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なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

夢物語

2008-01-02 17:56:20 | Weblog
 夢物語とは言っても、世界的な有名人になるような大きな夢では有りません。
  とは言いながら、子供時代には「将来なりたいものには何にでもなれる」と漠然と信じていた時代がありました。
 とんでもない勘違いではあり、ズーズーしいと言うべではありますがその年代ではそういうものだと思っていたのですね。
 つまり「なりたいものに成れない」のではなくて同時にたくさんのものには成れないのだから、「自分が最終的に選択をしないから」に過ぎないみたいに・・・
 マアそのうち、成りたくてもなれないこともあるということが分かって来る・・・飛行機のパイロットはともかく目が良くないと成れないらしい、国際客船の一等航海士はたまにしか家に帰れないから少し寂しい
 そのうち成れるもののほうが寧ろ少ないことも解ってきて・・・最後には何にもなれなくても生活が出来る方法を探す・・・選択肢のキイを持っていないことに気がつく
 寂しい話ですが、夢と現実が渾然一体となっている時代から、夢は夢として、あるいは実現可能なものはこの程度などと要領よく纏めていく・・・これを「成長」というのかもしれませんが

 ネットで日本平のピッチから見たスタンドの写真を見ていて・・・『この方向に港、駿河湾、この角に富士山が見えるはず。スタンドの後ろが日本平の頂上方向、、、すると竜爪山はこの方向に』
 今年は何回ここに来れるだろうか、、、それもまた今年の夢でもある
 さて1月1日の夜見る夢が今年の初夢ということですが、初夢の縁起の良い定番?「1富士、2鷹、3茄子」
 あれは徳川家康が駿府に隠居する時に、嫌がる大奥に向かって駿河は良いところだと説得するために言った言葉が始まりだとか・・・定かではありませんが
 富士山の眺めが良い、鷹狩が出来る、茄子が美味しい(地元で育ったのに茄子は知りませんでしたが、当時清水区三保の茄子は献上品だったといいます)
  初夢のイメージとなれば富士山で、私も冬の富士山の眺めは嫌いでは無い
   イヤ、寧ろかなり好きなのです
  高校時代には、たいてい一晩中起きていたのですが、満月の晴れた夜は二階の廊下の窓を開けて富士山を眺めたものです。
 相当寒かったのでそう長い時間は無理ですが・・・
  冬の雪を被った富士山が月の光を浴びて夜空に浮かび上がるのです
  ちょっぴり神秘的でもあり、この深夜に自分しかこれを見ていない筈だから・マイ富士山みたいな気分になったものです。

 これとは別に、別の富士山の思いでもあります。
  おかしな表現をしましたが静岡の南アルプス方向に真富士山と言う山があります。
 真富士だからこれが本当の富士山と言う意味なのか、間富士山の字が変わったものなのかは知りません。
 ともかく高校時代から登ってみたいと思いつつ果たせないでいる山なのです。
  高校時代は山岳部にも入っていて、山に登る以外にも本屋さんに行っては5万分の1の地図を買って眺めるのが趣味でもありました。
  大きな本屋さんで地図名を書いたラベルを貼った平たい引き出しがたくさん並んでいるコーナー・・・そこにはお客も店員さんもあまり来なかった
 周辺の山が載っているところの地図はたいてい買ってあって、それを夜中に眺めては「今度はこのルートで登ってみよう」とか空想的計画を立てるのです
 そこでこの真富士山
  住んでいた町の裏にそびえる(1000mですが)竜爪山(文殊岳、薬師岳)
 車で行く時も新幹線の時も海が見えて山が見えると『帰ってきた』という気がするので、故郷のシンボルの一つですね
 家は海抜せいぜい5,6mのところですが、そこから徒歩でミカン山・TV塔のある山に登って竜爪山、そこから北方向に尾根を縦走すれば、真富士、十枚山、月夜の段などを経て安倍峠に抜けて南アルプスを一望できる八紘嶺に至る・・・
  当時の計画は頭のどこかにしまいこまれたまま、、、40年以上も経ってしまってもう行きたくても体力も健康状態も許してくれなくなってしまいました。
  ですから、初夢=富士山を発想すると、こちらに真富士山が思い出されてちょっと苦い思い出。
  
 この時代の体力、気力、エネルギーが蘇ることは無いでしょう、、、しかし何で実行しなかったのか?
 暇と僅かな費用ならあったはずだから、パートナーがいなかったのも理由の一つでしょうが、決定打は実行力でしょうね。
 それで、この先更に実現できること、実際にやれることの選択肢が狭まっていくでしょうから、今できることは何でも今やっておかないといけませんね。
 どこかに行くとかだけではなくて、碁の勉強も含めて思い立ったことはやらないと後悔ばかりが残りそうです。
 成れなかったもの、やらなかったものの方が圧倒的に多いですから、後悔・慙愧の念に埋もれている・・・そんなことではいい初夢は見られそうも無いなァ。