「魔術的世界での魂の愛の力は、悟性的世界のものには持ち得ないものであり、その代表者であるマルケは「愛することの出来ない王」である。これは彼自身のⅡ幕最後の嘆きの言葉で示される。かつてイゾルデは自分の前に傷ついてやって来たトリスタンの眼に自分と同質のものを見、それ故に彼女は彼を救った。しかし今や真の敵であるマルケに売り渡そうとしており、イゾルデは怒りに震える。彼女はトリスタンの中に自分のパートナーたる本質を見、以前のパートナー、モロルトの死を許した。 それは古い王の新しい王への交代、つまりヘロスの交代である。しかし彼は彼女を裏切り、別の世界の王マルケに売り渡した。二人が死ななければならないのは当然である。 それは本源の愛を取り戻すためである。 死によってあの魔術的魂の根源がよみがえり、マルケの世界から離脱できる。 死(愛)の薬によって、かつての世界へ、原型へと立ち返ることができる。その場所こそが、暗い母の胎内、かつての本源の国なのである。」
だが、「イゾルデ」の母権的文化は、社会の父権制化とキリスト教化により変形・駆逐されてしまう。
これと同時に、社会は本来の「愛」を失ってしまった。
そう言えば、プラトンの「法律」に登場する「婚姻」は、「愛」とはおよそ異質のものである(優生学的というか、もはや「今日の観点からみて差別的」な表現が頻出する。)。
では、この「愛」をワーグナーはどう描いたのだろうか?
TRISTAN
So stürben wir,
um ungetrennt,
ewig einig
ohne End',
ohn' Erwachen,
ohn' Erbangen,
namenlos
in Lieb' umfangen,
ganz uns selbst gegeben,
der Liebe nur zu leben!
So stürben wir,
um ungetrennt,
ewig einig
ohne End',
ohn' Erwachen,
ohn' Erbangen,
namenlos
in Lieb' umfangen,
ganz uns selbst gegeben,
der Liebe nur zu leben!
(【トリスタン】ならばいっそ死んでしまったほうがいいのかい、離れずに、永遠に一体になって終わりなく、目覚めることなく、不安を抱くことなく、名も無く愛にかき抱かれ、自らを捧げ尽くして、この愛のためにのみ生きたほうが! )
(中略)
BEIDE
ohne Scheiden,
traut allein,
ewig heim,
in ungemessnen Räumen
übersel'ges Träumen.
ohne Scheiden,
traut allein,
ewig heim,
in ungemessnen Räumen
übersel'ges Träumen.
(【二人】離れることなく、ぴったりと二人きりになり、永遠に我が家に帰り、計り知れない空間で至福の夢を見る。)
TRISTAN
Tristan du,
ich Isolde,
nicht mehr Tristan!
(【トリスタン】トリスタンは君、ぼくはイゾルデ、もうトリスタンではない! )
Tristan du,
ich Isolde,
nicht mehr Tristan!
(【トリスタン】トリスタンは君、ぼくはイゾルデ、もうトリスタンではない! )
ISOLDE
Du Isolde,
Tristan ich,
nicht mehr Isolde!
Du Isolde,
Tristan ich,
nicht mehr Isolde!
(【イゾルデ】あなたはイゾルデ、トリスタンはあたし、もうイゾルデじゃない! )
BEIDE
Ohne Nennen,
ohne Trennen,
neu' Erkennen,
neu' Entbrennen;
ewig endlos,
ein-bewusst:
heiss erglühter Brust
höchste Liebeslust!
Ohne Nennen,
ohne Trennen,
neu' Erkennen,
neu' Entbrennen;
ewig endlos,
ein-bewusst:
heiss erglühter Brust
höchste Liebeslust!
(【二人】名づけることなく、別れることなく、新たに認め合い、新たに燃え立ち、永遠に終わらず、ひとつの意識になる・・・それは熱く燃え上がる胸の
至高の愛の歓び! )
至高の愛の歓び! )