「東京からは帰省されるのはねえ・・・」
ご高齢になられた実家の菩提寺のご住職は、ずっと私が母のお骨を持って帰省することに二の足を踏まれて
とうとう、母の他界から1年が過ぎてしまいました。でもね、さすがに私も「母は父のところに行きたがっている」と我慢が出来なくなり、幸い、コロナも一段落に思えるようになったので「納骨をしたい
」と申し出て・・・ やっとその願いが叶い、5日の日曜日に納骨を済ませました
これで母は、最愛の父と一緒になりました 未来永劫、両親は一緒です
それはいつの頃からだったでしょうねえ・・・
一人っ子の私が、よく考えるようになったのです。「もし、何か災害が起こって、お父さんが一人だけしか助けられないということになったとしたら、きっとお父さんは私ではなく、お母さんを助けるだろうな・・・」と。
そんなふうに思う時、私はたった一度も悲しいと思ったわけではなく、そういう両親の元に生まれた私は幸せだなあって、そういつも感じました
父はまさに昭和の「父、夫」で、まさに独裁者。母と私は、父から意見や思いをたずねられたことは一度もなく、常に「父の命令に従う」というのが私の生活でした。そういう意味では、「甘やかされた一人っ子」とはかなり私の暮らしはテイストが違いましたよ、ふふふ
でもね、そんな独裁者の父でしたが、母のことを大事に大事に思っていましたねえ・・・母なしでは何も出来ない 気の毒なことに、若年性のパーキンソン病を患った父は、正真正銘、晩年は「母なしでは何もできない人」になってしまいました
暴君で、母の意思を奪っていた父ではありましたが、父と母は、そういう関係での深い愛情で結ばれていた、とずっと私は感じていたのです。そして、そういう家庭で育ったからこそ、「暴君の夫」は勘弁して欲しいけれど、それでも父と母のように、深い愛情で結ばれ、生涯、深い愛情に満ちた夫婦でいたい、と思ったものです そんな私を見て、やっぱり娘もそう思っていて欲しい、と思っています。
いよいよ、本格的に実家の片付けが始まります。
片付けても、片づけても、湧いてきます・・・かなり頑張らなければ、終わりが見えません 助けて~~~~
がんばります