人権じんけんと,何かにつけて問題にしたがる人がいます。
人命じんめいという声は、あまり聞こえません。
人権は目に見えません。
人命は、目の前にその存在を確かめることができます。
命を奪われれば、その人の人権も共に消え失せます。
人権だけが残ったとしても、主のいない不確かなものになります。
命は奪わずに、人権だけを奪う冷酷なことが、国策であるかのように行われているところもあります。
教育と名付けた巧みな操作によって、人権を奪われた人は、それを恨むどころか、間違った考えを捨て去ることができたと、異様な感謝の念が起きるように改造されています。
本来の人権を奪われた人の命は、命ぜられたことができる器用な生物のエネルギー交換機関でしかなくなっているのです。
持たされているだけの命、それはもはや人命ではなくなっているでしょう。