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言葉の発達で考えること

2024年07月10日 | 考える ひとしずく

 孫が2歳になり、どんどんと話す言葉が豊富になってきました
我が子を育てている時は、24時間体制で母親をしていたはずなのに、きっと気持ちの余裕もない上、目の前のことを主観的に見ながら子育てをしていたのでしょう 孫を見ている「祖母」の立場の今ほど、いろいろなことを考える時間も、余裕がなさすぎて感じることも少なかったように思います
 まあね、もっとも、当時には「まどか先生」としての30年間の経験があたわけではありませんからね。今のように、孫を含め、「子ども達の一挙手一投足」に目が留まり、感じ、響くことはなかったのも仕方のない事ではあります、ふふふ

 先日、「とても面白い」と感じたことがありました
前日から発熱し、保育園を休んだ孫を、午後から半日みた時のことです。
 幸い熱も下がり、少し楽になったのか、孫はたっぷり、しっかり、デュプロブロックで遊びました。そして、夕食の時間になりました 遊んでいる孫に「キッチンでご飯の支度をするから、その間、一人で遊んでね」と伝え、娘が支度をしたメニューを整えた後、声をかけました

 「ご飯の支度ができたよ ご飯、食べようよ」すると、孫が返事をしました。
 「たべなーい」いつもは大食漢。微熱のため、食欲があまりないのか?と思いつつも、遊び足りないから「食べない」といったのかもしれないなあと思い、もう一度声をかけました。
 「おかあさんがね、あなたの好きなおうどんの支度をしてくれてるのよお。お豆腐もチキンもあるわよ。おいしいよー 食べたくないの?」と。
 すると、今度は「たべなーい。たべたくないよー。」という返事。
その返事を聞いて、私は考えました・・・「たべなーい。たべたくないよー。」

 まだ2歳になりたてで、やっといろいろと話し始めた幼い子どもではあっても、彼の頭の中には、すでに「たべない」というボキャブラリーはあるのだな、と。
 でも、彼が「たべない」と言った後で、少し間をおいて言った「たべたくないよー」という言葉は、明らかに声のトーンも、言葉の滑らかさも「たべない」という言葉を発した時とは違いました

 そうです 彼が「たべなーい」の言葉に続けて言った「たべたくないよー」は、私から彼に対して言った「食べたくないの?」という問いかけの言葉を真似て、リピートした言葉だったのでではないか?いや、きっとそうだ

 ごめんなさいね… いったい私が何を言いたいのか?が、よくわからないかもしれません
それでは、違う表現をしてみます。

 食べない=I don’t eat. 食べたくない=I don’t want to eat.

「食べない=I don’t eat.」は、食べるeatという行為をしない、という意味ですね。
それに対して、「食べたくない=I don’t want to eat.」です。この表現を使う時には、語り手の意志、eatという行為をしたくないという思いを表しています。

 孫が現時点で話せている他のボキャブラリーから推測しても、また、この時に「たべたくないよー」と言った彼の声のトーンからも、彼にはまだ「自分の意思を言葉に込める術を知らない」ということが明らかでした。
 つまり、彼が発した「たべたくないよー」は、I don’t want to eat. と言ったわけではなく、単に私の言葉を真似てリピートした、したかった、ということ。
 こうして、彼はその時、「たべたくないよー」という、「don’t want to」という意志を表す言葉を新たに学習した
 ああ、幼児期は、こんなふうに言葉を覚えて、話せるようになっていってるんだなあ・・・何だか、私は大きな発見を「自分でし得た」ことに感激してしまいました

 この「~たくない」という表現を理解し、会得することによって、これから彼は「しない」だけではなく「したくない」、「行かない」だけではなく「行きたくない」という表現をしていくのだろう、と思いました
 子どもの話す力の成長って、すごいと思いませんか?
小学生くらいになれば、母国語力は向上してきます。当然、大人は自由自在に母国語を話すようになります。(まあ、母国語力でさえ、人によって「高い、低い」はあるとは思いますが、汗)そう、母国語を会得した後で学ぶ他の言語は、母国語に置き換えて学んでいきます。
 でも、幼い子ども達、真っ白な子ども達は、言葉そのものを、まさに「聞いて」「真似て」「覚えて」「使う」ようになっていく!

 しつこいですが 私は「きゃーーーーーーすごーーーーい」という思いになり、病み上がりとは言え、少しでも夕食を食べさせるほうが良いよな、なんてことはそっちのけで、「そっか、食べたくないのか。食べたくないのね。わかったわかった」と笑顔で応え、「〇くんは、食べたくない♬ 〇くんは、食べない 〇くんは、食べたくない♬ 〇くんは、食べない」と節をつけて歌いました。
 孫も、何だかよくわかんないけれど、ばばちゃんは上機嫌だとわかり、一緒に彼も「たべない♪、たべたくない」と歌い…

 ほんと、我が子の時には、こんな余裕というか、悲壮感のない子育ては出来なかったですねえ… いつも、良く言えば一生懸命。悪く言えば、理想を追い求め、子どもに自分の好みを強いていたんだなあ、と振り返り、苦笑いです

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