'80s Julie TV session

1980年代TVの中のジュリー・・・
って80年代好きとずっと勘違いされたかな今更思う今日この頃(笑)

●80年5月31日(土)~6月6日(金)

2013年04月27日 | 80年のじゅりー

 

 

今週の表紙は引退の決まったモモエ、モモエもなんとな~く引退コンサートは家族で見てたような記憶がボヤっとある程度で、曲だけはインプットされてたけどまだ歌謡曲にうとい小学生でした、今後もモモエ表紙は引退までちょこちょこと登場。

 
今週のジュリーは復帰したものの、新曲発売からすでに1ヶ月以上が経過、出遅れた影響もあったかオリコン10位内にも入らず、この週も出演情報は地味に2つのみ。

思えば87年の3月にも、「きわどい季節」発売直後に舞台から転落~入院、TVでのプロモーションは6月からと大幅に遅れ、薬師丸ひろ子のCMで曲だけ♪振り向~けば乙女が~って、TVから流れると振り向いたのを思い出します(笑)

5月31日(土)は大阪万博広場で再び「ジュリープレゼンツ80’BADTUNING 熱烈歓迎新波」、これは共演者なども横浜スタジアム公演をそのまま大阪で行ったものか、ジュリーのみの単独公演なのか不明。
セットリストには若干変化が見られ、こういうサプライズが今はほぼ失くなってしまったのが残念。

 6月5日(木)TBS「ザ・ベストテン」第7位へ3回目のランクイン、こちらの順位も伸び悩み気味。
この回は冒頭に例の救急車が登場、カラコン・透明電飾ギター+この救急車がこの曲の話題の1つ。
ただ、案外救急車が出てくるバージョンは私の見た限りではそんなに多くなく、収録スタジオや車両レンタル代とかの都合もあったのか?、入院の自虐ネタじゃないんですよねアレは、そこら辺の情報は知りません。

たぶんこの7位?


あまり知られてないとこで、クツのかかとに実は水中花が入ってて、衣装総額が「TOKIO」の250万を上回る300万円!

 


6月6日(金)に再び、フジTV「花の金曜ゴールデンスタジオ」
そうなると、どうやら●80年4月12日(土)~4月18日(金) の記事にて書いた時の物はこの時の放送分か、はたまたこの後の時の可能性が高そう、4月18日放送分には出演してないと見ました。

 
ビデオで今見れても”昭和”の空気で見る
「バッドチューニング」は2度とは帰らない・・・(not我が家)

 



 他の話題で偶然にも5月27日、久保講堂で行われた「唄の市80’」の模様が、6月8日テレ朝「ジャム・ジャム80’」にて放送、出演は”青い森の三羽ガラス”と呼ばれたRCサクセション、泉谷しげる、チャボと別れ前年”古井戸”を解散したヴォーカルの加奈崎芳太郎。
加奈崎さんはよく、この時自分の出番になったらドアがバタンバタンと、トイレタイムになったという話を(笑)


RC、泉谷、古井戸(加奈崎&チャボ)、この人達は感覚的にはみんな最初からフォークというよりロックに近かった、世間的に1番過小評価されたままだけど今もキヨシロー、泉谷に負けない凄いシンガーだと思ってます。

 

偶然というのは、数日前その元相方でRCサクセションのギタリスト、仲井戸”チャボ”麗市のライブ見てきました、会場は移店した新宿PITINN、こないだのジュリー舞台のサザンシアターのすぐ近く。

私的にRCはもうリアルでは「カバーズ」発売中止で話題、末期の頃・大御所バンドの時代しか知らないせいか、正直イマイチそのビッグネームにピンとこない部分が・・・
どちらかと言うとキヨシローよりもチャボのソロ作や声やルックスに惹かれ、RCならチャボ加入前75年の「シングル・マン」が1番好きだし、今度ようやく70年代RCのライブがまとまった形で公式発売されるのはうれしい。
「ボスしけてるぜ」や「いい事ばかりありゃしない」他、80年代RCの名曲を歌って盛り上がってるのに、なんだかボヤーっと(^^ゞ

キヨシローが亡くなった時フジでの全映像が流れた番組を見てて、キヨシローも尖がってて私が見てた頃のイメージとは全然違うなぁ、やっぱり日の出の勢いのRCを生体験されてる世代には格別な思いがあるんだろうなって思いましたね、後からレコードだけ聴いてもそこらへんはなかなか・・・、1度でも生で見てみたかった。

チャボは産まれも育ちも新宿、MCで「そこにあったコタニってレコード屋で初めてオヤジに買ってもらったのが、ピーナッツさんの『聖しこの夜』で・・・」という話があり、「さん」付けにリスペクトを感じます。

残念ながら10年ちょい前に閉店しちゃったみたいで、私も昭和の終り頃1回だけそのコタニで買ったことがあって、それがジュリーの3枚組CD「A面コレクション」。
コレ、その日欲しくて1日中色んな店何軒も渡り歩いて、近所の店にはないから新宿まで出て、新宿も回ってなくて夜になっちゃって、最後に地下道通って偶然出たとこにあった大きなレコード店がそのコタニで、入ったら売ってたからうれしくてうれしくて。

帰りにわざわざそれを録音するカセット3本買って(←自分の部屋にはCDプレイヤーまだなかった)、最初から聴いて最後に入ってた「灰とダイヤモンド」の曲調と、売れてなかった当時のジュリーが相まってなんか切なかった、あの日の部屋の空気まで蘇る、今は便利だけどネットでポチるではこういうのは味わえない世界。

今もそのCDの下には買った時
もらったコタニのシートが↓

 


チャボはジュリー~タイガースに対し、同世代だし憧れというより自分らより早くにプロになった分、ライバル意識と共感、カバーでも渋い選曲、ストーンズをやるにしても「シー・セッド・イエー」、ザ・フーにマンフレッド・マンのポール・ジョーンズ、僕と同じ洋楽少年だったのだろうと著書で評しています、「ザ・ヒットパレード」は必ず見てたと言うから、タイガースのTV初登場とかそういう曲やってるのをどこかで見てたんでしょうねぇ、さすがリアル世代。

ジュリーとはおそらくあんまり共演歴はありそでなく、思い当たるのが84年の「ナゴヤロックフェスティバル」でRCとジュリーが同じイベントに出た時のくらい。
これはFMで1部放送された物とかで私もその音源は持っています、ただ最後に流れたという全員での「ゲット・バック」は収録されてなく、前に確かジュリーが「チャボ!」って呼んでる音源を動画サイトで聴いたような記憶がありました。
8月4日というと、エキゾティクスとの最末期の頃で貴重な記録、ジュリーの球場ライブもそれ以降は東京ドームまで20年以上なかったかも。
その後9月ハワイでの「フラフラ旅行団」でのライブがエキゾとのラストライブだったのかな?、ちなみにこの時のライブも映像が残されています。

それにしたってチャボの変わらなさはちょっと異常なくらい、25年くらい前の写真と比べてもほとんど変わらない、髪くらいは染めてそうだけどとても62歳には見えません、そこだけ時間が止まってるかの様でした。

 



 チャボファンにはおなじみ「ロックジェット」誌のあの方


最近は「Mフェア」でもお見かけします

 


で、来週日曜日にはお台場で泉谷しげる&ルーザーのライブ、なにせメンバーがギターに同じく仲井戸”チャボ”麗市、もう1人のギターが下山淳、ベースが吉田健、ドラムが村上”ポンタ”秀一、言わずと知れた最強バンドであり、メンバー4人中3人のジュリーとの共演歴を合わせると30年に及ぶという・・・、泉谷とこうもかぶるのは偶然かはたまた必然か?


そんなんで久々にゾクゾクするライブ、ポンタ&吉田健のリズムセクション見るのも実に20年ぶり、このメンツ見れるのもこれが最後かもしれないけど、楽しみです!

 

 

 


こないだ「火曜曲」で流れた「サムライ」↓

 

 

アレが「ベストテン」映像なら、全15パターン最後の1つが判明、ありがとう「火曜曲」!と残してくれた方々・・・

ジュリーが休まないのも判明(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


●80年5月24日(土)~5月30日(金)

2013年04月06日 | 80年のじゅりー

 


5月にTBSチャンネル2で、73年の「同棲時代」が放送されるそうですね、しかし1は見れるけど2は見れんのかな?、うち・・・

ドラマのTBSで知られるだけあり、ドラマの保存率の高いTBSでもさすがにコレは持ってなさそうと思ってた通り、やっぱり局側にはなかったんだなぁ・・・、過去VTR集で1度も出たことないし。
いちおう知らない方のために書いておくと、フィルムドラマというのは大抵の作品が残ってますが、VTRドラマは上書きが出来るため、TV版「男はつらいよ」や昔の大河ドラマや連続TV小説など国民的な作品にも関わらず、全話現存してない作品が多々あります、75年全盛期の郷ひろみ・西城秀樹・桜田淳子が豪華共演したドラマ「あこがれ共同隊」なんかも残してないなんて、今の感覚からするとちょっと考えられません(正確には視聴者ビデオが「テレ探」で1部流れたことあり)。



NHKが放送した同時期の73年マイルス・デイビスの2度目の来日時の東京公演も、マイルス側がマスターを海外に持ち帰ってたおかげで近年発掘~再放送されたり、やっぱりこの年代の物はTV局より外部の方が残ってる可能性が高いワケですよ。
でもTBSチャンネル公式サイトの画像から見ると、確かにマスターにしては荒くどうもUマチックか統一1型かなにか家庭用VTRで録画した物のような感じもあります。

私の手持ちの↓と比べてあくまでも静止画で見る限りだと、大幅に高画質とも見えなく、せいぜいこの大元のテープ程度のような気も(汗)、これよりうちの方がキレイだよと言われたこともあり、さらに上の状態もあるようです。



ただし、家庭用と言ってもUマチックはテープ幅が3/4インチあり、TV放送にも耐えられるレベルで劣化もVHSに比べると遥かに少ないとか、音楽テープで言えばカセットとDATの違いみたいなもんでしょうか。
放送されるとなれば多少プロ用機材で補正などもされ一定レベルの物なのでしょう、発掘秘話の方がどちらかといえば楽しみ。

それにしても「同棲時代」、73年のマイルス日本公演どちらの番組もファン間では昔から地下で流通してて、VHSもβもない時代に録画してた人がいて、つくづくファンのパワーと情熱は怖ろしい(笑)
テープが1本1万円、当時はもちろん倍速などなく1本の録画時間は1時間のみ、番組尺は1時間以上あってソレって1万円のテープを2本つないだワケで、当時の1万って今の感覚だと3~5万にもなるのではないでしょうか?、それを消去もせず大元を残してくれた人には畏敬の念さえ感じます、そもそもこんな時代に「交響曲じゅりー」や「ビッグショー74’」など録画してた人自体がファンじゃなくて関係者なのかも。

ちなみに、梶さんの出てる日活ニューアクション物、「野良猫ロック」や「女囚さそり」シリーズ、どれも最高に好きで2年ほど前にあるコンサートで梶さんの「怨み節」生歌見ました、しかもロックヴァージョンの「怨み節」。

 

 



73年にUマチックを購入したグッチさん
思い入れあって今も捨てれない

 


当時価格で49万6千円!

 


グッチ「テープなんかもう高っかくて買えないの」

 


グッチ「ソウルトレインのショーのとこだけつないで曲コピーして」

 




今週の80年ジュリーは、まず24日(土)ジュリー復帰の象徴的イベントになった、「ジュリープレゼンツ80’横浜スタジアム BADTUNING 熱烈歓迎新波」が行われました。

 


このイベントはジュリーの単独公演ではなく、「日本ロック大百科 年表篇」によると他出演者にムーンライダーズ、アン・ルイス&ブラッドショト、BORO&スマイラー、近田春夫&BEEFの名前があり、おそらく5時間を越えるビックイベントであったと想像されますが、当時の「ミュージック・マガジン」なんかを見ても特にレポートも掲載されてませんでした。
近田春夫&BEEFはこの後、ジューシーフルーツへと発展し翌月、「ジェニーはご機嫌ななめ」でデビューし大ヒット。

翌日の日比谷野音では「内田裕也プレゼンツ POPCOLLECTION」というイベントが行われ、ジュリーとの連動企画だったのかもしれません、出演はプラスチックス、リザード、ヒカシュー、Pモデル、アナーキー、一風堂、EXという、いかにもこの時代なメンツ。

このライブで連呼してる「サダハれ、サダハれ」って、王選手にあやかり年をとってもがんばるという意味で、残念ながら王選手この年の10月に引退します・・・



このライブは同年中にはビデオソフトとして発売されたそうですが、かなり初期のビデオソフトだと思います、私はそれ以前の国内アーティストのビデオソフトって話に聞いたこともありません、タイガースの「A-LIVE」のビデオ版なんか確かどういうワケかポニーキャニオンから出てたような、アントニオ猪木のビデオにアリ側に権利があってNGのハズの猪木VSアリ戦の1部が収録されてるのとか、権利関係もまだいいかげんだったんだろうなぁ。

定価が2万5000円とかしたらしいですが、同時期に出てたと噂の「ゴジラ」の第1作の映画ソフトは5万円くらいしたとか(!)、このもう少し後の83~4年頃特撮が好きで色々ともうビデオは出てましたが、のきなみ1~2万は当たり前で小学生にはとても手が出せず、カタログをながめてたのでよく覚えています、プロレス物だと20分程度ので確か7000円以上とかムチャクチャ、初期のビデオソフトはホント高かった。

 

 

 


TV出演は、27日(火)夜8時から4月より「花のステージ」に変わりスタートした、NHK「歌のビッグステージ」へ出演、これですね↓


 この後、「レッツゴーヤング」にも出てるみたいですが、おそらくNHKは「バットチューニング」映像を持ってないのかもしれません。
91年のBS「美しき時代の偶像」で流れたシングル集映像でも、前の「TOKIO」は「レッツゴーヤング」からで、次の「ダバダ」は「歌のビッグステージ」の映像を出してるのに、「バッドチューニング」の部分はTBSの「ジュリーグラフティ・男の美学」からの借用(なぜか「沢田研二ショー」と誤って表示)、これは無いのはおかしい、たぶん消しましたね・・・

91年に流れた「歌のビッグステージ」、セットも一致

 


29日(木)、TBS「ザ・ベストテン」はこの週は8位に早くもランクダウン、残念ながらこの時の映像は見当たらず、他の「バットチューニング」登場週のは全部あるだけに残念、おそらく出たのではと思います。


28日(水)には、東京FM「音楽の森」に出演とありました、ここら辺のFM番組の出演の全貌なども知りたい所。
当時は他アーティストでもFMでだけ流れたライブや、FMでだけ流れた未音盤化のスタジオ音源などが多数あり、ジュリーともなると過去かなり色々流れたと考えられ、その一端は垣間見れたもののまだまだ色々あるんだろうなぁ、何よりFM番組はAMに比べ高音質なだけに魅力的です。
最近も地方FMでのジャズマスター期のライブを聴く機会があり、20分程度ながらもかなりテンションの高い演奏で、自分が知ってた時代でさえこんなのもあったのかと。

 


他、気になる話題はこの時期、ブルースの世界では知らぬ者はいないマディ・ウォーターズが生涯ただ1度の来日、3年後には亡くなってしまうだけに最晩年のライブで内容は良くなかったようですが、ブラックミュージック好きとしてはこれはどうしても1度は見たかった、この人がいなければロックの歴史も変わってたことでしょう。

 

 

 


話は変わりこの前突然、けっこう近くに「大宅壮一文庫」という週刊誌や芸能誌などのコレクションを収蔵した図書館があったのを思い出し、ようやく時間が出来たので思い切って行ってみました。

目的は、抜けてる「TVガイド」やさらに古いなんらかのTV欄掲載誌の閲覧にあり、当然そこらはあるもんだと期待して行き、入館料300円を払いさっそくパソコンで検索。
すると、なんと!検索にヒットしたのは1988年からの号のみ、何度検索しても出てこない、静まり返った図書館で「なんだ、うちの方があるじゃん」(爆)って、ヘタなライブラリーを上回ってたのには自分でも思いっ切り引いた・・・( ̄▽ ̄)

仕方なくあきらめ、わざわざ時間作って来たんだから他のアーティストの記事や、「沢田研二」で検索すると380件ばかりがヒット、人名索引総合ランキングの堂々32位にランクイン。
ジュリー関連は81年くらいからぼちぼちあって80年代中盤~後半以降はかなりの数あるものの、そのあたりの話題ってやっぱりジュリー没落期にあたるせいか、出てくる見出しが「落ち目の」とか「泥沼」とか「事故」とか暗い話題ばかり(笑)
96年の「2人のビッグショー」NG事件なんてあったの全然知らなかったなぁ、89年のドラマ「幸福な市民」制作記者会見で今後の予定を聞かれ「1本も入ってない、ブラブラ暮らしてます」と失業宣言しただとか。

う~んこれ以上あまり書かない方がよさそうだ、もちろんそんなのばかりじゃないけど、忘れてたあの話この話、ジュリー黒歴史を探りたい方にはもしかしてお薦めかもしれません、あくまでもその手のは芸能誌なので信憑性は不明です。

1回に閲覧可能なのは20冊、返却して再入館に100円払うとさらに20冊で、1日100冊閲覧出来るそうです。
興味のある20冊を書いて2Fで出すと少し待って本が出てきました、コピー代もバカにならないから要点だけで良いのは筆記して(ノートパソコンは窓際席のみOKとか)、インタビューとか資料性の高そうなのはコピー請求して、結局約3時間くらい完全に図書館でジュリー学の研究状態、これは自分自身におかしかった(笑)


ジュリー関連より、他アーティストの昔読んだ記事と、23年ぶりに再会出来たのが大きな収穫。
まぁ、お時間のある方はファンのお友達とでも行って、手分けして興味のある記事でもコピーしてくれば結構楽しめるかもしれません、読みたい記事はたくさんあったけど1人で1度ではとても見切れません。

約1500円のコピー代を支払って退館、クロスバイク(←要はチャリンコ、最近グリップ&チェーン交換して乗り心地UP)で帰宅中たまたま耳元のipodから「Pray」が流れ出し、思わず心の中で「ジュリー、色々あったよね・・・」。
読んできた過去の色んな記事と、夕闇せまる景色と今ジュリーの「Pray」の4曲が重なり何とも言えない光景。

自転車大好きなんですが、自転車乗りながら音楽聴いてると、全てが重なり忘れられない自分だけの名場面になる、そんな瞬間がホントにたまにあるのです。

 

 

 


 
「いつか黄昏」も、しゃ~ない!もう1回だけやったるわ
♪ネバ、ゲトノウ、ネバ、ゲトノウ、ネバゲ~トエノウ、 あの曲1度聴くと耳から離れない・・・