たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

第五章岐路に立たされる女性-⑤「結婚退職」はOLの花道

2024年07月17日 13時05分13秒 | 卒業論文

 仕事と私生活が不可分な関係にある女性の前半生の流れを大雑把に素描してみたが、女性にとって「生まれ変わる」ことのできる最大のチャンスは結婚である。女性に対してしばしば賞味期限といった言葉が使われるが、それは、女性自身の中にも内面化されている。「25歳は女の賞味期限。それまでに結婚しなきゃ」-。そんな悩みを抱える女性は少なくない。[i] 何かしたいと思う。じゃあ何がしたい?私に何ができる?もう歳だし、これといってしたいこともない、資格もないし、だいいち才能もない・・・。こう考え出した時には、無性に結婚に走りたくなる。「やっぱり結婚した方がいい」という線に落ち着いてしまう。結婚神話に魅せられるのである。女性誌の中から、結婚と仕事にゆれる女性の声を拾ってみると、「生涯、続けられる仕事をしたくて会社を辞めました。退職後は、講座を受講したり、独学で勉強をしたり、最近になって就職活動を始めました。でも、この不況。やりたい仕事はあっても経験がないと採用してもらえない。そんなとき彼からプロポーズ。疲れているときに、“このまま結婚してしまおうかな”と、楽な道を考えてしまいます。でも、今結婚したら一生後悔するだろうし、結婚しても続けられる仕事をしたくて会社を辞めたので、簡単にはあきらめたくありません。両親には“女の子は結婚するのだから無理して働かなくていい”と言われ、友達には“結婚するって逃げ道よね”と言われ。どうしたらいいですか?」[ii] この中にあるように、女性にとって結婚は、伝統的な解決方法、苦しい時の逃げ道でもあるのだ。 松原惇子は、「結婚」という二文字は私にとって「かけこみ寺」のようなものだった、と述べている。何かあったら結婚すればいい、逃げ道だったのである。[iii] 唯川恵は、「私だって結婚退職をしてOLの花道を飾りたい」とOL5年目の「宙ぶらりん」の心情を回想している。「結婚退職と依願退職じゃ、退職金にも差がつく。第一、周りの目が、納得度が違う」のだ。[iv]  学校を出て社会見学も4、5年やって、ある悟りの境地にも達している。まあこんなものよ。これだ!と思える仕事とも出会えなかったし、やっぱり女の幸せは結婚かも・・・。結婚神話に魅せられるOLの心情はざっとこうしたものではないだろうか。結婚さえすれば、金屏風の前に立ちさえすれば、たとえ妥協と惰性の産物であったとしても輝いて見える。誰もが祝福してくれるのである。結婚退職は、会社にとっても最も円満でありがたい辞め方である。さらに、出産・子育てと続けば、女性は賞賛の嵐を浴びることになる。日本型企業社会の中では、「女」は軽く扱われても「母」は尊敬されるからだ。

 

 昨吟の日本の人口の動態上、最も重要な変化の一つが晩婚化である。晩婚化の動きは特に都市部で顕著であり、東京都の20代後半の女性では、未婚者が過半数を超えた。晩婚化に伴い、女性の平均勤続年数も上昇中である。昔のように独身女性を偏見のまなざしでみる風潮はなくなってきた。ひと昔前なら、30すぎて結婚していない女性は、オールドミスというレッテルがはられ、社会に出て安心して働いていられない状態だったが、今は堂々と社会で生きている。しかし、結婚はしない、あるいはしたくない、と考えて働いている女性は少数派であろう。OLにとって職場の同僚の結婚退職は大きな関心事である。ベテランOLになると、同僚の結婚退職を祝福しつつも、幸せそうに職場を去っていく同僚を見ると、一瞬、取り残されたような気持ちにさせられてしまうのである。小笠原祐子は次のような34歳の独身OLを紹介している。「今後? それが一番問題ですね。とにかく入社したときは、こんなに長くいるとは思っていなかった。4年ぐらいで辞めると思っていたので。就職のときは、とりあえずどっかに入らないと、って感じだったので。派遣(の仕事)も何度も考えましたよ。でも派遣って、所詮はごまかしていることにちがいないんです。『あの人結婚できないんだわ』『いつまでいるつもりかしら』っという(社内の)目を避けるため(退社して派遣の仕事に就く)。こんな状況でいるのも心細いんです。こんなつもりじゃなかった。同期がやめてゆくのって、とてもつらいし寂しい」。この不動産会社に勤務する女性は,OLの生活も「結婚するまでの期間と思えばそれなりに仕事してそれなりにお給料もらって結構居心地良い」と感じていた。しかし、「結婚するまでの」という条件が取り払われたとき(あるいは取り払われたと意識したとき)、それまで居心地良いと感じていた職場に対する気持ちが大きく変わったのである。このOLは「社内でも社外でもやりたいことを捜して見つけられたらいいなって思う」とインタビューを締めくくっている。[v] この女性のように、仕事に対してビジョンや目的があるわけでもなく、どこかの一般企業に入り、結婚するまでの間、とりあえずOLをする。結婚は幸せを連れてきてくれる。結婚した後の人生が本番で、それまではリハーサル。その先のプログラムを女性はなかなか描くことができないのは、すでに記したとおりである。結婚して今の生活から抜け出したい。結婚さえすればすべてが解決する。結婚こそがオールマイティ。女性がシンデレラコンプレックスにかかる背景には、「結婚=幸せ」、「仕事=苦しみ」というステレオタイプ的な図式ができあがっていることが考えられる。結婚が逃げ道であるということは、結婚することで仕事という労苦から逃れることができる。嫌な選択-雇用労働-からの誰もが納得する逃げ道として、消極的な評価が結婚に対してなされている、ということだ。女性というのは、男性と「結婚」することにより、自分の力では得ることができなかったものを一瞬にして手に入れることができるのである。安定した収入のある男性と結婚しさえすれば、積み重ねなくして生活パターン、生活そのものを180度転換することができる強みがある。「あなた任せのプログラム」では結婚しだいで全く異なる人生を歩むことができる。沈没しかかった自分の船を自分の力で復元させることなく、通りかかった船に乗り移ることで自分を救うことができるのだ。女性は結婚することにより職業を中断し、経済的に不安定になる可能性が大きい。その分男性に対する期待は増大し、結婚後に感じる経済的負担は、女性(36%)よりも男性(69%)に大きくなる。[i]結婚を契機に性別役割分業は強くなり、女性が男性の収入に依存する度合いが大きくなるのである。結婚を、仕事をやめるための理由として選択する、仕事をやめたいから結婚する、筆者はそうした女性の姿を20代初め頃の銀行員時代に先輩の中にみた。そうした身の引き方は、性別役割分業が浸透した日本型企業社会の中で女性たち自身が自ら「個」として生きることを規制してしまっている姿だと言えるのではないだろうか。

 日本の女性の、他者に依存して幸福にしてもらおうとする他力本願的な幸福感を松原惇子は痛烈に批判する。独身女性も、今はシングルというだけで、シングルを選んでいるのでもなければ肯定しているのでもない。それどころか、ひとりで一生くらすなんて、とんでもないと考えている。日本の女性は、世界でもまれにみる、お嬢ちゃん。人に食べさせてもらうことが好きな人たちだ。自立とか口にするが、本当の自立がどんなことかぜんぜんわかっていない人が多い、と松原は述べる。[ii] 松原によれば、女性自身が自らシングルという生き方を否定しているのだから、世間がシングルを認めるわけがない。世の中でも最もシングル女性に対して偏見をもっているのが、彼女たちの親である。30間近の未婚の娘を持つ親は、血相を変えている。娘が未婚であることが、一家の重大事とは考えられないが実際はそうなのである。娘は健康で仕事があるから幸福だ、と考えられない親の多いこと、多いこと。こんな親に育てられた娘は、自分の生き方に自信をもてず、親を喜ばせるために、いつしかいいなりになっていく。そして、妥協して結婚、出産。そのうち、こんなことを口ばしるようになる。「あなた、どうして結婚しないの?」その言葉が、女性を傷つける。女同士、理解しあってないのだもの、男たちがシングルの女性を理解するわけがない。彼らのほとんどは、女性が社会進出することはいいことだ。女性もどんどん働くべきだという考えをもっている。しかし、本音はといえば、はやくやめて家庭に入ってほしいのである。「女がひとりでがんばってどうするの?」正直な男は、ポロリと本音を口にする。日本人は、一つの価値観しか認めない国民性を持つ人たちである。人には、いろいろな生き方があることが理解できない、特殊な人たちである。「女性は結婚するのが幸せ」この考え方は、根深い。しかし、問題は結婚か未婚かではなく幸福になることだ。これからの女性たちは、親や世間の考え方に左右されず、リンとした気持ちで生きる必要がある。[iii]松原が述べるように、結婚ですべてが解決するわけではない。結婚はシンデレラ姫のような御伽噺ではないのだ。人生はいつもぶっつけ本番。今を充実して生きなければ、一生、とりあえずのリハーサル的な生き方しかできない。そんな生き方はしたくない。結婚するしないにかかわらず、自分の人生は自分のためにある。結婚したいから相手を捜すのではなく、結婚したいと思う人が現われたとき結婚しよう。それが自分の「その時」なのだ。[iv]結婚にタイムリミットはない。

 

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引用文献

[i] 坂西友秀「恋人たちがもつ現代的「家」意識」藤田達雄・土肥伊都子編『女と男のシャドウ・ワーク』36-37頁、ナカニシヤ出版、2000年。

[ii] 松原惇子、『OL定年物語』95-98頁、PHP研究所、1994年。

[iii] 松原惇子、『OL定年物語』95-98頁、PHP研究所、1994年。

[iv] 唯川恵、前掲書、153-154頁。

[i] 『日経ウーマン 2003年2月号』22頁、日経ホーム出版社。

[ii] 松原惇子『クロワッサン症候群 その後』213頁、文芸春秋、1998年。

[iii] 松原惇子『クロワッサン症候群』244頁、文春文庫、1991年(原著は1988年刊)。

[iv] 唯川恵『OL10年やりました』119頁、集英社文庫、1996年(原著は1990年刊)。

[v] 小笠原祐子『OLたちのレジスタンス』50-52頁、中公新書、1998年。

 


『モネ連作の情景』上野の森美術館-モネのアトリエ

2024年07月17日 00時31分46秒 | 美術館めぐり

『モネ連作の情景』上野の森美術館-ルーヴル河岸

クロード・モネ

《モネのアトリエ》

 1874年、アルジャントゥイユ 

 50.2 × 65.5

 クレラー=ミュラー美術館、オッテルロー

 

(画像は『モネ連作の情景』公式ツィッターより)