昨日はよく冷えましたねえ
そんな冷え込みに、あちこちのクリスマスイルミネーションは何ともよく映えました。
すっかりハロウィンが定着して以来、それが終わると、申し合わせたように徐々に町中にはクリスマスのイルミネーションが登場します。でも、さすがに11月初旬のクリスマスツリーは似合わず、ちょっと場違いに立たされているように感じますが、12月に入ると一気に気分は違ってくるのは不思議ですね
私事で恐縮ですが。
息子の心臓大動脈弁の弁置換手術から9年が過ぎました。手術は、12月8日でした。
世間的には、この日は「真珠湾攻撃」の日(現地では7日ですが)であり、日本はこの日に太平洋戦争に突入・・・という悲しい歴史の日ですが、奇しくも、この12月8日は、仏教では「成道会(じょうどうえ)」。お釈迦様が悟りを拓かれた日で、「降誕会(ごうたんえ)」お釈迦様が生まれた日、「涅槃絵(ねはんえ)」お釈迦様が亡くなられた日、と共に三大会として、どんな宗派でも大切にされ、法要が営まれます。
また、カトリックでは、12月8日は「無原罪の聖マリアの日」とされていて、イタリアやスペイン等、カトリックの国々では大事な祝日となっています。
9年前、手術の日がこの日と決まって以来、仏教とカトリックの大切な日に手術が行われることを、とても心強く思いました。
もちろん、単なる偶然です
この曜日が病院の手術日であって、11月5日に入院し、心不全の治療を続けていた息子にとって、先生方が手術に良いタイミングだと考えられたにすぎません。
でも、不安で不安でたまらなかった私は、何とか「良い兆し」を必死に探そうとしていたのですよね
息子の病室の3000羽の鶴。そのうちの1000羽は、ひとつの学年のマナーズの卒業生から頂戴した千羽鶴でした。私が息子の入院と病気のことを卒業生に公表してから、手術までは1カ月足らず。そのわずかの期間に、進学先の学校を越えて、鶴を折ってくださいました。
あるカトリック校では、休み時間に子ども達が一生懸命に鶴を折っていることに気づかれ(鶴を折ってくれていたのは、もちろん、卒業生だけではなく、その子の声がけで、クラスをあげて折鶴の輪は広がっていたのです)、先生方のお心で、他の学年でも折られることになったのでした。
ひと口に「千羽鶴」と言うのは簡単ですが、折った鶴を集め、それを千羽鶴として繋ぎ、束ねる作業も決して簡単なものではありません。その学年のお母様方は、どれだけのお時間を割いてくださったことか・・・
その出来上がった千羽鶴は、当時私が住んでいた菊名の駅の改札前でいただくお約束をいたしました。私が待っていると、お父様とお母様と坊ちゃんの3人が、大きな大きな紙袋を下げて、階段を駆け上がってくる姿が見えました。まるで、3つの「心」が階段を登ってくるようでした。私は、いまだにその姿を忘れることが出来ません。いつまでも、ドラマのワンシーンのように、スローモーションでよみがえります。
あの時、小学校1年生だったその学年のお子様達も、今は高校1年生です
手術の前日まで、息子の病室は毎日、大学のクラブや同級生達で満員御礼・・・高校卒業後、バランスを崩して3年間引きこもっていたことがウソのような賑わいで、親の私が病室に入るのも憚られ、洗濯だけをそっと届けて帰ったことも何度もありました。それが親として、どんなに嬉しかったことか
息子は、本当にたくさん、たくさんの方々の心に支えられ、エールを生きる力に変えて、リボーンできました
一度は息子を亡くすことを覚悟したその日の思い・・・ドクターの宣告・・・すべては、今では尊い思い出です。ひたすら、感謝の思いです
クリスマスイルミネーション

今の私は、また昔のようにハッピーな気分で眺めています
並木のイルミネーションも、ツリーのイルミネーションも、大掛かりなイルミネーションも、どれもこれも本当に美しく、ウキウキの気分にさせてくれますね。
でも、そのイルミネーションを眺める人の中には、辛く悲しい思いを胸に秘め、複雑な思いで町の喧騒を感じている人もいることを、私は身をもって体験しました。
みなさんの心に少しの余裕があるならば・・・ハッピーなウキウキ気分でイルミネーションを眺める時、どうぞ秘かに「マイナス」を抱えて眺めている人のために祈ってくださいませんか?
「どうぞ、これを眺めている人、みんなが幸せでありますように
」と。
自分の力、努力だけがすべての結果を生む、と信じ、そのように生きていた息子。その息子が手術の数日後、たった1度だけ言った言葉「お母さん、僕はね、たくさんの人達の心をもらって生きられたんだと思う」
そんなことを言ったことを忘れているように、飄々と生きている息子ですが、あの時に語ったあの言葉は、彼の心の底から湧いてきた言葉だったのだと思えてなりません。
「人の思い、人の心は必ず届く」と私は確信しています
今日もあちこちのイルミネーションにはたくさんの人が集まるのでしょうね
みんな、みーんなが幸せでありますように

すっかりハロウィンが定着して以来、それが終わると、申し合わせたように徐々に町中にはクリスマスのイルミネーションが登場します。でも、さすがに11月初旬のクリスマスツリーは似合わず、ちょっと場違いに立たされているように感じますが、12月に入ると一気に気分は違ってくるのは不思議ですね

私事で恐縮ですが。
息子の心臓大動脈弁の弁置換手術から9年が過ぎました。手術は、12月8日でした。
世間的には、この日は「真珠湾攻撃」の日(現地では7日ですが)であり、日本はこの日に太平洋戦争に突入・・・という悲しい歴史の日ですが、奇しくも、この12月8日は、仏教では「成道会(じょうどうえ)」。お釈迦様が悟りを拓かれた日で、「降誕会(ごうたんえ)」お釈迦様が生まれた日、「涅槃絵(ねはんえ)」お釈迦様が亡くなられた日、と共に三大会として、どんな宗派でも大切にされ、法要が営まれます。
また、カトリックでは、12月8日は「無原罪の聖マリアの日」とされていて、イタリアやスペイン等、カトリックの国々では大事な祝日となっています。
9年前、手術の日がこの日と決まって以来、仏教とカトリックの大切な日に手術が行われることを、とても心強く思いました。
もちろん、単なる偶然です

でも、不安で不安でたまらなかった私は、何とか「良い兆し」を必死に探そうとしていたのですよね

息子の病室の3000羽の鶴。そのうちの1000羽は、ひとつの学年のマナーズの卒業生から頂戴した千羽鶴でした。私が息子の入院と病気のことを卒業生に公表してから、手術までは1カ月足らず。そのわずかの期間に、進学先の学校を越えて、鶴を折ってくださいました。
あるカトリック校では、休み時間に子ども達が一生懸命に鶴を折っていることに気づかれ(鶴を折ってくれていたのは、もちろん、卒業生だけではなく、その子の声がけで、クラスをあげて折鶴の輪は広がっていたのです)、先生方のお心で、他の学年でも折られることになったのでした。
ひと口に「千羽鶴」と言うのは簡単ですが、折った鶴を集め、それを千羽鶴として繋ぎ、束ねる作業も決して簡単なものではありません。その学年のお母様方は、どれだけのお時間を割いてくださったことか・・・
その出来上がった千羽鶴は、当時私が住んでいた菊名の駅の改札前でいただくお約束をいたしました。私が待っていると、お父様とお母様と坊ちゃんの3人が、大きな大きな紙袋を下げて、階段を駆け上がってくる姿が見えました。まるで、3つの「心」が階段を登ってくるようでした。私は、いまだにその姿を忘れることが出来ません。いつまでも、ドラマのワンシーンのように、スローモーションでよみがえります。
あの時、小学校1年生だったその学年のお子様達も、今は高校1年生です

手術の前日まで、息子の病室は毎日、大学のクラブや同級生達で満員御礼・・・高校卒業後、バランスを崩して3年間引きこもっていたことがウソのような賑わいで、親の私が病室に入るのも憚られ、洗濯だけをそっと届けて帰ったことも何度もありました。それが親として、どんなに嬉しかったことか

息子は、本当にたくさん、たくさんの方々の心に支えられ、エールを生きる力に変えて、リボーンできました

一度は息子を亡くすことを覚悟したその日の思い・・・ドクターの宣告・・・すべては、今では尊い思い出です。ひたすら、感謝の思いです

クリスマスイルミネーション


今の私は、また昔のようにハッピーな気分で眺めています

でも、そのイルミネーションを眺める人の中には、辛く悲しい思いを胸に秘め、複雑な思いで町の喧騒を感じている人もいることを、私は身をもって体験しました。
みなさんの心に少しの余裕があるならば・・・ハッピーなウキウキ気分でイルミネーションを眺める時、どうぞ秘かに「マイナス」を抱えて眺めている人のために祈ってくださいませんか?
「どうぞ、これを眺めている人、みんなが幸せでありますように

自分の力、努力だけがすべての結果を生む、と信じ、そのように生きていた息子。その息子が手術の数日後、たった1度だけ言った言葉「お母さん、僕はね、たくさんの人達の心をもらって生きられたんだと思う」
そんなことを言ったことを忘れているように、飄々と生きている息子ですが、あの時に語ったあの言葉は、彼の心の底から湧いてきた言葉だったのだと思えてなりません。
「人の思い、人の心は必ず届く」と私は確信しています

今日もあちこちのイルミネーションにはたくさんの人が集まるのでしょうね

