観自在

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ブックリスト~『漱石 母に愛されなかった子』

2009-02-03 22:01:29 | 読書
『漱石 母に愛されなかった子』 三浦雅士著 岩波新書1129 

 08年4月に出た新書です。
 漱石が国民的な作家であることに異を唱える人はいないでしょう。第一章「坊っちゃん」から第九章、未完の絶筆『明暗』まで、漱石の小説の根底には、母の愛を疑うという思想が一貫しているというのが、著者の見解です。漱石は、両親が高齢になってからの子であり、里子に出されたことなどは有名ですが、それを縦糸に論が進められています。終わりの方になって、分量や時間の制約があったのか、やや展開が粗雑になっているように感じましたが、それまでは、一つ一つの作品を思い出しながら、実に納得しながら読むことができました。作品の中に漱石を読み取り、漱石の履歴から作品を読み解くという、双方向の分析は見事でした。こんな視点で漱石作品を読み解くことができるのだなあと感心しながら、一気に読み終えました。
 私も、ことあるごとに漱石作品を読んできました。おそらく、繰り返し読んだのは『こころ』が一番でしょう。Kの自殺した心境は理解できるとしても、先生が自殺する理由が納得できなかったというのが理由でしょう。納得できなかったというのは、小説がわかりにくいということではなく、こちらの読みが浅くて理解できないのだという思いがあったので、何度も読んだのだと思います。前回読んだときに、自分としてはある種の結論が出たように思いますが、ここでは触れません。本書では『行人』と関連づけながら、言及されていました。夫婦が向かい合うことの難しさを描いた構造は、確かに二作品に共通しており、私がなぜ、『こころ』に惹かれてきたのか、はからずも教えられました。自己の苦悩を重ねて読んでいたのですね。
 著者は、『こころ』を漱石作品を集約する集大成と位置づけていますが、説明されると改めて共感することができました。漱石の作品群を関連づけて論じることは、いろいろ行われていますが、新書ということもあって、非常にわかりやすく述べられている本書は、最適の入門書と言えましょう。スリリングな漱石論としておすすめします。

人によってこそ癒される

2009-02-03 00:53:20 | コラム
 十年以内の話です。敗残兵のように、あらかたの家財を持って実家に帰ったことがありました。
 深夜のガソリンスタンドで給油をしました。あの頃はディーゼルのチェイサーに乗っていたので、軽油を入れたのでしょう。セルフではなかったので店員さんが給油してくれました。中年前の女性でした。
 給油が終わって、車の中の荷物に気づいた彼女は「お引っ越しですか。大変ですね」と笑顔で声をかけてくれました。ただ、それだけのことです。
 私は、そのとき初めて顔をあげ、スタンドの照明の明るさに気づきました。暗かった心に、すーっと明るさが広がって、救われたような気になりました。数日来、他人から、そんなちょっとした気遣いの言葉さえ、かけてもらえない情況だったのです。
 ファーストフードのTVCMで、似たようなものがあったような気がします。深夜なのに開いていた、今日最後の笑顔をありがとうといった感じのハンバーガーのCMだったと思います。大げさだという印象を受ける方がほとんどでしょうが、私は、実際にCM通りの体験をしたことになります。
 ガソリンスタンドやファーストフード店で働くのは、アルバイトの方が多いでしょう。アルバイトや派遣社員の方々が厳しい情況にありますが、そういう方々に申し上げたい。あなた方のちょっとした挨拶や笑顔に、救われている人間がたくさんいるのだということを。私はセルフのスタンドより、店員さんのいるスタンドを利用したいと思います。