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愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

卒業式や入学式に起立・礼/斉唱の「命令」は天皇礼賛と忠君愛国教育の遺産、体育館から博物館へ

2012-03-10 | 日の丸・君が代

橋下「維新の会」が条例で強制しようとする「日の丸」礼拝、「君が代」斉唱の命令は、大いなる憲法違反である。

だが、以下の記事をみるように、最高裁判決の事実を伝えない都合の良い解釈と歴史を偽造し、愚弄する思想が、日本の最高裁で行われたことは、日本の歴史に重大な汚点を残すものとして、忘れてはならないだろう。以下指摘してみる。

「国際常識を身につけるため、国旗、国歌に敬意を」 国歌斉唱時の起立命令は合憲 最高裁が初判断2011.5.30 17:42 (1/2ページ)[憲法・法律]
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110530/trl11053017440005-n1.htm

卒業式の国歌斉唱で起立しなかったことを理由に、退職後に嘱託教員として雇用しなかったのは違法として、東京都立高の元教諭が都に損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(須藤正彦裁判長)は30日、起立を命じた校長の職務命令を合憲と判断し、元教諭側の上告を棄却した。都に賠償を命じた1審判決を取り消し、元教諭側の逆転敗訴となった2審判決が確定した。
 最高裁は平成19年2月、国歌伴奏を命じた職務命令を合憲と初判断したが、国歌斉唱の起立命令に対する合憲判断は初めて。
 1、2審判決などによると、元教諭は16年3月の都立高の卒業式で起立せず、東京都教育委員会から戒告処分を受けた。19年3月の退職前に再雇用を求めたが、不合格とされた。
 同小法廷は判決理由で、卒業式などでの国歌斉唱の起立は「慣例上の儀礼的な所作」と定義。起立を命じた職務命令について「個人の歴史観や世界観を否定しない。特定の思想の強制や禁止、告白の強要ともいえず、思想、良心を直ちに制約するものとは認められない」と指摘した。
 その上で、「『日の丸』や『君が代』が戦前の軍国主義との関係で一定の役割を果たしたとする教育上の信念を持つ者にとっては、思想、良心の自由が間接的に制約される面はあるが、教育上の行事にふさわしい秩序を確保するためには合理的だ」との判断を示した。
 判決は4人の裁判官の全員一致の意見で、うち3人が補足意見を付けた。竹内行夫裁判官は「他国の国旗、国歌に対して敬意をもって接するという国際常識を身に付けるためにも、まず自分の国の国旗、国歌に対する敬意が必要」とした。
 1審東京地裁判決は21年1月、職務命令の違憲性を否定したが、「起立しなかったのは1回だけで不採用は裁量権の乱用にあたる」として都に約210万円の賠償を命じた。2審東京高裁は同年10月、職務命令の合憲性を認め、命令がある以上、元教諭は従う職務上の義務があるとして、1審判決を取り消し、逆転判決を言い渡した。

<最高裁判決>読みやすくするために、読みやすくするために分けて掲載してみた。

しかしながら,本件職務命令当時,公立高等学校における卒業式等の式典において,
国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって,

学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,
かつ,
そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。

したがって,上記の起立斉唱行為は,その性質の点から見て,上告人の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず,

上告人に対して上記の起立斉唱行為を求める本件職務命令は,上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。

また,上記の起立斉唱行為は,その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,
職務上の命令に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるといえるのであって,

本件職務命令は,特定の思想を持つことを強制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。

そうすると,本件職務命令は,これらの観点において,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。

そこで,このような間接的な制約について検討するに,個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。

そして,職務命令においてある行為を求められることが,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動と異なる外部的行為を求められることとなり,その限りにおいて,当該職務命令が個人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があると判断される場合にも,職務命令の目的及び内容には種々のものが想定され,また,上記の制限を介して生ずる制約の態様等も,職務命令の対象となる行為の内容及び性質並びにこれが個人の内心に及ぼす影響その他の諸事情に応じて様々であるといえる。

したがって,このような間接的な制約が許容されるか否かは,職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該職務命令に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

(3) これを本件についてみるに,
本件職務命令に係る起立斉唱行為は,前記のとおり,上告人の歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える上告人にとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為となるものである。

この点に照らすと,本件職務命令は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。

他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,

生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。

法令等においても,学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法42条1号,36条1号,18条2号),

同法43条及び学校教育法施行規則57条の2の規定に基づき高等学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた高等学校学習指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり,

また,国旗及び国歌に関する法律は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。

そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地方公務員法30条,32条)に鑑み,

公立高等学校の教諭である上告人は,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあるところ,地方公務員法に基づき,高等学校学習指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通達を踏まえて,その勤務する当該学校の校長から学校行事である卒業式に関して本件職務命令を受けたものである。

これらの点に照らすと,本件職務命令は,公立高等学校の教諭である上告人に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって,

高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,かつ,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。

以上の諸事情を踏まえると,本件職務命令については,前記のように外部的行動の制限を介して上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,

職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。

(4) 以上の諸点に鑑みると,本件職務命令は,上告人の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。(引用ここまで

長々と掲載してみたが、人のことは言えないが、わかりにくい文章だな。だが、いろいろ言っているが、「職務命令」を「合憲」とする最高裁判決の理由は、以下のとおりである。

1.日の丸君が代は広く行われていた
2.起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有する
3.歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。
4.職務命令は,特定の思想を持つことを強制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。
5.当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするもので
6.生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るもの
7.高等学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,
8.かつ,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた

だが、これらの「理由」は、最初から結論が決まっていて、ただあれこれの言い訳を言っているだけだ。

だが、重大なことを無視しているという点で間違っている。

1.「広く行われていた」とする「日の丸」礼拝と「君が代」斉唱の戦前・戦後の歴史を語っていない。

2.学校の卒業式や入学式という儀式における「日の丸」礼拝と「君が代」斉唱の教育的意味を語っていない。小学生においては12回、中学生においては6回、高校生においては6回、合計24回の儀式において、礼拝と斉唱がどのような教育的意味をもっているかだ。生徒に何を獲得させるのか、はっきりしていない。

3.儀式における「教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行」の教育的意味は何か、語っていない。

4.「学校教育法は,高等学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ」ているとあるが、具体的に指摘もしていないし、「高等学校教育の目標」とは何かも語っていない。しかもそのような「目標」が24回の儀式で獲得できるかどうかも無視しいている。全く非教育的判決文と言える。

5.学校教育における24回の儀式の歴史がどのような経過をもって実践され、どのような人格形成がなされたか、判決文は、全く語っていない。これは歴史に対する冒涜と言えるもので、最高裁判事の文章としては耐えることのできないシロモノである。

そこで、最高裁の儀式認識の誤りについて、以下の事実をあげておこう。

それはまず一つ目、『児童用 尋常小学修身書 巻四』(昭和二年十月版)をあげておこう。

第二十二 國旗
このは紀元節に家々で日の丸の旗を土てたのを、子供たちが見て、よろこばしさうに話をしてゐる所です・
どこの國にもその國のしるしの旗があります。これを國旗と申します。日の丸の旗は、我が國の國旗でございます。
我が國の祝日や祭日には、学校でも家々でも國旗を立てます。その外、我が國の船が外國の港にとまる時にも之を立てます。
國旗はその國のしるししでございますから、我等日本人は日の丸を大切にしなければなりません。又禮儀を知る國民としては外國の國旗もさうたうにうやまはなければなりません。

第二十三 祝日・大祭日
我が國の祝日は新年・紀元節・天長節・明治節でございます。新年は一月一日・二日・五日、紀元節は二月十一日、天長節は四月二十九日、明治節は十一月三日で、いづれもmrでたい日でございます。
大祭日は元始祭・春季皇霊祭・神武天皇祭・秋季皇霊祭・神嘗祭・新嘗祭・大正天皇祭でございます。・・・祝日・大祭曰は我が國にてまことに大切な日で、宮中ではおごそかな御儀式を行はせられます。我等はよくその日のいはれをわきまへて忠君愛國の精神を養はなければなりません。

第二十七 よい日本人  掲載しなくとも可能だろう。想像してほしい。

キィーワードは「天皇陛下の御恩」「忠君愛國」「國旗を大切に」「祝祭日のいはれをわきまへ」「日本人には忠義と孝行がいちばん大切」「礼儀を守り」「規律ただしく」だ。

さて、こうした思想が、どこに温存され続けてきたか、明瞭だろう。そして、今誰がどこで具体化しようとしているか、だ。

さて、「よい日本人」となるために「儀式」を最大限利用しようとした。

次の事例は以下の規定だ。どこかの条例と似ていないか?

「小学校祝日大祭日儀礼規程 文部省令第4号」(1891年6月17日)

明治二十三年十月勅令第二百十五號小學校令第十五條ニ基キ小學校ニ於ケル祝日大祭日ノ儀式ニ關スル規程ヲ設クルコト左ノ如シ

  小學校祝日大祭日儀式規程

第一條 紀元節、天長節、元始祭、嘗祭及新嘗祭ノ日ニ於テハ學校長、員及生徒一同式場ニ
參集シテ左ノ儀式ヲ行フヘシ
 一 學校長員及生徒
   天皇陛下及
   皇后陛下ノ 御影ニ對シ奉リ最敬禮ヲ行ヒ且兩陛下ノ萬歳ヲ奉祝ス
   但未タ 御影ヲ拜戴セサル學校ニ於テハ本文前段ノ式ヲ省ク
 二 學校長若クハ員、育ニ關スル 勅語ヲ奉讀ス
 三 學校長若クハ員、恭シク育ニ關スル 勅語ニ基ヅキ 聖意ノ在ル所ヲ誨告シ又ハ
   歴代天皇ノ 盛 鴻業ヲ敍シ若クハ祝日大祭日ノ由來ヲ敍スル等其祝日大祭日ニ相應ス
 ル演説ヲ爲シ忠君愛國ノ志氣ヲ涵養センコトヲ務ム

第二條 孝明天皇祭、春期皇靈祭、武天皇祭及秋期皇靈祭ノ日ニ於テハ學校長、員及生徒一
同式場ニ參集シテ第一條第三款及第四款ノ儀式ヲ行フヘシ

第三條 一月一日ニ於テハ學校長、員及生徒一同式場ニ參集シテ第一條第一款及第四款ノ儀式
ヲ行フヘシ

第四條 第一條ニ掲クル祝日大祭日ニ於テハ便宜ニ從ヒ學校長及員、生徒ヲ率ヰテ體操場ニ臨
ミ若クハ野外ニ出テ遊戲體操ヲ行フ等生徒ノ心情ヲシテ快活ナラシメンコトヲ務ムヘシ

第五條 市町村長其他學事ニ關係アル市町村吏員ハ成ルヘク祝日大祭日ノ儀式ニ列スヘシ

第六條 式場ノ合ヲ計リ生徒ノ父母親戚及其他市町村住民ヲシテ祝日大祭日ノ儀式ヲ參觀スル
コトヲ得サシムヘシ

第七條 祝日大祭日ニ於テ生徒ニ茶菓又ハ育上ニ裨アル繪畫等ヲ與フルハ妨ナシ

第八條 祝日大祭日ノ儀式ニ關スル次第等ハ府縣知事之ヲ規定スヘシ

この中で、「御影ニ對シ奉リ最敬禮」という事実が、今でも学校に残っていることを知る人はいないだろう。教師でさえも、すっかり忘れているか、知らないか、だから。
体育館の壁に向かって「一同礼」を「節目となる儀式的行事」において、「慣例上の儀礼的な所作」として、行われているのだ。彼らは、決して思想信条が侵されたとは、ちっとも思っていないのだ。それは事実を知らないからだ。丁度11月月3日が「文化の日」で休めるからいいじゃないか、11月23日が勤労感謝の日として休みだから嬉しいということと同じだ。

これは日本人の歴史認識に係る問題で、この無頓着が、加害の事実をも忘れてしまうという国民性、いや意図的なイデオロギー注入だということなのだ。これで外国の国旗・国歌に対する礼儀を培うことができるかどうか、最高裁判事は、よくよく学習しなおしたほうが良い。

最高裁判事は、先に述べたことに対して、少し後ろめたさを感じていたのだろうか?補足的意見を述べている。日の丸・君が代斉唱礼賛者たちが意識的に無視をする文章である。

これについては、後日に。


広げよう!国民主権の国の「国歌」=「民の代」を!

民の代は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで


「君が代」の意味を勝手に変更してうそぶく政府、「全体の奉仕者」論をスリカエる橋下市長

2012-03-09 | 日の丸・君が代

昨日に続いて、今日は「君が代」のウソ、国民全体に奉仕する公務員論のスリカエをみてみよう。

小学校5年生用『初等科修身 二』(1942年版)
  二 「君が代」

君が代は
ちよにやちよに
さざれ石の
いはほとなりて
こけのむすまで
 この歌は、
 「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいて、おさかえになりますやうに。」
といふ意味で、國民が、心からおいはひ申しあげる歌であります。
 「君が代」の歌は、昔から、私たちの先租が、皇室のみさかえをおいのりして、歌ひつづけて来たもので、世々の國民のまごころのとけこんだ歌であります。
 祝日や、おめでたい儀式には、私たちは、この歌を馨高く歌ひます。しせいをきちんと正しくして、おごそかに歌ふと、身も心も、ひきしまるやうな氣持になります。
 戰地で、兵隊さんたちが、はるかに日本へ向かつて、聾をそろへて、「君が代」を歌ふ時には、思はず、涙が日にやけたほほをぬらすといふことです。

「教師用の指導書」
 天皇陛下のお治めになるこの御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいつまでも續いて、限りなくお条えになるやうに、たとへば小さな石が大きな巌になり、それに苔が生えるまで、それほど、永く限りなくお榮えになるやうに。

 この教材を通して、天皇陛下に對し奉る至誠の情と、御稜威(天皇の権威)を仰ぎ億兆心を一にする無上の喜びとを感得せしめなければならない。「君が代」は、實に國民こぞって御稜威のほどを畏み國體の精華を発揮し、唱和する歌である。
 「君が代」が國歌として制定されたのは、明治の初年以降のことといはれてゐるが、しかしこの歌は、古く古今集や和漢朗詠集にもそのまま見え、各時代を通じ各地にわたって、ひろく國民の耳朶に親しまれたところであって、いつとはなしに國歌になってゐたと考へられる。文部省では、明治二十六年八月十二日に「小學校二於テ祝日大祭日ノ儀式ヲ行フノ際唱歌用二供スル歌詞竝樂譜別冊ノ通撰定ス」と告示して、別冊にこの「君が代」の歌を掲げて、爾来それにしたがつてゐる。國運隆昌なるとともに、國歌はおのづから成立したのであって、その由来をここで詮議することは、さして意味のないことである。「聖壽の萬歳(天皇の長寿)を祈り奉ることが、そのままに皇國臣民のあらゆる祈念を含んでゐるといふところに、日本の國豊はあるからである。教師は、ここで國歌「君が代」と、さうして國旗「日の丸」とが、相共に皇國の威嚴を世界に向かって示す表徴たることを念頭におくべきである。

 この歌を唱和するときには、嚴粛のうちに和やかなうれしい気持が胸に充ち滿ちて、心から天皇陛下の御ために身命をなげうち、皇室のみ榮えを祈り奉らずにはゐられないのである。

「礼法」

一、「君が代」を歌ふときは、姿勢を正し、まごころから寳祚の無窮をことほぎ奉ること。
二、「君が代」を聴くときにも、前と同じやうに謹嚴な態度をとること。

さて、戦後はどのように解釈しているか。政府の解釈は、以下のとおりだ。

「国旗・日の丸、国歌・君が代」法制化等に関する質問主意書 提出者  石垣一夫
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumona.nsf/html/shitsumon/a145031.htm

11 「君が代」の歌詞について、旧憲法下、特に戦前における「君」の解釈と戦後の「君」の解釈とに相違があるのかないのか、相違があればその内容を明らかにされたい。

衆議院議員石垣一夫君提出「国旗・日の丸、国歌・君が代」法制化等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
二の8及び11について
 君が代の「君」とは、大日本帝国憲法下では主権者である天皇を指していたと言われているが、日本国憲法の下では、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇と解釈するのが適当であると考える。
二の9について
 日本国憲法の下では、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと理解することが適当であると考える。


では、どのように教えているか。

【小学校学習指導要領解説音楽編】1 指導計画作成上の配慮事項を参照
児童が、将来国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長するためには、国歌を尊重する態度を養うようにすることが大切です。
小学校音楽科においては「国歌『君が代』は、いずれの、学年においても歌えるよう指導すること」と示されており、入学式や卒業式等必要なときには、児童がいつでも歌えるようにしておく必要があります。
そのためには、表現学習の目標や内容と関連させ、児童の発達の段階に即していずれの学年においても適切な指導を行うような指導計画を作成する必要があります。
国歌の指導に当たっては、国歌「君が代」は、日本国憲法の下において、日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念した歌であることを理解できるようにする必要があります。

1.同じ歌なのに、戦前と戦後では、その解釈が大きく違っていることは政府自身が認めている。

2.戦前は天皇主権、戦後は国民主権だが、戦後は天皇を「神から象徴」として残すことによって、一度は否定された「君が代」をアメリカの都合で復活させていただき、今後は解釈を変更している。「主権の存する」という言葉を意図的に削除して、「日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念した歌」と歪曲している。

3.橋下市長は、「公務員はルールに従え」として「起立」を「命令」しているが、政府自身が、ここでも子どもにウソをついているのだ。これに便乗して「命令」を発している橋下市長は、「ルール違反」だ。国民を含めて先生たちは、そういう橋下市長に、なぜ気付かないのだろう。教育公務員は「国民全体に奉仕する」のではないのか?先生たちはウソを教えることは出来ないのだから、橋下市長の「命令」に対する拒否権を行使するのは当然だ。

4.橋下市長の頭の構造は「復古・守旧」だ。彼は「君が代は立って歌うのは当然」としているが、戦前の「指導」を単に踏襲しているにすぎない。何も考えていない。頭をリセットしなければならないのは、彼そのものだ。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111207/waf11120708450009-n1.htm


民の代は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで

主権在民の下で歌う「君が代」は「民の代」となる。したがって以上の歌に変えて歌えばいいのだ。みんなで歌ってみようよ!


「愛国心」を教えるためには「職務命令」=「強制」より「自由」にこそ

2012-01-26 | 日の丸・君が代

「朝日」の投書に興味深い声が掲載されたので、まとめてみよう。

24日
信念貫く教員こそ現場に必要     (東京都)
 日の丸・君が代の義務化で、苦悩する教員の記事(17日朝刊)を読みました。私は、小中学生3人の子どもを育てていますが、学校でどのような先生に出会うかは、彼らの成長に大きな影響を与えると思います。
 懲戒処分を受けた教員は「『考えて行動する人間になれ』と生徒に教える以上、『強制』には従えなかった」そうです。こういう先生こそ教育現場には必要なのではないでしょうか。子どもの心の内を尊重し、自分で考え信念をもって行動する子どもを育て、納得のいかないことはとことん吟味する姿勢を教えてほしいからです。
 一方で、「処分のリスクを冒してまで抵抗することじゃない」「面倒なことは避けたい」という若手教師。こうした教師ばかりになれば、子どもたちが疑問や異論をぶつけたとき、どう受け止めてくれるのでしょうか。
 最高裁が今回示した、処分の行き過ぎに一定の歯止めをかける判断に少しほっとしました。「強制」や「処分」におびえることなく教育に情熱を傾けられる現場であってほしいと心から願います。

25日
過去から学んで被害を軽く  (神奈川県)
 「地震対策 古文書で探れ」 (16日朝刊)を読みました。過去の災害時に起こったことを知るのは、今後の防災対策に大いに役立つと思います。
市役所に勤めている私は先月、事務の支援のため、宮城県石巻市役所で1週間ほど働いてきました。実感したのは、とにかく何もかも「待ったなし」ということです。やるべきことが山積し、いかに速やかに問題を解決していくかでした。
 そこで、戻ってから関東大震災と阪神・淡路大震災について書かれた本を読みました。関東大震災では、避難所での炊き出しや衛生面での苦労など、今と変わらないことが多かったようす。阪神大震災では、神戸市役所が時間と労力をさまざまな国の規制と闘うことに使わなければならなかったことがわかりました。
 私たちは本を通じて、過去を知ることができます。自然災害を防ぐことは難しいですが、被害を軽減するすべはあるはずです。

25日
国旗国歌で愛国心教えたい  (埼玉県)
卒業式などの式典で国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しなかった公立学校の教職員らに対する東京都の懲戒処分について最高裁判決が出た。「学校の規律や秩序保持の見地から重きに失しない範囲で懲戒処分をすることは裁量の範囲内」としたのは、妥当だと思う。
私は親や先生から、国旗掲揚、国歌斉唱時にはしっかりと起立し、国旗に敬意を表しながら歌うことが当然と教えられてきた。教員になった今でもその教えを順守している。
 確かに、憲法において、精神の自由は認められている。しかし私は教員として、国旗国歌に起立斉唱することで、生徒に「愛国心」を教えることも使命の一つと考えている。
 子どもたちが自分が生まれ育った国を愛する気持ちを持つことは、とても大切なことである。成長して海外に行けば、改めて日本の素晴らしさや日本人のりりしさを感じることもできるだろう。日本人としての誇りを持って生きていくことはすなわち、自分自身に対する誇りを持つことにもつながる。
 式典で起立しない教職員や保護者を見て、子どもたちはどう思うだろうか。今こそ学校や家庭、地域が一体となって子どもたちが心から国を愛し、尊敬できるよう教育体制を整えていくのが緊急の課題であると思う。

恐らく、あくまで勝手な予想だが、栢沼 ふきサンの声を読んだ鈴木 沙英子サンが投書したのかもしれない。世相を反映している。保護者の声に、教員が、そして公務員の声が噛み合っていて面白い。

鈴木さんの言うことも一面理解できる。だが、「式典で起立しない教職員や保護者を見て、子どもたちは」立派だと思う子どもがいるかもしれない。それは日々教室で教師が何を教えているかだろう。

「考えて行動する人間になれ」と教えているか、「処分のリスクを冒してまで抵抗することじゃない」「面倒なことは避けたい」「長いものには巻かれろ」と教えるかどうか、個人の尊厳とか、真理とか平和とかを教えているか、どうかだろう。

「新教育基本法」では日本の「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とあるが、日の丸・君が代の国旗・国歌化を推進してきた政治家たちによって、日本はどうなったのだろうか?

アメリカに従属して原発を推進してきた結果、日本の国土ばかりか太平洋をも汚染し、この国のあらゆる「伝統文化」を破壊してきたのではないか?こうした国を国家はどのように「尊重」しろ、「誇り」を持てというのか?

また「他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」とあるが、日の丸君が代がアジアに対してどのような影響を与えたか?また戦後日本はアジアの一員としてどう振舞ってきただろうか?特に日本の伝統文化に大きな影響を与えた中国と朝鮮文化に対してどのような「態度」をとってきただろうか?

こういうことを踏まえて学校の先生には国旗国歌を教えてほしいものだ。

その点で、栗飯原 なおみサンの「過去から学んで被害を軽く」は、震災のことだけではなく、いやこの日の丸・君が代強制問題に最も当てはまる「声」だ。

この視点で新しい国づくりが国民の力でできた時、はじめて国民は「日本」を愛することができるのではないだろうか?

日の本の白地に赤の旗印子らに教へむ白きこころの
日の丸の血染めの史を伝へむと泥より出づる華のごとくに


国歌「君が代」の意味・歴史・由来・役割を「想定外」に押し込めた「民主主義」

2012-01-17 | 日の丸・君が代

今日の「朝日」の以下の記事を読んで思うことを記してしておこう。

現場で対応 処分激減  反対者の欠席を黙認・規律不要な受付係に配置
 学校での日の丸・君が代への反対闘争はかなり沈静化している。国旗・国歌法が成立した1999年度から2010年度までに、掲揚や斉唱に反対して懲戒処分を受けた人数は、全国で延べ728人。03年度の194人をピークに減り続け、10年度は21入だった。  
当初は、日本教職員組合が「国民的合意がなく、強制は問題」と批判するなど各地に反発が広がった。教員の不起立は珍しくなく、日の丸を舞台袖に隠すように掲げる学校もあった。
だが、東京都教委が03年、君が代の起立斉唱や日の丸の掲揚位置などを詳細に定め、翌春の卒業式では、教職員の大量処分に踏み切る。式典会場に「監視役」の職員を派遣したり、処分を受けた教職員に研修を科したりして指導を強化。「違反」を繰り返す教職員には、減給➞停職と処分を重くした。
処分者の減少について、都教委幹部は「指導が理解を得た結果」と話すが、学校現場では、処分者を出さない「知恵」も生まれている。①掲揚や斉唱に反対する教員が自ら卒業式を欠席する②学校側が反対する教員に会場の受付係や駐車場の整理係を任せ、起立斉唱を避ける―などだ。
 都教委幹部は「日の丸・君が代に抵抗感の強い世代が退職していったのも減少の一因」という。実際、東京で過去3年間に処分を受けた教職員15人は、いずれも40代以上で、若手が抵抗感なく従っている実態もうかがえる。「処分のリスクを冒してまで抵抗することじゃない」といった声も聞かれる。(引用ここまで

この記事にあるような諸事実は、確かに「事実」であるだろう。だが、ここに出されている「諸事実」は、この問題における本当の問題点について述べていない。そこで、いくつかメモしておこう。

1.起立したかどうか、処分者を出したかどうかだけに話題を集中させている。
これは「命令」によって政府自身の意図を貫徹させようとする行政、国民の中に残存している天皇信奉者の思惑、それらを慮るマスコミなどが、事の本質を後景に追いやることを意味している。

2.問題は、人権思想を教え、訓練すべき学校で起こっていることの意味を「想定外」にしていることだ。このことは、このような問題が北朝鮮や中国で起こったら、どのように報道するか、という視点でみると、日本のマスコミ、或いは日本政府のやっていることが、どれだけ酷いものか、判るというものだ。

3.「君が代」の意味・由来・果たして来た役割などについて、深めていないし、深めようとはしない。このことは、「君が代」を歌う時、どれほどの人が「君が代」の「君」の意味がどのように替えられてきたか、その「代」が「千代に八千代に」というほど永く、さらに「細石が巌」となって「苔が生す」ようになるまで御栄えするように、という歌の意味を理解して歌っているかどうか、だ。主権の存する、この民主主義の国日本で、だ。

4.この歌が、国歌になる時、「今回の法制化は、国旗と国歌に関し、国民の皆様方に新たに義務を課すものではありませんが、本法律の成立を契機として、国民の皆様方が、「日章旗」の歴史や「君が代」の由来、歌詞などについて、より理解を深めていただくことを願っております」(内閣総理大臣の談話平成11年8月9日)と述べていたにもかかわらず、その後の諸事実は、反対の方向に向かってきた。このことは今回の「朝日」の記事からも覗える。

5.政府自身も言っているように、学校や地域社会で「歴史や由来」などを深めようとすればするほど、実は「坂の上」にあったものが「国際的非常識」という「雲」であったことが白日のものになってしまう。このことをいっさい想定外にしている。

6.国際的感覚からすれば、「戦争及び人道に対する罪に対する時効不適用条約」に加盟していない「自由と民主主義の国である我が日本」の負の面を晒すことになることも「想定外」だ。

7.この「想定外」は、未だ外国の軍隊を駐留させ、不平等条約を「不平等」と自覚できず「同盟国」として国家の枠組みを従属させ「深化」などと述べていることと無関係ではないという問題だ。

そこで、この「君が代」を「国歌」とした勢力の先輩たちが、かつてどんなことをしたか、その一つを紹介しておこう。

<君が代少年>
 昭和十年四月二十一日の朝、台湾で大きな地震がありました。
 公学校の三年生であった徳坤(とくけん) という少年は、けさも目がさめると、顔を洗ってから、うやうやしく神だなに向って、拝礼をしました。神だなには、皇大神宮の大麻がおまつりしてあるのです。
 それから、まもなく朝の御飯になるので、少年は、その時外へ出てゐた父を呼びに行きました。
 家を出て少し行った時、「ゴー。」と恐しい音がして、地面も、まはりの家も、ぐらぐらと動きました。「地震だ。」と、少年は思ひました。そのとたん、少年のからだの上へ、そばの建物の土角がくづれて来ました。土角といふのは、粘土を固めて作った煉瓦のやうなものです。
 父や、近所の人たちがかけつけた時、少年は、頭と足に大けがをして、道ばたに倒れてゐました。それでも父の姿を見ると、少年は、自分の苦しいことは一口もいはないで、
「おかあさんは、大丈夫でせうね。」
といひました。
 少年の傷は思ったよりも重く、その日の午後、かりに作られた治療所で手術を受けました。このつらい手当の最中にも、少年は、決して台湾語を口に出しませんでした。日本人は国語を使ふものだと、学校で教へられてから、徳坤は、どんなに不自由でも、国語を使ひ通して来たのです。
 徳坤は、しきりに学校のことをいひました。先生の名を呼びました。また、友だちの名を呼びました。 ちゃうどそのころ、学校には、何百人といふけが人が運ばれて、先生たちは、目がまはるほどいそがしかったのですが、徳坤が重いけがをしたと聞かれて、代りあって見まひに来られました。
 徳坤は、涙を流して喜びました。
「先生、ぼく、早くなほって、学校へ行きたいのです。」
と、徳坤はいひました。「さうだ。早く元気になって、学校へ出るのですよ。」
と、先生もはげますやうにいはれましたが、しかし、この重い傷ではどうなるであらうかと、先生は、徳坤がかはいさうでたまりませんでした。
 少年は、あくる日の昼ごろ、父と母と、受持の先生にまもられて、遠くの町にある医院へ送られて行きました。
 その夜、つかれて、うとうとしてゐた徳坤が、夜明近くなって、ばっちりと目をあけました。さうして、そばにゐた父に、
「おとうさん、先生はいらっしやらないの。もう一度、先生におあひしたいなあ。」
といひました。これっきり、自分は、遠いところへ行くのだと感じたのかも知れません。
 それからしばらくして、少年はいひました。
「おとうさん、ぼく、君が代を歌ひます。」
 少年は、ちょっと目をつぶって、何か考へてゐるやうでしたが、やがて息を深く吸って、静かに歌ひだしました。

  きみがよは
  ちよに
  やちよに

 徳坤が心をこめて歌ふ声は、同じ病室にゐる人たちの心に、しみこむやうに聞 えました。

  さざれ
  いしの

 小さいながら、はっきりと歌はつづいて行きます。あちこちに、すすり泣きの声が起りました。

  いはほとなりて
  こけの
  むすまで

 終りに近くなると、声はだんだん細くなりました。でも、最後まで、りつばに歌ひ通しました。
 君が代を歌ひ終った徳坤は、その朝、父と、母と、人々の涙にみまもられながら、やすらかに長い眠りにつきました。
「初等科国語・三」(4年前期)より。(引用ここまで

村上政彦『「君が代少年」を探して 台湾と日本語教育』(平凡社新書)によれば、この少年探しの話が書かれている。以下、記しておく。

 教科書には、誇らしげな少年の立像の写真が挿入されている。これが主人公の徳坤(せんとくこん)だろうか。奥付を見ると、昭和十八(一九四三)年朝鮮総督府発行、となっていた。
 「よくやりますよねえ」と隣にいた編集者が苦笑した。「でも、本当かなあ。こんなことってあるのかなあ……」
 それは僕自身の印象でもあった。朝鮮半島で発行された「国語」=日本語の教科書に台湾の少年が主人公として登場している、という状況は一種の眩暈のようなものをもたらした。それは僕にとって、ほとんど未知の領域に触れた感触だった。いつの時代も教科書には政治的な配慮が働いている。ましてこの頃はいわゆる皇民化が行なわれていた時期だった。でも、『君が代少年』がまったくのフィクションだとも思えない。いまから半世紀以上前、僕達が生きているこの東アジアの一隅で何が起きていたのだろうか。
・・・
徳坤の墓
昭和十年四月二十一日
突発セル大震災ニテ
瀕死ノ重症ヲ負ヒ
二十三日朱暁苗栗病舎ニテ
國歌ヲ奉唱シ
十二歳ヲー期トシテ
國民精神ノ花卜散レリ
故二世二君力代少年卜讃称セラレ
公館公学校校庭二
銅像卜化シテ再生スルニ至レリ
昭和十二年七月二日建(引用ここまで

と書かれている。
朝鮮総督府が台湾の少年の話を「教訓」にという事実は「想定外」にしたまま「国歌斉唱」という「儀式」が行われてきたのではないだろうか。

こうした事実を、政府が「『君が代』の由来、歌詞などについて、より理解を深めていただく」ために「教材」としてきたか、はなはだ疑問だ。それに尽きる。

だから「歌うか、歌わないか」「起立するか、しないか」「命令に従うか、従わないか」だけが問題にされてきたのではないか?

このようなことでは、我が日本を本当には愛することはできない!

君が代を歌ふ少年中国の民さへ歌ふ歌なればこそと
将軍は彼の国によりも此の国の東と西に声を荒げて
将軍は彼の国によりも此の国に様にもならぬ毒舌を撒き
わが君を君が代となしおしつける永久の御世詠む歌どこへやら
日の本の誉れの象徴(しるし)何とする九条にこそ民の願ひなれ