私は『履歴書から性別欄をなくそう』
というキャンペーンにも署名したぐらいで、
性別なんてどうでもいいファクターだと思っていた。
しかし、介護を苦に心中などに走ってしまったケースを聞くと、
男性だけで介護を担っていたケースが目立つ。
我が家も、家族は父母と私。
日常的に母の介護をするのは、父と私である。
女性なら当たり前に気づく、できることが
男性にはやはりどうしてもできない、わからない。
現代文の問題のように、
心理の解説を聞いてさえも「?????」なことが多々……。
――魚に空を飛べと言っても困ってしまう。
鳥にとっては当たり前でも、
魚にとっては無理難題なのだ――。
我が家には、魚しかいない。
嗚呼、一羽だけでも鳥が欲しい。
私に女の姉妹でもいれば……。
私が結婚しろという指摘もあろうが、
今結婚したら「介護奴隷」にする気満々のように思われかねないし、
かといって「介護のことはな~~んにも気にしないでいいよ」
なんて、自民党並みの嘘を吐くわけにもいかぬ。
母の大脳皮質基底核変性症の特徴として、
「名詞がパッと出にくくなる」というのがある。
高齢者には多かれ少なかれ見られる症状ではあるが、
「あの部屋のあそこから、あれを持ってきて」
なんて会話は、察しの悪い男にとっては、
アリやスズメと会話する以上にストレスフルだ。
また、肉体的に母は声を出すのが厳しくなってきているが、
父は耳が遠いと来ている(急性硬膜下血腫の後遺症)。
母が必死に声を出し、父は何回も何回も聞き返すから堪らない。
耳の遠い人は、口の形からある程度言っていることを読み取り、
あとは「勘」でテキトーに流すという技を習得すると聞くが、
大マジメな父は、全部聞き取ろうとしてしまうのだ。
察しの良さ、柔軟さ、生活力の高さは、
どう頑張ってもなかなか女性には勝てぬ。
嗚呼、我が家に一人でも女性がいてくれれば!