満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

ラジャブ

2007-07-13 | ドゥ’アー
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

明日は新月です。来週からインシャーアッラー、イスラーム暦7月ラジャブです。
預言者さま(صلى الله عليه و سلم)はラジャブの新月をご覧になって次のドゥアーをおっしゃいました。

اللهُمَّ  بَارِكْ لَنَا فِي رَجَبٍ وَ شَعْبَانَ  وَ بَلِّغْنَا رَمَضَانَ

おお、アッラー、ラジャブ月とシャアバーン月に、私たちに祝福をお与え下さい。そして私たちをラマダーン月まで無事に行かせて下さい。
(ア=ッ=タバラニーとアハマドの伝承)

 本当にアッラーの御許で,(1年の)月数は,12ヶ月である。アッラーが天と地を創造された日(以来の),かれの書巻のなか(の定め)である.その中4(ヶ月)が聖(月)である。それが正しい教えである。だからその聖月中にあなたがたは互いに不義をしてはならない。(9:36)

 4つの聖月とは7月(ラジャブ)・11月(ズ=ル=カアダ)・12月(ズ=ル=ヒッジャ)・1月(ムハッラム)のことです。

 聖なる月として、また9月(ラマダーン月)への準備として、7月(ラジャブ)から8月(シャアバーン)の第3週目辺りまで月曜日・木曜日の週2回サウム(断食)を始めるムスリム・ムスリマが多く見られます。
*ラジャブ月だからという理由でサウム(断食)を行うことは確かなハディースがないので、避けたほうがいいというファトワもあります。しかし、どの月であろうと月・木のサウムや月の13・14・15日(白い日)のサウムは預言者さま(صلى الله عليه و سلم)が奨励なさった行為です。ラマダーン月に向けて体を慣らすという意味ではいいかもしれません。

・去年のラマダーン中にできなかった分の日数をまだカダー(埋め合せ)してない方は、次のラマダーン月が近づいていることを鑑み、サウムすることをお勧めします。



アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام


ファーティマ・ザハラー(ラディヤッラーフ アンハー)⑨

2007-07-01 | 預言者の娘たち
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

出発に先だってファーティマは生家とハディージャの墓所を訪ね、別れを告げた。
 マッカ滞在は二、三ケ月程の期間であった。ヒジュラ暦八年のラマダン月(第九月)に来て、同年ズルヒッジャ月(第十二月)にアンサールの町に向かって旅立った。
 ファトフ(開放)の晩にファーティマがつぶやいたごとく、この間の出来事すべてがまるで夢の中の出来事のようであった。夢の日々はそのまま二年の間統いた。ファーティマはいつも父のそばにいて、朝に晩にその輝かしい姿を日にしてきた。子供たちにも夫にも日々倍増する父の愛を一身に受けて彼女は幸福の絶頂にあった。初期に苦難の年月が奪った彼女の健康もすっかり甦り、子供たちの育児に力を住ぐ毎日であった。勝利の日を迎えて経済的にも豊かになったアリーがー雇った下男に家事の重労働はまかせることができた。
 だが、夢の日々から目覚めねばならぬ時がやって来た。
 預言者が病いに倒れ、頭痛を訴えた。ヒジュラ暦十一年サファル月(第二月)下旬であった。
 預言者の妻たちもムスリムたちも、すぐに治る軽い病気と考えた。使徒が病気で死ぬなどと誰も考えはしなかった。
 しかしながら『父親のお母さん』ファーティマは、頭痛の発作を耳にしてビクッとした。アチッと燃える火に触れたときのように、一瞬体中に戦慄が走った。
 いつぞや父がこっそりと話してくれたことが思い起こされたからであった。ファーティマが信徒の母アーイシャの家に父を訪ねると、父は「娘よ、よく来たね……」と笑顔で出迎えた。アーイシャが言うには、ファーティマは特徴がムハンマドに本当によく似ていたという。
 使徒はロづけして娘を迎え入れ、右に坐わらせると、いよいよ運命の時が来たようだとこっそり告げた。彼女が泣き出したので、こう言ってなだめた。「だが家族の中で、あなたが私のすぐ後をー番に追いかけてくる人だよ」そしてこう付け加えた。「トップレディーになるのは嫌なのかね?」彼女はにっこりした。アーイシャは変に思って「今日は悲しくて嬉しい日なのですか。おかしいですね」そして機会をみてファーァィマに預言者がこっそり告げた話について尋ねたが、『父親のお母さん』はこう答えた。「使徒様の秘密は教えてあげられないわ!」
 その日家に戻ってからも父の元気な様子からファーティマはさ程気にかけることもなく過ごしていたのだが、数日後、預言者が頭痛を訴えたとの知らせが届いて、胸騒ぎに襲われた。心臓が千切れそうに痛んだ。ファーティマは父の家に急いだ。
 父は気をしっかりと奮いおこし、痛みを堪えて、いつものように夫人たちを順に訪問し始めていたが、痛みはその間一層激しくなり、ついにマイムーナの家に着いたときにあまりの苦痛にとうとう動けなくなってしまった。夫人たちを呼び、アーイシャの家で介抱を受ける承諾を得て、彼は最愛の妻の家に移された。
 病床に伏した父を見守ってファーティマは一睡もせずに介抱を続けながら、冷静にじっと苦しみに耐え、神に願い祈り続けるのだった。
 しかし苦痛のあまり水を取って頭にかけ、「ああ痛い……」と呻く父を見て、ファーティマはとても冷静に耐えてはいられなかった。彼女は涙にくれ、悲痛な声をあげた。
「ああ、お父様、あなたの苦しさは私の苦しさなのです!」
 父は彼女に優しい目を向けて言った。
「もうこれからは、私のことで苦しませたりしないよ……」
 運命の時がぎて、ムハンマドは至高の天使に迎えられて昇天した。残されたファーティマはその後悲しみの果てることのない父亡き娘となった。
 ファーティマがいまだ深い悲しみに打ちひしがれている間、使徒が逝ってまだ四十八時間が立たないうちに、アブバクルヘの屋根の下の誓い(初代正統カリフとして推載)がなされた。
 切り刻まれた力をふり絞って、彼女は足を引きずりながら父の墓にたどり着いた。墓の土を握りしめ、泣き腫らした目を伏せて、両手の中の土の匂いを嗅ぎながら苦しそうにつぶやくのだった。
「ムハンマドの墓の土の匂いを嗅ぐ者に、何か起こったというの? ずっと昔から尊い人の墓の土の匂いを嗅ぐのが習慣ではなかったの? 尊い香りを嗅ぐはずではなかったの? 私に訪れたこの災難よ、昼と夜が逆さになったようなこの災難よ!」ファーティマは泣き崩れた。周囲に集まった人びとももらい泣きした。絶望的なしぐさで指先から土をすくい落とし、空になった両手をじっと見いる彼女の有様に、人びとは胸が千切れる思いであった。彼女はすべてが終った者のように無残なばかりの姿で立ち去った。
 彼女の後を打ちひしがれて涙にくれた人びとが従って歩いた。彼女の家まで来ると預言者の下男であったアナス・イブン・マーリクが入室の許可を求め、彼女に辛抱するように与言う。彼女は咎めるように言った。「どうして使徒様の遺体をあそこの土に埋めてしまったの?」
 アナスも他の人びとも、ただ止めどなく涙を流し、ひたすら「冷静に、忍耐を」とくり返すのみで何も言えなかった。
「冷静?忍耐?もうこれ以上の苦しみは何もないというのに?」
 統いて夫アリーが部屋に入って来た。ハーシム家の男たちが一緒であった。彼らはファーティマに聞こえるところで誓いのことを話していた。
 イスラームに大勝利をもたらしたアリーの偉業の数々を、使徒に愛され大切にされたアリーの立場を、彼らは思いかえしていた……アリーはいつも使徒と共にいて、あらゆる遠征に参加した男だった。ウフドの戦いではムハージルの旗手であった。クライザ部族征伐のときも、ハムラー・アルアサドのときも、フナインの戦いのときも、彼は使徒の旗を掲げ持った。
 ハイバルの日にはイスラームの最初の象徴旗、信徒の母アーイシャの服地で作られた旗「鷲」を待った。このとき預言者は「この旗は神を愛し、その使徒を愛する者に委ねられる。そして神も使徒もその者を愛する……」といった。オマル・イブン・アルハッターブはぜひその栄誉に預りたいと願ったのだが、翌日使徒はアリーを呼び、その旗を彼に手渡した。
 ファトフ(マッカの解放)の日、その旗はサアド・イブン・イバーダの手にあった。預言者はアリーに言った。「行って、旗を特ちなさい。あなたがそれを持って入都しなさい」と。
 ヒジュラ暦六年シャアバーン月(第八月)、アリーは使徒の軍団を率いてファダクに遠征した。九年にはアルフルスの戦い、そして十年にはアルヤマン(イエメン)に遠征した。
 そのすべての合戦に勇猛果敢な働きで殊勲をたてて凱旋した。
 ファトフの日から一年、アリーは使徒の愛用のラクダ、カスワーに乗ってハッジを行った。
 使徒がムハージルとアンサールに兄弟の契りを結ばせたとき、使徒は自分の兄弟としてアリーを選んだ。
 パドル戦に出陣したときは、それぞれ三人ずつが一頭ラクダに乗ることになった。このとき使徒はアリーとアブールハーバの二人を選んだ。二人はゆったり乗れるように歩くと申し出たのだが、使徒はこう言って二人の申し出を拒んだ。
「あなた達が私より歩行に強いとは思えない。私があなた達より、神からより多くの報酬をもらえる身、ということはないのだ」
 使徒が存命中にアリーのことをこう言っていたのを人びとは覚えている。
「あなたは私にとって、ムーサー(モーゼ)にとってのアロンのごとき人……」
「あなたは私の一部、私はあなたの一部……」
「あなたは私の死後に、すべての信徒を率いる者……」
「私に従う者はアリーに従う者……」
「忠実なる信者は彼を愛し、偽善者は彼をきらう」
 一体、このアリー以上に後継者たる資格を有する者がいるのか? 預言者の養子、従兄弟、娘ファーティマの夫、ハサンとフセインの父、初期からのムスリム、不屈の闘士、イスラームの旗手として指揮官として各地で勝利を納めたクライシュの勇者であり賢者なのだ……。
 ファーティマは何も言わなかった。無言のまま人びとを避けてひっそりと何日も部屋に蘢ったままであった。アブバクルが拒んだ自分の相続権を求めて競いを起こす気力もなかったのだ。大きな悲しみは競いを起こすほどの力を残してくれなかったのだろう。
 しばらく彼女は傷つき悲しみに沈んで過ごしていたが、夫の権利、息子の権利を求めるべきと思い直すと、使徒の家族の手に大権をとり戻すために動き出した。
 アリーは彼女を馬に乗せ、彼女を連れてある夜各地方のマジュリス(集会場)を訪問して回った。彼女は夫の手に大権をとり戻すためアリーを支援して欲しいと頼んで歩いたが、皆がこう答えた。
「使徒の娘よ。我々はすでにアブーバクルヘの誓いに署名してしまった。もし、あなたの夫が先に来てくれたのなら誰もそうはしなかったのに……」
 イマーム・アリーは言う。
「私が使徒の遺体を部屋に放置したまま埋葬もせずにすぐ飛び出して、指導権争いを起こせばよかったのか?」
 ファーティマは言った。
「アリーはすべきことをやったのです。あの人たちは勝手なことをやったのです」
 家に戻って彼女は体んだ。朝になると戸口の近くで騒がしい声がするのに驚いた。オマルが入室を求めている声が聞こえた。オマルはウンマ(イスラーム共同体)分裂の危機を恐れ、ムスリムの団結のためにアリーも誓いに賛同するよう説きふせると言っている。
 ファーティマは苦しそうに叫んだ。
 「ああ、お父様、使徒様よ、オマルやアブーバクルからどんな仕打ちを受けたと思いますか、あなたが亡くなられてから...」
 人びとの間に泣き声が広がった。オマルは悲しくうなだれて立ち去った。オマルはアブーバクルを訪ね、一緒にファーティマに会い、二人で彼女に分かってもらおうではないかと誘った。
 二人は入室の許可を求めたが、ファーティマは許さなかった。アリーが来て二人を部屋に通した。二人は挨拶をしたがファーティマは返事をせず二人から顔をそむけ、壁面を向いて怒りを表した。
 やっとの思いで言葉を見つけてアブーバクルが言った。
 「使徒の愛娘よ、神に誓って、使徒の身内は私の身内よりもっと私には大切なのです。あなたは私には娘のアーイシャより大事な方です。できることなら、あなたの父上が亡くなられたときに私も一緒に死にたかった……。私があなたの徳もあなたの誉れもよく知っていながら、使徒の遺産をあなたが受け継ぐ権利を拒んでいるとお思いなのでしようか。それはただ使徒がこう言われたからなのです。……預言者が残したものはサダカ(喜捨)であって、相続されない……と」
 ファーティマはロを開いた。
 「あなた方の知っている使徒様の言葉を挙げたら、そのとおりになさるのですか」
 「はい」
 「あなた方はひどい方々です。神を恐れなさい。使徒様がファーティマの満足は私の満足だと言われれたのを聞かなかったのですか。ファーティマの怒りは私の怒り、私の娘ファーティマを愛する者は私を愛する者、ファーティマを満足させる者は私を満足させる者、ファーティマを怒らせる者は私を怒らせる……と」
 ふたりは答えた。「はい、使徒のその言葉を聞きました」
 彼女は続けた。
「神と天使に誓って言います。あなた方は私を怒らせ、私に不満を与えたのです。使徒様に会ったらあなた方のことを訴えます……」
 ファーティマの激怒に苦しみ、アブーバクルは涙を流しながら人びとの前に出て、誓いの廃棄を頼んだが、彼らは危機を乗り切るまではと彼を押しとどめた。
 私が読んだ限りの史料では、ファーティマがその後考え直そうと努めた様子は記録にない。ただ父の死以来、彼女がいつも悲しみの中にいて泣きあかしていたことを歴史はよく知っている。
 悲しみに沈んだまま、彼女は父の後を追う日のことばかりを考えていた。以前、亡くなる前に父がこっそりと彼女に話してくれたように……。
 そして何と早く、彼女は後を追ったのであろう!
 ヒジュラ暦十一年ラマダン月(第九月)二日、月曜日になると、彼女は家族のひとりひとりを抱き寄せ、じっと見つめてから、父の下女であったウンムラーフィウを呼び、低く弱い声で彼女に言った。
「私に水をかけて流して下さい」
 体をきれいに洗い清めると、父の喪に服していたため手を通さずにしまってあった新しい服を身に着けて、ウンムラーフィウに言った。
「部屋の真ん中に床をつくって下さい」
 彼女が仕度を終えると、その上に横になり、キブラの方角に顔を向けて、神と父に会える準備を整えた……。
 そして目を閉じて眠りに着いた!
 アリーは立ち上がり、泣きながら彼女を運び、アルバキーウに埋めた。         」
 父の死後六ケ月も立たない内の出来事であったと、大方の意見が一致している。
 預言者の最後に残った娘の墓をとり囲んで別れを告げながら、ムスリムたちは悲しみにくれた日を過ごしたという。
 離散した家族が再び一つに集まることができたのは、この世ではなかった。マディーナの沃土がファーティマの遺体を抱き込んだ。すでに父・預言者の遺体も、三人の姉たち、ザイナブ、ルカイヤ、ウンムクルスームの遺体も抱き込んだように……。
 ザハラー(ファーティマの敬称)の生涯の第一部の巻はここでページが閉じられた。だが再び、歴史書が第二部の物語を書き綴る……。シーア派の戦い、カルバラーの悲劇、カリフ継承の争い、アッバース家台頭の陰謀、ファーティマ朝の繁栄、これらの歴史的大事件、それをとり巻く諸事象はイスラームの信仰生活上に、学派や政治史上のさまざまな動きに、遠く影響を与え続けている。
 時代は移り変わったが、『父親のお母さん』は預言者の聖家族、祝福された清らかな子孫たちの中にいつまでも生き続けている。
 預言者に、そして預言者の家族たちに平安あれ!


アッラーのご加護と祝福がありますように

و السلام

ファーティマ・ザハラー(ラディヤッラーフ アンハー)⑧

2007-07-01 | 預言者の娘たち
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

今日も明日も、これらのハディースは語り継がれていくであろう。
使徒であり人間であったこの英誰を温かく見守る神の御心がそこに感じられる・・・。
ファーティマは決して忘れることはないだろう。孫を肩に乗せてマディーナのスークを歩く父の姿を・・・
マスジドに着くと孫をそっと隣に降ろし、人びとの前に立って礼拝の先導をした。
あるとき例になく長いサジダ(平伏礼)をしたので、礼拝が終って人びとは尋ねた。
「使徒よ、いつもよりずっと長くサジダしておられましたが、何かお告げがあったのですか」預
言者は言った。「いや、何でもないのだ。ただこの子が肩にのってそうさせるので、私も無理にこの子を急がせたくなかったから...」

ファーティマにはこのときの出来事も忘れられないことだろう。
ムスリムたちの前で説教をしていたとき、ハサンとフセインが出て来た。
ふたりが赤い服を着てヨロヨロと歩いていると、預言者はミンバルから下りて来てふたりを両腕で抱きかかえ、再び説教を続けて人びとに言った。

「神の御言葉どおり、財産と子どもは魅力である。このふたりがヨロヨコ歩くのを見て、つい話を止めて抱き上げてしまった!」

またこのときの有様も決して忘れないであろう。
預言者はフセインの肩を掴んで足の上にそを乗せ、「タック、タック」と踊らせていた。
すると子どもは祖父の胸まで足を登らせて、こう言った。
「口を開けて」すると預言者はロを開け、口づけして言った。
「本当に私はこの子が好きだ。神もこの子を愛して下さい。そしてこの子を愛する人びとを神よ、愛し給え・・・」

またある日のこと、預言者は食事に招かれて教友たちと一緒に出かけた。
路地でフセインが仲間の子ども達と遊んでいた。
預言者は両手を広げて子ども達の前に出て行き、孫を捕えようとした。
子ども達はあちこちに逃げまわり、預言者は孫を捕まえるまでからかっていた。
フセインを捕まえると、一方の手を襟首に他方をあごにやって、口づけして言った。
「フセインは私、私はフセイン 神よ、フセインを愛する者を愛し給え・・・」

周りを囲んでいた人びとは素直に尊敬の気持を表して言った。
「預言者がこんなふうに孫を可愛がるのに、私はまだ息子に口づけしたことだってない!」

預言者は非情を嫌い、こう答えた。「親しみを持たない者は親しみを持たれない」

ファーティマには夢のようなゆとりと幸福に満ちた日々であった。
今や偉大な英雄である父は破竹の勢いで半島を限なく新しい光で征服していった。
神が使徒とムスリムに約束された大勝利の日は目前であった。
マッカヘ出発の準備を整えながら、八年ぶりに訪れる故郷を想って彼女は眠れぬ夜を過ごしていた。
共に故郷を出た夫の傍らに寄り添って、ふたりの幼い日々を述懐した・・・。
マッカはあの頃のままであろうか。それとも年月がその面影を変えてしまったか。のびのびと自由に遊んだ思い出の世界は、もう時が消し去ってしまったか。

懐かしい家族の住まい、ファーティマが生まれた家はまだ残っているだろうか。
それとも敵に打ち壊されて荒れた廃家となってしまったか。カアパは? あの白いハトはまだ聖域で安全に保護されて放し飼いにされているだろうか。それとも邪教徒たちに追われて傷ついた翼で苦しんでいることか
あの子供の遊び場は? 今でも去って行った友だちを覚えていてくれるだろうか。
それともすっかり忘れてしまって、もう誰一人知る人もなく、何を聞いても答えてくれないかもしれない・・・。
ハディージャの眠る墓所は? アブーターリブの墓所は? その外の親類家族の墓は? 
大切な人びとはちゃんと守られて眠っているだろうか。それとも異教徒に掘り返され荒らされて、亡き人びとの遺骸は散り散りになってしまったろうか。

ふたりが想いにふけっていると、戸を叩く音がする。アリーは立ち上がって戸口の人を迎えに出た。いまだ想い出の余韻に浸っていたファーティマは目を見開らいた。なんと目の前に現れたのはアブースフヤーン・イブン・ハルブではないか。

多神教徒軍の旗手であり、あのウフドの殉教者の死体から肝臓をひきち切って喰いついたばかりか、ムハンマドの生母アーミナの墓をもあばくよう人びとにけしかけたという女、ヒンド・ビント・オトバの夫である。

ムハンマドがマッカ行かの準備を始めたと耳にしたので、アブースフヤーンは交渉のためマディーナにやって来たのだと言う。そしてイスラーム軍が大軍を整えてマッカ入りする大勢を知って驚いた。
彼は預言者の妻となった娘のラムラ(ウンムハビーバ)を訪ね、そこの寝台に腰を掛けて休もうとした。
すると娘は大急ぎで寝台のそばまで飛んで来て床を片づけ、多神教徒の父が腰を掛けるのを拒んだ。
痛く心を痛めた彼は悲しい思いで預言者のもとに向かった。
預言者に話をもちかけたが何も答えてくれない。
アブーバクルにも、オマルにも、預言者に取り成してくれるよう助力を頼んだがだめであった。
オマルには冷たくこう返答された。「私があなたのために使徒に取り成すだって?神に誓って言う、ほんの少しでも敵意を見せてみろ、抗戦するだけだ!」

アブースフヤーンは息のはずみが整うまで少しの間黙ってから、アリーにこう言った。
「アリーよ、あなたは私の肉親のような方。私はこれこれの用件で来たのだが、どうか私の身になって預言者に頼んで下さい」

アリーの答えはこうであった。
「困った人だ、アブースフヤーンよ、神に誓って言うが、使徒が決定したことについて我々はロを挾むことはできないのだ」

アブースフヤーンは無言のままファーティマ夫人の方を向き、眠りから覚めて母の腕の中で足をバタバタさせている幼い息子ハサンを指して乞い願うように言うのであった。
「ムハンマドの娘よ、このあなたの息子に人びとにとり成してくれるよう言って下さい。そして末長くアラブの指導者であるようにと言い聞かせて下さい」

彼女は静かに答えた。「この子はまだ人びとの間をとり成して仲直りさせられる年ではありませんわ。誰も使徒様の意志に反する仲直りはできません」

望みを失ってアブースフヤーンはうちひしがれた姿で立ち去ろうとした。
が、戸口で少しの間立ち止まり、アリーに忠告を求めた。
「ハサンの父よ、本当に大変なことになったと思っている。どうか良いアドバイスを欲しい・・・」

アリが言った。「どうやったらあなたを救えるのか分からない。しかしあなたはキナーナ一族の首長たる人物、人びとのところへ出向いてあなた自身が和解を宣言したらどうですが。そして自分の地域にお帰りなさい」
「そうすればどうにかなると思いますか」

アリーはしばらく黙って考えてから、こう言った。
「そうは思えない。しかしそれ以外にあなたがやれることはないと思う・・・」

アブースフヤーンはアリーの家を出た。アリーの指示どおりやってみようと心に決めて。

ふたりは戸を閉めて、時の移り変わりと運命の不思議を語り合った。
夜は更けていき、ふたりは聖なるカアバの地、懐しい生まれ故郷、クライシュの居住地、マッカヘの帰環を夢見つつ眠りにおちていった。

預言者は一万のムスリムを率いて聖地に向けて出発した。
マッカを出て八年、皆そこに親しい人びとを残していた。

ファーティマもまた預言者の家の人びとと共に出発した。

砂漠の道、あの場所、姉のウンムクルスームとマディーナヘ向かったときに通過して生死の境をさ迷った地点が目に入った。

悲しい思い出が胸を刺した。ルカイヤはどこ? ザイナブは? 二人も同じようにマッカを出た。
そしてもう二度と戻れないところへ行ってしまった・・・。

このように自分は今、帰って行くのに、姉たちはもう一緒に帰れない。
マディーナの土の下に静かに眠ってしまった・・・。

姉たちの遺影は自分と共にあってマッカヘと一緒に進んで行くのだけれど、ファーティマの悲しみの心はマッラ・ザハラーンに到着するまで晴れることがなかった。そこに預言者は軍営を張り、最後の戦いに臨む態勢を整えた。

すると、夕暮が迫った頃多神教徒軍の旗手アブースフヤーンがやって来た。
預言者の天幕の前で、彼はマッカの人びとに向けて預言者が命じる言葉を待って一晩を過ごした。
朝を迎え、ムハンマドに面会が許された彼はこのときムスリムとなった。
そしてマッカに戻ると、人びとに聞こえる場所に立って声高く叫んだ。「クライシュの人びとよ、ムハンマドがあなた方のまだ見たこともない強力な軍勢を率いてやってきた。アブースフヤーンの家に入る者は安全である。自分の家の戸を閉める者、マスジドに入る者は安全である」

人びとはそれぞれの家に、聖なるマスジドにと散って行った。

使徒はラクダの背上でズー・トヮーの地に立った。大物の教友たちが使徒の周囲をかためていた。
使徒は神の御加護に感謝して謙虚に深く頭を下げていた。
あご髭がラクダの背に届くほど深く低く ムスリム軍は整列してマッカに入部した。
それぞれ大物の教友たちに率いられた隊列を組んでいた。このとき預言者の旗はサアド・イブン・イバーダの手にあったが、使徒はアリーに言った。「行って旗をもらい、あなたがそれを持って入都しなさい」

以前にもアリーはハイバルの際に「アルウカーブ」の旗を待った。それは預言者の最初の旗であった。またアリーはクライザ部族との戦いでも預言者の旗を待った。ウフドの戦いのときはムハージルの旗手であった・・・。

マッカ開放の日、預言者はアザーヒルの地から入都して、マッカの一番高い場所に陣をとり、そこに天幕を張った。そこはハディージャの眠る墓所の隣りであった。ファーティマも父に従ってそこに居た。今やあふれる歓びが、マッカヘの旅程でラクダを突っかれ放り出された地点を通過して以来、彼女の胸を押し塞いでいた悲しみを消し去った。
 しかし父は忘れはしなかった。ムスリムを殺害した者の外は殺してはならぬとの命令を出したが、他に名前を挙げられた者は例外であって、たとえカアバの覆いの下であろうと見つけ次第に死刑が命じられた。これらの人ひとり中にアルフワイリス・イブン・ミンカズの名前があった。夫アリーがその処刑を果たした。
「アッラーフ・アクバル……(神は偉大なり)唯一なる神、神以外に神はなし、その下僕(使徒)を勝利に導き、その兵士に力を投げ、数々の群団をうち破り、勝利を納めさせ給う……神以外に神はなし、アッラーフ・アクバル……」凄ましい一万の信者の声が大合唱となってマッカの空に響き渡った。マッカの山々さえも、畏れ敬まっで揺れ動いているかのようであった。
 使徒はファーティマの待つ天幕に戻ってきた。アブーターリブの娘ウンムハーニーの話では……「使徒様がマッカの高い場所を宿宮地にしておられたとき、マフズーム家の二人の男が私のところヘ逃げてきました(イブン・ヒシャームに拠ると、この二人はアルハーリサ・イブン・ヒシャームとズパイル・イブン・ウマイヤである)。私の兄弟アリーが入ってきて、二人を見つけ「殺してやる」と言うのです。私は二人を奥に匿い、戸を締めて、この一番高い場所の使徒様のところへ来ました。すると、そのとき使徒様はアギーナ(練り粉)の入っていたらしい桶で泳浴なさっているところでした。娘のファーティマが使徒様の衣服をカーテンのようにして彼の身体を隠してあげていました。休浴を終って服を着ると、八回ラカア(立礼一回と低頭礼一回と平伏礼二回によるイスラム礼拝形式の一単位がーラカア)して礼拝をなさいました。そして私の方を向いて言われました。「ようこそ、ウンムハーニー、何の用事かね?」私が二人の男のことを告げ、アリーのことを話すと、こう言われました。「あなたが助けた者は我々も助けよう。あなたが保護した人物なら我々も保護しよう。アリーは二人を殺しはしない……」
 マッカ征服の衝撃の波が治まって人ひとり心が落着くまで、しばらくの間使徒は休息をとった。その後、群衆の間を通り抜けてカアバに向かい、ラクダに乗って神殿を七周まわった。そしてカアバの開放を命じた。正面に立ち、人びとを前に開放の説教を行った。そしてこう言った。
「クライシュの人びとよ。私があなた方をどうすると思うのか」人びとは言った。「良きにお計らい願います。寛容なる兄弟よ、寛大なる兄弟の息子よ」「行きなさい。あなた方は自由です」
 暑く厳しい日中が過ぎて、やさしく心地よい夕暮が訪れた。盛大な祝賀の夜であった。帰郷したムハージルたち、共にやって来たアンサールたち、マッカの空はムスリムたちを大翼を広げて慈しんだ。天はその晩眠らずに預言者を囲んで集う盛大な人びとの群を見守ったことだろう。天使は神の戦士たちの勝利を祝って上空を飛び回ったことだろう。
 ファーティマはそこに、英雄・預言者から遠くないところで横になって、眠れずに想いめぐらしていた。母ハディージャはきっと天国から愛する預言者のこの素晴しい記念の晩を眺めて目を細めていることだろう。姉たちの魂も、きっとここマッカにあって、家族や愛する人びとと一緒にカアバを回わり、勝利の日の喜びをかみしめているにちがいない。
 家族が皆一緒に暮らした平和で幸福だった日々が偲ばれ、こみ上げる懐しさがどれほど彼女の胸を震わせたことだろう。
 このように眠らずに目を覚していることの何と素清しいことか、夜明けの祈りを呼びかけるビラールの声が聖なるマスジドの塔の上から流れてくるまで……。
 厳かに流れるアザーンに誘われて、信者たちは床を離れ、聖なるマスジドに集まった。偶像神の消えたカアバ、聖なるマスジドでイスラーム史上最初の朝の礼拝がこのとき行なわれたのだった。
 アリーは礼拝に向かう支度をしながら言った。「眠れなかったのか?」ファーティマは歓びに酔いしれていた。「ええ、私はこの勝利の夜は眠らずにいたかったのです。眠ってしまったら、この素晴しい出来事が眠りの中の夢の一こまとなってしまうのではないかと心配なのですもの……」
 そして起き上がり、静かに祈りを捧げた。やがて訪れた眠りに、しばしの間口を閉じた。
 彼女は生家を訪ねたいと思った。しかし家はヒジュラの後にオカイル・イブン・アプーターリブの持ち物となっていた。
その頃、使徒は「家にお住みになりませんか」と言われて「オカイルが家を明けてくれたのか」と訊いていた。
 ファーティマは考えていた。「父はどの家を我々のマッカの住まいに選ぶのだろうか」
 アンサールの人びとも考えていた。「使徒はきっとマッカに住むのだろう。クライシュの人びとがこぞって入信した歓びはこの上なく、彼らとのつながりを大切にしたいと願い、また長かった異郷での暮らしの後に懐しいマッカの土を踏んだ彼の感慨はひとしおであったから……。預言者は自分の民に会えたのだ!」と……。
 使徒がクライシュやアラブの他部族を(戦利品の)分配の面などで、より大切に扱う様子をみて、アンサールの詩人ハョサーン・イブン・サービトは不満を表わす非難の詩を詠みあげた。

「使徒のところへ行き、言おうではないか。
 信徒たちの大師よ!
 いかに多くの人びとがいてもスライム(マッカの有力一族)を第一に考えるのは何故か。
 ここには安らぎの宿を提供して助けた民、正しい教えを守って共に戦火をくぐり抜け、アンサールと名付けられた民がいる。
 神の道を進み、苦難を受け入れ、決して不満をもらさずに……。
 人びとがつまずいても我々はつまずかなかった……。
 どこに罪があるのだろう!」

 この声はファーティマの耳に届いた。マッカの人びとの耳にも届いた。このような非雑の声をどう受けとめるのだろう。
 ファーティマは父の難しい立場を思いやって胸を痛めていた。父は必ず解決を見つけると信じていても。
 しかしどんな解決策があるのだろう。ファーティマには見当もつかないことであった。彼女は父がアンサールの不満を訴えたサアド・イブン・イバーダにこう訊いているのを耳にした。
「それで、あなたはどうなのか」
「使徒よ、私は私の民と同じ気持です」
 預言者は少しも苛立ったり、困った様子を見せなかった。それどころか友に同情を寄せた表情で、アンサールの人びとを集めてくれるようにと頼んだ。サアドが人びとを集めてくると使徒はサでドに礼を言い、人びとの中に出向いてこう言った。
「アンサールの人びとよ、あなた方の不満は耳にしている。私のことをあなた方は本当にそう思うのか。神が導いてくれたのに、なぜ誤っていくのだ? 貧しい生活を神は豊かにしてくれたではないか、敵はあなた方の中ではないか?」
 人びとは言う。「ほんとうに、神とその使徒は我々を安全に守ってくれた親切なお方です」
「私の質問に答えてはくれないのか。アンサールの人びとよ」
 人びとは不安顔で「使徒よ、何と答えるのでしよう? 神とその使徒に感謝しております……」 人びとは預言者がこのように話を続けたので驚いた。
「もし好むならばあなた方はこう言ってもよかったのだ。私たちは間違っていました。嘘つきのあなたを信じました。苦悩していたあなたを助け、追い出されたあなたを救い、安住の地を与えてあげたのに! と。アンサールの人びとよ、緑豊かな里に住んで自分たちもイスラームに入信したからこそ、今は良き生活をする身分になれたのだと思わないのか。人びとに思う存分羊やラクダを持たせてあげようではないか。そしてあなた方は使徒と一緒に帰るのでは気に入らないのか。私はヒジュラしたのだから、もはやアンサールの一人なのだ。人びとがどの道を歩もうとも私はアンサールと共に同じ道を歩んでいく。アンサールに、アンサールの子孫たちに、神よ、永遠に慈悲を垂れ給え!」
 人びとはあご髭が濡れるほど泣いた。今や心の底から叫びたかった。「我々は満足です!」
 マッカの住民たちも泣いた。使徒は永住の地としてマディーナを選び、マディーナに帰って行くのだ。


إن شاء الله

続きます

アッラーのご加護と祝福がありますように

و السلام