満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

クルアーンにある25人の預言者たち・使徒たち その1

2010-09-25 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


 預言者さま(صلى الله عليه و سلم)のハディースによると。預言者12万4千人、その中に使徒は315人います。このハディースは、ムスナド・アハマド(イマーム・アハマド出典のハディース集)にあります、アル=ブーハーリーやムスリムのようなサヒーフ(真正)のものとはされていませんが、ある程度受け入れられるハディース・・ハサン(良好)とされています・

【われはあなた以前にも、使徒たちを遣わした。その或る者に就いてはあなたに語り、また或る者に就いては語ってはいない。だがどの使徒も、アッラーの御許しによる外、印を齎すことはなかった。そしてアッラーの大命が下れば、真理に基づいて裁かれる。そのとき、虚偽に従った者たちは滅びる。】(40-78)

 この節によって、私たちは12万4千であっても、それより多かったとしても。預言者・使徒たちを信じています。とりわけ、クルアーンに出てくる25人の預言者たち(عليهم السلام)については強く信じています。

 アッラーは最初にアーダム(عليه السلام)を創造し、アーダム(عليه السلام)からハウワー(イブ)を創造しました。そして人間の最初の世代は、アーダム(عليه السلام)とハウワーから生まれました。そのあと、次々と子孫が生まれ、人間は世代を重ねていきました。アーダム(عليه السلام)は使徒でした。正しい信仰の内容とシャリーア(アッラーからの宗教的なルール)を授かっていました。しかし、アーダム(عليه السلام)の時代の後、人間は数も増えて、生活のために移動するようになり、それぞれ離れて暮らすようになりました。長い時間が経つと、アーダム(عليه السلام)の受けたシャリーアを守らず、シャイターンや自分の欲望に従ったり、どんどんひどい悪行をするようになりました。ついには約千年後、偶像に礼拝する人まで現れるようになりました。だからアッラーは、預言者・使徒たちをすべての人間の共同体(ウンマ)に送りました。それは預言者・使徒たちが、人々に正しい信仰の内容を教え、人々が正しいシャリーアに戻ることができるようにするためでした。

【本当にわれは、各々の民に一人の使徒を遣わして「アッラーに仕え、邪神を避けなさい。」と(命じた)。それでかれらの中には、アッラーの導かれた者もあり、また、迷誤が避けられない者もあった。それで地上を旅して、(真理を)拒否した者の最後がどんなものであったかを見るがいい。】(16-36)

1. 使徒آدمアーダム(アダム)(عليه السلام)

 預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディースとイスラーム学者の大部分によるとアーダム(عليه السلام)は使徒でした。

 時代・場所:アーダム(عليه السلام)の時代がいつだったのか、地球のどこだったのか、私たちはわかりません。
 年齢:彼は、950歳~100歳くらいまで生きたと言われています。

(ちなみに。アーダム(عليه السلام)に限らず、預言者たち(عليهم السلام)の生きた時代、彼らの歳などはクルアーンにはあまり書かれていません。歴史学者の研究や、旧約・新約聖書によって時代や年齢が算出されています。)

 アーダム(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第2章、第7章、第15章、第20章です。

 アッラーは、人間の祖を恩恵により預言者にしてくださいました。アッラーは、人間を最初からお導きになり、正しい信仰の内容とシャリーア(ルール)を教えてくださったのです。


2.預言者إدريسイドリース(ハヌーフ)(عليه السلام)

 (歴史学者と弱い伝承のハディースによると。アーダムとイドリース(عليهما السلام)の間に、シェイスという預言者がいますが、クルアーンには登場しません。)

時代・場所:よく分かりません。
 世代:アーダム(عليه السلام)の6世代あとの子孫です。つまりアーダムとイドリース(عليهما السلام)の間には、5人のお父さんがいることになります。
 年齢:83歳まで生きたといわれています。

 クルアーンにはイドリース(عليه السلام)について、19章に単純な文章で述べられています。

【またイドリースのことを、この啓典の中で述べよ。かれは正直な人物であり預言者であった。そしてわれはかれを高い地位に挙げた。】(19-56&57)

 物語や詳細な説明はありません。私たちは、この節を信じます。イドリース(عليه السلام)については歴史学者の研究では他にも出てきますが、私たちは、それに関しては信じなければならないというわけではありません。

3.使徒نوحヌーフ(ノア)(عليه السلام)

 時代:紀元前3900年~2900年
 場所:はっきり知られていませんが、エジプトと言われています。
 年代:ヌーフ(عليه السلام)はアーダム(عليه السلام)の9世代あとの子孫です。
 年齢:950歳(彼の寿命なのか、ダアワ(宣教活動)をした年月なのか不明)
 ヌーフ(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第11章と第71章です。

 預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディースによると、アーダムとヌーフ(عليهما السلام)の間に1000年ぐらいあります。この1000年ぐらいの間の人たちは、正しい宗教を守っていましたが、だんだん信仰が弱くなってきていました。そしてヌーフ(عليه السلام)の時代のころから人々はアッラーのことをないがしろにしたり、偶像を崇拝したり、し始めました。そこでアッラーはヌーフ(عليه السلام)を使徒としてメッセージを送られました。ヌーフ(عليه السلام)はいっしょうけんめいダアワ(宣教)しました。しかしほとんどの人々は受け入れず、ヌーフ(عليه السلام)を侮辱しました。結局ヌーフ(عليه السلام)は、アッラーが自分の民族を罰するように祈願しました。アッラーは応じられて、「すべての無信仰者を沈める。」とヌーフ(عليه السلام)にお伝えになりました。ヌーフ(عليه السلام)と彼のことを信じた人は、箱舟をつくって乗り込み、さらにすべての動物のつがいを乗せました。そうして。大洪水の中、助かったのです。大洪水のあとヌーフ(عليه السلام)の家系にだけに子どもが生まれ、舟に乗ったほかの信仰者には子どもが生まれませんでした。これにより、ヌーフ(عليه السلام)は人間の2番目の先祖となりました。ヌーフ(عليه السلام)の子どもたちは少なくとも3人いました。彼らの名前は、サームسام(セム)、ハームحام(ハム)、ヤーフィスيافث(ヤフェト)でした。サームはアラブ・ペルシャ・ローマの祖(つまりヨーロッパと中東)、ハームはコプト・スーダン人・ベルベルの祖(つまりアフリカ)、ヤーフィスはトルコ・サカリーバ(スラブ)・ヤジュージュとマアジュージュ(ゴグとマゴグ)の祖(つまりアジア)になりました。(イブン・カースイールの「預言者たちの物語」88pより)

4.使徒هودフード(عليه السلام)

 時代:紀元前2500年~2200年
 場所は:アフカーフというところで、現在のオマーンとイエメンの間にあります。
 世代:フード(عليه السلام)はヌーフ(عليه السلام)の7世代あとの子孫です。(サームの血筋)
 年齢:150歳
 フード(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第11章、第46章です。フード(عليه السلام)の民族はサームの子孫でアードعادと呼ばれました。アードは、とても強い民族でした。体格も大きく、自分たちの強さを誇示するために、石を積み上げて建物を建てていたほどでした。しかし、偶像を崇拝し、来世を信じていませんでした。フード(عليه السلام)はいっしょうけんめいダウワしていましたが、人々はフード(عليه السلام)をあざ笑いました。そしてついにアッラーは、この民族を風で滅ぼされました。

5.使徒صالحサーリフ(عليه السلام)

 時代:紀元前2000年~1900年
 場所:アルヒジュルというところで、現在のヨルダンとサウディアラビアの間にあります。今はマダーイン・サーリフ(マダイン・サーレー)と呼ばれています。
 世代:サーリフ(عليه السلام)は、ヌーフ(عليه السلام)の9世代あとの子孫です。(サームの血筋)
 年齢:58歳
 サーリフ(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第15章、第26章、第27章です。
 サーリフ(عليه السلام)の民族はサームの子孫でサムードثمودと呼ばれていました。経済的にも繁栄していました。彼らは、山に自分の住居を掘っていました。彼らは偶像を崇拝していたので、サーリフ(عليه السلام)は、アッラーの信仰に戻るように人々にダアワしました。しかし、人々は拒絶し、サーリフ(عليه السلام)には岩から巨大なラクダを出して奇跡を見せるように言いました。アッラーはサーリフ(عليه السلام)のドゥアーを受け入れられ、実際に岩からラクダを出してくださいました。しかし、人々は再度拒絶しただけでなく、ラクダも殺してしまいました。それで、アッラーはサムードの民族を滅ぼされたのです。

インシャーアッラーإن شاء الله続きます。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام



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