自分は、自分に秀でた才能がない分、他の才能をビビッドに感じてしまう能力というか、他人の能力の凄みに恐れおののく機能が、人の何十倍も備わっているという自意識があります。人の凄さばかり気が付いてしまうというのは、なかなかつらい能力なのですが、これはこれで活かす方法はあるので、自分にとっては大切な能力であると考えています。‥と、自慢話はこのくらいにして、本日は、「とんでもない才能に出会った時の衝撃」、その競馬編をお届けします。
13歳からの57年間、日本の競馬界で衝撃を受けた馬について、ここでご披露したいと。もちろん、若い頃の方が感受性が強いため、昔の馬の名前の方が数多く並んでしまいましたが、そこは割り引いていただくとして、1973年以降、自分が「スーパーホース」と感じた馬名を挙げていくと、
キタノカチドキ、カブラヤオー、テスコガビー、トウショウボーイ、テンポイント、ミスターシービー、シンボリルドルフ、タマモクロス、オグリギャップ、ナリタブライアン、サイレンススズカ、グラスワンダー、エルコンドルパサー、スペシャルウイーク、エアグルーヴ、アグネスタキオン、キングカメハメハ、ディープインパクト、ウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、オルフェーヴル、ジェンティルドンナ、ロードカナロア、モーリス、ドゥラメンテ、アーモンドアイ、デアリングタクト、コントレイル。
特に、この中で、昭和時代の衝撃は2つ。トウショウボーイが勝った皐月賞と、シンボリルドルフが勝ったジャパンカップの2レース。この2つは、昭和の日本競馬の象徴的なレースだったと思います。
そのあとの平成の衝撃を2つ挙げろと言われれば、最初はアグネスタキオンの2戦目 ラジオたんぱ杯、2つ目がディープインパクトの2戦目 若駒ステークス。特に前者のラジオたんぱ杯を見た時の衝撃は、自分が40年近く競馬を見てきて、遂に史上最強馬を見つけた‥という感激を覚えた記憶があります。したがって、皐月賞後に屈腱炎で引退が決まった時の絶望感は半端ないショックだった訳ですが、その数年後に、ディープの若駒ステークスを見た時の喜びと言ったら、また格別のものがありました。
ところで、アーモンドアイのジャパンカップでの勝ち方を見て、自分と同じような衝撃を受けた方がいれば、ぜひに、その感触を次世代に伝えていって欲しいと思います。競馬はブラッドスポーツと呼ばれていますが、その本質は「世代を超えた才能の伝達」にあるのですから。