つづきです。以下お読みください。コメントは最後にあります。
核兵器の使用も威嚇も国際法違反 国際司法裁判所での広島市長の陳述
1995年11月7日 広島市長 平岡敬
…(略)…
1.原爆の瞬間的な無差別殺りく(略)
2.原爆がもたらした人間的悲惨(略)
3.被爆者も訴え(略)
4.核兵器の非人道性
これまでのべてきたように、核兵器が恐ろしいのは、その強大な破壊力はもちろんですが、後代にまで影響をおよぼす放射線を発するからです。
戦争が終わり、平和を回復して五十年たった今、なおも多くの人が放射線後障害で苦しんでいることほど、残酷なことはありません。
つまり、核兵器による被害は、これまで国際法で使用を禁じているどの兵器よりも残酷で、非人道的なものです。
国際法にいう一般市民にたいする攻撃の禁止と、人間に不必要な苦しみをもたらす大量破壊兵器の使用が過去において、国際宣言や拘束力ある協定によって禁止されたことの根底には、人道的な思想が流れています。これこそが近代ヨーロッパから発した国際法の精神であります。
一八六八年の「セント・ペテルスブルグ宣言」、一八九九年の「特殊弾丸の使用禁止の宣言」(ダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言」)、一九〇七年の「ハーグ陸戦条規」ニ陸戦ノ法規慣例二関スル条約付属書陸戦ノ法規慣例二関スル規則」)の第二三条、一九二五年の「毒ガス等の禁止に関する議定書」、一九七二年の「生物・毒素兵器禁止条約」などが生まれた底流には、人間の非理性的行為を防止しようとする人道主義が存在しています。
さらに、一九六一年の国連総会では、「核兵器・熱核兵器の使用は、戦争の範囲を超え、人類と文明に対し、無差別の苦しみと破壊を引き起こし、国際法規と人道の法に違反するものである」を内容とする「核兵器と熱核兵器の使用を禁止する宣言」が決議(国連総会決議一六五三()されております。
市民を大量無差別に殺傷し、しかも、今日に至るまで放射線障害による苦痛を人間にあたえつづける核兵器の使用が国際法に違反することは明らかであります。また、核兵器の開発、保有、実験も非核保有国にとっては、強烈な威嚇であり、国際法に反するものです。
現在地球上には、人類を何回も殺りくできる大量の核兵器が存在しています。核兵器は使用を前提として保持されていますが、核兵器の存在が平和の維持に役立つという納得できる根拠はありません。核兵器によって、自国の安全をまもることはできず、いまや国家の安全保障は、地球規模で考えなければならない時代が到来しています。
核兵器が存在するかぎり、人類が自滅するかもしれないということは、けっして想像上の空論ではありません。核戦争はコントロールできるとする戦略、核戦争に勝つという核抑止論にもとづく発想は、核戦争がもたらす人間的悲惨さや地球環境破壊などを想像できない人間の知性の退廃をしめしています。
それゆえ、私たちは、広島・長崎の体験にもとづいて核兵器の問題を考えるとき、さらに核保有国の核実験場周辺の被曝住民の苦しみを知るとき、核兵器廃絶を明確にする条約を結ぶことによって、世界は希望の未来へと足を踏み入れることができるのです。
私は、核兵器の問題を現在の国際政治の力関係のなかで考えるのではなく核兵器は人類の未来にとってどのような意味をもつのかという視点から考察すべきであると思っております。
一九八一年二月、広島を訪問されたローマ教皇ヨハネ・パウロニ世は、「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです。広島を考えることは、核戦争を否定することです」とのべられました。
人類の運命は、今あなた方の手の中にあります。
どうか、神のごとき叡知と明察と人間への愛をもって、この核兵器の問題にたいして、正しい判断を下していただくようお願いして、陳述を終わります。(引用ここまで)
「赤旗 評論特集版 №983」(1995年11月27日)より
「核抑止力論」は恐怖の均衡を保つこと 国際司法裁判所における陳述
1995年11月7日 長崎市長 伊藤一長
…(略)
写真を示して被爆の悲惨さを訴える
…(略)
恐るべき放射線は、その後次第に人びとの身体をむしばみ、死者は波紋のごとく爆心地を中心とする同心円上にふえつづけていった。被爆から四ヵ月後、死者約七万四千人、負傷者は約七万万五千人にいたった。市民の三分の二にも及ぼうとする人びとが犠牲となったこの惨状は、まさにこの世の終わりを思わせるものであった。
これが、わずか一発の爆弾の結果であります。第二次世界大戦後期の一九四五年二月、ドイツのドレスデンにおいて無差別爆撃がおこなわれました。イギリスの爆撃機のべ七百七十三機が大型爆弾を投下し、アメリカ空軍の四百五十機が六十五万発の焼夷弾を落としたといわれています。ある文献は、死者は十三万五千人を数えたと記録しています。
わが国において、通常爆弾によって最も大きな被害をうけた一九四五年三月の東京大空襲では、三百二十五機の爆撃機が一蒔間半にわたって約千六百六十五㌧もの焼夷弾を投下し、およそ十万人が亡くなったといわれています。
しかし、広島と長崎では、わずか一機の爆撃鉄が、一発の原子爆弾によって、それぞれ十四万と七万四千もの人びとを死にいたらしめたのです。それだけではありません。かろうじて、死を免れた人びとも、今なお、原爆特有の後障害に悩まされつづけています。
このように核兵器は、無差別に大量の一般市民をも殺傷するものであります。
一九四五年八月九日。この日、爆撃機は第一目標となっていた小倉(現在の北九州市)への投下を視界不良のためあきらめ、第二目標の長崎上空にさしかかりましたが、ここも小倉と同じく雲に覆われていました。すでに爆撃機の燃料は欠乏しつつあり、爆撃手はあせりのなか、雲の切れ間からわずかに見えた浦上の地の上空で原爆を投下したのです。
浦上は、かつて、わが国の過酷なキリシタン弾圧の歴史のなかで、迫害に耐えながら秘かに信仰を守りつづけてきたキリシタンのまちでした。一万二千人の信者のうち八千五百人が瞬時にして命を奪われ、まちは廃墟と化しました。…(略)
核保有国は被爆の実相を直視すべき(略)
恐るべき放射線の影響
ご承知のとおり、原子爆弾が通常の火薬爆弾と根本的に異なる点は、爆発のさい、放射線を放出する点にあります。
一九四五年八月九日の長崎では、爆発後一分以内に放出される初期放射線を多量にあびた者は二週間以内に全員が死亡。中性子によって地上の物質が放射性をあひる誘導放射能と爆発時に空中に飛散した核分裂生成物や未分裂プルトニウム等の放射性降下物は、風とともに移動拡散するため広範囲に、しかも長期にわたって放射線を放出しました。直接被爆した人だけでなく、後日、爆心地付近にはいった人や、風によってはこぼれた放射性降下物をあびた人びとにも重大な影響をあたえました。
これら高い放射線量をうけた人びとは、疾病の発生率が高く、なかでも注目されなければならない点は、白血病や悪性腫瘍などが長い潜伏期間の後に発生する率が高いことであります。
これまで、白血病は被爆後二年から三年目にあらわれはじめ、六年から七年目をピークに次第に発生率が減少し、がんについては被爆後十年以上の長い潜伏期間をへてあらわれ、時の経過とともに増加していくと推測されてきました。その推測を裏付けるように、本年十月に聞かれた日本癌学会において、広島・長崎の被爆者の追跡調査の結果、放射線をあびたことにより白血病やがんでの過剰な死亡例が認められたとの報告がなされております。
しかし、遺伝的要因については未知の部分が多く、今後、数世代にわたって観察する必要があるといわれており、被爆者の子孫は、これから何代にもわたって、不安をかかえながら生きていかねばならないのであります。
以上のことから、核兵器は、その強大な威力により戦闘員と非戦闘員、また軍用物と民用物とにかかわらず無差別に殺傷または破壊する兵器であり、また、核兵器特有の放射線は、特定の軍事目標のみを対象とすることができず、直接戦争に関係ない人びとをも殺傷する非人道的な大量殺戮兵器であるといわざるをえません。
核兵器の犠牲者は、広島、長崎だけではありません。核兵器開発の歴史のなかで、核実験による放射線で多くの人が犠牲になっているといわれています。
今年五月、私は、ビキニ市の市長に会いました。ビキニ島は、二十回以上の大気圏内核実験の結果、島は放射性物質で汚染されました。住むことが不可能になった住民が、移住を余儀なくされました。半世紀をへて、いまなお故郷に帰社ない人びとが、核実験によって破壊された自然をとりもどし、安全な生活ができるよう必死になっており、来年こそは生まれ故郷に帰りたいと熱望していることをビキニ市長からお聞きし、その心情に、私は胸を締めつけられる思いでした。
核兵器は明らかに国際法違反
私は、戦闘にかんする国際法では、兵器の選択について無制限な自由は認められておらず、その禁止を明文化されていない兵器であっても、①文民を攻撃すること、②不必要な苦痛をあたえること、③環境を破壊すること、は禁止されていると聞いております。核兵器の使用は、まさしくこれらの禁止事項に該当するものであり、国際法に違反していることはあきらかであります。
長崎では、毎年八月九日の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」において、核兵器廃絶と世界平和への願いをこめた「長崎平和宣言」をおこなっております。
私は、今年の平和宣言において、被爆地長崎の立場として、わが国は、核兵器使用が国際法違反であることを明確に主張するとともに、国是としている「核兵器をつくらず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則を法制化し、同時にアジア水平洋地域の非核地帯創設につとめるよう、わが国政府にたいし提唱しました。
核兵器を保有することによって、敵対する相手の核兵器使用を抑制しようとする、いわゆる「核抑止論」は、恐怖の均衡をたもつことにほかなりません。
このたび、ノーベル平和賞を受賞される、パグウォッシュ会議の会長、ジョセフ・ロートブラット博士は、本年八月、長崎で聞かれたシンポジウムにおいてつぎのようにのべております。
「広島、長崎の原爆のもつ意味について、あらためて皆さまに想いおこしてほしいのです。核兵器は、人類の存続すらも危険におとしいれました。この危険は常に存在し、ダモクレスの剣のように我々の頭上にぶらさがっています。この危険は、すべての人びとに、科学者に、市民にも常に注意深くあらねばならないと教えています。我々は戦争をなくさなければならない。なぜなら、いかなる戦争も、核の惨事にエスカレートするかもしれないからです」
私たちは、東西冷戦体制の終結をむかえたいまこそ、核兵器のない世界の恒久平和を達成するまたとない機会だと考えています。しかし、狭疑心や威嚇の心理に裏打ちされた核の抑止にとよっていては、多国間の相互信頼にもとづく真の平和をきずくことは到底不可能だと考えます。
私は当裁刊所が、このたびの審理にさいし核兵器のもつ非人道性と国際法上の違法性についての公正な判断をしめされ、核兵器廃絶を悲願とする広島・長崎の市民はもとより世界の同じ思いの人びとにこのうえない力と勇気をおあたえくださいますようねがってやみません。そして、このことこそ、去る五十年まえ、長崎、広島のあの原子原で悶え死んだ、老若男女二十一万四千人の犠牲者にたいする最大の鎮魂となるであろうと信じます。
長崎では、被曝から五十年をへた今日もなお、被爆者のうち毎年およそ千三百人が亡くなり、六万二千人が原爆後障害の恐怖におびえる口々をおくっております。
裁判官の皆さま、最後にあえて再び申し上げます。長崎市民の半世紀にもおよぶ核兵器廃絶への悲痛な訴えと世界平和への願いをご理解ください。長崎市民の悲惨きわまりない体験と筆舌につくしがたい苦しみは、けっしてくり返されてはなりません。今後、ひとたび核兵器が使用されることがあれば、地球環境の破壊はもとより、人類生存の道が危ぶまれることをここに確信をもって申し上げます。
数万年にわたり営々として築かれ、発展をとげてきた人類の文化と歴史に、けっして終止符がうたれることのないよう、人類愛の見地に立ったご判断をくがされることを心から願い、私の陳述を終わらせていただきます。(引用ここまで)
「赤旗 評論特集版 №984」(1995年12月4日)より
アジアでは、原爆投下によって戦争が終結し、日本軍から解放されたとの考え方があります。同時に、日本においても、加害責任との関係から、原爆投下は仕方がないとの声もあります。そのような発言をして辞職に追い込まれた大臣もいました。ま、これは核の傘論がホンネではないかと思いますが・・・。
このヒロシマ・ナガサキの惨状は、トルーマン大統領の声明によって、正当化され続けてきましたし、現在も「核抑止力」論として、現在進行形でもあります。しかし、この二人の意見陳述によって、その誤りが証明されているのではないでしょうか?
http://www.hiroshima-shinbun.com/abroad/abr1945080602.html
トルーマンと原爆投下
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/WA15.HTM
もう一つあります。安部首相の「東京裁判は勝者によって裁かれた」論です。
確かに、そういう面があることは事実でしょう。
それでは、敗者である日本国が裁判によって裁くことができたというのでしょうか?東久邇宮内閣の「一億総懺悔」論に象徴されるように責任棚上げと責任を東條に押し付けていった支配層内部の一部グループの天皇免責論、証拠資料の焼却などを、安倍首相は、どのように説明するのでしょうか?
さらに言えば、日本の重慶爆撃などを含めて、勝者であるアメリカの無差別爆撃の戦争犯罪について、又関東軍も関与したシベリア抑留についても、安倍首相は、どのように正していくつもりでしょうか?
こうしたことを抜きに、東京裁判の弱点の一部を強調することで、大東亜戦争を正当化しようとあいているのです。この不道徳ぶりを暴いていかなければなりません。このことは、安倍首相自身が、繰り返し主張している戦争の評価の問題に対する「後世の史家が判断する」論です。
アメリカの指導が入った「成果」でしょうか?!今日の国会でも弁解していました。これほど潔さの欠落している人間の不道徳ぶりを告発していかなければなりません。
首相「政治問題化望まず」 歴史認識めぐり 2013年4月26日 11時44分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013042601001588.html
だからと言って、日本国の戦争犯罪とその責任、加害責任が曖昧にされることは、あってはならないことです。同時に、その際の犯罪と責任の具体的解明は必要不可欠なような気がします。それは安倍首相たち大東亜戦争肯定・正当化論にみられる「素朴な感情論」にどのように対していくかという意味からです。
例えば、
1.第一次世界大戦後の「戦争の違法化」とABCD包囲網という「脅威」論の関係と責任転嫁の不道徳ぶり。
2.欧米諸国の植民地と日本の植民地は違う、アジアの解放に貢献したという身勝手な思想の不道徳ぶり。
3.三光作戦や731部隊などの犯罪を防げなかった装置として、兵士に国際法を教育していなかったことの責任と不道徳ぶり。
4.多くの兵士を餓死させたこと、国際法に則って捕虜になることを遺棄させた不道徳ぶり。
5.軍人勅諭で上官の命令は天皇の命令と教育しておきながら、強姦や略奪を命令で防止できなかった、しなかった上官の不道徳ぶり。それらの上官の教育の在り方の問題と、大元帥・現人神としての天皇の命令によって国家が運営されていたにもかかわらず天皇の責任の回避と免罪の不道徳ぶり。
6.とりわけ、天皇の開戦決定は曖昧に、「終戦決定」は「聖断」として、スリカエル不道徳ぶり。
第 4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第 6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第13条 天皇ハ戦イヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス
7.従軍看護婦と従軍慰安婦の違いを意図的に避け、皇軍の不道徳ぶりを曖昧にする。
8.特攻隊創設と強制の責任を曖昧にする不道徳ぶり。
9.戦争協力者・推進者を公職追放したにもかかわらず、その責任を曖昧にして解除し、要職に復帰させた不道徳ぶり。
10.「教育勅語の「徳目」や「靖国」「遊就館」「明治・大正・昭和・平成」など、その根源には「中国思想」が色濃くあるが、その中国を蔑視し、侵略し、それを進出とゴマカス不道徳ぶり。
などなど、解明していかなければならないことは、たくさんあります。このことは、現在中国製品が日本国内に溢れているにもかかわらず、何となく「中国危険」感に陥っている日本国を思うと、いっそう解明しなければと思います。
今後勉強して、記事にしていきたいと思います。