すれっからし手帖

「気づき」とともに私を生きる。

「嫌い」「嫌われる」からの卒業。

2014-12-11 11:17:02 | 育児・母稼業
今日は、この記事の続きみたいな感じで書いてみます。

最近、息子は「今日は幼稚園行きたくないんだよ」とか、「体操の時間が嫌いだよ」なんて言います。嫌だな、ということをあんまり口にしない飄々としたタイプだと思っていましたが、そうでもなかったみたい。

その代わりに、「○○君と○○君と○○ちゃん、家に呼びたいんだけどな」とか、「ゴーグル使ったら目が痛くなくなったから(プールのおけいこのある)早く土曜日になりたいよ」とも。いや、こういうプラスの事は以前も言っていたのですが、私自身が上手に拾えなかったのかもしれない。

先日は、「この前ね、○○君と○○君と○○君(息子とは合わないタイプかな?!)に、プラレールで『あっち行け!』って仲間外れにされたんだよー」とポツリ。

「そっか、で、どうしたの?なんか言い返してやった?」というと、「うん。『いいもんね!しーらない』ってね。ボク、強いんだよ」と息子。

「仲間外れにされたら悲しいと思うけど、○○(息子)には好きな子もいるし、○○のことを好きな子もいるんだから、そんな友だちと遊べばいいんじゃないかな。もちろん、一人で遊ぶのも楽しいよね」というと、「お母さんも、○○君とか○○ちゃんのママとか好きだもんね」と息子。

「うん、お母さんも好きな友だちとお話するのが好きなんだ」というと、もうすでに「この話終わった」と言わんばかりに、おもちゃで遊び始めた息子。「おいっ!」って感じですが、きっと彼の中でも「仲間外れ」が終ったんですね。


以前の私なら、「仲間外れ」というワードにこだわった。悲しくて、息子がかわいそうで、でも仲間外れくらいでクレームなんて言えやしないし、仲間外れにした集団と息子が仲良くなれるようにした方がいいのかな、と悶々悶々もんもんもんもん、だったんです。

そして、どれもやりたくなくて落ち込む。この落ち込んだ母、4歳の息子から「お母さん大丈夫だから。心配しないでよ」と泣いて言われたこともありました。

あ、息子は、言えなかったんだろうな。マイナスな事を言うと、私を悲しませるんじゃないかって、4歳なりに小さな心にインプットしたんだろうな、と今になってわかります。そして、「仲間外れ」はお母さんが悲しむほど惨めなことなんだ、というのも同じくインプットされたのかもしれないですね。

でも、私が自分自身に「嫌い」も「嫌われる」も「ママ集団とつるまない」も「一人の時間を大切にする」もきちんと認めたら、息子の「嫌い」も「嫌われる」も「仲間外れ」も「集団での一人遊び」も「ふうん、いいんじゃない。そういうのもあるんじゃない」と素直に認めることができてしまったんです。

息子の中にも、そういう気持ちが起きたってことですよね。


仲間外れにしたというお友だちの一人○○君を少し前に見かけました。以前は「強い子なのかな」とか、「息子の事どうして嫌いなのかな」とか、そんな目で見ていました。私が優しく声をかけることで息子にも優しくしてくれないかな、という媚びの気持ちもあったり。

でも、自分のこだわりが消えて、私があえて声をかける必要もないし、息子を彼に売り込む必要もないと思うと、そこにいるのは、ただの少しやんちゃな男の子です。息子とは、遊びの波長が合わないお友達でしかありません。

なんだろうな。

頭でわかっても、まだしっかりと腑に落ちてはなかったんでしょうね。でも、うん、ここにきて「嫌い」も「嫌われる」も、私の中である程度決着が付いたような気がします。

こーの支配からの卒業 🎶

かな。

(あっ、尾崎聞こっ)


photo by pakutaso.com












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