旅の思い出-岩手県-遠野市内を歩く - たんぽぽの心の旅のアルバム (goo.ne.jp)
「1986年9月11日(木)晴
7時:起床・朝食・食事
9時2分:仙台から来ていた女性と遠野ユースホステル出発、
国鉄バスにて遠野駅へ
9時20分:遠野駅着
レンタサイクルで愛宕神社・五百羅漢・卯子酉神社へ
10時30分:自転車を返し、徒歩で遠野市立博物館へ、
狭いけれど充実した内容、遠野物語の世界を味わえた
(オシラサマのお話が特にきれいで悲しかった)
12時30分:近くのとおの昔話村へ
・遠野三山(早池峰山・石上山・物見山)に女の神がいる話
・ザシキワラシ、寒戸の婆
ほおずきは太陽の子だという話が面白いと思った
14時42分:釜石行乗車
15時49分:釜石着
16時26分:釜石発盛岡行乗車
17時54分:宮古着
18時5分:ユースホステル末広館着
昨日思い立った予定どおり、今日は宮古に来ている。山田線から太平洋をみたいと思ったけれど、これがリアス式海岸というものなんですね。海が見えたかと思うと、すぐまたもこもこの山が見えてきて落ち着かなかった。
ぼんやりと夕暮れを迎えた。遠野とはまたちがってあたたかな雰囲気。明日はすぐ盛岡へいってしまう。ちょっともったいないかなあ。でも全然来る予定してなかったものね、仕方ないや。恵美にも会いたいし今度はいつこれるだろうか。
もう終わりにしようと思っていたのに、また来てしまった。
もうちょっとゆっくりできればよかったかなあ。欲張ったらきりがないけどね。青森に行きたい、もう一度角館へ、田沢湖へ・・・、困ったもんだ。
勉強はどうなったのかな、帰ったら考えようっと・・・、ではまた明日」
リアス式海岸沿いを走り抜ける電車内、平日の昼間だったからでしょうか、乗客のほとんどはおじいちゃん、おばあちゃん、浜省の歌がガンガン流れていたことを思い出します。東日本大震災を考えると結果的に貴重な旅となりました。
ユースホステル末広、特に人気があるとかでもなんでもなかったですが、設備がきれいで居心地よかった記憶があります。どうなったかとググってみると、東日本大震災の時大きな被害はなくボランティアや復興作業の宿泊施設として機能。2013年2月末でユースホステル協会を脱退し、旅館として営業を続けているそうです。ようやく調べることができました。ほっとしました。
ユースホステル末広館 - ユースホステル末広館の概要 - わかりやすく解説 Weblio辞書