「22歳、出国。26歳、オランダへ-モーレンカンプ富田ふゆこさん、詩人・日本語教師
自分の目で世界を見てみたいと、家出をするように国を出た。22歳、横浜を出港してアメリカに着くのに二週間かかった。世界は実に広いと思った。
大西洋は飛行機で渡ったが、日本からはどんどん遠く、寒い北国のオランダに帰化することとなって、心は何年も日本とオランダの間を振り子のように揺れた。だれかに分かってもらいたいと一生懸命、歌を書いた。異文化の溝(みぞ)、人間同士の溝は実に深いと思った。
いつ頃だったろうか、時計が振り子だけしゃないんだと気が付き始めたのは、いったりきたりする振り子を抱き込んで、昼も夜もコチコチ動いていたあの柱時計。あの中はいったいどうなっているのだろうと。それからは分かりたい一心で書いた。書いている自分はさっさと書いていて、「どうしようどうしよう」と言っている方の自分がそれを読んで感心する。「なぜ」と問おうものなら、今度は愛する人々が、宗教や哲学や心理学の本なんかをポコンと机の上に置いてくれる。
異邦人としての半生は実にさみしかった。今ではそれが自分自身のありように起因するということがわかる。外国で生きていくため、心の傷をかばうため、知らず知らず自分の周りに築き上げた頑固な砦。心が何かから切り離されているから孤独なのであろう。日本とオランダをつなごう、己と人とをつなごうとしても、天と己がつながっていなければ、そして己と、己の内なる世界がつながっていなければ、いつまでも振り子は不規則に揺れるばかりか。
私の時計は今やっとコチコチと規則的に動き始めたようだ。振り子が揺れなくてはしょせん現世の時計も動かない。毎日かすかに響きあって起こるものごと。ちゃんと落ち着くところに落ち着くものごと。逢うべくしてめぐり会う人々、どんどん複雑になっていく喜怒哀楽。振り子がひとつ揺れる度に詩がひとつできる。
白と黒としか見えなかったような私の目。世界は大きくも小さくもなさそうだ。耳を澄ませばどんな妙なる音色が聞こえてくることだろう。この爆弾と悲鳴のとどろく世界に。
国を出でし時とまってしまった我が時計巻いても巻いても22歳
窓口で法律用語を調べつつ日本国籍破棄を告げけり
異国(ことくに)の母の童話に娘が画(か)きしさし絵の涙の大きかりける
菩提樹の光も影も我が裡(うち)に定まりて今秋立ちぬらし
花はつむためにあり人は泣くために逢うとつぶやきてうれしも
雪降らす天には天の事始め
手の中に団栗(どんぐり)という故国あり
蘭英の辞書ほころびて霜の夜」