医師日記

「美」にまつわる独り言です
水沼雅斉(みずぬま まさなり)

司馬江漢の美挙8

2007年04月13日 08時35分34秒 | Weblog
・ 常に科学の目で観察し、江漢の描く地平線は丸く、富士は噴火のあとがあり、月までの距離も月が地球の衛星であることも知っていた

・ それまでの日本画が正面からの人物も描けず、すべて横顔なのを笑い、著書「西洋画談」に「日の陰より出づる・・」と西洋画の陰影法を語り、「真を写さざれば絵画にあらず」と写実の重要性を説いた

・ 絵の具・顔料も自分で作り出していた

→黒は象牙を焼いて、白は中国の白土、赤も黄色も焼いたり練ったり混ぜ合わせて自分で作ったそうです。

また、オランダかぶれも相当激しかったのでしょうし、だからこそ、科学の目の重要性も時代を超えて認識していたのでしょう。


・ アルベルティやブルネレスキの絵画理論と数学的遠近法を、わずかな蘭書を頼りに自らのものとした

 →透視法はフィレンツェの偉大なる建築家ブルネレスキが発見したといわれ、人文主義者アルベルティの『絵画論』(1435年)によって理論化されたとされます。

 フィリッポ・ブルネレスキは、以前このブログのゴシックとルネサンスで書いた、あの有名なサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェ大聖堂)の赤いドームや、サン・ロレンツォ大聖堂を作ったフィレンツェのスーパースター。

 一方、レオン・バッティスタ・アルベルティは2006.12/8にこのブログでも登場した、ルネサンスの万能の天才アルベルティです。

 そのため、江漢の絵は西洋画の先駆者と評され、今までの日本画の殻を大きく突破したわけです。

 しかし「銅版天狗」によれば、江漢は源内同様、オランダ語はさっぱりだめだったといいますから、これも玄沢氏に訳してもらったのかな?