おばんでございます~~
食べたいと思っても簡単に買いに行けない田舎暮らし。
作るっしかないです。
続き ↓
おばんでございます~~
食べたいと思っても簡単に買いに行けない田舎暮らし。
作るっしかないです。
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おばんでございます~
寒くなりました。クリーンな温風ヒーターは灯油代がかかるので
やっぱり冬はこんなヒーターが最適です。
温風はこたつへ~コタツ炬燵・これ一番ですね~。
木枯らしは冷たいのですが、暖かいメールが届きましたよ。
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韓国女子大学生からのメールです。
長文ですが是非お読みください。
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早速ですが、こないだスピーチ大会で1位しました。
5人の中で1位だなんて恥ずかしいものですが、どうしても
人前で話したかった話題なので、1位になったことがうれしいです。
その時の原稿を添付しますので、よかったら岩手のみなさんでどうぞ。
また学校で開かれるスピーチ大会でホームステーの時のことを
話そうかなと思っています。何もかも良い記憶ばかりなので、原稿を書くだけでワクワクします。
良い成績をもらえますように応援してください。
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みなさん、こんにちは。皆さんもご存知かと思いますが、私は去年日本大使館主催の演劇祭で入賞し、
9泊10日の日本研修に参加しました。今日はその研修の時のことについてお話したいと思います。
まず、私たちは東日本大震災の被災地である岩手県の釜石市を訪問しました。
私たちはそこで藤井みつこさんというガイドの方にお会いしました。
日本は元々耐震設備が整っており、東日本大震災の後も陸地での被害はそれほど大したものではなかったといいます。
問題は沿岸です。津波で押し寄せてきた大量の水は人の力ではどうすることもできませんでした。
あの日、津波の高さは13メートルを越えたそうです。
藤井さんによると、沿岸都市釜石の人たちは津波が来たら「とにかく逃げろ」と教わってきました。
それは長い間、地震に備えてきた沿岸都市ならではの対処法でした。
震災の日も大勢の人が必死に逃げました。
人々は1.5km近く走り、防災センターに避難しました。ところが、防災センターはとても低いところにありました。
そのため、68人が津波に呑み込まれあえなく死を迎えました。藤井さんは涙声で次のようにおっしゃいました。
「これはいったい何のための防災センターですか。こんな低い所に防災センターを建てたのはいったいだれですか。」
通訳の方も、研修団もみな静かに泣いていました。
それから藤井さんは釜石の奇跡と呼ばれる中学生の話をして下さいました。
震災の日、「津波が来るぞ」という声を聞いた中学生たちはあわてず、速やかに、小学生たちの手を取り、
高台へ避難しました。
脅えて泣く子供たちを中学生たちは励ましながら、もっと高いところへ無我夢中に逃げました。
ほんの数分で町は海に呑み込まれました。
死者が1000人を超える釜石で3000人もの学生たちが命を救われたのです。まさに、釜石の奇跡ですよね。
今回の研修は確かにふたつとないとてもよい機会でした。
ところが、それからの韓国の生活はむしろ苦しみの連続でした。
領土や慰安婦の問題で冷え切った韓日関係のせいか、ネットでアップされる被災地の記事には
どれも目も当てられない書き込みでいっぱいだったからです。
被災で困難を抱えている人たちへの応援よりは非難や愚弄の声が高かったのです。
被災地を直接見て、話を聞いた私とはまったく違う意見でした。私はそれを見て何も言えない自分の無力さにとても辛くなりました。
そして、今もその苦しみを感じながら生活しています。
そこでこの場を借りてみなさんに伝えなければならないと思ったことがあります。
率直に言えば、私は日本へ行くことに抵抗がありました。
いまだに解決できないでいる福島原発の問題が気になったからです。
ですが、今回の研修を通じてこれがどれだけ安易で自己中心的な考えだったのかわかりました。
彼らは大切な友だちや、かけがえのない家族、愛する人を一瞬のうちに亡くしました。助けを求める人たちに何もしてあげられないまま生き残った己れの力のなさに、さぞ心を痛めたでしょう。このように自然の前で人間はちっぽけで無力な存在なのです。
だからこそ、私たちは彼らの痛みを分かち合い、共有し、次の世代へ受け継がなければならないと思います。
人は歴史からものを学び、成長していく生き物だとよく言われます。ですからみなさん、被災地のことをどうか忘れないようにしましょう。
そこには、そこに住まなければならない人たちがたくさんいます。
そして、まだ多くの問題や困難を抱えている被災地が立ち上がるのをずっと見守っていきましょう。
なにとぞ一刻も早く彼らの復興が叶いますよう、心から祈っています。
ご清聴、ありがとうございました。
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こんな素直なスピーチをしてくれた彼女に、沢山の言葉で返事を書きたいのです。
問題にされている歴史問題についても、あーだこーだと書く事はできます。
でも私自身の浅はかな知識では、ただの戯言になってしまうでしょう。
韓国メデァでさえコントロールできなくなっている、反日感情がどこに向かっていくのでしょうか?
植民地時代を知っている世代がいなくなってしまったら、歴史は勝者によって書き換えられることは
太古の昔からのことです。少なくとも日本は敗戦国なのだと思うのです。
誰かが自分の利益のために、情報操作や仕掛けやら行っているのでしょう。
もちろん日本だってそうなんでしょうね。
隣人を愛するのは難しいことなんですね。利害が直結しているのですから。
せめて静かに物事を見守り偏見を持たないようにしたいと思います。