観自在

身辺雑感を気ままに書き込んでいます。日記ではなく、随筆風にと心がけています。気になったら是非メールください!

尾瀬の空

2014-07-26 04:54:57 | 旅行
 7月20日から3泊4日で尾瀬に行きました。初日こそ、雨が降ったり止んだりの天候でしたが、あとは概ね晴れの天気で、助かりました。雨の日は、道がぬかるむことに加えて、木道が滑りやすくなります。私は初日、3回、木道で尻餅をついてしまいました。
 見晴の弥四郎小屋の前は、弥四郎清水が湧きだし、清らかな小川が流れています。夜になると、懐中電灯を手にした人たちが集まってきて、ホタル狩りを始めました。
 私も出かけて湿原に入るあたりの暗闇に立ち尽くしていました。遥か正面には至仏山がそびえているはずですが、もちろん漆黒の闇の底です。あたりには夥しい生命が息をひそめてうごめいているようで、落ち着きません。すると、視界の隅を細い糸のようなものがかすめた気がしました。慌てて振り向いた時には影もなく、錯覚だったのかと思いましたが、やがて、叢の下の方に、かすかに点滅する光を発見。目を凝らしていると、それはふらふらと空に上り、明滅しながらすっと消えてしまいました。さきほど、視野をよぎった光と同様な、か細く淡い光でした。
 ホタルを見たのは何年ぶりでしょう。こんなに青白くてかすかな光だったかなと目を疑うばかりでした。
 その後、たくさんの光を目にして、何とも幻想的な気持ちになりました。尾瀬では初めて見たホタルは、生のはかなさと悲しみを嘆いているように見えました。日本の美意識の源を感じたように思いました。


ココペッリを知ってますか?

2014-07-25 18:44:39 | 読書
 以前、新宿で偶然入った輸入雑貨を扱う店に、それはあった。テーブルセンターのような布に織り込まれたり、絨毯に刺繍されていたりしていた。
 触覚を持って体を海老のように曲げ、笛を吹いている黒いシルエット。背景は、中南米のものかと思われるような鮮やかな模様で埋められていた。
 その不思議なシルエットに魅せられて、私は1枚の布を買った。たくさんのシルエットが布の中で踊っていた。何ともかわいらしく愛嬌があった。
 それがいったい何者なのか。長くわからずにいた。そして、それに惹かれたことを忘れかけていたころ、西江雅之氏の『異郷日記』(青土社)によって、それが「ココペッリ」と呼ばれるものであることを知った。
 ココペッリが何者かは諸説紛々というところらしい。さまざまな説があって、定説はないようだ。
 アメリカのネイティヴ・アメリカンの神話などから、ココペッリは神聖な存在であったとする説がある。また、呪術師か呪術医のような存在だったとする説もある。
 メキシコのアステカまたはトルテカ移動巡回商人が、村々を巡り歩いて、自分の到着を笛で告げていると考える説もある。彼らの背中の瘤は荷物で、笛を吹きながらやって来るのだ。
 私のように、頭の突起を触覚と解する説では、ココペッリを虫の一種であったのではないかとする説がある。セミのように、樹に突き刺して樹液を吸う固く長い口を持っている虫と人間が合体したものと考えれば、仮面ライダーの元祖のような存在なのかもしれない。
 また、新宿のあの店に行ってみたくなった。今度は、おどけたココペッリが織り出された大きなタペストリーがほしい。それを飾っておくと、何か愉快なことがありそうな気がする。
 あえて画像は載せません。興味のある方はぜひ調べてください。

あんなところに!

2014-07-19 20:04:38 | 旅行
 明日から毎年恒例の尾瀬山行に出かけます。今年は体力の低下が心配されるため、先週末に近所を歩き回りました。ただ歩いているだけではおもしろくないので、カメラを持ってでかけ、景色などを撮影していました。
 道に沿って家並みがちらほらというあたりに、自動車の整備工場のような家があり、ちらっと覗いて見ると、家の横に棚が吊ってあり、そこから犬がこちらを見下ろしていました。猫ならば驚かないところでしょうが、犬? どうやって上ったのだろうと訝しく思いながら近づいてみると、なんとそれは作り物でした。質感から見ると金属製のような、プラスチックかもしれませんが、なかなかリアルにできています。しばらく見ているうちに思わず笑ってしまいました。


 この日は3時間近く歩きましたが、近所にもいろいろ面白いカットがあるものだと思いました。みなさんも、ご近所探訪してみたらいかがでしょうか。

群馬県上野村はいかが?

2014-07-19 19:49:20 | 旅行
 
 群馬県の上野村に行って来ました。山奥の里という感じで、緑豊かで川も美しく、夏は涼しいところでした。途中、国道わきの大きなお店には、特産の木を使った工芸品やお土産などがあり、いろいろ買ってしまいました。
 上野村といえば、私などには日航ジャンボ機墜落事件が思い出されます。途中、「御巣鷹の尾根」や「慰霊の園」といった標識が見られ、あのニュースを思い出しました。
 さて、上野村を目指したのは、不二洞という鍾乳洞を見るためでした。山の中腹から、かなり広い鍾乳洞があり、観光用に整えられています。洞内はあの世に見立てられており、地獄や極楽になぞらえられた鍾乳石などがライトアップされて幻想的でした。もちろん、夏は涼しく、一度は見てもよいと思いました。
 不二洞の前にスカイブリッジという大きな吊り橋がかかっています。往復の通行料100円を支払って徒歩で渡ります。下は渓谷で、かなりの高さがあり、少し揺れるので、けっこうスリルがあります。時間になるとシャボン玉が出てくる演出は素敵でした。それが写真です。かなり長い時間、連続して多くの場所から吹き出し、谷を漂っていく様はメルヘンチックで最高でした。

忘れられない記憶をなくすには?

2014-07-12 06:25:22 | コラム
 昨日は午後7時ころに職場を出て、歩いて帰宅しました。約1週間後に迫った登山にそなえて、平坦な道とはいえ、少し歩こうと思ったのです。歩くこと小1時間、蒸し暑い日でしたので、首筋を汗が流れました。
 歩き始めてしばらくしたころ、後ろから自転車が来ている気配を感じました。最近はラジオでFM放送を聞きながら通勤しているのですが、それほど大音量にはしていませんので、音でわかったのです。そこは狭い歩道で、交差点になっており、人がすれ違うことも難しいほどでした。自転車は数秒、後ろでブレーキをかけながら、スピードを落として走っていましたが、交差点に入ると、私を追い越して角を曲がって行きました。
 そのとき、「抜かせろよ、バーカ」という捨て台詞が耳に入りました。後姿を見ると、中年の小太りの女性でした。
 私は不快でいたたまれない気持ちになりました。「おい、待て!」と叫ぼうかとも思いましたが、やめました。それは冷静になってから考えても正解だったでしょう。呼び止めて、そのまま逃げられても気分が悪いでしょうし、戻ってきていざこざになったら、手や足が出ていたかもしれません。過激な女性のために警察の厄介になるのはつまらないことです。
 私に落ち度はなかったと思います。歩道は歩行者が優先のはずですし、道を譲れるような広い歩道ではありませんでした。家の周辺も歩道が狭いのですが、そういう場所では、私は自転車に道を譲ることが多いです(相手の自転車は当然のようにすれ違って行きますが……)。それなのに、どうして暴言を吐かれなければならないのか、考えれば考えるほど悔しくなりました。
 自分が情けないのは、すぐに女を呼び止めなかったことではありません。先に述べたように、それをしなかったのは正解でした。自分が情けないのは、つまらないことだと忘れることができないことです。泰然自若として、「ああいう人もいるよね」と水に流せない自分が嫌なのです。
 似たようなことが過去にもありました。やはり中年で小太りの女性でした。駅の改札を出るとき、追い越して自動改札機を出ようと並びかけたとき「信じられなーい! 何すんのよ!」と大声でわめきだし、詰め寄ってきました。その時は、正直、怖かったです。とても尋常な人とは思えませんでした。これも、すんなり忘れなければならないことだと思います。しかし、かなり時間が経過した現在も、忘れられない記憶になっています。
 殺伐とした世相や人心の荒廃を嘆くこともできるでしょう。しかし、それよりも、この不快な記憶が目の前の苦痛です。こんなときは、どう考えれば忘れられるでしょうか? 同じような悩みをお持ちの方は居ませんか?
 
 

社会の窓

2014-07-08 22:36:14 | コラム
 「社会の窓」なんて、もう死語でしょうか? 若い方は意味がわかるでしょうか?
 今日、出勤後、トイレに行って、ズボンのファスナーをあげたとき、何となく違和感がありました。ファスナーの止まっているところをなぞってみると、……あれっ?! あの上下する金具の部分は上にあるのに、途中がなし崩し的に開いていく……。つまり、あの金具の部分が両端を止める働きをしていない、止まっているべきところが止まっていないのです。これで、足を広げるような機会が増えれば、ファスナーは完全に開きっぱなしの状態になってしまいます。予備のズボンなどなかったので、絶体絶命のピンチでした。
 何食わぬ顔で、荷造り用のガムテープを持ってトイレに戻り、ファスナーのところに貼り付けました。外から見えないように工夫すること数分、何とか応急処置を終えました。
 以後、ときどきに手をやって押さえつけ、ガムテープが剥がれないように努力しました。トイレも我慢していきませんでした。そして、就業時間、何とか恥をかかずに勤務を終えることができました。
 教訓としては、安いスラックスは買わないこと。また、ファスナーの不具合は見過ごしにしないことです。大型の台風の接近など、巷ではいろいろなニュースがあったのでしょうが、私は一日、何も耳に入りませんでした。一日が無事に終わってほっとしているのみです。

人生3度目

2014-07-06 14:38:06 | コラム
 今日は梅雨の晴れ間と言うことで、本来なら2週間後に迫った尾瀬にいくために武蔵野の山に登ってウォーミングアップしようと考えていたのですが、昨夜の深酒がたたり、起きられず。結局、近くを歩き回ろうと思い、昼前から約3時間にわたって川べりのハイキングコースを歩いてきました。これだけで腿の付け根が痛くなり、これにアップダウンが加わったら大丈夫だろうかと不安要素ばかりです。
 さて、このウォーキング中に、写真のタマムシを見つけました。既に死んでいましたが、その美しさは変わっていませんでした。
 私は人生で3回目の邂逅です。一度目は、大学生時代住んでいた、千葉県の西船橋のアパートの近くでした。雨あがりの日、水たまりの水を弾くように光り輝いているのが印象的でした。2度目は十年ほど前、職場の近くの路上で死骸を見ました。
 そして、今回が3度目です。歩道の上に死骸があり、キモチ悪かったのですが、手でつかんでポケットに入れて持って帰りました。死んでいるのは今までと同じですが、手に入れたというのは今までにないことでした。
 造化の妙というしかない神秘的な美しさ。しばらく、どこかに置いて眺めたいと思います。



高田馬場慕情

2014-07-06 08:15:26 | コラム
 午後から久しぶりに高田馬場へ行きました。大崎で仕事を終えたのが午後1時過ぎ、このまま帰るのもどうかと思い、最初は帰り道にある新宿に寄ろうかと思ったのですが、高田馬場が浮かびました。
 高田馬場は大学生時代によく行った町で、いろいろな思い出があります。その後も古本屋を訪ねて行く機会が何度もありました。今回はずいぶん久しぶりでした。まず、町を歩いてみて、古本店が減ってしまったことに驚きました。特に小さなお店がなくなっていました。前回行った時よりも、最低でも5~6軒はなくなったでしょう。お客さんも減っているように感じました。それでも3冊の本を買いました。ある店では、2000円と200円の本を買ったら、200円の本はサービスしてくれました。その店は老夫婦がやっていて、数年前に奥様が亡くなり、今は旦那さんひとりで切り盛りしているようです。以前は、絶版の本などを探しによく立ち寄った店でした。今は活気もなくなり、在庫の本も減り、ご主人の欲もなくなったのかと少し寂しい気がしました。
 帰りは酒場に寄りました。2軒はしごしました。最初の店は新鮮な魚が自慢の高級店?。マダイ、ハタ、イワガキなどの刺身を美味しくいただきました。酒は鳳凰美田と生ビール2杯でした。有機栽培の生野菜、キビナゴの炙り焼きなども美味でした。2軒目は地酒の銘柄を揃えている縄暖簾的なお店。日本酒3合、焼き鳥3本、みつ葉入り卵焼きなどを食べました。1軒目は5000円弱、2軒目は3000円弱。違った雰囲気を味わえたので満足です。