千葉シニアアンサンブル・それいゆ(CSE) 音楽の世界

毎週月曜午後花見川区畑コミュニティセンターで練習。弦楽器、管楽器募集中

ヴァイオリンと私の縁(柏原 裕正)

2011-09-20 15:40:05 | 日記

                                  

 

 

(本年2月にTV朝日に登場の柏原さん)

父は平凡なサラリーマンでしたが、私が小学校2年の時に亡くなりました。
忘れられないのは父が遺したバイオリンです。しかし、病弱で入退院を繰り返していた父のバイオリンは遂に聞かず終いでした。母から聞いた記憶に依れば、師範学校の先生に来て頂いて家で習っていた由。私は多分物心つかないうちから傍らで、あるいは、隣室で聞いていたのでしょう。
学校から帰ると、父のバイオリンを取り出して遊んだり、ケースの中にあるピッチパイプ(調子笛)を吹いては、 G,D,A,E(開放弦の音)や、それらの和音を聞いて、絶妙な音に独りで感動しておりました。
そのうち、時代は国を挙げて戦争に突入、受験勉強もあって、次第に音楽(?)から遠ざかってゆきました。
戦争が終わり、復員して満州から帰ってみると、故郷は空襲を受けて一面の焼け野が原となっており、当然、父の遺品も全部焼けてしまっていました。ガムシャラに働いて一息ついたのは昭和27・28年の頃でした。思い出してバイオリンを購入、鈴木指導曲集やホーマンの教則本で独習、それこそ、ギーコ、ギーコと始めたのですが、我流ではなかなか上手くゆかず、遂に断念。押し入れに突っ込んでしまいました。
その後、瞬く間に30年が経ち、勤めを引退し余暇が出来たのを幸いに、再挑戦。ヤマハの「大人の教室」に入会し、正式に先生に習い始めました。先生は音大を出て間も無い若い方でしたが、学生時代からコースの設立準備を手伝われたそうで、とても熱心に教えて頂きました。生徒お互いに励まし合って練習するうちに、約10年、教程を曲がりなりにも修了しました。
しばらくして、CSEの団員募集を知り、早速お願いして入団。今日に及んでおります。何しろ齢をとってからの練習ですので、気ばかり先行してなかなか進みませんが、共通の目標を持つ多くの方々と楽しいひと時を過ごすことが出来、しかも、幾分なりとも社会に貢献出来ることは無上の喜びです。
バイオリンで人生が始まり、紆余曲折、長い空白を経て晩年に達してからバイオリンに戻り、合奏を楽しんでいることに何かの縁を感じるこの頃です。        

皆様お待たせしました。久しぶりに「音楽と私」の原稿が来ましたので、掲載いたします。CSEの最高齢である柏原さんの音楽人生は、なかなか波乱に富んでいて興味深いですね。押入れにしまっていた楽器を取り出すか否かで人生が大きく変わってきますね。私も35年触らなかった楽器に、ひょっとしたら一生縁がなかったかもしれません。何事も始めるには何かしら心の葛藤があります。今、3人に原稿を頼んでいますが、団員の半分くらい?集まったらプリントしてお見せしたいと考えています。  山のん

コメント (1)
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