ものぐさ日記

ひとり遊びが好きな中年童女の日常

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「信濃安曇族の謎を追う」

2010年02月27日 | 
 秘密結社の長老の推薦図書。「信濃安曇族の謎を追う-どこから来て、どこへ消えたか-」


 長野県の安曇野は、北九州出身の安曇氏が移住した場所だとか。北九州の海運業を生業としていた一族が、なぜ海のない長野県まで来たのかという謎に、福岡出身で現在は安曇野に暮らす著者が挑む。


 …という内容ですが、推薦していただいたのは、私が古代史に興味があるからではなく、エゴが好物だから(^^;)。エゴというのは、新潟県でよく食べられる海藻加工品です。海藻のことを「エゴ草」、加工食品を「エゴ練り」とも言います。


エゴ(エゴ練り)


エゴ草(乾燥したもの)


 もともとは黒っぽい海藻(下)ですが、乾燥させるとき、長く陽にあてていると、色が抜けて、緑がかったベージュになります。乾燥保存したエゴ草をお湯で煮て溶かし、固めたものがエゴ練り。弱火でじっくり煮ると、だんだん繊維が溶けてドロドロになり、それを焦がさないようにたえずかき混ぜながら加熱する方法を「練る」と表現しているようです。冷やして辛し味噌、辛し醤油で食べます。

 故郷の十日町でも、母の実家がある長野でもよく食べられていましたが、東京ではなかなか手に入りません。九州物産展で「オキュウト/オキウト」という名前で売られていたのを見つけたときにはびっくりしました。この本の著者は北九州出身で、安曇野に越してからエゴを見て、私と同じように驚いたそうです。


 エゴ練りは作るのに手間がかかるうえ、材料のエゴ草も高価(100gで2000円くらい)なので、我が家ではちょっとした贅沢品。もったいぶって新年会で出したところ、喜んでくらたのは新潟出身者だけで、湘南ボーイは首をかしげただけでした。「信濃安曇族の謎を追う」の中に、「食べつけない人にとっては二度と食べたくないほどまずく感じる」こともあるようで、知らなかったとはいえ、無理にすすめて悪い(つかもったいない)ことをしてしまいました。
 

 安曇族は、現在の福岡県糟屋郡新宮町(筑前国糟屋群阿曇郷)出身の海人で、渥美半島や熱海、そして長野県安曇群なと全国に散らばったと言われています。著者は、オキュウト(エゴ)の食習慣、「アヅミ」を「安曇」という漢字をあてたことなどから、長野県安曇郡に最初に入植した安曇族は、磐井の乱から逃れ、玄界灘から新潟県の糸魚川まで船で着き、そこから内陸部に入っていったという説を唱えています。

 古代史の知識がないので、(そうかも~)くらいの感想しか持ちませんでしたが、「アヅミ」の「ヅ」の音に、「曇」という漢字をあてたことに関する考察はおもしろかったです。私も音韻学に関しては素人ですが、「あづみ」という海人と聞いて真っ先に思いついたのは、

 「海(あま)」+「つ」(古語の「の」)+「み」(神)で、「ワタツミ」と同じ?

 ということでした。「曇」は「どん」「たん」と読むから、著者の言うように「ん」の音を省いて漢字の音を転用することもあるなら、もともとの名前は「あづみ」より「あどぅみ」に近かったのかも~。ヒンディー語には「आदमी あーどぅーみー」で「人/男」という単語があるけど、エゴは食いそうもないよなぁ…。エゴは青森あたりも産地だし食べるようですが、安曇族はそこまでたどり着いたのか?

 
 それにしても、最近は「光が丘」とか「青葉台」、「旭ヶ丘」、「本町」なんていう地名がそこらじゅうにあるけど、古い地名が消えることによって、昔住んでいた人の歴史もうやむやになっていくんでしょうね。名前は呪文だなぁ。

 この本の後、著者は信濃安曇族シリーズの本を同じ近代文芸社から2冊出版しています。
 「信濃安曇族の残骸を復元する
 「信濃安曇族こぼれ話

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
エゴ (kuu)
2010-07-25 05:53:53
作者、坂本信大名誉教授の執筆ですね。
磐井の乱と安曇野を結び付けています。

ここのブログからいいヒントを頂きました。
tks!
エゴお好きですか? (とーこ)
2010-07-25 12:53:24
kuuさん

エゴご存知ですか?本のネタになるくらい、あまり知られていない食物らしいですけど…。

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