医師日記

「美」にまつわる独り言です
水沼雅斉(みずぬま まさなり)

司馬江漢の美挙7

2007年04月12日 17時12分40秒 | Weblog
 他にも司馬江漢の代表作、神戸市立博物館所有の、油彩風景図「相州鎌倉七里浜図」は国の重要文化財です。

http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/meihin/101.html

 この油彩というのが大切で、江漢は独自に、荏胡麻(えごま)の油を使用したそうです。

 現代の顔料は亜麻仁油(あまにゆ)です。

 え胡麻はしそ科の一年草で、αリノレン酸とDHAの働きで、コレステロール値を下げることで注目され、荏胡麻で飼育された荏胡麻豚なんかも近年有名ですね。

 おっとっと、横道系ですが、つまり江漢は、顔料も独自に作成し、日本における油彩画の先駆者でもあるわけです。


 さて、「サムライ・ダ・ヴィンチ」から、江漢の人となりをざっと列挙しますと、

・ 間宮林蔵は幕府隠密でありながら、樺太探検から帰ると江漢を訪問した

・ 大黒屋光太夫を江漢は訪ね会っている

 →大黒屋光太夫に関しては、当ブログの高田屋嘉兵衛、琥珀の間のコーナーを参照されてください。

 ロシアで捕虜になった人物です。

 いずれにしても、会ったとされる両者ともに鎖国下の江戸時代では、外国の様子がうかがい知れてしまうために、庶民が会うことは決して許されないことです。

 つまり、この事実だけでも、江漢は何か特権を許された、特別な階級であった可能性が示唆されるというわけです。

 しかも間宮林蔵はみずから赴いたわけですから・・・。

 「銅版天狗」によれば、大黒屋光太夫を尋問したのも、実は相弟子、中良の兄、桂川甫周、会合に呼んだのも江漢や中良が属していたサークルのような会であったようですが。