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満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

クルアーンにある25人の預言者たち・使徒たち その2

2010-09-26 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


6.使徒إبراهيمイブラーヒーム(アブラハム)(عليه السلام)

 時代:紀元前1861年~1686年
 場所:生まれた場所はバベル(バビロン・・現在のイラクにある)で、その後シリア・パレスチナ・エジプトと移り住み、その後は再びパレスチナに戻り暮らします。
 世代:ヌーフ(عليه السلام)の11世代あとの子孫です。(預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディース)
 年齢:175歳
 物語が書かれているクルアーンの章は、第14章、第21章、第37章
 イブラーヒーム(عليه السلام)の父親はアーザルآزرという名前で(クルアーン6-74)呼ばれていました。意味は偶像好きという意味です。人々が崇拝する偶像を作って売っていたからです。息子のイブラーヒーム(عليه السلام)は、そういう父も含めて自分の民族が偶像崇拝しているのを否定し、アッラーだけを崇拝するように呼びかけました。人々は、反発し、怒り、王と民はイブラーヒーム(عليه السلام)を火に投げ込み彼を殺そうとしましたが、アッラーが彼をお助けになりました。
 彼の妻はサーラسارة(サラ)といい、イブラーヒーム(عليه السلام)とパレスチナに住んでいました。サーラには高齢になっても子どもができず、奴隷ハージャルهاجرة(ハガル)をイブラーヒーム(عليه السلام)と結婚させました。そうして生まれたのがイスマーイールإسماعيل(イシュマエル)(عليه السلام)です。アッラーは、ハージャルとイスマーイール(عليه السلام)がマッカ(メッカ)に住むようにお命じになりました。イブラーヒーム(عليه السلام)は、ハージャルたちをマッカに送ってからパレスチナに戻りました。戻ったあと、サーラとの間にできた子どもがイスハークإسحاق(イサク)(عليه السلام)です。サーラの死後、イブラーヒーム(عليه السلام)は別の女性Qanturah(KeturahもしくはKatura)と結婚し、6人の子どもが生まれました。ザムラーンزمران、ヤクシャーンيقشان(ヨクシャン)、マーダーンمادان(ミダン)マドヤンمدين(メディアン)ワシュヤークوشياق(イシュバク)シャウハشوح(シュアー)という名前の子どもがいました。さらにハジューンという女性と結婚し、二人の間にはカイサーン、スラジュ、ウマイム、ロターン、ナーフィスという名前の5人の子どもが生まれました。(イブン・カースィール「預言者たちの物語」194pより)
 イブラーヒーム(عليه السلام)のあとに来た預言者たち(عليهم السلام)は、全てイブラーヒーム(عليه السلام)の子孫です。

7.使徒لوطルート(ロト)(عليه السلام)

 時代:紀元前1861年~1686年
 場所:生まれた場所はバベルで、後にイブラーヒーム(عليه السلام)と一緒にパレスチナに移り住みました。ルート(عليه السلام)はハーラーンهاران(ハラン)という名前の父を持ち、イブラーヒーム(عليه السلام)の甥です。
 世代:ヌーフ(عليه السلام)の12代あとの子孫です。
 年齢:175歳
 クルアーンでは、第11章、第15章
 アッラーはルート(عليه السلام)をサドームسدوم(ソドム)という村に送られました。サドームは、現在のヨルダンとパレスチナの間の死海の場所にありました。そのころは現在のような湖はありませんでした。サドームには、男性の同性愛者が多く、人々は村の外で強盗を行っていました。ルート(عليه السلام)は、アッラーを信じて、女性と結婚することを勧め、強盗をやめるように人々によびかけましたが、人々は彼の言うことに耳をかさずに、逆に村から追放するぞと脅しました。アッラーは、大天使ジブリールجبريل(ガブリエル)(عليه السلام)をお送りになり、サドームを滅ぼされました。

8.使徒إسماعيلイスマーイール(イシマエル)(عليه السلام)

 時代:紀元前1800年~1653年
 場所:現在のマッカ(メッカ)
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の子ども
 年齢:147歳
 クルアーンには、第2章、第37章(イブラーヒーム(عليه السلام)と共に)
 イスマーイール(عليه السلام)は、マッカمكة المكرمةで育ちました。アラブ部族と一緒に住んでいたのでアラビア語を学び、アラブ人の妻と結婚しました。アッラーは、イスマーイール(عليه السلام)をアラビア半島のアラブ部族とイエメンのアラブ部族にお送りになり、ダアワをするようにお命じになりました。
 二つの有名な話があります。
 (1)アッラーからイブラーヒーム(عليه السلام)はイスマーイール(عليه السلام)をアッラーへの供物として捧げるように命ぜられる。
 (2)イブラーヒーム(عليه السلام)と一緒にカアバكعبةを建設する。

9.使徒إسحاقイスハーク(イサク)(عليه السلام)

 時代:紀元前1761年~1581年
 場所:パレスチナで生まれて、パレスチナでダアワしました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の子ども
 年齢:180歳
 クルアーンには第37章、第38章。物語ではなく、名前のみ登場。
 アッラーは、現在のパレスチナに住んでいたフェニキア文明の担い手のカナン部族に、イスハーク(عليه السلام)をお送りになり、ダアワをお命じになりました。子どもは二人いて、名前はイースعيص(エサウ)とヤアクーブيعقوب(ヤコブ)(عليه السلام)といいました。

10.使徒يعقوبヤアクーブإسرائيل(イスラーイール・・「アッラーの僕=アブドッラー」の意味)(ヤコブ)(عليه السلام)

 時代:紀元前1781年~1638年
 場所:パレスチナで生まれて、バベル(バビロン・・現在のイラクにある)に移り住み結婚して12人の子どもに恵まれたのち、家族をみんな連れてパレスチナに戻りました。死ぬ17年前に、エジプトに移り住みました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の孫
 年齢:143歳
 クルアーンには第2章、第12章

子どもたちは12人は、1.ルービールروبيل(ルベル)2.シムウーンشمعون(シメオン)3.ラーウィーلاوي(レビ)4.ヤフーザーيهوذا(ユダ)5.イーサーハルايساخر(イッサカル)6.ザーブルーンزابلونまたはズーブルーンزوبلون(ゼブルン)7.ユースフيوسف(ヨセフ)(عليه السلام)
8.ビンヤーミンبنيامنまたはビンヤーミーンبنيامين(ベンヤミン)9.ダーンدان(ダン)10.ナイフターリーنيفتالى(ナフタリ)11.ジャードجاد(ガド)12.アシールأشير(アシェル)です。

11.使徒يوسفユースフ(ヨセフ)(عليه السلام)

 時代:紀元前1610年~1500年
 場所:生まれたのはバベル。家族とともにパレスチナに移り住んだが、10人の兄に嫉妬されて、追放されてしまいました。その後エジプトに移住し、死ぬまでエジプトで暮らしました。
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)のひ孫(3世代あとの子孫)
 年齢:110歳
 クルアーンには第12章
 アッラーはユースフ(عليه السلام)に夢の解釈をお教えになり、それによってエジプトにおいて大臣クラスの高い地位につきました。そして、パレスチナにいた家族や親戚をみんなエジプトによびました。ユースフ(عليه السلام)の家族。親戚はエジプトで何十年も暮らして、大きな民族になりました。この人たちが、ユダヤ民族بني إسرائيل(バニー・イスラーイール)です。ユダヤ民族は、ムーサー(عليه السلام)の時代までエジプトに住んでいました。

12.使徒شعيبシュアイブ(عليه السلام)

 時代:はっきりは分からないが、紀元前15世紀~16世紀
 場所:生まれたところはパレスチナ
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の4世代あとの子孫(マドヤンمدينの血筋)
 年齢:不明
 現在のヨルダンの南にマドヤンという民族がいました。アッラーはシュアイブ(عليه السلام)を彼らにお送りになり、ダアワをするようにお命じになりました。彼らは、偶像崇拝をし、その上、商売のときにごまかすなど堕落していました。シュアイブ(عليه السلام)はダアワしましたが、人々は拒絶し、マドヤンから彼を追放すると脅しました。アッラーは、結局マドヤンを滅ぼされました。

13.使徒أيّوبアイユーブ(ヨブ)(عليه السلام)

 時代:はっきり分からないが、紀元前15世紀~16世紀
 場所:ダマスカス(現在のシリアの首都)
 世代:イブラーヒーム(عليه السلام)の6世代あとの子孫(イスハーク(عليه السلام)、イースの血筋)
 年齢:92歳
 クルアーンには第21章、第38章
 アイユーブ(عليه السلام)は人格も立派な金満家でした。アッラーを信じて、貧しい人々をよく援助していました。アッラーはアイユーブ(عليه السلام)を試されました。お金は全部なくなり、子どもたちもいなくなりました。その上、ひどい病気にかかり、妻以外は周りに誰もいなくなりました。アイユーブ(عليه السلام)も妻も、ずっと耐え忍び、アッラーにドゥアーしました。しばらくすると。病気は治り、お金も家族も戻ってきました。子どもも、前より増えました。アイユーブ(عليه السلام)は、アッラーのテストに見事合格したのです。アッラーは彼を使徒の一人になさいました。そのころダマスカスはローマ帝国の支配下でした。アッラーはアイユーブ(عليه السلام)をダマスカスにいるローマ人のもとへ行かせ、ダアワをするようにお命じになりました。子どものうちの一人に、ズル・キフル(عليه السلام)がいます。

インシャーアッラーإن شاء الله続きます。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام


クルアーンにある25人の預言者たち・使徒たち その1

2010-09-25 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


 預言者さま(صلى الله عليه و سلم)のハディースによると。預言者12万4千人、その中に使徒は315人います。このハディースは、ムスナド・アハマド(イマーム・アハマド出典のハディース集)にあります、アル=ブーハーリーやムスリムのようなサヒーフ(真正)のものとはされていませんが、ある程度受け入れられるハディース・・ハサン(良好)とされています・

【われはあなた以前にも、使徒たちを遣わした。その或る者に就いてはあなたに語り、また或る者に就いては語ってはいない。だがどの使徒も、アッラーの御許しによる外、印を齎すことはなかった。そしてアッラーの大命が下れば、真理に基づいて裁かれる。そのとき、虚偽に従った者たちは滅びる。】(40-78)

 この節によって、私たちは12万4千であっても、それより多かったとしても。預言者・使徒たちを信じています。とりわけ、クルアーンに出てくる25人の預言者たち(عليهم السلام)については強く信じています。

 アッラーは最初にアーダム(عليه السلام)を創造し、アーダム(عليه السلام)からハウワー(イブ)を創造しました。そして人間の最初の世代は、アーダム(عليه السلام)とハウワーから生まれました。そのあと、次々と子孫が生まれ、人間は世代を重ねていきました。アーダム(عليه السلام)は使徒でした。正しい信仰の内容とシャリーア(アッラーからの宗教的なルール)を授かっていました。しかし、アーダム(عليه السلام)の時代の後、人間は数も増えて、生活のために移動するようになり、それぞれ離れて暮らすようになりました。長い時間が経つと、アーダム(عليه السلام)の受けたシャリーアを守らず、シャイターンや自分の欲望に従ったり、どんどんひどい悪行をするようになりました。ついには約千年後、偶像に礼拝する人まで現れるようになりました。だからアッラーは、預言者・使徒たちをすべての人間の共同体(ウンマ)に送りました。それは預言者・使徒たちが、人々に正しい信仰の内容を教え、人々が正しいシャリーアに戻ることができるようにするためでした。

【本当にわれは、各々の民に一人の使徒を遣わして「アッラーに仕え、邪神を避けなさい。」と(命じた)。それでかれらの中には、アッラーの導かれた者もあり、また、迷誤が避けられない者もあった。それで地上を旅して、(真理を)拒否した者の最後がどんなものであったかを見るがいい。】(16-36)

1. 使徒آدمアーダム(アダム)(عليه السلام)

 預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディースとイスラーム学者の大部分によるとアーダム(عليه السلام)は使徒でした。

 時代・場所:アーダム(عليه السلام)の時代がいつだったのか、地球のどこだったのか、私たちはわかりません。
 年齢:彼は、950歳~100歳くらいまで生きたと言われています。

(ちなみに。アーダム(عليه السلام)に限らず、預言者たち(عليهم السلام)の生きた時代、彼らの歳などはクルアーンにはあまり書かれていません。歴史学者の研究や、旧約・新約聖書によって時代や年齢が算出されています。)

 アーダム(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第2章、第7章、第15章、第20章です。

 アッラーは、人間の祖を恩恵により預言者にしてくださいました。アッラーは、人間を最初からお導きになり、正しい信仰の内容とシャリーア(ルール)を教えてくださったのです。


2.預言者إدريسイドリース(ハヌーフ)(عليه السلام)

 (歴史学者と弱い伝承のハディースによると。アーダムとイドリース(عليهما السلام)の間に、シェイスという預言者がいますが、クルアーンには登場しません。)

時代・場所:よく分かりません。
 世代:アーダム(عليه السلام)の6世代あとの子孫です。つまりアーダムとイドリース(عليهما السلام)の間には、5人のお父さんがいることになります。
 年齢:83歳まで生きたといわれています。

 クルアーンにはイドリース(عليه السلام)について、19章に単純な文章で述べられています。

【またイドリースのことを、この啓典の中で述べよ。かれは正直な人物であり預言者であった。そしてわれはかれを高い地位に挙げた。】(19-56&57)

 物語や詳細な説明はありません。私たちは、この節を信じます。イドリース(عليه السلام)については歴史学者の研究では他にも出てきますが、私たちは、それに関しては信じなければならないというわけではありません。

3.使徒نوحヌーフ(ノア)(عليه السلام)

 時代:紀元前3900年~2900年
 場所:はっきり知られていませんが、エジプトと言われています。
 年代:ヌーフ(عليه السلام)はアーダム(عليه السلام)の9世代あとの子孫です。
 年齢:950歳(彼の寿命なのか、ダアワ(宣教活動)をした年月なのか不明)
 ヌーフ(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第11章と第71章です。

 預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)のハディースによると、アーダムとヌーフ(عليهما السلام)の間に1000年ぐらいあります。この1000年ぐらいの間の人たちは、正しい宗教を守っていましたが、だんだん信仰が弱くなってきていました。そしてヌーフ(عليه السلام)の時代のころから人々はアッラーのことをないがしろにしたり、偶像を崇拝したり、し始めました。そこでアッラーはヌーフ(عليه السلام)を使徒としてメッセージを送られました。ヌーフ(عليه السلام)はいっしょうけんめいダアワ(宣教)しました。しかしほとんどの人々は受け入れず、ヌーフ(عليه السلام)を侮辱しました。結局ヌーフ(عليه السلام)は、アッラーが自分の民族を罰するように祈願しました。アッラーは応じられて、「すべての無信仰者を沈める。」とヌーフ(عليه السلام)にお伝えになりました。ヌーフ(عليه السلام)と彼のことを信じた人は、箱舟をつくって乗り込み、さらにすべての動物のつがいを乗せました。そうして。大洪水の中、助かったのです。大洪水のあとヌーフ(عليه السلام)の家系にだけに子どもが生まれ、舟に乗ったほかの信仰者には子どもが生まれませんでした。これにより、ヌーフ(عليه السلام)は人間の2番目の先祖となりました。ヌーフ(عليه السلام)の子どもたちは少なくとも3人いました。彼らの名前は、サームسام(セム)、ハームحام(ハム)、ヤーフィスيافث(ヤフェト)でした。サームはアラブ・ペルシャ・ローマの祖(つまりヨーロッパと中東)、ハームはコプト・スーダン人・ベルベルの祖(つまりアフリカ)、ヤーフィスはトルコ・サカリーバ(スラブ)・ヤジュージュとマアジュージュ(ゴグとマゴグ)の祖(つまりアジア)になりました。(イブン・カースイールの「預言者たちの物語」88pより)

4.使徒هودフード(عليه السلام)

 時代:紀元前2500年~2200年
 場所は:アフカーフというところで、現在のオマーンとイエメンの間にあります。
 世代:フード(عليه السلام)はヌーフ(عليه السلام)の7世代あとの子孫です。(サームの血筋)
 年齢:150歳
 フード(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第11章、第46章です。フード(عليه السلام)の民族はサームの子孫でアードعادと呼ばれました。アードは、とても強い民族でした。体格も大きく、自分たちの強さを誇示するために、石を積み上げて建物を建てていたほどでした。しかし、偶像を崇拝し、来世を信じていませんでした。フード(عليه السلام)はいっしょうけんめいダウワしていましたが、人々はフード(عليه السلام)をあざ笑いました。そしてついにアッラーは、この民族を風で滅ぼされました。

5.使徒صالحサーリフ(عليه السلام)

 時代:紀元前2000年~1900年
 場所:アルヒジュルというところで、現在のヨルダンとサウディアラビアの間にあります。今はマダーイン・サーリフ(マダイン・サーレー)と呼ばれています。
 世代:サーリフ(عليه السلام)は、ヌーフ(عليه السلام)の9世代あとの子孫です。(サームの血筋)
 年齢:58歳
 サーリフ(عليه السلام)の物語が書かれているクルアーンの章は、第15章、第26章、第27章です。
 サーリフ(عليه السلام)の民族はサームの子孫でサムードثمودと呼ばれていました。経済的にも繁栄していました。彼らは、山に自分の住居を掘っていました。彼らは偶像を崇拝していたので、サーリフ(عليه السلام)は、アッラーの信仰に戻るように人々にダアワしました。しかし、人々は拒絶し、サーリフ(عليه السلام)には岩から巨大なラクダを出して奇跡を見せるように言いました。アッラーはサーリフ(عليه السلام)のドゥアーを受け入れられ、実際に岩からラクダを出してくださいました。しかし、人々は再度拒絶しただけでなく、ラクダも殺してしまいました。それで、アッラーはサムードの民族を滅ぼされたのです。

インシャーアッラーإن شاء الله続きます。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام



アッラーのご満悦のために カファンを施す者の徳

2010-09-24 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم



アッラーのご満足のために、
亡くなった方の体を洗い、布を着せる者の徳


預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は、言われました。
≪誰でも、死体を洗って、彼を布で包み、保存し、運び、彼のために(葬儀の)礼拝をし、彼が間違いからしたことを暴露しなかった者は、まるで、母親から産まれたときのような(罪のない)状態になります。≫ イブンマージャ出典

≪誰でも、死体を洗って、彼のアマーナ(信頼)を守り、そのときの彼の状態を暴露しなかった者は、罪を許されて、母親から生まれたときのようにな状態になります。≫ アハマド出典

≪誰でも、死体を洗って、彼の秘密を守った者は、アッラーが彼の罪をきれいにしてくださり、もし死体に布を着せれば、アッラーがスンドゥスを彼に着せてくださいます。≫ タバラーニー出典

彼の秘密を守る: いくつかの死体に見られることがある、どす黒い顔(罪が多い印)や、性質の変化などを、人々に言わない事。反対に、もし彼の顔に、光が見えたり、輝きや、微笑が見られたときには、それを人々に言う事が、奨励されます。特に、彼が、生前、敬虔で良い人だった場合は、奨励されます。アッラーのみが最もよくご存知ですが。

スンドゥス: 天国の住民が着ることができる絹の長い衣(洞窟章 31節(日訳P360)、煙霧章53節、 人間章 21節(日訳P744)参照)

≪誰でも、死体を洗って、彼の秘密を守る者は、アッラーが、40回彼を許し、死体に布を着せる者は、アッラーが、彼に天国のスンドゥスとイスタブラクを着せてくださり、死体のために、墓を掘って埋めた者には、アッラーが、彼のために、最後の審判の日まで住むことのできる住まいを与える報酬をくださいます。≫ タバラーニー、ハーキム(ムスリムの条件を満たす)出典

イスタブラク: 天国の住民が着ることができる、厚い絹(にしき)の衣裳(洞窟章 31節 参照)

アッラーは、クルアーンの中でこう仰っています。
【あなたは、視線を向けると、幸福な壮大な王国を認めるであろう。彼らは、美しい緑色の絹と錦の外衣をまとい、銀の腕輪で飾られ、主は、かれらに純良な飲み物を飲ませられる。「本当に、これは、あなた方に対する報奨である。あなた方の努力が報いられ、感謝されたのです。」(とおっしゃられる。】 76章人間章20-22節 日訳P744

葬儀の礼拝については→こちらを


アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام



最後の審判の日 ハウド(水場)

2010-09-24 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


最後の審判の日 ― 預言者さま(صلى الله عليه و سلم)の水場


前回は、死後に起こることを順番に見てきました。

死の天使が、体から魂を抜き取る。→ ②(墓の中の)バルザフの世界 → ③最初のラッパによって、生きている物がすべて死ぬ → ④次のラッパによって、全員復活、再生する。 

この後、私たちが復活した後に何が起こるか?についてのお話です。復活が起こる日が「最後の審判の日」と呼ばれている日です。その日にいったい何が起こるのか?墓の中から復活させられた後、私たちに待っているものは、何か?!

まず「最後の審判の日」と言われる日は、アラビア語で「يوم الأخرヤウム=ル=アーヒル」とか、「الساعةアッサーア」と言われます。「ヤウム」が「日」で、「アーヒル」が「最後の」という意味です。直訳すると「最後の日」です。また「アッサーア」というのは、「その時」という意味です。つまり、この日の後には時間の観念そのものが消滅してしまうため、もう「日」というものも「時」というものも存在しなくなるため、この日のことを「最後の日」と呼ぶのです。この「最後の日」を信じることはムスリムの5行6信の中の信仰の6つの柱のひとつです。そしてこの日の存在は、アッラーの公正さ、正義の証明となっています。アッラーは、最も公正であるため、この世だけでなくあの世も私たちのためにお創りくださいました。

「最後の日」に起こることは、たくさんありますが、まず最初は前回お話したように
①復活
です。2番目のラッパによって、その日、墓の中からすべての人間が復活させられます。今回は復活の後、その次に起こること、墓の中から出てきたばかりの私たちに、まず最初に待っていること「ハウドー天国から流れ出る水場」についてお話します。インシャーアッラー。

②ハウド(水場) : すべての人間が、「最後の日」に復活後最初に行うことは、ハウドの水飲み場に行くことです。墓の中から出てきた私達は、とても喉が渇いているので、私達は、ハウドという水場に急ぎます。そこには歴代の預言者たち(عليهم السلام)の水場がそれぞれあり、その数は星の数ほどあると預言者さま(صلى الله عليه و سلم)はハディースで言われています。

ある人が「アッラーの使徒よ、ハウドの器とは何ですか?」と質問した。すると彼(صلى الله عليه و سلم)はこう応えた。
≪ムハンマドの魂を手にするお方(アッラー)に誓って、その器は、空の星の数よりも多い。それは雲のない闇夜の晩に見られる星の数と同じです。そのように天国の水場はある。そしてその水を飲んだ者は、決して喉が渇くことはない。そこには、天国から二つの水口(とい)が流れ込んでいる。その水を飲んだ者は、決して喉が渇くことがない。その広さは、縦も横も同じで、アンマンからアイラまでの距離ほどである。その水は、ミルクよりも白く、蜂蜜よりも甘い。≫ ムスリム出典

アッラーは、預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)に、カウサルという天国の川をお与えになられました。その天国の川、カウサルからつながっている水口(とい)があり、その先が天国の外にあるこのハウドに流れ出ています。ムスリムとして亡くなった人は全員、預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)の水場ハウドに行きます。預言者さま(صلى الله عليه و سلم)はこう仰いました。

≪私はまことに私の兄弟たちに会いたいものです。≫

この言葉を聞いた人達は、「み使い様、私達はあなたの兄弟ではありませんか?」と言った。彼はこれに対し、

≪あなた方は、私の教友です。私の兄弟とは、まだこの世に生まれていない人たちのことです。≫
と答えた。これを聞いて人々が、「み使いさま、まだ生まれてもいないあなたのウンマ(イスラーム共同体)の人たちを、あなたはどうやって見分けるのですか?」と質問した。み使いはこう言われた。
≪ある人が、全身が真っ黒の馬の群れの中で額と両足のところに白い星型のはんてん斑点のある何頭かの馬を所有している場合を想像してみなさい。その人には自分の馬たちを見分けられないでしょうか?≫
これに対し人々は、「確かに見分けられます。」と答えた。み使いさまは続けてこう話された。
≪彼らはウドゥーを行ったため、顔・両手・両足を白く輝かせながらやって来るのです。私はかれらより先に私の水場へ到着していますが、丁度、迷ったラクダが追い出されるように、ある人たちは、私の水場から追い出されるでしょう。私が大声で、「こちらに来なさい!」と呼びかけようとするとき「彼らはあなたの死後、信仰を変えてしまった者たちです。」と天使から告げられ、それで私は「遠ざけたまえ、遠ざけたまえ。」と言うだろう。≫ ムスリム出典

注:信仰を変えてしまった者たち : イスラームを捨て不信に戻った人たち

死ぬときに、どういう状態で死ぬかは、誰にもわかりません。今はこうしてアッラーが私たちをイスラームの勉強会に参加しているムスリムの中に入れてくださっていますが、死ぬ直前に邪心が起こって、不信となって死ぬかもしれません。そうすれば、行き先は地獄です。それは誰にもわかりません。現在お酒を飲んで酔っ払って、人に迷惑をかけて、人をだまして、盗みを働いて、さんざん悪い事をしている人が、死ぬときには、心を入れ替えて、改心して、よいムスリムとなって死に、預言者さま(صلى الله عليه و سلم)と一緒に、一番高い天国に入るかもしれません。私達は、どんな人を見るときも、彼がどうやって最後には死ぬかはわからず、自分も最後にどうやって死ぬかわからないという事実をきちんと思い出すべきです。どんな人に対しても、それが例え悪い事をしている人であっても、彼が自分よりも劣っているという気持ちが起こったら、それは、まったく自分の無知から来る態度だと知るべきです。自分の最後がわからないことを知らない無知な人だけが、他人の信仰心が低いとか自分より劣っていると言って、他人を裁きます。他人のことをとやかく言っている自分は誰か?よく考えてみることです。自分が死ぬときに、ムスリムとして死ねる事が既に確実に決まっているのでしょうか?アッラーからその確約をもらっているのでしょうか?
どんなに悪い事を行っている人に対しても、私たちがすべきことは、今ひどいことをしている彼のような状態に、アッラーが、自分をしなかったことに対して、アッラーに感謝して、アッラーから大きな試験、試練を受けている彼に対して、「どうか彼を正しい道にお導きください。」とドゥアーをしてあげることです。本当に自分が、彼と同じ悪いことをしなかったとしたら、それはひとえに、自分へのアッラーからの贈り物に他ならないからです。

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は、私たちにこうおっしゃ仰っています。

≪私の死後、あなた方は、否認すべき様々な事柄を見るであろう。
天国の水場で私に会うまで、耐え忍びなさい。≫ 
アルブハーリー出典

私たちがすべきことは、ハウドで預言者さま(صلى الله عليه و سلم)に会うまで、どんな状況に会っても、耐え忍び、信仰を守り、どんな人に対しても、常に善いことをしていくことです。
私たちが、天国から流れ出ている水場ハウドで、預言者さま(صلى الله عليه و سلم)に、「こっちに来なさい!」と呼ばれるときに、水場に行ける人たちの中に入れますように。預言者さま(صلى الله عليه و سلم)のハウドから水を飲める人たちの中に入れますように。
アーミン。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام




死後におこること

2010-09-24 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم



前回は、インシャーアッラーこれから私たちが全員必ず行くバルザフ(墓の中)の世界についてお話しましたが、今週はその続き、バルザフの世界の後に私たちが体験する最後の審判についてです。


質問: 死が訪れる時間は、遅れたり早まったりすることがありますか?

回答: すべてのムスリムが、確信していなければならないことに、死の瞬間というのは、遅れたり早まったりすることがまったくないということがあります。例えそれが殺人のような人の手によるものであったとしても、殺人犯が、殺害された人の死を早めたというわけではなく、実際には殺害された人は、アッラーがお望みになられた時間に亡くなっただけなのです。

アッラーは、こう仰いました。
【それで、かれらの時期(死の時期)が到来する時は、一刻も遅らせたり、早めたりはできない。】
16章蜜蜂章 61節 日訳P330 

【定められた時がやって来た時、アッラーは誰にも猶予を与えられない。】 63章偽信者章 11節 

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は、仰いました。

《神聖な天使が、私の心に告げたことには、本当に、どんな魂も、その富と寿命を完全に終えるまでは、死ぬ事がありません。》 イブンハッバーン出典

質問:墓の中の世界の後には、何がありますか?


回答:ムスリムは、誰でも、墓の中の世界の後に、「来世」と呼ばれる世界があることを確信しなければなりません。それは、私たちが今生きているこの世の後にあり、その証として、様々な出来事が段階を追って、起こります。

① 来世の兆候     ② 最後の審判の日     ③ 復活の時

質問: いつ最後の審判の日が起こりますか?

回答: ムスリムは誰でも、最後の審判の日や復活の時がいつ起こるのかは誰にも知らされていないこと、アッラーのみがご存知のことだと確信しなければなりません。預言者たちや使徒たち(عليهم السلام)にさえ、それは知らされず、また天使やジンやどんな創造物にも、知らされてはいません。

アッラーはこう仰いました。
【彼らは最後の審判の時について、いつそれがやってくるのかとあなたに問うであろう。言いなさい。「それを知る方は、ただ私の主だけである。その時(最後の審判)を知らせてくださるのは、かれの他にはない。その時は、天でも地でも重い(重大事)となる。全く突然あなた方にやってくる。」 】 7章 高壁章 187節 日訳P206

【人々は、(審判の】時について、あなたに尋ねよう。言いなさい。「本当にその知識は、アッラーの御許にある。どうしてあなたに分かるだろうか、その時は近いであろう。」】 部族連合章 63節

それが、私たちにとって、近い、ということは告げられていますが、いつなのか?は、アッラー以外の誰にもわかりません。

最後の審判の時とその前兆

最後の審判の時には、それが近づいたという前兆が起こります。それは、3段階に渡って起こります。

① すでに起こって終わっている前兆 : 預言者ムハンマド様(صلى الله عليه و سلم)が遣わされたこと。

② 一部はすでに起こっていて、一部は今もそれが続いており、一部はまだ起こっていない前兆 : これらは、中間の前兆と呼ばれます。信託物(アマーナ)の紛失、殺人の多発、大災難の多発(大地震、火山の噴火など)、婚外交渉の多発など。

③ まだ起こっていない前兆 : 大きな前兆と呼ばれ、クルアーンとハディースによると、それは、10個あります。(例: イエスキリストの再来、太陽が西から昇る、など)

質問: 最後の審判が起こったときには、どうなりますか?


最後の審判が起こったときが、この世に生きるありとあらゆる生物すべてが破滅します。
【その日、われは書き物を巻くように、天を巻き上げる。われが最初に創造したように、繰り返す。これはわれの定めた約束である。われは必ずそれをかんすい完遂する。】21章 預言者章104節 日訳P403

【天が微塵に裂けるとき、諸星が散らされるとき、諸大洋があふれ出るとき、墓場があばかれるとき、それぞれの魂は、すでにしたことと、後に残した事を知る。】 裂ける章 1-5節

質問: 最初のラッパが吹かれるときには、何が起こりますか?

回答: ムスリムは、誰でも、アッラーが、選任した天使に最初のラッパを吹くことを命じると、すべての被造物が、消滅すると確信していなければいけません。

【ラッパが吹かれると、天にあるもの、また地にあるものも、アッラーがお望みになられる者の他は、気絶しよう。】 39章 集団章 68節 日訳P576
【すべての魂は、死を味わうのである。】 イムラーン家章 185節
【かれの御顔の他、すべてのものは消滅する。】 28章 物語章 88節 日訳P481

質問: 2回目にラッパが再度吹かれたとき、何が起こりますか?

回答: ムスリムは誰でも、2回目にラッパが吹かれたら、消滅した被造物が再生すると確信していなければなりません。
【そして、ラッパが吹かれると、かれらは墓場から(出て)、主の御許に急いで行く。彼らは言う。「ああ、情けない。私たちを臥所から起こしたのは誰でしょうか。これは、慈悲深き御方が約束された通りではありませんか。使徒たちの言葉は、真実であったのか。」】 36章 ヤーシーン章 51,52節 日訳P543

これは、復活と呼ばれます。そして、このときには、宇宙のすべてが、今私たちがいる状態とまったく異なった状態になることを、アッラーはこう仰っています。
【大地が大地でないものに変えられ、諸天も変えられる日、人々はいっせいに唯一の御方、全知全能の御方、アッラー(の御前)にまかり出るであろう。】 14章 イブラーヒーム章 48節 日訳P313

質問: 復活とは何ですか?

回答: ムスリムは誰でも、アッラーが、すべての創造物を死なせ、その後また復活させると確信しなければなりません。
アッラーはこう仰いました。
【本当に(審判の)時はやって来る。それについて疑いの余地はない。本当にアッラーは、墓の中の者をよみがえらせる甦らせるのである。】 22章 巡礼章 7節 日訳P406

そして、この復活は、何でもできるお力を持ったアッラーにとっては、とても簡単なことで
す。

アッラーは、こう仰いました。
【かれこそは、まず創造を始め、それからそれをまた元に戻される御方。それは、かれにおいては、とても容易い事である。天と地における、(考えうる)最高の姿は、かれに属する。】 39章 ビザンチン章 27節 日訳P494

【かれら(マッカの多神教徒)は、天と地を創造なされ、その創造に疲れることもないアッラーが、死者を甦らせることくらい、できるとは思わないのか。】 砂丘章 33節

【人間は考えないのか。われは一精滴からかれを創ったではないか。それなのに見よ、かれは公然と歯向かっている。また彼は、われになぞらえる準えるものを引き合いに出して、自分の創造を忘れ、言う。「誰が朽ち果てた骨を生き返らせましょうか。」言いなさい。「最初にお創りになった方が、かれらを生き返らせる。かれはすべての被造物を知り尽くしておられる。緑の木から、あなた方のために火を造られたのもかれであり、だからこそあなたがたはそれによって、燃やす。」天と地を創造なされたかれが、これに類するものを創りえないであろうか。いや、かれは最高の創造者であり、全知であられる。何か望まれると、かれが『在れ』とお命じなれば、すなわち在る。かれにこそすべての称賛あれ。そのみて御手で、万有をとうぎょ統御なされる御方、あなた方は、かれのみもと御許に帰されるのである。】36章 ヤースィーン章 77-83節 日訳P546

質問: この世と来世というのは、何ですか?

回答: ムスリムは誰でも、アッラーが、この世の人生を試験とテストのためにお創りになり、あの世を精算と報酬のためにお創りになられたと確信していなければなりません。

アッラーは、こう仰いました。
【かれは死と生を創られた方である。それは、あなた方のうち、誰の行いが優れているかを試みるためで、かれは威力並びなく、寛容であられる。】 67章 大権章 2節

【あなた方は、われが、たわむれにあなた方を創ったとでも考えていたのか。また、あなた方は、われに帰されないと考えていたのか。】 23章 信者たち章 節 日訳P

【本当にアッラーを畏れる者に対しては、主の御許に喜びの楽園があろう。われは、信心深い者たちを罪人のように扱うとでも言うのか。あなた方はどうしたのか。あなた方は、どう判断するのか。】 68章 筆章 35、36節 日訳P718

あなたが、もし試験会場に入って試験を受けているとすると、その最中は、どんな気持ちで受けていますか?試験中に試験を受けている事を忘れてしまって、ただリラックスして、自分の好きなことをしていたら、試験に落ちてしまうように、この世でただ自分のしたいことだけして、自分が試験中だということを忘れてしまうと試験に落ちてしまいます。学校の試験は、一度落ちても、またやり直す事ができますが、アッラーの試験は一回だけです。落ちてしまったら、もうやり直す事はできません。もう一回この世に戻してください、ちゃんと頑張りますから、と言っても、もう終わってしまった人生は、やり直す事はできません。私たちは、今、試験中だということを忘れないようにしましょう。

勉強会で勉強するイスラームに関する知識は、アマーナ(信託物)といって、アッラーが、あなたに預けている信託物です。アッラーは、こういった知識をあなたから他の人に渡してもらうために、あなたに預けているので、聞いたことは、他の人に伝えなければいけません。もちろん家族に伝えてもいいし、お子さんに伝えるのもとてもいいでしょう。とにかく自分のところでストップしないように、他に伝えていかないといけません。預言者さま(صلى الله عليه و سلم)のハディースに、知識を伝えられた人の方が伝えた人よりも、よく理解することがあるかもしれませんという意味のものがあります。あなたの大好きな人たちが、もっとアッラーのことを思い出して善いことに向かえるよう、この世とあの世で成功者になれるよう、聞いたことを伝えていきましょう。ここにいる一人ひとりがムスリマである以上自分のことだけ考えていてはいけません。自分の後ろにいる人たちのために、人から聞いた役に立つ知識は、すべて他の人にも伝えていきましょう。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام




イスラームにおける死とは

2010-09-24 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم



質問 :イスラームにおける死とは?

回答:死とは、この地上での生が終わることであり、実際にこの世に生きるすべての創造物が体験することです。体は消え、土に溶け、何も残りません。そして魂だけが他の世界で最後の審判まで残る事になります。この世界のことを「墓の中の世界」と言います。
アッラーは、これについてこう仰っています。

【本当にあなたは、いつかは死ぬ。彼らもまた死ぬのである。】 39集団章 30節(日訳P571)
【誰でも皆、死を味わうのである。】 3イムラーン家章 185節 日訳P89

質問:では、実際には誰の手の中に死というのはあるのでしょうか?誰が魂を抜き取るのでしょうか?

回答:生かせ死なせるお方、そして彼の手の中に生と死があるお方は至高なるアッラーのみで他の誰もそれに参加しているものはないとムスリムは確信していなければなりません。

アッラーはこう仰っています。

【天と地の大権は彼の有(もの)である。彼は生を授け、死を授ける。】 57鉄章 2節(日訳P676)

【アッラーは、(人間が)死ぬとその魂を召され、また死なない者も睡眠の間(それを召し)、かれが死の宣告をなされた者の魂はそのままに引きとどめ、その他のものは定められた時刻に送り返される。】 39集団章 42節日訳P573

そしてアッラーには「死の天使」という死の仕事をする専任の天使がいます。彼の仕事は、寿命が尽きた命を死なせる事です。アッラーはこう仰っています。

【言いなさい。「あなた方を受け持つ死の天使があなた方を死なせ、それから主に帰らせる。」罪を犯した者たちが主の御前にうなだれて、「主よ、私たちは見ました。聞きました。私たちをお返しください。私たちは善い行いをいたします。私たちは、本当に悟りました。」(と言う姿を)あなたに見せてやりたいものである。】 32アッサジダ章 11-12節 日訳P506

アッラーの命令によって魂を抜き取るとき、この死の天使と共に多くの天使たちがいます。

アッラーはこう仰いました。
【死があなた方の一人に臨(のぞ)むとき、われが遺したもの(天使たち)は(わが命令に)怠慢ではない。】 6家畜章61節 日訳P158

質問:死後、何がありますか?

回答: ムスリムは、この世とあの世の間に「墓の中の世界」という中間の世界があることを確信していなければなりません。この世界は、死と最後の審判の日までの間の世界です。

アッラーはこう仰いました。
【だが死が訪れると彼らは言う。「主よ、私を(生に)送り返してください。私が残してきたものについて善い行いをします。」決してそうではない。それはかれの口上に過ぎない。甦りの日まで、かれらの後ろには戻れない障壁(バルザフ)がある。】 信者たち章 99-100節

質問:墓の中の世界では、何がありますか?


回答:墓の中の世界には、この3つがあります。
①天使二人による質問  ②墓の圧迫  ③墓の恩恵とその罰

①天使二人による質問:アッラーは、死後、人間に天使二人を送り、彼の人生についての基本的なことを聞きます。

その質問は、「あなたの主は誰ですか?」「あなたの宗教は何ですか?」「あなたたちに遣わされたこの男(預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)について何を言いますか?」 です。

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)はこう仰いました。
≪アッラーは、こう仰いました。【アッラーは、この世においても、またあの世でも、堅固なお言葉で、信仰する者たちを確立させる。】14イブラーヒーム章27節 日訳P310 
墓の中の罰について下りたアーヤ(クルアーンの節)であると言いました。(墓の中にいる人は)こう聞かれます。「あなたの主は誰ですか?」そうしたら、こう応えます。「私の主は、アッラーで、私の預言者は、ムハンマドです。」 ≫ アルブハーリーとムスリム出典

②墓の圧迫 : 墓の中で圧迫を受ける事で、これは墓に入っていても入っていなくても死んだ人に起こります。本当のところはアッラーのみがご存知ですが、不信者に対しては、とても厳しい圧迫で、信者に対しては軽いものです。

③墓の中の恩恵と罰 : これも②と同様、墓に入っていてもいなくても、例えば死体を海に流したりしていても、すべての死んだ人が体験することです。

アッラーは、こう仰いました。

【あなた方は、われが、悪行を追及する者を、信仰して善行にいそしむ者と同じに扱うと思うのか。生(この世)と死(あの世)が同じであるとでも思うのか。彼らの判断こそ誤算である。】 45ひざまづく章21節日訳P622

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は二つの墓を通り過ぎるとき、こう仰いました。 

≪本当に彼らは、罰を受けています。≫ムスリム出典

墓の中の恩恵については、預言者さま(صلى الله عليه و سلم)が信者の墓についてこう仰いました。

≪70日の間に墓の中の彼のために70ズィラーア(腕の長さ)広がり、彼のために墓の中が光で照らされます。≫ ティルミズィー出典

質問:墓の中の世界の後には、何がありますか?

回答:ムスリムは誰でも、墓の中の世界の後に「来世」と呼ばれる世界があることを確信しなければなりません。

 死というのは、まったく恐れるに値しません。ただ、私たちを本当に恐れさせるものは、私たちのした行いです。今日は行いがあり、それに対する精算はありません。しかし明日には精算があり、行いはもうありません。私たちは、間違いを犯したとき、その間違いが大きいか小さいかを考えるべきではありません。そうではなく、本当に考えるべきことは「自分が誰に対して不服従な行いをしたのか?」ということです。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام



大切なお子さんのために残してあげられるもの

2010-04-21 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

 【大切なお子さんのために残してあげられるもの】

ある先生の講話で、実際にあった話を聴いたことがあります。

ある敬虔な学者が、モスクで礼拝をして帰ろうとすると、見知らぬ男が彼のところへ来て、「私はすごくお金が必要です、どうか、貸してもらえませんか?」と言ったそうです。その学者が、自分の持っていたお金をすべて彼に与えると、彼はお礼を行って帰っていきました。
お金がまったくなくなった学者が、モスクを出て、家に帰ってみると、家族が大騒ぎしています。 話を聞くと、彼の小さな子供が、数階建てのマンションのベランダから下に落ちた、と言うのです。 彼が真っ青になって、子供の安否を尋ねると、絶対に助からないような高さだったのにもかかわらず、子供は奇跡的に何の怪我もなく、無事だったそうです。
彼が、子供が落ちたのは、何時の出来事だったかと尋ねると、ちょうど、彼が、見知らぬ男に、持っていたお金をすべて与えて、サダカをしていた時間帯だったそうです。

先生は、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)のハディースの
احْفَظِ اللهََ يَحْفَظُكَイフファジッラーハ ヤフハズカ
(日本語訳:アッラーを守りなさい。そうすれば、アッラーがあなたを守ってくださいます。)

を言われました。

ここで言う、「アッラーを守る
」というのは、彼のご命令に従い、彼が禁止されることを避ける、ということです。アッラーのご命令を守ると、アッラーはあなたのすべて、大切なお子さんも、ご主人も、財産も、家も、家族も、すべてあなたのために守ってくださいます。預言者さま( صلى الله عليه و سلمが言われたことに、嘘はありません。間違いはありません。アッラーのご命令に従い、禁止されている事を遠ざけることで、アッラーは私たちのすべてを守ってくださると、アッラーは約束してくださっています。

そう思うと、心配事はたくさんあるように見えても、実は、ひとつだけで、「 アッラーを守る、このことができているかどうか?というこの一点にすべては懸かっているのです。
 先生が言われていたのは、いろんな悩み事や心配事があるときには、「アッラーを守る」というこの一点だけをしっかり見直しなさい、そうすれば、あとは、アッラーがあなたのために、あなたの大切なものをすべて、アッラーのお力で、お守りくださいます、ということです。

 私たち人間の力や能力は、とても限られたものです。できることもあれば、できないこともたくさんあります。でもアッラーの能力に限りはありません。お母さんが、精一杯自分の力で大事なお子さんを守ろう!といくら決心しても、突発的な事故や、怪我や、病気などから、お子さんを完全に守ることは不可能です。しかし、もしアッラーのお力で、お子さんが守ってもらったとしたら、何を恐れることがあるでしょうか。アッラーに不可能な事はありません。アッラーは、お約束になっているからです。


 アッラーを守りなさい。そうすれば、アッラーがあなたを守ってくださいます。

 このハディースは、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)の後ろを歩いていた、まだ少年だった教友のアブドゥッラー・ブン・アッバース(رضى الله عنهに向かって言われたものです。ハディースの始めは、こうです。

يَا غُلامُ، إِنِّى أُعَلِّمُكَ كَلِماتٍ少年よ、私は、君にある言葉を教えよう。〉

 預言者さま( صلى الله عليه و سلم)が、子供に必要だと判断された言葉というのが、この〈 アッラーを守りなさい、そうすれば、アッラーがあなたを守ってくださいます。〉というフレーズで始まるハディースです。この後、預言者さま( صلى الله عليه و سلمは、こう続けます。

 〈アッラーを守りなさい。そうすれば、彼をあなたの目前に見るであろう。何かを尋ねるときには、アッラーに尋ねなさい。助けを求めたくなったときには、アッラーに助けを求めなさい。そして、知るがいい、もしウンマ(共同体)のすべての人が集まって、なんとかして君を助けようとしたとしても、アッラーが君に書かれたこと(運命)でしか、あなたを助ける事はできない、ということを。また、彼らが君を損なおうと(害するために)集まったとしても、アッラーが君に書かれたこと(運命)でしか、君を損なう(害する)ことはできない、ということを。すでに、ペンは置かれ、ページは乾いてしまったのだ。〉 ティルミズィー出典(40のハディース第19の伝承)

 つまり、このハディースでわかることは、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)が忠告された、ムスリムの子供に必要なことというのは、結局のところ、「アッラーを信頼しなさい」、というこの一点です。困ったときには、アッラーに助けを求めなさい、あなたの運命は、人々の手の中にあるのではなく、アッラーの手の中にのみにあることを知りなさい、ということです。

 どんなに親が子供を大切に育てたとしても、親というのは先立つものですし、いくら大切に子供を守っていたとしても、結局のところ、最後にひとりで残されるのは、子供です。親が一生子供を守ってあげることはできません。ですから、親として子供のためにしてあげられる最善の事は何か?、を考えたとき、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)が、少年に伝えられたこの言葉は、子育ての真髄をついています。

 自分はいなくなってしまう存在だけれども、永遠にいなくなることがない、この宇宙の主、アッラーのみを、頼って生きていきなさい、と子供に教える事が、どんなに子供の将来を助けてくれる事でしょうか。将来襲いかかるであろう人生の荒波を、どんなにたやすく渡れるようにしてくれるでしょうか。お母さんは、今から、大切な子供の一生を託すのに、もっとも安全な、もっとも頼りになる存在は、何か?、をきちんと考えてあげましょう。
子供のために親ができる最善の事は、子供のためにお金を沢山残しておいてあげる事でしょうか?それとも、頭のいい子になるように塾に行かせて、子供を有名な大学に入れることでしょうか?子供を一流企業に就職させる事でしょうか?これらのものを子供に残してあげてはいけない、ということではありません。ただ、これらのものだけに、頼って生きるように教えることに、問題があるのです。なぜならは、これらは、すべて、消えてなくなるものだからです。確実に、死と共に消えてなくなってしまい、墓の中やあの世には持っていけないものである以前に、子供が生きている間にも、いつ有名企業が倒産するかもしれず、お金を残したとしても、火事や事故でいつ破産してしまうかもしれず、これから子供が乗り越えていかなければならない長い人生には、数え切れない、様々な落とし穴が潜んでいます。子供が、こうした落とし穴のひとつに落ちてしまったときに、これらの消えてなくなるものにしか価値を置かずに育った子供は、どうやってその困難に耐えられるのでしょうか?この世のはかないものだけを追いかける人生のレールを引いた親の責任は、重大です。そして、これらが手に入らないと幸せではない、という価値観に犯された子供は、泡のようにいつ消えてなくなるかわからない不安定な価値観にしがみついて一生を生きていくことになり、それらが消えてしまったときには、何も頼るものがなくなり、人生を見失ってしまいます。親がそのときに、子供を助けてあげられるのでしょうか?それまで、自分が生きていられるという確信があるのでしょうか?

 イスラームにおいては、子供は次の世代を担う、次の世代の社会を構成する、大切な大切な宝物です。だからこそ、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)は、まだ少年だったアブドッラー(رضى الله عنه)に、あなたを守るのは、アッラーしかいないのですよ、と教えました。子供の人生には、どんな困難が待ち構えているかもしれません。子供を預けるのに、一番安全な場所はどこか?を考えたとき、アッラーの元にしか確実に安全だと言える場所はないのです。

 子供に、この預言者さま( صلى الله عليه و سلم)の忠告を教えてあげましょう。アッラーがいつも彼のことを見守っていてくださって、アッラーの御手の中に、彼の未来がすべてあることを教えてあげましょう。アッラーのご命令を守って、禁止事項を遠ざけたら、アッラーが、必ず彼を守ってくださることを、早く大切なお子さんに教えてあげましょう。
 もし私たちが、本当にすべてのものは、すべてのことは、アッラーの御手の中にある、と分かっていたら、アッラーのご満足を得られないこと以外に、怖いものはなくなります。でも、もし私たちが、アッラーを信じていなければ、すべてのものが恐れるものになります。例えば、お金しか信じていなければ、お金がなくなること、貧乏になることが怖くなってしまうし、ひいては、お給料をくれる社長の怒りを買う事が、怖くなったり、家に泥棒が入って金庫を盗んでいってしまったらどうしよう、お金を預けている銀行が破綻してしまったらどうしよう、地震などで家が潰れてしまったらどうしよう、すべてのことが、恐れる対象になります。自分の子供だけに依存している人は、子供が病気になったらどうしよう、交通事故にあったらどうしようか、学校でいじめにあったらどうしようか、子供を取り囲むすべてのものが恐れる対象になってしまいます。

 でもアッラーの御手の中に、それらすべてのものがあって、アッラーがお望みになられれば、《كُن فَيَكُون あれと言われれば、それは存在する
いうことを知っていれば、アッラーのお嫌いになられる事をしてしまうことだけが、恐れるもので、アッラー以外のなんにも怖いものはなくなります。
 私達がアッラーを求めれば、すべてのものは、私達の後ろからついてきます。もし私たちが、太陽に顔を向けていれば、影は自分の後ろにできますよね。そして、どこに行こうと、私たちについてきます。しかし、もし私たちが影を捕まえようとすると、影はどこまで追いかけても捕まえる事はできません。つまりこの世のはかない飾りを捕まえようとすると、それは、どこまで追いかけても捕まえることはできません。そして、私達は、終わる事のない追いかけっこに人生を費やし、疲れてきってしまいます。

 ただ私達に必要なのは、太陽に顔を向けること、そうすれば、影は私たちの後ろから自然に私たちを追ってついてきます。私たちがアッラーに顔を向けていれば、影・この世のものすべて・お金・仕事・家族などは、全部後ろからついてきます。影が私達の後ろから付いてくるように。
 なぜならばアッラーは、この世に向かって、こう命令されたからです。お前にひざまずくものをお前の奴隷にしてやりなさい。そして、私にひざまずくもののために、お前は彼の奴隷となりなさい、と。ですから、もし、私達がこの世をアッラーがお喜びになられるように使うのなら、この世は私たちの奴隷になります。もし私達がこの世の飾りだけを愛するなら、私達はこの世の奴隷になります。
大切なお子さんをこの世の奴隷にしてしまうのか、この世のすべてをお子さんの奴隷として与えてあげる事ができるか、は、お母さんにかかっています。
 預言者さま( صلى الله عليه و سلم)は、アブドゥッラー(رضى الله عنه)のみならず、ムスリムすべての子供たちを、この世の奴隷にすることなく、この世を、奴隷として使うことが出来る人に育って欲しいと願われ、この忠告をされました。

アッラーを守りなさい。〉と。

 どうかこれだけは、お子さんに伝えてあげてください。アッラーは、あなたのことをとても愛していて、この世に存在させてくださったんだよ、ということ。あなたが幸せにこの世とあの世で生きられるために、ルールを作ってくださって、それを守れば、アッラーはあなたのすべてを守ってくださるんだよ、ということ。このことを知ったお子さんの人生には、何も怖いものはなくなります。誰がいなくても、何もなくても、安心しきった状態で、心から幸せに人生を生きていくことができ、あの世でも、笑ってお母さんに再会する事ができます、اِن شاءَ اللهインシャーアッラー。どうか、大切なお子さんに、すべての主であられるアッラーを、残してあげてください。アッラーが、私たちの家族と子供たちをお守り、お導きくださいますように。

アッラーのご満悦がありますように

والسلام عليكم

イスラームにおける夫婦円満の秘訣

2010-04-13 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم



 【イスラームにおける夫婦円満の秘訣】

 イスラームにおいて、夫婦というのは、社会の構成要素として、とても重要なものです。ご夫婦が円満にうまくいって、子供がそのご夫婦の元で安心して育つ事で、家庭が安定し、安定した家庭の集合によって、よい社会が形成されます。
 将来の社会を担う子供たちの教育もご夫婦の協力によって、達成されますから、健全な社会の基本は、夫婦によって始まると言っても過言ではありません。
ですから、夫婦がうまくいくよう、アッラーは、クルアーンの中でも述べられています。

《またかれがあなたがた自身から、あなたがたのために配偶を創られたのは、かれの印の一つである。あなたがたはかの女らによって安らぎを得るよう(取り計らわれ)、あなたがたの間に愛と情けの念を植え付けられる。本当にその中には、考え深い者への印がある。》(30:12)

《かの女らはあなたがたの衣であり、あなたがたはまたかの女らの衣である。》(2-187)

 夫婦の関係というのは、日本では、恋愛の延長のように考えられていますが、イスラームにおいては、お互いに責任が発生する「契約」です。
アッラーの元で、結婚契約をしたからには、お互いがその契約に従って、自分の役割を果たし、自分の責任を果たしていく努力をする必要があります。
その責任を果たす努力をする事によって、アッラーのご満足が得られ、お互いに天国に入ることが近くなるのです。

 日本での結婚においては、夫婦の役割は、特に妻の役割と夫の役割が、分担されていず、あいまいなので、その価値基準に沿って結婚生活を送っていると、問題が生じてくることが多々あります。
 例えば、共働きの場合、妻には、仕事の負担と、家事の負担と、子育ての負担が全部彼女一人にかかってしまうことがあります。夫は家事を手伝う、と言っても、基本的には、料理は奥さんに作ってもらうのが当然、子育ても妻がするのが当然、となっているので、その負担を分担するために、夫婦で話し合っても、基本的な義務の分担基準がないので、折り合いがつかないこともあります。

 しかし、イスラームにおいては、妻は基本的に働く義務がありませんから、奥さんの負担は必然的に少なくなります。
 イスラームにおいて、基本的に夫には、妻と子供を養う義務があります。家族のために働いて稼ぐのは、結婚契約をした夫の義務です。つまり結婚契約によって、妻には、「養われる権利」が与えられます。そこが基本ですから、奥さんが家計を助けるために働いてもいいわ、という場合には、イスラーム的に見ると、妻は、自分の権利(養ってもらう権利)を放棄して、夫の義務を手伝って、働いている事になり、「アッラーのために、夫を手伝って仕事をします」というニーヤ(意思)をすることで、アッラーの元では善行になります。(もちろん、ご主人が奥さんが仕事をすることに同意している場合に限ります。)
毎日のことですから、このنيةニーヤ(意思)をすることで、働いている間中、右の天使が、あなたが善行をしていると、ずーっと書きとめてくれます。

 夫には家族を養う義務が発生するように、一方、妻には家庭を守り家族の世話をする義務が発生します。イスラームにおいて、結婚というのは、こうしてお互いに義務と権利が発生する契約です。
 
 夫婦二人して、アッラーに天国に入れてもらうために、奥さんが、円満な家庭を築くために、最初にご主人に聞くと良いことが、5つあります。

 特に、外国人と結婚された方は、日本の文化というのは、日本にいると全くわかりませんが、実際、世界中の文化に比べて、本当にものすごく特殊な文化なので、ご主人の文化との違いがすごく大きいため、奥さんは、この5つをあらかじめご主人に尋ねておかないと、後から、「あなたがそんな風に考えてるなんて知らなかったわよ!」ということになりかねません。その5つは、

①親戚関係 ②時間の使い方 ③料理 ④して欲しい事 ⑤して欲しくない事

①親戚関係*ご主人が、自分にどんな風にご両親や親戚と付き合って欲しいと思っているか。自分の両親、親戚との付き合い方、ご主人のご両親、親戚との付き合い方。どういう風に付き合っていって欲しいかを、ご主人に聞く。日本では親戚付き合いが深くないため、同じようにご主人の親戚とも付き合っていると、ご主人の親戚からは、常識がないと思われているかもしれません。例えば、シリアの場合だと、毎週、親戚一同が集まって、食事会をするのが習慣なので、一ヶ月間も音沙汰がないと、びっくりされます。また、気楽だからと言って、自分の両親とばかり交流して、ご主人の両親を放っておいていないか?自分の親戚には何か物をあげたりするが、ご主人の親戚には何も送らないなど、不公平な対応をしていないか?など。

②時間の過ごし方*どうやって私が毎日の時間を過ごすのが好きですか?何か仕事をして欲しい、仕事をして欲しくない、買い物にはいつ行ってほしい、いつも子供と一緒にいてほしい、イスラームの勉強をしてほしい、してほしくない(自分が義務のことをできるようになるまでは、これは義務なので、外で勉強して欲しくないご主人は、自分が奥さんに教えることになります)、ご主人の休みの日は、これをして欲しい、など。

③料理*どういう味付けの料理が好き?野菜は何が好き?果物は?お肉は?辛いものが好き?薄味が好き?お菓子、お茶?週に一度は食べたい好物がある?量は?3食のご飯の時間帯はいつがベスト?

④私にして欲しい事は全部言ってください、それをするように努力します。とご主人に言ってみましょう。

⑤私にして欲しくない事は何?それをしないように努力します。とご主人に言ってみましょう。

 すでに結婚後何年も経っていると、改めてこんなこと聞かなくても全部彼の考えていることはわかってるわ、と思われるかもしれませんが、思い違い、というのは、よくあることです。もしかしたら、ご主人は、あなたが思ってもみないことであなたのことを好きだったり、思ってもみなかったことに腹を立てている、ということが、大いにありえます。同じ日本人でもありえることで、ましてや、文化の違うご主人をお持ちの方は、大いにそういうことがありえます。
 例えば、日本人にとって、女性が男性に口答えする、盾をつく、などということは普通になってしまっていますが、文化の違うご主人にとっては、ものすごく驚く事だったりします。ですから、日本人の奥さんが、ただ、自分では自分の意見を言っているだけと思っていても、実は、ご主人のプライドを知らず知らずの内にものすごく傷つけている、ということが、よくあります。ちょっとした一言、「なんでこんな事も知らないの?」とか、「そんなことあるわけないじゃない。」といった言葉が、ご主人のプライドをめちゃくちゃにしてしまっている、ということがありえます。文化の違いを知らない、というのは、恐ろしい事です。それが、余計な誤解とトラブルの元になってしまうことがあるのです。
また、日本人は、何かと「あ、うん」の呼吸で言葉で言わなくても相手はわかっているわ、と思ってしまいがちですが、それは日本人だけの思い込みで、他の国ではまったく通用しません。
 ご主人にきちんと「言葉」で示してあげないと、余計な誤解を招いたり、まったく何も伝わっていないという事もよくあります。

 ですから、改めて、この5つを、今日家に帰ったら、言葉で確認してみましょう。
「今日、勉強会で、こんなことを習ってきたんだけど」、と言って、ご主人がお仕事などで疲れていないときを見て、話し合う機会を作ってみましょう。

 ここで、もしかしたら、「何で私だけが相手の言うなりにならなければいけないの?やっぱりイスラームは男尊女卑だ!」という疑問がわいてくる方もいるかもしれません。
でも、イスラームの教えは、すべての人が幸せになるための万全の教えです。
奥さんにここまで言われて、自分を反省しないご主人はいません。
人間の常として、絶対に相手が悪いと思っていても、その相手が頭を下げて謝ってきたら、「いやいや、自分もちょっと悪いところがあったし」と思うのと同じで、奥さんに、「私に、して欲しくない事があったらどうか教えてください、しないようにこれから努力しますから。」と言われれば、ご主人も、自分は、相手の嫌がることをしていないかな?とちょっと反省するものです。

 でも、あくまでも、これを聞くのは、ご主人の反省を促すのが目的なのではなく、自分がアッラーにもっと好かれるために、アッラーにもっと好かれる自分に自分を変えるために聞く、というのが大切な基本です。
それによって、アッラーのご満足を得ることが目的です。

 夫婦は鏡のようなもので、奥さんを見て、ご主人もだんだん変わっていきます、インシャーアッラー。
相手が変わるのを望むなら、まずは、自分から変わりましょう。

 人間、自分が何をしたいか、というのは、考えなくても、自然に頭に次々と浮かび、「これが食べたい、どこに行きたい」、など、自分の好きなことは次から次へときりがないくらいどんどん思いつきます。
これもしたい、あれもしたい、と。
 それに比べて、相手の望み、相手が何をして欲しいか、は、立ち止まって、ちゃんとしっかり考えないと、わかりません。
ですから、常に、相手が何をして欲しいかな、何をしたら喜ぶかな、と考えて行動するよう心がける事が大切です。
 自分のしたいことは、考えなくても自然に浮かぶので、放っておけばいいのです。
でも、相手の望む事、というのは、ちゃんと気をつけて考えてあげないと、思いつきません。

 相手が、自分に何をして欲しいか、と考えるときに注意するのは、「相手の満足を得ること」自体を目的にしないことです。
ご主人があなたに満足すること、それ自体が目的、なのではなく、それは、アッラーへと進むための「手段」だということを、ちゃんと知っておきましょう。

 どんなときでも、私達の人生の目的は、「アッラーが、自分にご満足されること」、です。
アッラーが自分に何をお望みか、を考え、アッラーのご満足を得る事を一番の目的にすると、「自分のしたいことだけをしたい!」、という利己主義の檻(おリ)から解放され、それによって、すべての人間関係のわずらわしさから開放されます。
アッラーのために、イスラームの利他主義(自分より相手をう優先する徳)を心がけることで、自分が変わるのみならず、不思議に周りの人の対応も変わってきます。
ハディースにもありますが、アッラーがその人のことを好きになると、アッラーが、天使たちに彼のことを好きになるよう、命じます。そして、天使たちが彼のことを好きになると、天使たちが、地上の人間たちに、彼のことを好きになるよう命じるからです。

 私たちの目的は、アッラーが自分をもっともっと好きになってくれるように、がんばって努力をすること、なのです。
 自分が努力するのは、アッラーに自分が好かれるため、であって、ただ単にご主人に好かれるため、ではありません。
 ここが、ムスリムと、ノンムスリムの大きな違いです。

 アッラーのことを知らない、ムスリムでない人にとって、夫婦円満の目的は、円満に生活してこの世で幸せになること、だけですが、ムスリムの夫婦円満の目的は、それによって、アッラーのご満足を得る事、アッラーに好かれること、です。
そこには大きな違いがあります。
 アッラーを目的にすることによって、ムスリムは、心の底から幸せと安心感を得、この世とあの世の両方で幸せを手に入れることができますが、アッラーを目的にしないと、こうした努力する事で、ますます不幸になる、という悪循環に陥ってしまう事さえありえます。

 ムスリムにとって、円満で幸せに生きることは、ただの「結果」であって、「目的」ではありません。
 それを間違えてしまうと、こんなに自分は努力したのに、夫はまったくわかってくれない、こんなに自分は彼のためにやっているのに、夫はまったく変わらない、という、相手に対する不満が出てきます。
そういう思いがわいてきたら、「أستغفر اللهアスタグフィルッラー(私はアッラーにお許しを請います)」と言って、自分のニーヤ(意思)が間違っていないか、立ち止まって考えましょう。
ちゃんと、アッラーを目的に行動しているか、反省しましょう。

 相手に「よくやったね。」と言われるために努力していると、あなたの幸せは、相手の反応によって、得られたり得られなかったりする、ということになり、ご夫婦の間では、あなたの幸せは、ご主人の反応次第、ということになってしまいます。しかし、人間というのはいい加減なものですから、あなたが努力した事に対して、ご主人は満足するかもしれませんが、もしかしたら、あなたの努力を認めてくれないかもしれません。それどころか、せっかく努力したあなたに対してケチをつけて、怒り出すことさえあるかもしれません。なぜならご主人は人間で、アッラーのように完璧ではないからです。もし上手くいって、ご主人があなたの努力を認めてくれたとしても、それは、ただのこの世での一時的な幸せしかもたらしません。

しかし、アッラーのご満足をあなたの努力の目的にすると、アッラーは、あなたのしたどんな善行も無駄にすることはありません。必ず、必ず、どんなときにもあなたを見ていてくださって、あなたがした芥子粒ほどの小さな小さな善行も、10倍、もしくはそれ以上にして、あなたに返してくださいます。この世のすべての所有者であられるアッラーが、彼のために努力をしたあなたに対してくださる報酬は、私たち人間の想像を超えたものです。アッラーのために努力をした人を、アッラーが放っておく事は絶対にありません。そして、人間と違って、アッラーーの裁量は、絶対的に公正なもので、必ずあなたが満足する報酬をくださいます。

 アッラーを目的にすることに比べて、他の人の反応をあなたの目的にすることが、どんなに損かがわかります。
もし、相手があなたに感謝すればあなたは喜び、相手があなたを認めてくれなければ怒る、悲しむ、というのは、あなたのنيةニーヤ(目的)が、間違っていないか、早めに気がつかせてくれるアッラーからの信号、サインです。

 また、あなたの目的が、「アッラー」ではないと、自分が頑張った事に対して、自分はこんなにも相手のためにしたのだから、と、相手に対して恩着せがましくなります。
でも、「アッラー」が目的だと、アッラーに自分が好かれるために努力していれば、相手の反応は、ただの「結果」であって、それ以上でもそれ以下でもありません。

 努力をした後、アッラーが目的の人は、自分が、アッラーに好かれるよう努力できたことに対して、アッラーに更に感謝して、出来なかった事に対しては、アッラーにお許しを請うことで、ますますアッラーに好かれます。
そうすることで、人間は、すべてのことから解放された、アッラーから与えられた人間本来の「アッラーのしもべ」という、他の何にも支配されない、自由な存在になります。
しかし、アッラーが目的でないと、相手の反応にしばられたり、自分の欲にしばられたり、人間は、ちっとも自由でなくなってしまいます。

 あなたがアッラーのために一生懸命努力した結果、もしご主人が、認めてくれなかったとしても、アッラーがあなたに満足していれば、この世でもあの世でも、まったく問題はありません。あなたがあなたにできることを一生懸命努力したことで、アッラーがあなたを認めてくださってご満足してくださっていたら、あの世であなたの貯金がどんどん貯まるだけです。そして、私たちを天国に入れるのは、アッラーのみです。
 
ちょっと考えてみましょう。他の人があなたはすごくよくやった、と言ってくれても、それが、あなたを天国に入れてくれるでしょうか?他の人が、あなたのことを最低だ、と思ったとしても、それが、あなたを地獄に陥れるでしょうか?

そんなことはありません。

 他の人は、あなたを天国に入れてもくれないし、あなたを地獄に入れることもありません。

アッラーのみがあなたを天国に入れてくださいます。

この原則をわかっていると、人はとても安心します。
 自分が努力すべきは、ただただ、アッラーのためのみであって、他の誰のためでもないことがわかります。

 そして、夫婦が、家庭において、アッラーのご満足を求めることで、自然と夫婦の関係も強まります。
 なぜなら、アッラーは、ご夫婦を、お互いが、お互いを天国に入れる鍵となれる存在としたからです。
 家の中は、お二人が天国に行くための訓練場です。

預言者さま( صلى الله عليه و سلم)こう言われています。

〈あなた方の中で、善い者というのは、自分の家族に善くするものです。そして私は、あなた方の中でも、自分の家族に善くする者です。〉(スナン イブンマージャ 伝承)

私たちの模範、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)は、もっとも自分の家族に善くするお方でした。
 男性も努力なくしては天国にとても入れません。
ですから、奥さんは、ご主人が天国に入れるよう、ご主人をサポートしてあげましょう。
どうしたら、彼が天国に入れるか、考えて、家族全員が笑って天国に入れるよう、サポートしていきましょう。
 ご主人もお子さんも、あなたの周りの人たちすべては、アッラーが、彼らを使って、あなたが天国に行けるようにと用意してくださった、大切な人たちです。

 売り言葉に買い言葉で、夫婦喧嘩をすることに、アッラーのご満足があるでしょうか?
 子供の前で、ご主人に逆らって言葉を強める事に、アッラーのご満足があるでしょうか?
 ご自分も、ご主人も、一緒に天国に行くために、アッラーのために、あなたが、彼の売り言葉を買わないことで、アッラーのご満足が、あなたにどんなにあるかわかりません。
預言者さま( صلى الله عليه و سلم)は、ハディースで言われています。

〈 誰でも、(議論、喧嘩をしていて、)自分の意見が間違っているときに、それを取り下げる者は、アッラーがその人のために、天国に家を建ててくださいます。そして、誰でも、(議論、喧嘩をしていて、)自分の意見が正しいときに、それを取り下げる者は、アッラーは、その人のために、天国の中でも、一番最上の場所に、家を建ててくださいます。〉 (ティルミズィーの伝承)

 天国の一番最上の場所に、家を建ててもらうために、それ以上議論にならないよう、自分の主張を取り下げたら、アッラーが、どんなにあなたにお喜びになられるでしょう。
普段から、アッラーのお喜びを得る事を、第一に考える癖をつけましょう。
喧嘩の最中に、これを思い出すことができるように。
 そして、アッラーのお喜び、天国の最上の場所に家を建ててくださるというアッラーのお約束を信じて、頑張って、自分の意見を取り下げてみましょう。
アッラーがその代償に、どんなにすばらしいものをあなたにくださるかわかりません。

この心の中の自分の欲(「自分の意見を通したい」という欲)と戦うジハードは、武器を使って敵と戦う聖戦よりも、もっと大きなジハードだと、預言者さま( صلى الله عليه و سلم)も言われています。
それは、自分の欲よりも、アッラーのご満足を上に置く事でしか、達成できないジハードだからです。
 天国の家は、誰にでも建てられるわけではありません。
 このジハードに打ち勝って、自分に打ち勝ってこそ、与えられるものです。
 ご家庭は、アッラーが与えてくださった天国に家を建てるための修行の場です。

 うまくお互いを生かして努力すれば、彼を使って、あなたは、アッラーのご満足を得、天国に入れますし、あなたを使って、彼はアッラーのご満足を得、天国に入れます。
 お互いがお互いの天国への梯子(はしご)となるように、頑張りましょう。
二人で笑って天国に行けるように、新たなニーヤ(目的)を立てましょう。

 まずその第一歩として、家に帰ったら、この5つの質問をご主人に聞いてみましょう。
ご自分がアッラーにもっと好かれるようになるために。

アッラーのご満悦がありますように

والسلام عليكم



アッラーの美名

2010-03-07 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

《アッラー、かれの外に神はないのである。最も美しい御名はかれに属する。》(20-8)

◆アッラーの属性・美名を知ることについて

イスラームの信条箇条(عقيدةアキーダ)
アッラーを信じる
天使を信じる
諸啓典を信じる
預言者たちを信じる
審判の日を信じる
運命を信じる

信条箇条の「アッラーを信じる」ことはアッラーの存在・能力・属性を信じることも含まれる。

アッラーが仰せになっている。
《だから知れ。アッラーの外に神はないことを。》(47-19)

またハディースで預言者ムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم
〈あなた方の中でアッラーのことを最も知っているのは私です。)

学者の見解では
アッラーのこと及びアッラーの属性を知ることはムスリムの義務
→たとえ人に説明できなくても自分自身が知ることは義務である。人に説明できなくてもアッラーは何でもご存知で何でもおできになる(全知全能)ということを頭と心で知っておくこと。

◎アッラーの属性・美名を知ることは何故必要なのか

1.信仰の柱であるひとつ「諸啓典を信じる」→クルアーンにそう書かれている。(47-19)
「預言者を信じる」→ムハンマドさま( صلى الله عليه و سلم)の言葉
学者の見解など

2. アッラーのことを知ったら崇拝行為の質がよくなる。

3. 人はよく知らない対象を愛することはできないものであり、アッラーの属性を知ったら、アッラーのことがもっと好きになる

《信仰する者たちは、アッラーを激しく熱愛する。》(2-165)

〈信仰を心で感じられる人とは、アッラーとその預言者(صلى الله عليه و سلم )に対して誰よりも深い愛情を持っている人のことである〉

その結果

3-1 崇拝行為が辛くなくなり、逆に楽しめるようになる

例えれば、好きな彼女に「会いに来て欲しい」と言われたら、彼氏は厭わず赴くことができる。

3-2 日常生活における優先順位が正しくなる

3-3 アッラーの属性美名を全部覚えたら(知ったら)天国に行ける

إن لله تسعة و تسعين اسماً، مئة إلا واحداً،من أحصاها دخل الجنةアッラーは九十九の名を持つ。(100から1つ除いた)それらを覚える者は天国に入るであろう〉(アル=ブハーリー 第4巻281p)

例えば

あなたは実際に会ったことがないある国の王様のことを新聞で読んだとしよう。国王は、心優しく、誰に対しても親切で、年寄りや子供に思いやりがあって、国民から搾取せず、税金も取らない。国王自身には豊かな財産があり、気前がよく、困っている人の借金は肩代わりをしたりする。その上、ハンサムであるとそこには書かれている。このような評判を聞くと、実際会ったことがなくても好感を持つであろう。もし自分がそこの国民だったら恐らく大好きだと思うだろう。
その会ったことがなくても、評判のいい国王からお願いがあると言われ、毎日国王に一日五回電話をかけて欲しいと言われたら、あなたは、光栄に思い、5回といわず10回でもかけてもいいと思うだろう。

アッラーは王の中の王である。そう考えれば、アッラーへコンタクトすることは喜びとなる。


アッラーの属性に沿って99の美名が知られている。

☆アッラーにはさまざまな属性に沿った美名があるが、اللهアッラーとは全ての完璧な属性をもっている、欠点が全くない存在のこと
名前の中で一番素晴らしい。アラビア語以外でそれ(完璧な属性を持ち瑕疵がない存在であること)を指しているなら使ってもいい Godや神様やフダーィなど

アッラーの属性の種類は
Ⅰアッラー自身の属性 
Ⅱ アッラーの行為の属性
Ⅲ アッラーを讃える属性
の3つに分けられる

その中で
Ⅰ アッラー自身の属性
には7つに分けられるAからGまで

A アッラーは存在する

1. アル=ハック(真理の方)・・絶対に正しい

2. ア=ン=ヌール(光の方)・・光のように際立っている。しかしアッラーは実際は光より美しい

3. ア=ッ=ザーヒル(明らかな方)・・表れている

4. アル=バーティン(隠れている方)・・私たちには見えなくても存在している。アッラーのことを本当に知っているのはアッラーのみ


B アッラーは唯一である

5. アル=ワーヒド(唯一の方)・・アッラーの属性はアッラーにしかない

6. アル=アハド(唯一無二の方)・・アッラーの他にはなく唯一である

その唯一性には

رَبُّ
ラッブ(主)として唯一である 創造主→生きとし生けるものを生きさせる唯一のお方。全宇宙をお創りになったお方。

إلَه 
イラーハ(神・・崇拝対象)として唯一である。アッラーだけが命ずることや禁ずる権利を持っている。

C アッラーは生きている

7 アル=ハイユ(永遠で無限の生命と持つ方) 偶像のように反応がなく、まるで壁のようなものとは正反対。生命があるから反応がある。我々のドゥアーに応えてくれる。

D アッラーはすべてを知っている

アッラーの知識は人の知識とは比べ物にならない。アッラーの知識は包括的でどんな細かいことでも知っている。またアッラーは人には言わない自分の今の秘密も知っているが10年先の自分が秘密にしていることさえも知っている。人の知識は限りがある。全ての知識を習得することはできない。例えば医学においても全てを網羅することはできない。内科の医師は眼科にはさほど詳しくないとか。また生まれた時には知識はなく生まれた後に習得しなければならない。

8 アル=アリーム(すべてを知る方)・・全知

9 アル=ハビール(通暁する方)・・細かい点まで御存知。知悉なさっている。

10 ア=ッ=シャヒード(目撃者、証人)・・既に御存知なのに、現時点でもご覧になっている

11 アル=ムフスィー(数量に関係あることに通暁する方)

12 ア=ッ=サミーウ(すべてを聴く方)

13 アル=バスィール(すべてを見る方)

14 ア=ッ=ラキーブ(監視する方)

15 アル=ワーシウ(広大無限な方)

16 アル=ムウミン(信仰を守る方、信仰を与える方)・・ご自身の知識に疑いが無く信じている

E アッラーは能力を持っている

アッラーはあるものを全く違うものにすることができる
アッラーは無からものを創り、存在しているものを消滅させることができる

人間はもともとは能力がなかった。アッラーによって能力を与えられた。人間は時間と共に弱まるが、アッラーの力は衰えることがない

《われは地上において、あなたがた(人間)に力をもたせ、》(7:10)

17 アル=カウウィー(強大な方、力強い方)

18 アル=マーティン(確固たる方)

19 アル=カーディル(能力ある方、全能な方)

20 アル=ムクタディル(すべてを行う力がある方、権威ある方)

21 アル=ワージド(見出す方)・・誰の助けが無くてもできる

22 アル=アジーズ(威力並びなき方)

23 アル=ムキート(維持する方、糧を与える方)

24 マーリク=ル=ムルク(大権を所有する方、王権を持つ方)

25 アル=ムルク(王、王者)

26 アル=ワーリス(相続する方、真の相続者)

F 創造物と相容れない
信条箇条(عقيدةアキーダ)の特徴的な点

アッラー以外は
① 一時的⇔アッラーは永遠
存在していなかったものが存在している
始まりと終わりがある
動いたり動かなかったりする
いつも変わっている
小→大 強→弱

②時間・場所に属している⇔ アッラーは何にも属していない
能力・知識に限度がある

③相手がいる⇔アッラーにはペアがない
夫と妻のような配偶者、男と女
北極と南極のような磁力(N極とS極)
電子のプラスとマイナス
など反するペアがある

《かれに比べられるものは何もない。》(42:11)

たとえば「جربوعジャルブーア」と聞いたら全く何か分からないが、それが「動物」だと聞き、カテゴリーが限定され、更に「砂漠に住んでいる」「しっぱが長い」「ねずみに似ている」という形容が加えられるとだんだん形が想像出来るようになる。それは共通的なイメージがあるからで、アッラーにはそのような何かに似ている、体の部位が○○だという共通するイメージがないので、わからない。

ちなみに「جربوعジャルブーア」は<https://en.wikipedia.org/wiki/Jerboa>この動物のことです。


①全てのものはアッラーを必要としているが、アッラーは何物も必要としていない。

② アッラーは発生する、生まれるということがない

③ 唯一完璧なもの。全てのものはアッラーに向っているが、アッラーに拮抗するものや張り合うライバルや天敵のようなものがない

27 ア=ッ=サラーム(全く欠点がない方)・・サラームは「平和」という意味のほかに「欠点がない」という意味もある。「サリーム」とか

28 アル=クドゥース(神聖な方)

29 アル=ガニー(豊かな方)・・何も要らない

30 ア=ッ=サマド(永遠なる方)・・自存する

31 アル=アウワル(最初の方)・・アッラーの前にはなにもない

32 アル=アーヒル(最後の方)・・アッラの後にはないもない

33 アル=バーキー(永続する方)・・全てのことが消滅してもアッラーだけは残る

G アッラーには意志がある
 
誰もアッラーを強制することはできない。アッラー自身が選択し決める。

①〈アブー・フライラ(رضى الله عنه)によると預言者(صلى الله عليه و سلم )は言われた。『アッラーには99の名前がある。それらを記憶する者は天国に入るであろう。まことに、アッラーは奇数者であられ、奇数を好まれる』〉(ムスリム第3巻596p)

タワーフは七回、ジャマラートの石投げは七回など

アッラーの美名は99以上ある。アル=ジャミール(美しい)アル=ウィトル(奇数者)など

من أحصاها دخل الجنة  マン アフサーハー ダハラ=ル=ジャンナ それ(アッラーの99の美名)を覚えた者は天国に入るだろう〉(アル=ブハーリー 前述)


أحصاها」アフサーハー・・の意味は4通りの解釈ができる

・何度も繰り返し呼んで覚える

・ドゥアーをするときにはまずアッラーを讃え(例えば الحمد لله アル=ハムドリッラー)それからアッラーに嘆願するものだが、アッラーの美名で特定なものだけに限らず、99の中にあるいろいろな美名を使ってドゥアーすること。一つとして全く使わずに放ったままにしておいてはいけない。

《アッラーに祈れ。慈悲深い御方に祈りなさい。どの御名でかれに祈ろうとも、最も美しい御名は、凡てかれに属する。》(17-110)

《最も美しい凡ての御名はアッラーに属する。それでこれら(の御名)で、かれを呼びなさい。》(7-180)

《最も美しい御名はかれの有である。天地の凡てのものは、かれを讃える。》(59-24)


・美名の意味を深く理解する

・アッラーの美名によりアッラーの属性を知り、それに充分に応える。アッラーはアルアリーム(全ての知る方)でありアル=バスィール(全てを見る方)なので、心に憎しみなどの邪悪な気持ちを持たず、謙虚になり、正しいことをするように日々心がける。

② アッラーの美名や属性はクルアーン・ハディースにあるもので、自分で勝手に作らないこと。また書かれている美名を否定しないこと

③「怒る」「笑う」などがアッラーの属性だからといってもそういう美名はない

④アッラーの属性は完璧である 「疲れる」「忘れる」「約束を守らない」などの名前はない

⑤アブド(僕)の後にアッラーの美名を使ったムスリムの名前があるが、これはムハンマドさま(صلى الله عليه و سلم)も勧めている名前もある・・アブドッラフマーンなど。しかし、アブドなしでアッラフマーンという名前をつけないこと。人間の属性としてラヒーム(慈悲深い)やカリーム(気前が良い)などがあるが、その属性にアルという定冠詞をつけたものはアッラーのみに使われる名前なので、アッラー以外のものに名付けてはいけない。

⑥定冠詞のアルがなくても人につけてはいけない名前がある ラフマーン(慈悲あまねく)はアッラーのみの属性
アブドの後ろに例えばラスール(使徒)ナビー(預言者)フセイン、アリーなどの人間の名前や呼び名をつけるのは避けたほうがいい。
人間はアッラーに仕える僕であるから

⑦人間の頭や感覚がおよばないアッラーのことを本当に知っているのはアッラーしかいない。天使でもアッラーのことを全部は知らない。

銀河の端から端までは230億光年と言われる、光の速度で行っても230億年かかるわけである。全ての宇宙をあわせたよりもアッラーのكرسىّ クルスィー(椅子・・人間に近づくためにアッラーの足元にあると言われる)は広く、そのクルスィーさえ、عرشアルシュ(玉座)の比べたら遥かに及ばない。

お勧めのドゥアー「ムスリムの砦」105p 34.苦悩と悲しみの際のドゥアー Supplication for anxiety and sorrow




アッラーのご満悦がありますように

タジュウィード(聖クルアーン読誦法)⑤

2010-03-07 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

クルアーンを読誦するときには
الاستعاذة イスティアーザ と البسملة バスマラを唱える

الاستعاذة イスティアーザとはأعوذ بالله من الشيطان الرجيم アウーズ ビ=ッ=ラーヒ ミナ=ッ=シャイターニ=ッ=ラジーム(アッラーに呪わしいシャイターンからの庇護を求めます)と言い、アッラーのご加護を求めること

クルアーンを読むときは↑の言葉を唱えることが求められている

その根拠
《あなたがクルアーンを読唱する時は、忌まわしきシャイターンに対して、アッラーの御加護を祈れ。》(16:98)
とアッラーが仰っている。

.一人で読むときは、イスティアーザを声を出さなくてもいい(出してもいい)
・礼拝の時は、有声の礼拝でも無声の礼拝でもイスティアーザは声を出さない。
・集団で回し読みするときは、最初に読む者が声を出し、後の者は心の中で唱える
・集団で一人ずる同じآيةアーヤ(句)を読むときには、それぞれ声に出して唱える
・くしゃみや咳などで読誦が中断してもイスティアーザを唱える必要は無い
・読誦をやめて、話をしたり、作業をしたり、飲食をしたりした場合は、再開するときは再度イスティアーザを唱える

البسملةバスマラとはبسم الله الرحمان الرحيم ビスミ=ッ=ラーヒ=ッ=ラフマーニ=ッ=ラヒーム(慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において)と言い、アッラーの御名によって祝福をうけつつ読み始めること

バスマラは基本的にسورة スーラ(章)の始まりに唱える

前のスーラ(章)の最後のアーヤ(句)→ バスマラ → スーラの最初のアーヤ(句)の順であるが、その読み方は4通りあり、そのうち3通りは認められているが、1通りは許されていない

1. 全部区切って読む → 可

2. 全部続けて読む  → 可

3. 前のスーラ(章)の最後のアーヤ(句)で、読みを止め、バスマラと次のスーラ(章)の最初のアーヤ(句)を続けて読む → 可

4. 前のスーラ(章)の最後のアーヤ(句)とバスマラを続けて読んだあと、一旦止めて、次のスーラ(章)の最初のアーヤ(句)を読む → 不可 ・・・それを聞いた人がバスマラが前のスーラ(句)の最後のアーヤ(句)だと混同する惧れがある。

イスティアーザ → バスマラ → スーラ(章)の最初のアーヤ(句)の読み方は4通りある。

1. 全て区切って読む

2. 全て続けて読む

3. イスティアーザとバスマラを続けて読み、一旦区切ってから、スーラ(章)の最初のアーヤ(句)を読む

4. イスティアーザを読み、一旦区切り、それからバスマラとスーラ(章)の最初のアーヤ(句)を続けて読む

1から4まで全てOK

البسملة バスマラが ない سورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)から読み始めるとき

الاستعاذة 
イスティアーザと 最初のآيةアーヤ(句)の読み方は2通りある。

1. 二つを切って読む
2. 全部続けて読む


سورةالإنفال アル=アンファール(戦利品章)と سورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)を続けて読むときに、その読み方に三通りある。

1.سورةالإنفال アル=アンファール(戦利品章)の最後のآيةアーヤ(句)で完全に止めて、その後سورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)の最初のآيةアーヤ(句)を読む

2.سورةالإنفال アル=アンファール(戦利品章)の最後のآيةアーヤ(句)で息継ぎしないで軽く止めて、その後سورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)の最初のآيةアーヤ(句)を読む
・・これを السّكت アッサクト(息継ぎなしの小休止)という。
クルアーンの休止記号の「س」 例:83-14、75-27、18-1

3.سورةالإنفال アル=アンファール(戦利品章)の最後のآيةアーヤ(句)からسورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)の最初のآيةアーヤ(句)まで止めないで読む。この場合は「عَلِيمٌ」とタンウィーンで終わり、「بَرَآءَةٌ」で始まるのでالإقلابイクラーブ(転化)で2拍伸ばします。

注:他の章と章をこのようにつなげるのは禁じられているが(البسملة バスマラがあるため)、このふたつの章を繋ぐ場合のみは可とされている。 

◎なぜ、سورةالتوبةア=ッ=タウバ(悔悟章)にはالبسملة バスマラが ないのか

大まかに二つの説があります。

1.アル=ハキームの伝えるハディースによるとアリー・ブン・アビー・ターリブ(رضى الله عنهラディヤッラーフ アンフ)から「『慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において』は完全保証であるが、それ(第9章)は剣によって安全保障を取り上げるために下された」と、またフザイファ(رضى الله عنه ラディヤッラーフ アンフ)から「あなたがたはこれをタウバの章だと名づけているが、これは懲罰の章なのである」

2.ハーリジャ、アブー・アスラ(رضى الله عنهماラディヤッラーフ アンフマー)などによると、ウスマーン(رضى الله عنه ラディヤッラーフ アンフ)のカリフ時代にクルアーンの写本を書いた時、ある者は「解約(悔悟)」章と「戦利品」章はひとつの章である、と言い、またある者たちは、それらは二つの章だ、と言った。そこで二つの章だという者の言葉に合わせて、二つの間に隙間を空け、ひとつの章だという者の言葉に合わせて、「慈悲あまねく慈愛深き・・・」と書かなかった。そこで双方とも、自分達の主張の証しが写本に確定されたことに満足した。

1のほうが有力な説とされている

タフスィール・アル=ジャラーライン第二巻27P参照


التجويد タジュウィード(クルアーンを美しく読むためのさまざまな法則)

1. الغنَّة グンナ(鼻音)

グンナの文字は二つ

م
 ミーム مخرجマフラジュ(音の出るところ)は2箇所あり、الشفاتينシャファターン(両唇)とالخيشوم ハイシューム(鼻腔)

ن 
ヌーン مخرجマフラジュ(音の出るところ)は2箇所あり、اللسان リサーン(舌)とالخيشوم ハイシューム(鼻腔)



الشدَّة
シャッダ・・同じ文字が2つ続き、最初の文字がساكنٌスクーン(子音)で、後ろの文字が母音を伴う・・のついた文字でミームとヌーンはグンナを伴って、二拍伸ばす。

إنَّا 
インナー النَّاس アン=ナース(ンとナの間は伸ばす)

حَمَّالة 
ハンマーラ(トゥ) (ンとマの間は伸ばす)

読誦練習したスーラ(章)・・第114章人々章&第108章潤沢章

2.カルカラالقلقلة(振動音)

قطب جد クトゥブ ジャッディン」という一文のまとめられている5つの文字が スクーンのときに音の打ち出しを明瞭にすることです。

2つに分類されます。

1. صغرى スグラー(小) 

・語の中間にくるもの يدخلون ヤドフルーナ حبل ハブルン

・語の最後にくるが、次の語が続く لم يلد ولم ラム ヤリド ワラム
              قد أفرح カド アフラハ

2. كبرى クブラー(大)

・語の最後にきて、そこで休止する

اصغر 
アスガル (小さいほう) シングルスクーン
 أحد 
アハド

注:قد أفرح カド アフラハ を続けて読むと صغرى スグラー(小)だが、قد カド で休止すると اصغر アスガル (小さいほう)になる


اكبر 
アクバル(大きほう) シャッダのとき

وَتَبَّ 
ワタッブ


تجويد القرآن 
タジュウィードの講義はإن شاء الله インシャーアッラー来週に続きます。

アッラーの御満悦がありますように

والسلام عليكم

タジュウィード(聖クルアーン読誦法)④その二

2010-02-20 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


التْفْخِيمُタフヒーム(重音)とالْتَرقِيقタルキーク(軽音)

ر 
ラーゥの重音化

8つの場合になります

1. رَ ラーゥがファタハ(ـَ)のとき

رَبِّ العالمين 
ラッビ=ル=アーラミーン

راضية 
ラーディヤ(トゥン)

2. ـَرْ ラーゥがスクーン(ـْ)でその前の文字がファタハ(ـَ)のとき

مَرْيَم 
マルヤム

الاَرْض 
アル=アルド

3.ـَـْرْ ラーゥがスクーン(ـْ)でその前の文字がスクーン(ـْ)でその前がファタハ(ـَ)のとき

والعصر 
ワ=ル=アスル

والفجر 
ワ=ル=ファジュル

4.رُ ラーゥがダンマ(ـُ)のとき

رُمَّان 
ルンマーン

الرُّوحُ 
ア=ッ=ルーフ

5.ـُرْ ラーゥがスクーン(ـْ)でその前の文字がダンマ(ـُ)のとき

القرآن 
アル=クルアーン


6.ـُـْرْ ラーゥがスクーン(ـْ)でその前の文字もスクーン(ـْ)その前の文字がダンマ(ـُ)のとき

خُسْر 
フスル

7.ـِرْ がスクーン(ـْ)でその前の文字がكسرة عارضةカスラトン アーリダ(状況的カスラ・・ハムザト=ル=ワスル(接続ハムザ)で、元からのカスラとはみなされません)

اِرْجِع 
イルジウ

8.ـِرْـ ラーゥがスクーン(ـْ)でその前の文字はカスラ(ـِ)、ラーゥのスクールのあとには 「ُالْحُرُوفُ الْمُفَخَّمَةアル=フルーフ=ル=ムファッファマ(重音文字)」の7文字のいずれかが来たとき


مِرْصاد 
ミルサード

ちなみに重音化せず、الْتَرقِيق タルキーク(軽音)の場合は4つあります。

1. رِ ラーゥがカスラ(ـِ)のとき


صٌدٌورِ النَّاسِ 
スドゥーリ=ン=ナース


2. ـِرْ ラーゥがスクーン(ـْ)で、その前の文字がカスラ(ـِ)のとき


فِرْعَون 
フィルアウン

3. ـِـْرْ ラーゥがスクーン)(ـْ)でその前の文字がスクーン)(ـْ)で、その前の文字がカスラ)(ـِ)のとき)

حِجْر 
ヒジュル

4.يْرْ ラーゥがスクーン)(ـْ)でその前の文字が)ي ヤーのスクーン)(ـْ)のとき)

عَسِير 
アスィール)

يَسِير 
ヤスィール)

قَدِير 
カディール


同じ語ながら止めるときと続けるときで)التْفْخِيمُ タフヒーム(重音)になったり、)الْتَرقِيقタルキーク(軽音)になったりするもの

1.ـِرْ استعلاء ラーゥがスクーン)(ـْ)で、その前の文字がカスラ)(ـِ)で ラーゥのスクーン)(ـْ)のあとにイスティウラーゥ)الإستعلاء(上向き音)の)خَصَّ ضَغْطِ قِظ(ハッサ ダグティ キズ)の7文字のいずれかがが来たとき

止めたときは)التْفْخِيمُタフヒーム(重音)

続けるときは)الْتَرقِيقタルキーク(軽音))

فِرْق 
フィルク フィルキン

2. ـِ استعلاء رْ ラーゥがスクーン)(ـْ)で、その前の文字がイスティウラーゥ)الإستعلاء(上向き音)の)خَصَّ ضَغْطِ قِظ(ハッサ ダグティ キズ)の7文字のいずれかが来て、更にその前の文字がカスラ)(ـِ)のとき)

مِصْر 
ミスル 続けて読む場合は  التْفْخِيمُタフヒーム(重音)が優先的

クルアーンには5箇所ある。2-61、10-87、12-21、12-99、43-51


アッラーの祝福とご加護がありますように

و السلام عليكم



タジュウィード(聖クルアーン読誦法)④その一

2010-02-19 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

التْفْخِيمُタフヒーム(重音)とالْتَرقِيقタルキーク(軽音)》

التْفْخِيمُ タフヒーム(重音): 音を太く発音し、音を口の中で響かせること

◇いつもالتْفْخِيمُタフヒーム(重音)である7文字は「ُالْحُرُوفُ الْمُفَخَّمَةアル=フルーフ=ル=ムファッファマ(重音文字)」と呼ばれ、そのスィファート=ル=フルーフصِفَاتُ الْحُرُوف(文字の性質)はイスティウラーゥالإستعلاء(上向き音)です。

خَصَّ ضَغْطِ قِظ

(ハッサ ダグティ キズ)
の7文字です。

場合によってالتْفْخِيمُタフヒーム(重音)になる文字は3つあります。

ا ل ر

です。

التْفْخِيمُ
タフヒーム(重音)の7文字にも重さの強度が5つあります。

◎強度1番強い 
 
التْفْخِيمُ
タフヒーム(重音)の文字がファタハ(ـَ)で後ろにا アリフが続くとき

صالحين
サーリヒーン

ظالمين
ザーリミーン

خالدين
ハーリディーン

◎強度2番目

التْفْخِيمُ
タフヒーム(重音)の文字がファタハ(ـَ)で後ろにا アリフが続かないとき

خلقلم
ハラカクム

◎強度3番目

التْفْخِيمُ 
タフヒーム(重音)の文字がダンマ(ـُ)のとき

قُلْ
クル

◎強度4番目

التْفْخِيمُ 
タフヒーム(重音)の文字がスクーン(ـْ)のとき

أغنى
アグナー واستغفرهワスタグフィルフ
 المغضوب 
アル=マグドゥービの غ

◎強度5番目

التْفْخِيمُ 
タフヒーム(重音)の文字がカスラ(ـِ)のとき


المستقيم 
アル=ムスタキーム

التْفْخِيمُ タフヒーム(重音)だったりالْتَرقِيق タルキーク(軽音)だったりする3文字が التْفْخِيمُ タフヒーム(重音)になる場合

ا 
アリフ(ファタハの長音)

ا 
アリフの前の文字が 「ُالْحُرُوفُ الْمُفَخَّمَةアル=フルーフ=ル=ムファッファマ(重音文字)」と呼ばれるخَصَّ ضَغْطِ قِظ(ハッサ ダグティ キズ)の7文字の場合はا アリフもالتْفْخِيمُ タフヒーム(重音)になります。


ل 
ラーム اسم الجلال (イスム=ル=ジャラール・・アッラーの御名)を読むとき

1. الله の前の文字がファタハ(ـَ)かダンマ(ـُ)のときに 重音化します。

مِنَ الله 
ミナ=ッ=ラー(ヒ)

سبحان الله 
スブハーナッラー(ヒ)

نصر الله 
ナスル=ッ=ラー(ヒ)

または前に文字が無くالله から始まるとき

الله أكبر 
アッラーフ アクバル

2.ちなみに الله の前の文字がカスラ(ـِ)の場合は重音化せず、الْتَرقِيق タルキーク(軽音)です。

بسم لله 
ビスミ=ッ=ラー(ヒ)

في دين الله 
フィー ディーニ=ッ=ラー(ヒ)

إن شاء الله

続きます

アッラーの祝福とご加護がありますように

و السلام عليكم


ズ=ル=ヒッジャの最初の10日間

2009-11-04 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

ズ=ル=カアダも残すところ半分です。

 少し気が早いですが、ズ=ル=ヒッジャの最初の10日間にチャンスをふいにしたいためにも、その徳をおさらいしておきましょう。

ズ=ル=ヒッジャの最初の10日間過去の記事


ズ=ル=ヒッジャ月最初の10日間について


 預言者(صلى الله عليه و سلم)はズ=ル=ヒッジャ月について言いました。
「これよりもアッラーのもとで偉大な日々はありませんし、この10日間に行われる行いよりもアッラーに好ましいものはありません。ですから、この間にタスビーフ(スブハナッラーسبحان اللهと言うこと)とタフミード(アルハムドゥリッラーالحمد للهと言うこと)とタフリール(ラーイラーハイッラッラーلا إله إلا اللهと言うこと)とタクビール(アッラーフアクバルالله أكبرと言うこと)を多くしなさい」(アフマドとアッ・タバラーニー出典)


★ズ=ル=ヒッジャ月最初の10日間の徳について★


1 アッラーがクルアーンの中で、この10日間で誓いをしている。(アル=ファジュル章参照)

2 アッラーがこの日々に、タスビーフとタフミードとタフリールとタクビールを多くすることを命じている。

3 この10日間にタルウィーヤの日が含まれていて、タルウィーヤの日はズ=ル=ヒッジャの8日目に当たります。8日目にマッカに到着した巡礼者たちは、9日までをミナーで過ごすために出発します。彼らはズフルとアスル、マグリブとイシャーの礼拝を短縮して行い、ファジュルを行うまでミナーにとどまります。その日はちょうど、ズ=ル=ヒッジャ月9日目にあたります。8日目にミナーに泊まることは巡礼におけるスンナですので、ムスリムはこれを遵守し、避けるべきではありません。

4 この10日間には、巡礼が成り立つ柱の一つであるアラファの日が含まれています。これがないと、巡礼は有効になりません。「ハッジ(巡礼)はアラファだ」と、預言者(صلى الله عليه و سلم)も言われました。巡礼者たちはズ=ル=ヒッジャ月9日目に太陽が昇った後、アラファへ一斉に向かいます。アラファに着いたら、ズフルとアスルを前者の時間に短縮かつ一緒に行います。その後はひたすら祈願し、アッラーの御前にたたずんで、この偉大な日を過ごします。

5 アラファの日の断食。預言者(صلى الله عليه و سلم)は巡礼に参加していない人々に断食するよう促しました。しかし巡礼に参加している人は、礼拝や祈願に体力を使うべきなので、断食しません。巡礼に行っていない者はこの日に断食をすることが好まれますが、これは預言者(صلى الله عليه و سلم)の残して言葉によるものです。
 アラファの日の断食は、2年間(の過ちなど)を洗い流す。過去と、未来と。(ムスリムとアフマドとアッ・ティルミズィー出典)

6 この10日間は、アッラーの道のためのジハードよりもいい。これも預言者(صلى الله عليه و سلم)の言葉に拠ります。
「この日々(ズ=ル=ヒッジャ月の最初の10日間)に行われる善行よりもアッラーが好まれるものはない。」皆が言いました。「アッラーの預言者よ、アッラーの道のためのジハードよりもですか?」「アッラーの道のためのジハードよりもです。しかし自分自身と自分の財産を持って(ジハードに)出かけて、何も戻ってこなかった者は別です。」(アル=ブハーリーなどが出典)

7 この10日間には、動物を犠牲にする日があります。これは預言者(صلى الله عليه و سلم)の慣行(スンナ)で、アッラーにお近づきできるものとして、彼は人々に犠牲をささげるように促しました。これにより、貧者の必要を埋め、私たちの父であるイブラーヒーム(عليه السلام)の慣行を体現することが出来ます。巡礼者・非巡礼者、男性・女性にかかわらず富に余裕がある者は犠牲を捧げるべきです。なぜなら、純正なイスラームの教えの大切な儀式であるからです。
アッラーはおっしゃっています。「(犠牲の)肉も血もアッラーに届かないがアッラーに届くのはあなたがたの畏敬の念である」
他の箇所ではこう仰っています。
「あなたの主のために祈り、犠牲を捧げなさい。」

<質問>ウドヒヤのニーヤをもった人はズ=ル=ヒッジャの新月が確認されたときからウドヒヤの時まで髭を剃ったり、髪を切ったり、爪をきったりしないのはスンナですよね。ウドヒヤのためのお金を出した人もこれに該当するのですか。

<回答>該当する、とのことです。基本的にウドヒヤはニーヤだけとか、お金を出すだけとバラバラに行われるものではなく、一人でニーヤをもってお金も出すのが本来の形だそうです。
質問と回答


善行を多くしましょう

★断食を行う
★親族訪問
★サダカ(喜捨)
★ズィクル(念唱)
★任意の礼拝
★畏敬の念を持って集中してクルアーンを読む
★アッラーにたくさんのドゥアー(祈願)をする
★預言者たちや使徒たちの中で最良の方であり、私たちの模範である預言者ムハンマド(صلى الله عليه و سلم)に祈願する

サラワート(祝福祈願)の徳についてはこちらを

ズ=ル=ヒッジャの10日めはイード=ル=アドハーです。

アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام

ラジャブ月について

2009-06-21 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم


去年のアラブ人の勉強会での講義録です。インシャーアッラーもうすぐラジャブ月ですので、ご紹介します。


ラジャブは、ズ=ル=カダー、ズ=ル=ヒッジャ、ムハッラムと並んで聖なる月である。
聖なる月とは、イスラーム以前にもあったが、この月には「戦争はしない」という部族間で取り決めた月である。

ラジャブ月に勧められることは近づいてくるニスフ・シャアバーン(シャアバーン月の15日)やラマダーン(特にライラト=ル=カドル)に十分な報償を得られるように、


①不正を改める・・自分に対する不正、例えば礼拝を行わないのであれば、定められた礼拝を守るようにする
・・・・・他人に対する不正、例えば人の悪口を言っているのであれば、それを止めるなど

②善行をする

③アッラーに服従するまたは服従心を強化する

④ハラーム(禁じられたこと)なことをやめる

⑤タウバ(悔悟)する・・イスティグファール(アッラーに赦しを請う)をする

⑥ライラト=ル=カドルに恩恵を受ける人の中に入れるように、ラマダーンの準備としてキヤーム=ル=ライルを行う

⑦ニスフ・シャアバーンにアッラーへのドゥアーなどが受け入れられるように、仲たがいした人との関係の修復に努める。


アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام


イスラームにおける子供の教育

2009-05-30 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم


السلام عليكم

イスラームは子供に重点をおいている
イスラームの教育は子供が生まれる前から始まっている

婚約するとき、相手の女性の美しさではなく自分の子供の母親に相応しい人を選ぶべきである
「もし男性が女性を選ぶなら自分の精子がくっつく理性ある卵子の持ち主を選びなさい」

夫婦関係を結ぶ時も「ビスミッラー」と言いい、その後、ドゥアーを言う。アッラーに祝福され、アッラーに自分と自分の妻がシャイターンから守ってもらうように頼む。

妊娠した時は
《「主よ、わたしは、この胎内に宿ったものを、あなたに奉仕のために捧げます。どうかわたしからそれを御受け入れ下さい。本当にあなたは全聴にして全知であられます。」 》(3-35)の節を読んでドゥアーをする(アッラーのために産むというニーヤを確認する)

胎児には母親の精神状態が生まれてからも影響があるので、心をいつも安らかに、そして信仰心を持つように。

生まれてすぐからイスラームの教育は始まる

右耳にアザーンを聞かせ左耳にイカーマを聞かせる。はじめてこの世で聞く言葉は「アッラーの偉大さを讃える礼拝の呼びかけ」となる

幼児時代は2歳過ぎると個人の教育が始まる

教育は慈悲に基づいたやり方で行うこと。大きな声でどなったり、ぶったりしないこと。悪いことをしても感情でしかってはいけない。子供は良いことか悪いことが判断が出来ず、ただ親が怒ったこと(それに対しての恐怖)しか記憶に残らないからである。スパルタ式はその時は効果があるように見えるが長じて悪い影響が出てくる。

クルアーンでは子供のことを以下のように形容している
1. この世の飾り・・飾りとは「美しくすること」、家族の生活が子供によって美しく輝いたものになる。夫婦の間で少々の行き違いやいざこざがあっても子供の存在が解消してくれる

2.フィトナ(誘惑)

3.敵

全ての子供が2&3という意味ではなく、逆にそうならないように子供を育てなさいという警告である

親が子供をどう育てるかで参考になるのは
《さてルクマーンが、自分の息子を戒めてこう言った時を思い起しなさい。「息子よ、・・」》
でルクマーンが息子に呼びかけているのは「ヤー ブナイヤ」というアラビア語で「ヤー イブニー」よりもずっと丁寧で優しさを込めた呼び方である

自分の子供でも丁寧な言葉で、子供といえども一人の人間として尊重して扱う。

どの親でも自分の子供が良い子になってほしいと思っているが、それが上手くいかないのは教育の方法を知らないからである

子供の間違いを正すだけではなく、子供の中に価値観を受け付けるのが教育である。

精神的・理性的・身体的・知的・内面的・社会的などさまざまな面から教育すること

1.身体面からの教育

強い健康な子供に育てる
「アッラーは強い信仰者を弱い信仰者より好まれる」

健康面では時間を決めて規則的に食事を与える・・泣く度にぐずる度に食べものをやる親がいるが、それはよくない。
また食事の際にもイスラームのエチケットやスンナを教える
立っていたら、座らせる。一気にのもうとしたら、2・3回に分けて飲むようにさせる

子供の要求を満たす(飲食など)間も子供の様子を見て、子供の行儀などを正す

眠り・・朝早くおきて、夜早くねる
自分が朝ゆっくり起きたいために、子供も夜遅くまで起こしている親がいるが、子供の脳にはよくない。母親自身も教育の知識がなければいけない、時間をどう使うか

2.知的面からの教育

母親は自分の時間を費やして子供と対話すること
イスラームの情報を教えなければならない。特に非イスラーム圏では母親一人ではイスラームの教育はできないので、家の者以外の第三者(家族以外の者)である先生(よいムスリムでイスラームの知識のある人)を週1回ぐらい招いて、学ぶ必要がある
イスラームが繁栄していた時代には子供を先生のところに送って、先生に代金を払って教えてもらっていたが、今はそういうことが難しくなっている

母親がいくら教えても就学年齢に達するとその教えたものは半分ぐらいしか子供に残らず、同年齢の子供から影響を受けるようになる

子供が自分で友人を選ぶ前に、イスラームの先生を選んだ段階で、そこで同じように学んでいる子供を自分の子供の友達にしておくこと

そうすれば学校に入ってもその子たちとの友人関係が継続し、学校で悪い子を選ぶことがない。

就学前にそのようなイスラームを共に学べんでいるような子を友人にできなかった場合は、就学してからできた友人とどういうつきあいをしているか母親は密かに知っていなければならない

子供が学校でいろいろな考えを吸収してしまい、その中にはイスラーム的ではないこともあるので、母親は英知を使って(怒ったり叱ったりしないで)子供の頭からそういう考えを消さなければならない。

子供は現代では18歳ぐらいになったら大人とみなされて、もう大人だから好きなようにしなさいという風潮があり、若者達が家族から離れ、家族は若者が何をしているかわからないということがあるが、これは間違いで、イスラームでは子供はいくつになっても親にとっては子供である。
若者だけでいつも集まって年長者が周りにいないということは「賢さ」が学べない

大きくなってから厳しくすると親の前ではいい子でいるが親の監視の行き届かないところでは何をしているかわからないという状態になる危険がある

間違った考えを正すのは難しい。

いくら子供が大きくなっても母親とは何でも話せるいい関係を続け、いつでも子供から相談をしてもらえるようにしておく

これはイバーダ(礼拝や断食など)と同じぐらい重要なアッラーからの命令であり義務である。

若者が酒を飲んだり、見てはいけないようなハラームな映画を見たりすると、生産性がなくなり社会に貢献できなくなる。

3.精神面からの教育

身体的・知的面教育に比べると内面は表面に現れにくいが、それを怠るのはとても危険である
勇気を持つこと、はきはき応えること、人に親切にすることなど

恥ずかしさや臆病さはそれをその要因を取り除くようにしなければならない

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)の右にはいつもアブー・バクル(رضى الله عنه)座っていて彼に飲み物や食べ物を与えて、それから更にその右の者に渡していた。ある日、いつものように右に飲み物を渡そうとするとそこには小さい子が座っていたので、預言者さま(صلى الله عليه و سلم)はその子に丁寧な言い方で「最初にアブー・バクルに渡してもいいか」と許可を求めた。子供は、「いいえ、私は預言者さま(صلى الله عليه و سلم)のすぐあとにいただきたいです」と断り、それを聞いた預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は彼の望むとおり、手渡した。

預言者さま(صلى الله عليه و سلم)大人の中にいる子供をぞんざいに扱わなかった、また子供も大人の中でもはずかしがらずに自分の主張をした。

子供にたちにはそういう面を指導する先生が必要。子供の成長に影響する。

ウマル(رضى الله عنه)がカリーファの時代、みんなから恐れられていたので、子供達は彼が来ると、恐がって逃げた。しかしある一人の子供は逃げなかったので、ウマル(رضى الله عنه)は「どうして逃げないのだ」と聞くと「私は逃げるような悪いことは何もしていない。それに道は広いから私がどく必要もない」と礼儀を持ってはきはき理性的に応えた(これはきちんと教育を受けていたから)

タービイーンの時代、ウマル・イブン・アブド=ル=アジーズがカリーファになったお祝いに著名な人々がフトバをしに来た。フトバをする人々の中に子供がいたので、追い出そうとしたした大人に対して、その子供は「人間は年齢ではなく舌と心で評価される」と反論した。
「心がきちんとしていてそれを舌が表現できるなら、年長者を差し置いて、ウマル・イブン・アブド=ル=アジーズがカリーファになったように私もフトバができる」と言った。

はずかしがっていたらその度に母親は正していくこと。
そうしなければ大きくなって不義不正や権利の侵害に対してものが言えない大人になってしまう。
礼儀をもった勇気を身につけさせること  勇気だけでは無作法であり、勇気のない礼儀だけでは中身がない

こわがりやすい性格も小さいうちに正すこと、大きくなってから矯正するのは難しい

よく大人たちが犯罪事件やギャングの話などのこわい話やその手の作り話をしていることがあるが、これを子供が聞いてしまい、悪い影響を与えるので、子供の前ではその手の話はしないこと

怪我などをおそれて子供に何もさせないで禁じてしまう親がいるがそうすると子供は失敗をおそれて何もできなくなってしまう

昔の学者は、「子供が転んで血が出ていなかったら母親は遠くから見ているだけで、子供自身で起き上がってほこりをとるようにさせなさい」と言っていた

子供のフィトラは転んだときにまわりを見る。誰もいなかったらそのまま起き上がる。でも母親が大きい声を出して近づくと泣き出す。

子供が小さいときに母親(母親自身は忘れている)がどなったりしていたことがトラウマになってしまうこともある

ある子供が預言者さま(صلى الله عليه و سلم)の膝の上にいたとき、おもらしをしたことがあり、預言者さま(صلى الله عليه و سلم)の服を汚したことがあった。その子の母親は「キャー」と言って子供を預言者さま(صلى الله عليه و سلم)から引き剥がした。その時預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は静かにこう言われた。「服は洗えばきれいになるが、子供の心に植えつけられた恐怖というしみはなくならない」と。

子供が掃除機を音を恐がったら、その正体を教えて「恐くないんだ」と教えること

「自分は劣っているという」という劣等感をもっている子供がいるが母親は観察してそれを察知してすばやく対処しなければならない

母親がよかれと思ったことで逆に劣等感を持ってしまうことがある
例えば学校に行く時は運転手つきの車で送り、買い物にはいつも誰か付き添う人がいる。他の子供は一人で学校に行き、一人で買い物に行っているのを見て自分は何もできないと劣等感を抱く子もいる

身体的な欠陥をもっている場合は、そういう身体的な問題を抱えた偉大な人の話を聞かせ、子供に自信を持たせる

自分の周りの子供が裕福で、ある子だけ貧しい・盗みをするかもしれない。他の子供が妬むような贅沢なものを持たせないこと。
父親がいない場合は、母親が気をつけて子供を見る。子供に預言者さま(صلى الله عليه و سلم)生まれた時にはお父さんがいなかったし、またその後お母さんも亡くなったと話してやる、それでも預言者さま(صلى الله عليه و سلم)は今でも世界中の人から尊敬され、愛されているという話をして自信を持たせる

イスラームでは母親の仕事は子供の教育である。人間を形成するという偉大な仕事アッラーから命じられている(任されている)。
他の仕事は夫に任せればいい。
父親・・物質的・身体的なものを育てる能力を与えられた
母親・・一人前の人間を育てる能力を与えられた

個々の人間をつくる母親はとても大切なものであり、もしその社会に送り出す人間をつくる母親が駄目ならその社会も駄目になってしまう。

すべての偉大な人物の裏には偉大な母親がいる
母親の役目→立派な人間を育てて社会に送り出すこと

そのためには結婚する前から母親になる女性は教育が必要。子育ては女性に与えられた役目なので、その知識をもっていなければならない

医者になるのには何年もかかる、特に名医は。
あなたは母親となるのに何年勉強しましたか。

ウンム(母親)というのは家族にいる一人だけのことではなく深い意味をもつ偉大な言葉です。ウンムには「拠り所、避難所、自分を守ってくれる」という意味がある。イマームという言葉もウンムからきている。

アッラーの同意がありますように
والسلام