平城京は中国人、朝鮮人、印度人、安南人もいる国際色豊かな都市だったといわれる。
異国の人が大勢で道を歩く都市には活気がついてくる。
活気が生まれると言うより持ってきてくれるのだからついてくると言うほうがあたっているだろう。
電車に乗る、知らない言葉が飛び交う。
東京の入り口のような駅を降りて外に出る、そこでも知らない言葉が飛び交っている。
この元気な人々の母国と想像できるところに、何年か前に行ったことがある。
そのときに感じたあの屈託感を、この人たちはどこに置いてきたのだろう。
旅行は、屈託を留守番にして活気を連れて歩くものだったか。
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