡き「どんと」を中心に据えたイベントの模様。
どんと、何の縁か特にファンでもないのに3回ステージを見たことがあり、最後に見たわず
か1年1ヵ月後の00年に37歳で亡くなってしまいました。
シバさんが話してました「色んな人が亡くなったけど、まだ心の中には生きている、全員が忘れた時に本当にいなくなるんだと思います」と。
確かに、色んな人やお店、忘れられないライブを見た会場、この10数年でたくさんなくなっちゃったけど、心の中にはまだアリアリと今も存在してるかのように思えます。

最初来た時と変わらない出るときのこの感じ

目の前のメガネ屋さんも変わらず
帰りに近くにある24年前に高田渡さんを初めて見た、ライブハウス「MANDALAⅡ」へ、当時となにも変わらない入り口と看板。

シャッターの下りた店、前の駐車場(当時)でタバコ吸いながら開くのを客といっしょに待ってた渡さんの姿が今も鮮明によみがえる。
で、ジュリーは??
え~、ジュリーはその頃、また久しぶりにTV出てきたと思ったらなんかポチャポチャしてて、「上がっちゃったらケイレン~、フツーでいれば安眠♪」とか歌ってましたねぇ、「ニュースに押されて~バラエティは打ち切りだ♪」とか、当時は大スター、大人って思ってたけども、42歳迷いの中、まだ道の途中だったんですね(笑)