たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

自作童話_『コスモスゆれて』(2)

2014年07月05日 16時15分37秒 | 自作童話
ようやくまた週末になりました。
生活のリズムをつくることができずに苦しい日々が続きますが、なんとかやっています。
一昨晩、歯の痛みが止まらずほっぺたがはれあがってしまいましたが、抗生物質を飲んで
落ち着いてきました。
知り合いの旦那さんがやっている歯医者さんによくしていただいて、感謝です。
ずっと緊張感を強いられていますが、終わりはまだ見えません。
心身ともにきついので、少し息抜きもしつつやっていこうと思います。

今月末頃の大きな山場で方向性がみえれば、週に一回か二回、生活のリズムをつくる意味も含めてなにか始められたらと思いますが、今はわかりません。
精神医学など、もう一度おさらいしたいと思っていますが、もう少し先ですね。

つたない物語の続きをよろしかったら読んでください。

モノクロの絵は、童話集を自費出版した時、当時の友人が描いてくれた挿絵です。



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「ぼくはもう大人だい。十才になればもう立派なおとなだって、ケンちゃんがいったよ。ケンちゃんちじゃあ、ぜったいにケンちゃんを子供だなんていわないんだ」

 マサオは、けんめいになって父さんと母さんに挑んだ。だが、二人とも微笑むだけで、いっこうに許してはくれない。

「大人だったら、そんなわがままはいいませんよ。マサオはお兄ちゃんなんでしょ。だったら、お兄ちゃんらしくしないとちひろに笑われるわよ」

 母さんの膝の上では、十か月になるちひろが一生けんめいにおっぱいを吸っている。まるでリンゴあめみたいな真っ赤なほっぺただ。

「ほうら、たくさん飲んだわねぇ、お兄ちゃんを見てごらん、ふくれっ面をしていておかしいんだから」

 ちひろは気持ちよさそうに、母の膝の上で笑った。マサオは、最大の侮辱をうけたような気がした。そうだ、父さんも母さんもぼくのことなんかなんとも思ってやしないんだ。今ではぼくがどうなったてかまわないのさ。ちひろが生まれてからは、みんながちひろに夢中になっている。もうぼくはいらなくなったんだ。

「今夜はぜんぜんねてなんかやらないから。そうして、これからだって好きな時にねて好きな時に起きるんだ。だれのいうこともきかないからね」

 マサオは憤然として立ち上がった。

「やらないから、なんてことばを使うもんじゃない」と父さんがさとした。しかし、マサオはきく耳をもたない。なんとしてもぼくを子供扱いするつもりなんだな。よーし、負けるもんか!ぜったいに今晩は一晩中おきていてやる。そうだ、大好きな小石の道を散歩しよう。芝生の布団にねたら気持ちがいいだろうなあ。お月さんとも話ができるんだ。どんなことを話そうか。

 マサオは、食卓をはなれると勉強机のある部屋へと駆け込んでいった。白い布団の上はとても気持ちがいい。でも今夜ぼくは寝ないんだからかんけいない。時計の針はちょうど八時を指している。九時になるとさちこ姉さんは、お風呂に入りこの部屋を出て行く。その時にそっと抜け出していこう。

 九時5分前になった。マサオは先ほどの誓いどおり部屋を抜け出した。手にはサラダベークを二枚もっている。お腹がすいた時のためにと思ったのだ。もしこのまま戻ってこなかったらどうだろう。父さんと母さんも少しは悪かったと思うだろうか。いやそうは思わないにきまっている。思わなくったってかまうもんか。ぼくはそんなこと望んでやしない。ただ、ぼくがどんなに悲しい目にあったかをみんなにみせたいだけだ。

 素足で歩く小石の道はなんて気持ちがいいんだろう。マサオはどんどん歩いて行った。家の灯りがだんだん遠くなってゆく。もうすぐぼくのいなくなったことがわかるだろう。母さんはどんな顔をするだろうか。いや、だれもぼくのいなくなったことに気づきはしない。ぼくはいらない子なんだから。