'80s Julie TV session

1980年代TVの中のジュリー・・・
って80年代好きとずっと勘違いされたかな今更思う今日この頃(笑)

●夢見る頃をすぎて

2018年04月14日 | その他

 

ここ数日、ヒロミくんの(←ジュリー風に)超名曲「夢見る頃をすぎて」が耳から離れなくて・・・

ネット上にもないみたいだしCDも持ってないし、仕方ないからアナログ盤とプレイヤーを引っ張り出して10数年ぶりに聴いてみました

 

 

ところが何なのヒロミくんの曲に「夢見る頃を過ぎて”も”」”も”ってのがあるんだ、ややこしい知らないよ(笑)

ここで言ってるのはヒロミくんの75年の変則リリーズで出たシングル「バイバイベイビー」のB面、「夢見る頃をすぎて」ですお間違いないように

 

作曲はキャンディーズの一連の作品でおなじみ穂口雄右さん、GS「アウトキャスト」時代はナベプロでタイガースより先輩、穂口さんの「ロング・トール・サリー」のパンク・オルガンは海外のGSマニアからも高く評価されています。

我が家では約30年前からこのケースにジュリーの50枚くらいのシングルと、ヒロミくんの50枚くらいのシングルが仲良く収納されていて、この緑のケース物心ついた頃には2Fの父親の部屋にあったから相当に古い。

マジで75年のリリース当時にあったんじゃないかな?、別にアナログシングル入れじゃなかったと思うけど。

 

 

キャッチーなギターのイントロ、「黄昏ちょ~とず~つ ♪」の転調する部分のヒロミくんの切なさいっぱい+ちょっと色っぽい歌い方が何度聴いてもたまらない。

デビュー当時の少年っぽい歌い方がギリギリ残ってる力み気味のサビ、「ひとりぼっちはウォオ~♪6時で終わりさウォオ~♪」がまた素晴らしい、再びイントロのキャッチーなギター。

このギターもあんまりにも耳から離れなくなってしまいギタコピしました(笑)

まずフレーズを口に出して言うのがコピーでは大事だとか、だからテレッテンテレテレテレン、テレッテ~♪

あぁこの曲もっと知ってもらいたい

 

 

なのに、「郷ひろみ 夢見る頃をすぎて」で検索して出てくんのは「夢見る頃をすぎて」じゃなくて「夢見る頃を過ぎて”も”」の方ばっかり

どこのCDに入ってんのかなこの曲??

 

 

 


と・・・

 

 

 

言いながらヒロミくんで1番好きな曲は昔から決まってて、76年のシングル「寒い夜明け」。

こちらはA面だし漫画家の楳図かずおさんの作詞でそれなりに知られてると思いますが、どのぐらい好きかと言うと・・・

 


「寒い夜明け」をフィーチャリングしたアルバム「街かどの神話」も持ってる(笑)


あと、ラジオで「寒い夜明け」電話リクエストして「リクエストは東京都○○○○くん、高校生?」って驚きと共にかけてくれたことがある

ちなみにその頃8つ上のいとこがヒロミくん好きで、探してた「ぼくのるすばん」のシングルをもらいうれしかったなぁ。

ジュリーで言えば「メモリーズ」みたいなレコードと言えばわかるでしょうか、ちょっと探さないと見つからないという。

 

「ハリウッドスキャンダル」ジャケ違い

 

ヒロミくんのキャーキャーの名作ライブ盤
この辺り昭和末期に買いました

 

 

8つ上のいとこがヒロミくんで、その1つ下の弟さんが淳子好きで、4つ上の姉がマッチ・・・

 

どうしてジュリー(笑)

 

 

 

それからゴローのこちらは有名な、”オーデコロン”が時代を感じる78年のシングル「グッド・ラック」。

 

 


の・・・

 

 


B面「消えたハリケーン」、これがまた名曲中の名曲。

 

数年前、CD「筒美京平ウルトラベストトラック 野口五郎」で知りました、シングル持ってるのこれは気がつかなかった。

作詞の山川啓介さんの「いつもおまえと話たっけな きっとアフリカへ行こうぜと♪」って歌詞。

なんで唐突にアフリカなんだかよくわからないんだけど、男のロマンと言うかこの部分が大好きで何度も何度も聴いてしまいます。

歌詞って意味がどうこうより、受け手のイメージにゆだねた物の方が好きです。

音楽ってわからないから何度も聴くんだし、わかりすぎちゃう物は何度もは聴かないですね。

 

 

 

元々「夢見る頃をすぎて」を知ったのはこのミニコミ誌
歌謡曲の聴き方に多大な影響受けました

ミニコミといえ編集長はその後
レーベルを立ち上げた程の人物

 

 

この号にはこんな記事もあり

 

こんな批判も


 色んな意見あってもいいんだよ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


●フィール・ソー・グッド

2018年04月07日 | その他

 

 

ガラにもなくいま何故かロッドがキテます、去年は突如10ccにハマったり自分でもよくわからない(笑)

とはいえ20年くらい前買ったジェフべック・グループだのソロ初期「Every Picture Tells A Story 」のアナログは今も持ってるし、「馬の耳に念仏」も持ってたし初めてロッドを耳にするワケではありませんが

ブラックミュージック好き的には、どうしても”サムクックのそっくりさん”にしか見れなくてぶっちゃけ怒られるかもしれないけど小バカにしてたというか(笑)
まぁロッドだけではなく黒人ソウルシンガーにもサムの影響下にあるシンガーはいくらでもいるんだし、優れたボーカリストであると今更ながら認識を新たにしてます。

 

 


で・・・

 

 

 

ソロの1stからフェイセズとか何枚か聴いてたら、ジュリーがカバーしてた曲が出てきたり、同じくロッド好きだった浅川マキさんもカバーしてた「ガソリン・アレイ」とか出てきたり。
特に気に入ったのはフェイセズの2作目71年の「ロング・プレイヤー」。

「テルエヴリワン」に「フィール・ソー・グッド」ジュリーもライブ盤でやってますねぇ、「フィール・ソー・グッド」はスタジオ盤なのにここではライブテイクを使用。
ライブ向けの曲とジュリーも判断したのかもね。

でも洋楽ってさらにオリジナルがあるから疑ってオリジナルなのかライナー読んだらそれについては書いてない。
そんで作者のクレッジットを見ると「フィール・ソー・グッド」に(willie Broonzy)と。

すぐピンときてYOUTUBEで検索したらやはり原曲が、” Broonzy”と言ったら戦前のブルースマン”ビッグ・ビル・ブルーンジー”

 

”ファーザー・オブ・ザ・シカゴ・ブルース”の愛称の通り、マディ・ウォーターズも影響を受けた大物中の大物。
この人、戦後もかなりの録音を残しており全体像がつかみにくいというか、何枚か聴いたけどコレは知らなかった。

「フィール・ソー・グッド」は中野サンプラの3枚組ライブ盤「ジュリーVII The 3rd リサイタル」の3曲目に収録。
中野サンプラザはとうとう2024年前後に解体が決まったようで、ここ5年ばかりGW中は必ず1回はサンプラでハロプロのライブ見てて今年が最後だ最後だって気持ちで、なんだずいぶん先なんですねぇ今年もGWの中野行くかもね(笑)

 

 

 

 


でで・・・

 

 

 

昨日の「ミュージックフェア」はユーミンの特集、過去VTRを流すというワリに00年代の映像ばかり、ジュリーと出た78年2月の回はサッパリ流れずじまい。
ここでユーミンはソロで「ハルジョオン・ヒメジョオン」歌ってるハズなんですけど、もしかしてVTR残してないのかもしれない。

「ミュージックフェア」のVTR保存状況は謎に包まれており、最古のが69年のディジー・ガレスピー来日時の物、外タレ来日物は比較的古い年代のもあるようです。
なにしろ過去VTR番組でもあまり使われないから実態がわからない、70年代いっぱいくらいまでは抜け抜けの状態なのかもしれません。

 

 

 

 


ででで・・・・・・


 

 

 

1974年のジュリー番組を調べてた時どうしてもどうしても見たくなった、しかしまず絶対見れないであろうとあきらめてたのが12チャンの「きんきんケロンパ歌謡曲」「きんレモ歌謡曲まいったタヌキの大放送」、それからTBSの「火曜歌謡ビッグマッチ」。
なによりアナタ、番組タイトルがいいじゃあないですか、ジュリーはこれらの番組に74年何回も出てるんですねぇ。

これもVTRはおそらく壊滅的に残ってないであろうと思われる番組、ところが最近DO~GAサイト見てたらソレらしき番組がUPされていて(歌のわずかな見切れでわかるんだよ)あぁこんなこんな感じの番組だったのか・・・と少しだけイメージが広がりました。
UPされてたのはもちろんジュリーではないんだけども、こんな深い時代でも録画してる人がいるのかと驚きと共にいつの日かこれはジュリーのも手に出来るのではないかという淡い期待が

見れるだけじゃイヤ、「きんきんケロンパ歌謡曲」のジュリーを手に出来るとあえて書く(笑)

 

そしたらさらに「どこを切っても沢田研二 まるで金太郎飴」、そんなオープンリールのテープがあっても絶対おかしくないハズだろとの確信を持たせるもの凄い”昌子マニアさん”の動画を見つけ・・・
「これがジュリーのだったら」、過剰な妄想と共に何度も何度も見入ってしまう今日この頃の四方山話なのでした。

 

 

 

あと、「ステージ101」の発掘VTRを4回に渡り紹介するって、たぶん・・・たぶんジュリーが出た回も出てくる予感。

さて??