日記

Hajime

彼が旅をやめた理由。

2006年09月20日 | Weblog

秋の少し乾いた眩しい光が部屋のカーペットに窓枠の形を大きく台形に変化させて差し込んでいた。
夏の終わりから秋にかけてのこの時期の太陽は差し込むように鋭い光だがとても柔らかで、何かを包み込むような、暖めるような春のあの光よりももう少しだけ、夏のズンとした熱くて重たいあの光よりももう少しだけ、冬の雲間から差し込む地球と太陽をつなぐヘソのをみたいな光線よりも少しだけ光の鋭さとその暖かさにはギャップがある。
屋根という屋根はその光を浴びて真新しい車のボディのようにつるつるときらきらと輝き、天はとても高く感じられて、光は本当に優しい。
光があまりに強いので木々の影はよりくっきりと地面に姿を映し、世界の全てのものがあやふやじゃなくくっきりと姿を、形を表しているように感じられた。
こんな日に宇宙から地球をみたらあまりにもいろんなものがくっきりと見えるのかもしれない。

リョウトは何年か前ヨーロッパを旅していた。
ちょうど今の時期、夏と秋がとけあいながら少しずつ季節が変化していく頃、朝一番ボルドーからスペイン国境付近の街に向かう朝4時過ぎ発の特急列車に乗っていた。
30分も電車に乗っていると、市街を抜けずっと田舎の風景の中を電車は走った。
まだ薄暗く、外の景色はまだはっきりと見えなかったので、電車の中を見渡してみるとそこにはリョウトと同じ様な年格好の若者のバックパッカーばかりだった。そのためその車両には満員であると同時にそれぞれのバックパックが溢れていて、それは通路まで大量に溢れ出し、身動き一つとれず自分の席を確保することでやっとだった。
リョウトもまたバックパック一つが荷物であり、朝一番の特急列車でフランスとスペインの田舎の国境付近をうろつく東洋人が見渡すかぎり自分一人だということが心をいくらか興奮させた。

外の景色は一面の野原で何か背の高い木々があちらこちらにかすかに立っているのが分かったが、窓の外の視界は夜と朝のつかの間の時間で空は深い紺と淡いピンクが混じりあった色の世界、地面は朝露が野原の緑をいっそう濃く創りあげていた。
そして地面と空のそれぞれの色の世界の中間世界ではずっと彼方までぼんやりとした霧が漂っていた。
果てしない霧の中にうっすらと電車の速度についてくる明かりがあり、それは太陽だったが霧の世界のなかではただ濃い白の点だった。
世界はまるでその白い点から吐き出された細かい霧で覆われているかのように思われた。
やがて視界は空の色も、地面の緑も、かすかに見えた木々もぼんやりとした白い霧が隠し、真っ白な世界の中にもっと白い点だけが存在する世界になった。
リョウトは一瞬空を飛んで雲の中にいるように感じられた。

19歳のベルギー人女性が話しかけてきた。彼女はイルカ・プロートという名で、ベルギーからスペインへ向かう途中だった。
リョウトはしばらく彼女とたわいもない話をしていたが、まだ外の世界の風景と電車の中のギャップについてこれず、上手く集中して会話が出来なかった。
そんな中で一つだけプロートが言った言葉だけがリョウトの頭の中に張り付いた。
「旅というものは永遠に終わることはないわね。肉体で旅をしなくても人はずっと旅をするでしょう。けれどそれをやめてしまうことも簡単にできるわ。それでも私はどんなかたちでも旅を続けようと思う。」

リョウトは日本に帰ってきてしばらくは旅に行くのはやめようと思った。
自分が一番見たかった風景に出会える事ができたことと、およそその風景は自分の心の風景の一部にあったものと一緒であったからだ。
つまり、どこか知らない場所で彼が求めていた風景、満たされる風景は彼自身の心の中にある風景と同じもので、その風景はどこかに行かなくとももはや目を閉じただけで見えるほどに強いイメージとなり彼の中に存在しているのだ。
その情景を日本にいて少しずつ形に表したいという想いが膨れ上がり、具体的な旅はしばらく控えることにしたのである。

彼は日本にいても心の旅は続けている。
違う場所へ行く旅と同じように、いえそれ以上に不安で険しく、危なく、それでいて時に風景以上に美しいものにも出会い感動することができる。

リョウトは昼下がりふとそんな旅を思い返したのである。
窓の外にはあの時と同じ匂いの風が漂い、木々の枝を通り抜けていた。


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この時期の空気がとても好きです。
きれいで、広々としていて、その中に少しだけ切なさの粒が混じっていてとてもきれいで好きです。
思わず別に何もない景色もただぼーっと眺めてしまうような、それでいて跳ねたくなるようなそんな季節。
心の故郷を楽しく切なく思い描ける季節。

前回のブログで写真を何枚か載せたのですが、携帯で見れないと連絡をいただいた方々大変すみませんでした。

では、また。
  はじめ