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目覚めた孔雀。独り言三昧。

目覚めた孔雀の独り言です。

誇大的自己と反撃的自己。

2021-08-02 23:16:19 | いけてつオタク話
日本の謙譲文化に育つと、育たない人格のパーツとして、
誇大的自己と反撃的自己がある。

上級国民と一般国民のセンスの違いとして、大いに特徴付けられるのが、この誇大的自己である。

誇大的自己とは、言い方を変えれば健全な自己愛で、門地や能力に関係のない自尊感情と言い換えても、あながち間違いではないような気がする。

逆に門地や能力に左右される自尊感情というのは、属性による自尊感情であるから、それが偽りの場合、もろくも彼らの自尊感情は失われる。

次に反撃的自己。
いけもとは小生意気なカウンセラーや精神科医に縁があった。
こいつら、よく考えれば挑発療法によって私を激怒させ、反撃的自己を呼び覚まさせようと画策してるのか、悪く考えれば病院でトラブルを起こさせ、受診拒否に持ち込もうとしているのか、散々苦しんだ時期があった。

そんなに俺を見るのがいやなら、ほかのカウンセラーや医者に変わればいいのにね。

それが患者ファーストであります。

閑話休題。

いじめられっ子たちに 必要なのは、この反撃的自己である。
考えてみれば、いじめという反社会行動をしている連中の学ぶ権利は保障され、なぜその被害者が、不当もに学ぶ権利を侵害されて耐えなければならないのか、理解に苦しむ。

大体、加害者が有形無形の暴力を行使するのであれば、警察力比例の原則によって、逆に被害者が同程度の暴力を行使してもよいのではないか?

この場合、保護されるべき法益は、加害者の法益では全くなく、被害者の法益だからである。

暴を以て暴を制することも必要だったのが、戦国時代なのである。

以上、管内東高井戸でいけもと。

私は日本茶が好き。

2021-08-02 10:20:25 | いけてつ独り言
私のブログを見ると、私がアルコールが好きな人に見えるだろうが、実は私はコーヒーや日本茶が大好きな男だ。

昔は、サムタイムというたばこと、深蒸し煎茶さえあれば機嫌がいい男だった。

コーヒーはハローさんに教えられて飲むようになったが、実は私は煎茶が好きな男なのだ。

何やら昔読んだ外人向けのオーガニックを薦める本によると、日本茶に砂糖やミルクを入れるのをやめて、単に日本茶だけのうまみがわかるようになったら、コーヒーの毒から逃げられた証だそうだ。

うろ覚えなので、あまり記憶には残ってはいないが。

さて、いつだったか?
そうそう、七月上旬にかったビバッチ(サントリーオールド)は、まだ二分の一ほど残っている。

それでおわかりのように、私はあまり酔い酔い🍺は好きではないのだ。

そんなわけである。
以上、管内本郷弓町でいけもと。