お盆が過ぎると・・・どこか空気が違って感じます。同じ気温、同じような猛暑でも、なぜか「真夏は終わろうとしている」と感じるのは不思議ですねえ
海水浴場にも、お盆が過ぎるとクラゲがやってきて、もう子ども達は海には入らないでよ
と天の神様がおっしゃているようにも思います

さて、前回「子ども達に戦争を伝えましょう」と書きました。さあ、どれほどの方がそれを実行してくださったでしょうか・・・
じつは、現在教室に通ってくださっている「年長児クラス」「年中児クラス」の保護者の方々にも、同じように「子ども達にわかる言葉で、いろいろと戦争について教えてみてください
」とお願いしました。
これは、ある年中児のお母様からいただいたメールです
是非ともお読みいただきいたいと思い、ここにご紹介いたします。
『・・・実はこれまで「戦争を子供に伝える重要性」については正直殆ど考えた事がありませんでした…。
しかしながら今年は、先生のお話を伺って、又戦後70年という節目の年でもあるし、と思い、15日に近所にある民間の資料センターへ子供達と赴いて参りました。
実は事前にこの事を母に話したところ…「まだ早いから止めた方が良い。考え直しなさい。」と言われてしまったのですが…行ってみて。やはり良かった、と思います。
勿論まだ理解できないところは多々あったでしょうが(私も同じく)、写真や絵本等を見て子供たちなりに「何か」を感じ取ったようでしたから。
長男は「戦争は何なのか、何故起きるのか」を疑問に思い、又ゲームの中で出てくるような「兵器」が現実に使われた事、その破壊力の大きさに驚き、次男は自分と同じ位の年齢の子供にお母さんやお父さんがいなくなってしまったこと、疎開をした子供たちが家族と一緒に暮らせなかったことを聞いて、可哀想…と呟いており。
そして、曾祖父母が時代を生き抜いてくれたので、自分たちが今存在できる、ということをとても純粋に「すごい!」と思ったそうです。
歴史を知り、世界に目を向け、自分たちの今の生活が決して「当たり前」ではないこと、に少しずつでも気付いて行って、広い視野を持って育って行ってくれれば…と思います。
この度は、大変貴重な「きっかけ」となりました。有難うございました。』
私はこのメールを拝読し、良かったなあと思いました
最初の一滴がなければ、何の波紋もありません
波紋が広がらないことは、穏やかで平安なことではありますが、それは違う方向から考えれば、日々のルーティング過ごし、何の刺激もなく、ただただ脳ミソが活発に動く時間がないといことでもあります
たぶん、この子達はすでにその日に感じたり考えたりしたことを忘れ、極々普通の普段の生活に戻っていることと思います。でもね、その時に見たり聞いたり、感じたり考えたりしたことは「無」「0」になったわけではないのです
「無」「0」は永遠に「無」であり「0」ですが、1,2,3,4・・・は、必ず次がやってくるものです
この戦争の話に限らず、子どもに「1」を与えることを、常に意識してみてください
そして、あらためて「無」「0」は、永遠に「無」であり「0」であることを認識してくださいね




さて、前回「子ども達に戦争を伝えましょう」と書きました。さあ、どれほどの方がそれを実行してくださったでしょうか・・・
じつは、現在教室に通ってくださっている「年長児クラス」「年中児クラス」の保護者の方々にも、同じように「子ども達にわかる言葉で、いろいろと戦争について教えてみてください

これは、ある年中児のお母様からいただいたメールです

『・・・実はこれまで「戦争を子供に伝える重要性」については正直殆ど考えた事がありませんでした…。
しかしながら今年は、先生のお話を伺って、又戦後70年という節目の年でもあるし、と思い、15日に近所にある民間の資料センターへ子供達と赴いて参りました。
実は事前にこの事を母に話したところ…「まだ早いから止めた方が良い。考え直しなさい。」と言われてしまったのですが…行ってみて。やはり良かった、と思います。
勿論まだ理解できないところは多々あったでしょうが(私も同じく)、写真や絵本等を見て子供たちなりに「何か」を感じ取ったようでしたから。
長男は「戦争は何なのか、何故起きるのか」を疑問に思い、又ゲームの中で出てくるような「兵器」が現実に使われた事、その破壊力の大きさに驚き、次男は自分と同じ位の年齢の子供にお母さんやお父さんがいなくなってしまったこと、疎開をした子供たちが家族と一緒に暮らせなかったことを聞いて、可哀想…と呟いており。
そして、曾祖父母が時代を生き抜いてくれたので、自分たちが今存在できる、ということをとても純粋に「すごい!」と思ったそうです。
歴史を知り、世界に目を向け、自分たちの今の生活が決して「当たり前」ではないこと、に少しずつでも気付いて行って、広い視野を持って育って行ってくれれば…と思います。
この度は、大変貴重な「きっかけ」となりました。有難うございました。』
私はこのメールを拝読し、良かったなあと思いました

最初の一滴がなければ、何の波紋もありません


たぶん、この子達はすでにその日に感じたり考えたりしたことを忘れ、極々普通の普段の生活に戻っていることと思います。でもね、その時に見たり聞いたり、感じたり考えたりしたことは「無」「0」になったわけではないのです

「無」「0」は永遠に「無」であり「0」ですが、1,2,3,4・・・は、必ず次がやってくるものです

この戦争の話に限らず、子どもに「1」を与えることを、常に意識してみてください

