ホメオパシーやマイナスイオン等々……
「疑似科学」の事例は枚挙に遑がないが、
江本勝氏らが行った水の結晶の実験もよく挙げられる。
簡単に言うと、
「ありがとう」という字を見せた水はきれいな結晶を作り、
「ばかやろう」という字を見せた水はいびつな結晶になった、
というもので、なんとも人間にウケそうな展開と言える。
江本氏の著書も、江本氏を批判する意見も共に読んできて、
私もどちらかといえば江本氏に否定的だったのだが、ここにきて
そんなこと(江本氏の言うこと)もありうるのではないか、
という気もしてきたのである。
それは、江本氏に否定的な意見の根拠が
ものすごく脆弱に感じてきたからだ。
江本氏に否定的な意見を見ていると、
「水分子が意思を持つなんてことはあり得ない」
という命題が、当たり前のように真と扱われているのが気になる。
古典力学(ニュートン力学)のみから考えると、真とみなしてよいだろうが、
『量子もつれ』や『二重スリット実験』を考慮すると、
「水分子が意思を持たない」とはとても断言できないと思うのだが……。
とはいえ、江本氏の実験はあまりに杜撰である。
水の結晶を作るのであれば、
同じ温度・同じ湿度で行わなければならない。
気温や湿度により、水の結晶の形が変わることは、
中谷宇吉郎氏の研究以来、ほぼ定説となっているからだ。
また「いい言葉」と「悪い言葉」をどう区別するのか、
についてももう少し検証が必要だと思う。
たとえば「shine」という言葉。
「死ね」と読めば当然悪い言葉になるし、
英語の「シャイン」と読めば
「輝く」となり、おそらく「いい言葉」になる。
仮に江本氏の説を真とするのであれば、
書いた人が「死ね」と思って書いたか、
「輝く」と思って書いたかに依存するのであろう。