満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

クルアーンにある25人の預言者たち・使徒たち その2

2010-09-26 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


6.使徒إبراهيمイブラーヒーム(アブラハム)(عليه السلام)

 時代:紀元前1861年~1686年
 場所:生まれた場所はバベル(バビロン・・現在のイラクにある)で、その後シリア・パレスチナ・エジプトと移り住み、その後は再びパレスチナに戻り暮らします。
 世代:ヌーフ(عليه السلام)の11世代あとの子孫です。(預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディース)
 年齢:175歳
 物語が書かれているクルアーンの章は、第14章、第21章、第37章
 イブラーヒーム(عليه السلام)の父親はアーザルآزرという名前で(クルアーン6-74)呼ばれていました。意味は偶像好きという意味です。人々が崇拝する偶像を作って売っていたからです。息子のイブラーヒーム(عليه السلام)は、そういう父も含めて自分の民族が偶像崇拝しているのを否定し、アッラーだけを崇拝するように呼びかけました。人々は、反発し、怒り、王と民はイブラーヒーム(عليه السلام)を火に投げ込み彼を殺そうとしましたが、アッラーが彼をお助けになりました。
 彼の妻はサーラسارة(サラ)といい、イブラーヒーム(عليه السلام)とパレスチナに住んでいました。サーラには高齢になっても子どもができず、奴隷ハージャルهاجرة(ハガル)をイブラーヒーム(عليه السلام)と結婚させました。そうして生まれたのがイスマーイールإسماعيل(イシュマエル)(عليه السلام)です。アッラーは、ハージャルとイスマーイール(عليه السلام)がマッカ(メッカ)に住むようにお命じになりました。イブラーヒーム(عليه السلام)は、ハージャルたちをマッカに送ってからパレスチナに戻りました。戻ったあと、サーラとの間にできた子どもがイスハークإسحاق(イサク)(عليه السلام)です。サーラの死後、イブラーヒーム(عليه السلام)は別の女性Qanturah(KeturahもしくはKatura)と結婚し、6人の子どもが生まれました。ザムラーンزمران、ヤクシャーンيقشان(ヨクシャン)、マーダーンمادان(ミダン)マドヤンمدين(メディアン)ワシュヤークوشياق(イシュバク)シャウハشوح(シュアー)という名前の子どもがいました。さらにハジューンという女性と結婚し、二人の間にはカイサーン、スラジュ、ウマイム、ロターン、ナーフィスという名前の5人の子どもが生まれました。(イブン・カースィール「預言者たちの物語」194pより)
 イブラーヒーム(عليه السلام)のあとに来た預言者たち(عليهم السلام)は、全てイブラーヒーム(عليه السلام)の子孫です。

7.使徒لوطルート(ロト)(عليه السلام)

 時代:紀元前1861年~1686年
 場所:生まれた場所はバベルで、後にイブラーヒーム(عليه السلام)と一緒にパレスチナに移り住みました。ルート(عليه السلام)はハーラーンهاران(ハラン)という名前の父を持ち、イブラーヒーム(عليه السلام)の甥です。
 世代:ヌーフ(عليه السلام)の12代あとの子孫です。
 年齢:175歳
 クルアーンでは、第11章、第15章
 アッラーはルート(عليه السلام)をサドームسدوم(ソドム)という村に送られました。サドームは、現在のヨルダンとパレスチナの間の死海の場所にありました。そのころは現在のような湖はありませんでした。サドームには、男性の同性愛者が多く、人々は村の外で強盗を行っていました。ルート(عليه السلام)は、アッラーを信じて、女性と結婚することを勧め、強盗をやめるように人々によびかけましたが、人々は彼の言うことに耳をかさずに、逆に村から追放するぞと脅しました。アッラーは、大天使ジブリールجبريل(ガブリエル)(عليه السلام)をお送りになり、サドームを滅ぼされました。

8.使徒إسماعيلイスマーイール(イシマエル)(عليه السلام)

 時代:紀元前1800年~1653年
 場所:現在のマッカ(メッカ)
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の子ども
 年齢:147歳
 クルアーンには、第2章、第37章(イブラーヒーム(عليه السلام)と共に)
 イスマーイール(عليه السلام)は、マッカمكة المكرمةで育ちました。アラブ部族と一緒に住んでいたのでアラビア語を学び、アラブ人の妻と結婚しました。アッラーは、イスマーイール(عليه السلام)をアラビア半島のアラブ部族とイエメンのアラブ部族にお送りになり、ダアワをするようにお命じになりました。
 二つの有名な話があります。
 (1)アッラーからイブラーヒーム(عليه السلام)はイスマーイール(عليه السلام)をアッラーへの供物として捧げるように命ぜられる。
 (2)イブラーヒーム(عليه السلام)と一緒にカアバكعبةを建設する。

9.使徒إسحاقイスハーク(イサク)(عليه السلام)

 時代:紀元前1761年~1581年
 場所:パレスチナで生まれて、パレスチナでダアワしました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の子ども
 年齢:180歳
 クルアーンには第37章、第38章。物語ではなく、名前のみ登場。
 アッラーは、現在のパレスチナに住んでいたフェニキア文明の担い手のカナン部族に、イスハーク(عليه السلام)をお送りになり、ダアワをお命じになりました。子どもは二人いて、名前はイースعيص(エサウ)とヤアクーブيعقوب(ヤコブ)(عليه السلام)といいました。

10.使徒يعقوبヤアクーブإسرائيل(イスラーイール・・「アッラーの僕=アブドッラー」の意味)(ヤコブ)(عليه السلام)

 時代:紀元前1781年~1638年
 場所:パレスチナで生まれて、バベル(バビロン・・現在のイラクにある)に移り住み結婚して12人の子どもに恵まれたのち、家族をみんな連れてパレスチナに戻りました。死ぬ17年前に、エジプトに移り住みました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の孫
 年齢:143歳
 クルアーンには第2章、第12章

子どもたちは12人は、1.ルービールروبيل(ルベル)2.シムウーンشمعون(シメオン)3.ラーウィーلاوي(レビ)4.ヤフーザーيهوذا(ユダ)5.イーサーハルايساخر(イッサカル)6.ザーブルーンزابلونまたはズーブルーンزوبلون(ゼブルン)7.ユースフيوسف(ヨセフ)(عليه السلام)
8.ビンヤーミンبنيامنまたはビンヤーミーンبنيامين(ベンヤミン)9.ダーンدان(ダン)10.ナイフターリーنيفتالى(ナフタリ)11.ジャードجاد(ガド)12.アシールأشير(アシェル)です。

11.使徒يوسفユースフ(ヨセフ)(عليه السلام)

 時代:紀元前1610年~1500年
 場所:生まれたのはバベル。家族とともにパレスチナに移り住んだが、10人の兄に嫉妬されて、追放されてしまいました。その後エジプトに移住し、死ぬまでエジプトで暮らしました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)のひ孫(3世代あとの子孫)
 年齢:110歳
 クルアーンには第12章
 アッラーはユースフ(عليه السلام)に夢の解釈をお教えになり、それによってエジプトにおいて大臣クラスの高い地位につきました。そして、パレスチナにいた家族や親戚をみんなエジプトによびました。ユースフ(عليه السلام)の家族。親戚はエジプトで何十年も暮らして、大きな民族になりました。この人たちが、ユダヤ民族بني إسرائيل(バニー・イスラーイール)です。ユダヤ民族は、ムーサー(عليه السلام)の時代までエジプトに住んでいました。

12.使徒شعيبシュアイブ(عليه السلام)

 時代:はっきりは分からないが、紀元前15世紀~16世紀
 場所:生まれたところはパレスチナ
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の4世代あとの子孫(マドヤンمدينの血筋)
 年齢:不明
 現在のヨルダンの南にマドヤンという民族がいました。アッラーはシュアイブ(عليه السلام)を彼らにお送りになり、ダアワをするようにお命じになりました。彼らは、偶像崇拝をし、その上、商売のときにごまかすなど堕落していました。シュアイブ(عليه السلام)はダアワしましたが、人々は拒絶し、マドヤンから彼を追放すると脅しました。アッラーは、結局マドヤンを滅ぼされました。

13.使徒أيّوبアイユーブ(ヨブ)(عليه السلام)

 時代:はっきり分からないが、紀元前15世紀~16世紀
 場所:ダマスカス(現在のシリアの首都)
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の6世代あとの子孫(イスハーク(عليه السلام)、イースの血筋)
 年齢:92歳
 クルアーンには第21章、第38章
 アイユーブ(عليه السلام)は人格も立派な金満家でした。アッラーを信じて、貧しい人々をよく援助していました。アッラーはアイユーブ(عليه السلام)を試されました。お金は全部なくなり、子どもたちもいなくなりました。その上、ひどい病気にかかり、妻以外は周りに誰もいなくなりました。アイユーブ(عليه السلام)も妻も、ずっと耐え忍び、アッラーにドゥアーしました。しばらくすると。病気は治り、お金も家族も戻ってきました。子どもも、前より増えました。アイユーブ(عليه السلام)は、アッラーのテストに見事合格したのです。アッラーは彼を使徒の一人になさいました。そのころダマスカスはローマ帝国の支配下でした。アッラーはアイユーブ(عليه السلام)をダマスカスにいるローマ人のもとへ行かせ、ダアワをするようにお命じになりました。子どものうちの一人に、ズル・キフル(عليه السلام)がいます。

インシャーアッラーإن شاء الله続きます。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام


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