「差不多」的オジ生活

中国語の「差不多」という言葉。「だいたいそんなとこだよ」「ま、いいじゃん」と肩の力が抜けるようで好き。

わたしを離さないで

2006-06-13 | 
カズオ・イシグロさんの傑作と評判の高い「わたしを離さないで」(早川書房)。これはなんというか、不思議な作品。読後感が重く、人間の底知れぬ欲望に空恐ろしささえ感じます。

=以下はアマゾンからの本紹介=
自他共に認める優秀な介護人キャシー・Hは、提供者と呼ばれる人々を世話している。キャシーが生まれ育った施設ヘールシャムの仲間も提供者だ。共に青春 の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。キャシーは病室のベッドに座り、あるいは病院へ車を走らせながら、施設での奇 妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に極端に力をいれた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度、そして、キャシーと愛する人々 がたどった数奇で皮肉な運命に……。彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく――英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作『日の名残り』を凌駕する評されたイシグロ文学の最高到達点

この作品は事前の知識がないまま読んだ方が絶対に面白い。これから書く事はいわばネタばれ部分になりますので、本紹介を読んで「読もうかな」と思われたら、これから先の文章は読まない方がよいかと思います。

とにかく抑制の効いた文章です。淡々と青春の日々を描きます。仲間同士のいじめがあれば、ほのかな恋心もあり、友情もある。日常のほんとうに些細な一こま一こまを、細かい描写で描き上げる。でも、単なる青春文学でないことは言葉の端々にのぞく暗い影からうかがえる。なにかを書き尽くそうとする一歩手前で留る感じ。アマゾンの書評でどなたかが「寸止め」と評していらっしゃいましたが、言いえて妙かと。

で、その暗い影とは何か? 「提供者」という言葉から想像される通り、彼らはクローンで、臓器などを提供するためだけに生かされている存在であることが徐々に明らかになってきます。臓器を数回に渡り提供する間、快復のためにつきそう「介護人」もいつかは提供者になる仲間が担う。しかし、彼らはそうした存在を「使命」として受け入れている。だから声高に疑問や抗議の声をあげることは最期までない。でも、少しでも長く愛する人と共にいたいというささやかな希望はある。そのささやかな希望に向けての行動とその結末…抑制された文章とあいまってとても重い印象を醸し出します。

提供者が普通に心や感情をもち、青春時代を送る「普通の」人間となんらかわりがない存在であることを描くために、淡々とかれらの日常が描かれていたのだということが、じわーっと最後の方には浸透してくる感じ。

「施設」の意味も最後に明らかになるのですが、それが明らかになる段の会話は、人間の欲望の底知れない深さを思わせます。そして、「偽善」以上に他人を傷つけることはないのだ、ということも。提供者がまったく逃げる事無く、最期まで「使命」に忠実に生きようとする姿は、崇高ささえ漂いますが、教育の恐ろしい一面をみせつけます。

こうして書くと安手のSFかホラーのように思われそうですが、最後の一行まで抑制がきいた文章のおかげで、あたかも現実がそこに存在しているかのよう。空恐ろしい。お見事な作品でした。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
初耳 (さらさ)
2006-06-15 23:24:41
カズオ・イシグロさん

知りませんでした。

海外で、活躍されてるのですか?



もう少し、精神的に軽くなったら

読んでみたいです。



「チョコレートアンダーグランド」

私も、さっそく、借りてきましたよ
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さらささん (ての)
2006-06-16 08:45:56
カズオ・イシグロさんは英国で活躍していて、ブッカー賞などを受賞されているそうです。私も実はよくしりませんでした。
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