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(旧:アヴァンの物語の館)ギリシア神話的世界観で人魚ナオミとヴァンパイアのマクミラが魔性たちと戦うファンタジー的SF小説

第一部 第2章−5 冥界の審判

2019-07-19 00:00:00 | 私が作家・芸術家・芸人

 耳をすませば、生前の行為を悔いる亡者の絶え間ない嘆きが聞こえる。
 ここは肉を持つ存在の訪れを拒み、精神体の存在の訪れのみが許される場所。マグマ層とつながる地中深くに存在する四次元空間タンタロスだった。畏怖する人間たちが「富めるもの」というお追従で読んでいた名が、神々の間でも使われるようになった冥主プルートゥの支配する世界である。
 年間を通じて明かりのまったく射さないこの空間に、今日も憎悪の川(スティクス)の流れに乗って新たな魂が渡し守カロンの舟で運ばれてくる。
 生前の殺人を悔いる極悪非道な強盗、愛をもてあそんだプレイボーイとプレイガール、権力地獄でもがき続ける政治屋。彼らは、悲嘆の川(アケロン)、号泣の川(コキュトス)を渡り、忘却の川(レテ)を渡るときに現世の記憶を失い、火炎の川(ピュリプレゲトン)を渡り、最後は冥界の業火で苦しみ続ける。
 高くそびえ立つくろがねの門の頂にはダンテが『神曲』に紹介した文字が刻まれている。

 われを通る者は苦悩の市(まち)にいたる 
 われを通る者は永遠の苦患にいたる
 われを通る者は絶望の民のもとにいたる
 正義が崇高なわが建設者を動かし
 われを神の権力と最高の叡智と
 そして最上の愛の象徴とした
 永久は別としてわれより以前に
 創られたものなくわれは永久に存在する
 われを入るものは一切の希望を捨てよ

 ほとんどの魂は、この文字を見ただけで肝を冷やして震えながらミダス王の裁きを受ける。だが、自らやって来て門を入ろうとするものは究極の恐怖と対面することになる。
 三つ首の魔犬「監視するもの」ケルベロスである。一番目の過去をむさぼる首は、人の魂が逃げ出さぬよう宮殿の方向を睨みつけている。二番目の現在をむさぼる首は外の方向を睨み、人間の魂以外はたとえ神であっても許可なく立ち入らせまいと睨みつけている。最後の未来をくらう首は、不心得者が現れたときのために備えて休んでいた。好きこのんでタンタロスに乗り込む者などないと思われるが、長い歴史の中にはヘラクレスのような強者もいたし、今後、新たなヘラクレスが現れぬとも限らない。いったいこれまで幾人の魂がここで責め苛まれてきたことか。
 心の闇が深いほど亡者たちの落ちる地獄も深く、苦しむ時間も長くなる。すべてが己の魂の牢獄だと気づいて解出するまで、ある者は数万年の長きにわたり、またあるものは永久永劫に苦しむ。
 亡者たちの執着はエネルギーとして送られ、貴金属に対する執着は貴金属として、宝石に対する執着は宝石として、容姿の美しさへの執着は容姿の美しさとして実体化し、プルートゥ宮殿奥に鎮座する宝物殿にしまい込まれる。これらは何かに使われたり、持ち出されることもなく、いまや数え切れないほどの量になっている。
 王座の椅子の四方には高々とインフェルノが吹き出しており、火砕流が止めどもなく流れる大広間ではサラマンダーたちが炎の中でうごめいていた。
(我が足下にひざまずくがよい)青白い髪を逆立たせたプルートゥの思念が冥界中に響きわたった。

     

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