医師日記

「美」にまつわる独り言です
水沼雅斉(みずぬま まさなり)

円空と木喰のまぁるい美2

2007年03月31日 18時30分52秒 | Weblog
 春を愛でるために、伊豆に行ってきました。

 素晴らしい春に、心が躍りました。     




 さて、円空と木喰ですが、そもそも、一本の木から彫る仏像は、一木彫(いちぼくちょう)と呼ばれます。

 その原材料としてはインドでは白檀(びゃくだん)、中国では栢木(はくぼく)、日本ではカヤ(栢)が用いられます。

 白檀も栢木も栢も、きめか細かく、香りがするんだそうです。

 白檀は大きくは成長しないため、仏像は30cmくらいになるそうです。

 よい香りがする木を「香木」といいますが、香木で有名なのがこの「白檀」と「伽羅」(きゃら)。

 香木は大変貴重で、以前にどこかで耳にした話がこれです。

 ウィキペディアからの引用ですが、

「東大寺正倉院宝物の中には長さ156cm、最大径43cm、重さ11.6kgという巨大な香木「黄熟香」(おうじゅくこう)が納められている。

これは、鎌倉時代以前に日本に入ってきたと見られており、以後、権力者たちがこれを切り取っている。

室町幕府8代将軍足利義政、織田信長、明治天皇の3人は付箋によって切り取り跡が明示されている。

東大寺の記録によれば、信長は1寸四方2個を切り取ったとされている。」


 って。

 信長はいかにもそういうことしそうだし、明治天皇もお茶目であられたようです。

 「黄熟香」は銘「蘭奢待(らんじゃたい)」とも呼ばれ、十回焚いてもまだ香るので「十返しの香」とも言われております。

 1997年の正倉院展ではガラス越しに公開されたらしいのですが、それにしてもその香り、一度は嗅いでみたいものですね・・・。

 一説ではラオス産とも。

円空と木喰のまぁるい美1

2007年03月29日 06時30分55秒 | Weblog
 梅にこぶしに桜に、あとは白もくれんが咲きだせば、春を告げる役者のそろいぶみ、ってとこでしょうか。

 木蓮はこぶしと違って、チューリップのような花の開き方も独特ですが、散り際ってのも威勢がいいというか圧巻で、いっせいに大きな花びら?が、まるで南国のようにバラバラバラって降ってきますよね。

 あの純白ではなく微妙な乳白色にも目を奪われ、なんとも言えず、品があって美しい・・・。

 白木蓮が植わっているお宅を見ると、うらやましくなります。




 さてとんがったパンクからはがらっと変わって、まぁるい話題を・・。


 円空といえば木喰(もくじき)、木喰といえば円空・・・並び評されます。

 知ってる人は知っている、この関係。

 お二方とも江戸時代のさすらい人、専門の仏師ではなく、全国を行脚(あんぎゃ)してノミだけで彫った大量の仏像を残した徳の高い方たちです。

 実際には円空の方が100年ちょい年上。

 ですからお二人は、正確には同世代ではありません。

 そしてそれらの仏さまの、その柔和でやさしく、庶民的なほほえみの表情は一度見たら忘れられません。

http://www.enku-rc.jp/index.shtml

http://www.mingeikan.or.jp/html/lacquer-wood_7.html

パンクの美感9

2007年03月28日 11時19分37秒 | Weblog
 ついに春本番ですね・・・この時期皇居は北周りに限ります。

 北の丸の桜のトンネル、そしてなんといっても毎年これを見るのが楽しみな、国立劇場の「神代曙」(じんだいあけぼの)という、ピンクが濃くて花が大ぶり、なんともあでやかな桜は今日が満開!

 調布深大寺のそばの神代植物園生まれだそうです。



 あ~またしてもいろいろ横道にそれちゃいましたが・・・

 パンク・ロッカーの気概を持って本気で国家や社会にけんかを売っている日本人音楽家は、ちょっとパンクとは土俵は違いますが、わがキヨシローくらいかな、やっぱ。

 他は申し訳ございませんが、みな長いものには巻かれる、売れればいいの事なかれ主義で、世間や周りの目を気にして、びくびくしながら、僕たち庶民と同じレベルで怯えてます。

 なまっちょろいガキの能書きを垂れるエセ反逆者はいたとしても、本気で公安に付け狙われて別件逮捕や家宅捜索を余儀なくされ、右翼から何度となく襲撃されて刃物で攻撃を受け、まじでギターが握れなくなった日本のミュージシャンなど聞いたこともありまへん。



 オウムに対して真剣にぶちきれていたのも、

 原発なんかいらねーだろって、自分の所属するレコード会社の親会社(原発をつくっているT芝さん)に対してけんかを吹っかけたのも、

 そのレコード会社から原発反対アルバムを発禁され、それでも抵抗して自主出版したのも、

 それを持ち上げたマスコミに、俺は正義ヅラしたくねえから俺を取り上げるんじゃねえ、って吼えていたのも、

 微妙な時期にあえて君が代をがんがんに歌うのも、

 あの子は一人でピアノの稽古、ときどき指が絡まっちゃう、なんて歌にしちゃうのも、

 マスコミに噛みついてけんかを売るのも、

 阪神淡路大震災を歌ったのも、

 総理大臣、俺と組もうぜ、俺のギターであんたが歌えよ、女にモテまくるぜ、って応援するのも、

 ちゃんと税金払ってるぜ、マッポベイベなんて刺激的に茶化しちゃうのも、

 タイマーズ?そりゃいくらなんでもやばすぎだろ・・・

ってのも、ぜ~んぶゼリーとキヨシロー、バッテリーはビンビンです。

 より危ない方担当の、当のゼリーは、「俺はキヨシローなんかじゃねえぜ」と言っていましたが。


 日本の音楽界を見回すと、ジョニー・ロットンやシド・ヴィシャスと比較するまでもなく、他はロッカーだとは到底呼べない、売れ線狙いのひ弱なビジネスロック、媚びるエセロックばかりで・・・客をぶん殴るために楽器を持つやつなんて・・・まあそれはそれで土壌が違いますね。

 日本では不良といっても、テレビに登場するのはまるでやらせのような予定調和の不良が多く、本当に始末に負えない、性根から腐りきったジョニー・ロットン級のゴロツキはマスコミも取り上げないものです。

 だからショーケンはかっこよかった。

 無論、ジョン・ライドンほどの型破りな異端児は日本の風土には馴染まず、望まれないことは承知です。

 コンサートもおっかなくて行けなくなりますから、平和で安全な日本村に・・・そりゃそれで困りますね、ハイ。



 今回は日本ではファッションとしてしかとらえられない、真のパンクの意義を知ってもらいたくて書いてみました。

パンクの美感8

2007年03月27日 13時19分06秒 | Weblog
 ジョー・ストラマーはジョン・ライドンとは異なり、外交官の息子という中産階級出身です。

 人柄の評判も素晴らしく、ロック詩人としての過激なメッセージとは裏腹に、何時間でもファンにサインをしたり、地球温暖化に対して植林したりと・・・今でもみなから敬愛を受けております。

 クラッシュは本気で社会変革を企図し、失業や労働者、民族的マイノリティを歌い、ある意味真摯に国家へ反逆しておりました。

 彼らは日曜日ごとにロンドン在住の民族的マイノリティの集会へ参加して、警察や国家からの弾圧を受けながらも、メッセージを発し続けイギリス国家と戦い続けました。

 これぞパンク魂だと思います。

 クラッシュは単純なアナーキズム(無政府状態)ではなく、政治的に信念のある左翼偏重だったのです。

 元来パンクロックは既存のものに対して単にNoというだけの要素が強く、特に政治的に革命だのアナーキズムなどの幼稚な反国家的なものに過ぎませんでした。

 一方、わが日本においては左的な思考の一般人や、いわゆる左翼プロの方も多いようですが、だからといってモノホンのパンクロッカーな人はまず見ません。

 一般に個人や人権により重きを置いて、社会・共産主義的な発想、現政府打倒、革命的思考が左的な考えであり、国家や公に重きを置いて、自由民主主義的、保守的、国家主義的な発想が右的といわれます。

 しかし個人や人権にこだわる社会主義・共産主義国家の方が、いかに個人の自由がなく、言論が弾圧され、監視され、独裁国家になっていくかは、となり近所を見回せば明らかな気がするのですが・・・。

 現在の日本ではブルジョアジーもプロレタリアも見分けがつかないのに、階級闘争が必要なのでしょうか?

 かといって、カルヴァニズムに毒された、この自由民主主義がベストだとも思えません。

 会社が株主のものだの、デイトレーダー型就職などという考え方には、ご免こうむりたいと思います。

 もちろんみんなが平等で幸せ、競争のない社会は理想かもしれませんが、しかしここが難しい話で、会社や国力が強くなければ、庶民は潤わないし、庶民に手厚くて平等すぎると、人は怠け出し、とたんに会社や国力は弱体化し、国全体、地球全体が貧困化するものだし・・・。

 だからといって、アメリカのように一部の強者が贅沢をすることが、国家の理想だとも到底思えません。

 強者が弱者に配慮するのは強者の当然の務めであり、日本でも一部の成り上がり的強者におけるその理解が弱いとすれば、それは政府のせいでもなく、むしろ僕たち国民の宗教観や倫理、家庭教育の問題だと僕は思うのですが、みなさまはどう思われますか?

 理想の国家というものは、個人によって思いが異なると思います。

 今までは一人ひとりがそのようなことは考えないように、という時代でしたが、今後は僕たちが責任を持って日本という国家を思考しなければならない時代だと思います。

 つまり、国家の品格でも言われておりますが、そもそも民主主義とは国民が洗練されて、成熟していなければならないのでしょう・・・・。

パンクの美感7

2007年03月26日 12時00分11秒 | Weblog
 こぶしの花が見事に咲きそろいだしましたね・・・この花を僕は勝手に「雪の花」と名づけておりまして、この時期、寒い地方の雪がとけだして、白く美しいこぶしの花になると身勝手に想像しております。



 さてクラッシュですが、残念なことにギタリストのミック・ジョーンズが途中でくびになってしまい、バンドは凋落し、バンドの中心、ヴォーカルのジョー・ストラマーも2002年に死去しました。

 クラッシュは、

白い暴動
動乱
ロンドン・こーリング
サンディニスタ
コンバット・ロック
カット・ザ・クラップ

などが代表作品です。

 特に「ロンドン・コーリング」は、アルバムの写真(ベーシストがステージ上でギターをたたきつけようとしているモノクロ写真)がカッコよすぎます。

 そしてタイトル楽曲も名曲だと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=FiVvA9YQpiI

 後にミック・ジョーンズがインタビューで語っておりますが、ミックはロンドン・コーリングの中の「Lost In The Supermarket」が一番のお気に入りだそうです・・・

 僕も大好きで、気がつくとこの曲を口ずさんでいることがあります。

http://www.youtube.com/watch?v=OWtylSdKSfA

 この曲はなぜだか一度聴いたら忘れられない、日本人好みのミドルテンポのどこか寂しげで切ないメロディを持った曲で、日本では多分相当好まれていると思います。

 ミックは、ジョーが自分のために書いた詩だと思う、と言っておりました。

 スーパーマーケットで迷子になったという意味ですが、いつもミック・ジョーンズは人生に迷っていたそうです・・・僕も迷える大人だからかな。

 「I Fought the Law」はオリジナルではありませんが、車のCMに使われておりましたね。

http://www.youtube.com/watch?v=j5y0zDwyIWU

パンクの美感6

2007年03月25日 10時49分38秒 | Weblog
 パンクの本題に入る前に・・・

 「ロシア皇帝の至宝展」が、3/20から「江戸東京博物館」で始まっております。

 『世界遺産クレムリンの奇蹟』となっております。

 なんといっても目玉は、~モスクワ・クレムリン博物館を代表する作品のひとつ、ロシア皇帝御用達だった伝説の宝石細工師・ファベルジェが制作した、精緻な細工と仕掛けで有名な「インペリアル・イースター・エッグ」~です。

 僕もまだ出かけていないため、実際にはどれほど素晴らしいかは分かりませんが、ぜひ期待して本物のファベルジェのイースターエッグを見てくるつもりです。

 普段、仕事と酒ばかり、趣味といってもゴルフくらいかなあ・・六本木の美しい姫は好きだけれども、美しい芸術に触れ合う機会などとてもとても・・・とお嘆きの諸兄はぜひ足を運ぶ価値がありそうですぞ。





 さあ、ジョニー・ロットンですが・・・

 日本が誇る、同性愛者にして鋭い民族・国文学者、折口信夫(おりくち しのぶ)氏も、中沢新一氏も、ゴロツキであればあるほど、かぶき者であればあるほど、芸能の世界ではより高位のエネルギーを発することを述べております。

 そしてジョニー・ロットンという「かぶき者」は、言ってみれば見事に与えられた役割を果たし、袋小路へ迷いこみそうになったロックにおいて、大きく舵を切ってまともな方向へと向けさせました。

 ジョニー・ロットンはその後、名セリフ「ロックは死んだ」を残して、ピストルズを脱退し、ジョン・ライドンと改め、「Public Image Limited(PIL)」を結成しました。

 PILでも、やはりジョン・ライドンはさすがの才能を見せておりますが、まあ相変わらずのクレイジーです。

 ところが最近では、「純粋な悪魔」も地に落ちてしまったようで、なんとサバイバルを競わせるお笑い番組に出演し、多くのファンの期待を裏切っているそうです。


 一方西の正横綱「クラッシュ」は、非常に哀愁を帯びた切ないメロディが特長で、僕の美意識にはこちらの方が合っておりました。

 クラッシュはパワーではピストルズに到底及ぶものではありませんでしたが、よりエモーショナルで音楽的にも洗練されておりました。

パンクの美感5

2007年03月24日 06時12分58秒 | Weblog
 ジョニー・ロットンはロンドン生まれらしいのですが、うそか誠か近代国家イギリスにおいて出生届けすらないらしいです。

 幼少期に髄膜炎に罹患して高熱にうなされ、その合併症で脊椎に病変を残したため猫背で、あのように病的ににらまないと目の焦点が合わないのだとのうわさです。

 しかしあの目つきは一度見たら忘れられない、狂人にして凶暴だけれども・・・白痴美人という言葉を使ってよいのかどうかわかりませんが、同時に純粋な子供のようでもあり、ある意味天使のようでもあります。

 汚れなき子供は「知恵の実」(カラマーゾフ参照)を食べていないために案外残酷で、平気で虫を殺したりするものですが、ジョニー・ロットンもひょっとしたら知恵の実を食べていないのかもしれません。

 他人からSubmission(服従)に関する詩を書けといわれ、意識的な反抗かどうかは分かりませんが、潜水艦の任務(サブマリンのミッション)の詩を書いてきた(お見事!)という逸話もあります。

 彼は実は知的で緊張症だとのうわさもありますが・・・たけし氏や泉谷氏も案外小心者だからこそ、ああいう態度を取るものです。

 ジョニー・ロットンの場合、ひょっとしたら知的かもしれないし、果たしてそうでないからこそ、あの目なのかどうかは分かりかねます。

 しかしいずれにしても、あのむらっけと何かにつけファックにシットの性格です。

 僕は彼を認めますが、擁護するつもりはまったくありません。

 なぜなら彼は計算づくかどうかは不明ですが、ただのドチンピラであり、回りを不愉快にさせ、客にけんかを売り・・・しかし同時にロックの主役の座を、エセインテリから奪い返し、見事不良へと復活させたのです。

 世間にはジョニー・ロットンを過大に評価する傾向もややありますが、刑務所にぶち込まれたって屁とも思わない、ただのどうしようもないイカれたゲス野郎です。

 亀田3兄弟の比ではありません。

 彼の心の内部こそが、無政府状態なのです。

 仮に本当に無政府状態となったときに、では誰が悪党や殺人者を取り締まるのかなど、彼には関係ないのです。

 体制に逆らって、ただただ意味も意義もなく、ぶち壊しさえすればハッピーな、無責任な大ばかヤロウなのです。

 しかし神は他の誰でもなく、彼こそを選んだのでした。

 聖霊は彼に舞い降りたのです。

パンクの美感4

2007年03月23日 05時57分32秒 | Weblog
 ジョニー・ロットンは、あまりにも過激で、キリスト文化圏やイギリスでは絶対にあり得ない、あっては決してならない歌詞の連発です。

 イギリスと言う国は保守を大切にし、それもどうかと思いますが、なんてったって以前紹介しましたように、あのイギリス出身のジョン・レノンの名曲「イマジン」を歌うことを(「宗教がない世界を想像してごらん」というフレーズがお気に召さず)、クリスチャン系の学校が禁止するお国柄です。

 ジョニー・ロットンは女王陛下を貶(おとし)める曲を下品に歌って、右翼からは幾たびも本気で襲撃され、太ももに刃物が貫通したそうですし、手も刺されてギターを持てなくなったのです。

 またあまりに歌詞が過激なために、警察からも、さらにはマジで「MI5」からも付け狙われ、家宅捜査や別件逮捕の日々を送りました。

 わが国の、国家転覆を図った殺人団体に対してでさえ、あんなに甘く優しく、人権や宗教の自由を保護して差し上げる、ぬるま湯国家としての対応とはいかに違うものか。

 もちろんジョニー・ロットン本人にその自覚も覚悟もまったくなかったでしょうが、結果としては本当に命がけで体を張った表現者でした。

 ただただ反抗的で、反体制なだけなのですが、そのエネルギーはすさまじく、とにかくこのアルバムは一応、ロック史上では欠かせない、モニュメントのひとつです。

 そのメッセージはファックとシット、演奏はまったくへたくそで、歌詞はとことんお下劣きわまりない。

 しかしその圧倒的存在感と、破壊的迫力は類を見ないもので、みなさまも「Anarchy In the U.K.」を一度はお聞きになられたことがあるでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=4bM_l443VV4

 「God Save the Queen」でも言ってはいけないことの連続です。

http://www.youtube.com/watch?v=8z2M_hpoPwk&mode=related&search=

 ジョニー・ロットンは歌いながらつばをじゅるじゅるして、舌をべろべろさせ、なんだか下品なトカゲみたいで、不快な振る舞いには事欠きません。

 あの馬鹿にしたような声も人をイライラさせ、巻き舌で歌う異様さは、独特ですが不愉快きわまりありません。

パンクの美感3

2007年03月22日 07時25分14秒 | Weblog
 さすがの遠藤ミチロウ先生も、現在ではヒロトをしてもしかし、日本国内にロンドンパンクほどの大きなムーブメントを起こすエネルギーと、また時代の要求はなかったようです。

 
 一方本場となったロンドンでの「ピストルズ」のインパクトは強烈で、ヴォーカルのジョニー・ロットンほどの、演技ではない本物の背徳的な人物は知りません。

 前にも書きましたが、彼は「腐っている」から名前が「ロットン」です。

 自らを「腐れジョニ夫」と名乗っているのです。

 あ、日本人にもおります、「忌野くん」。

 またピストルズで伝説のベーシスト、「シド・ビシャス」は元々熱狂的なピストルズファンで、いわゆる中途入社ですが、ベーシストでありながら実はベースもろくすっぽ弾けません・・・マジです。

 楽器は弾けなくても、彼の生き方そのものが強烈なパンクロッカーであり、死してなお伝説の人物なわけです。

 「シド&ナンシー」という伝記映画もあります。

 21歳にして麻薬中毒で死にました。

 シドのベースは圧巻で、なぜ圧巻かというと、演奏よりも客との喧嘩のために使われたのです。

 ジョニー・ロットンもシドもある意味、才能は素晴らしいので、傍から見ている分には楽しめますが、友達や仕事仲間には絶対に持ちたくありません。

 そのピストルズを語る上では、敏腕マネージャー、マルコム・マクラーレンを外せませんが。

 ピストルズ自体、みなさんは信じられないかもしれませんが、オリジナルアルバムは「Never Mind the Bollocks」(邦題:勝手にしやがれ)たった1枚しかないのです。

 Bollocksはたわごとやぶちこわしなどの意味ですが、隠語では「睾丸」です。

 出したとたんに、発禁、放送禁止のオンパレード。

 そしてアルバムを出して、3ヵ月後には解散です。

 30年も前の話です。

 だのに、ピストルズは今でも伝説として語り継がれているのです。

パンクの美感2

2007年03月20日 12時11分46秒 | Weblog
 そこに登場したのが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、イギー・ポップ&ザ・ストゥージズテレヴィジョン、パティ・スミスをはじめとする『ニューヨーク・パンク』でした。

 残念ながら、このNYパンクに惹かれることは、僕の場合はありませんでした。

 その後に核爆発したのが『ロンドンパンク』です。

 パンクは3コード・8ビートで単純ですが、世の中に強烈なメッセージを叩きつけ、見事なまでに既存音楽を破壊して行ったのです。

 それまでは長髪にテクニック重視のギターソロ、ベルボトムが主流のロック界にあり、短髪に細身の革パンツ、3コードの純粋さと歌詞のメッセージ性によるインパクトはあまりに鮮やかで強烈でした。

 ところが残念なことに日本では、今野雄二さん等のご活躍などにより、パンク・ロックはファッションとして輸入され広められてしまい、本当のパンク・ロックの意義などは不鮮明になってしまいました。

 ですが、伝わったところで・・・ってところは寂しいかな、ありますがね。

 それが、パンク=安易に革ジャンに安全ピンにモヒカンに鎖・・・みたいな。

 これじゃあ、単なるプチヤンキーのファッショナブル版としての意義しか持ちません。



 物事が危うい方向に向かい始めたとき、ものすごいエネルギーで破壊する天才が、数十年に一人生まれるものです。

 そのエネルギーは強烈すぎるため、さまざまな化学変化を連動させ、より強いものや上位のものに変化せしめる幸運もあるのですが、下手をすれば共倒れです。

 その代わり、その役を担う選ばれし者は、自身もものすごい動乱に巻き込まれるし、よほどのうつけ者・変わり者でなければならず、必然的に並外れた特質が必要であり、望むと望むまいと、自らの生命すらも危機にさらされます。

 ですから日本で命を賭して、既存のものを破壊した本物のパンク・ロッカーは、「信長」以来近年では・・・僕たちも実際に見ましたでしょ?

 小泉純一郎氏以外あまり見受けられません。

 あの夜の選挙カー上、彼の特設「ステージ」でのとりつかれたような演説の迫力、風に乱れる怒髪、鬼の形相、下から照らされる照明・・・まさに「かぶきもの」の真骨頂。

 別に自民党支持者でも、小泉氏支持者でもありませんけど・・・。



 一方邦楽の音楽畑をよ~く探してみれば、ザ・スターリンの遠藤ミチロウ氏とか、ある意味ブルハの甲本ヒロトだとか。

 遠藤氏はよくステージから、動物の臓物やら豚の生くびを客席にぶちまけたり、ステージで女性のお客さんに○ж☆×△させちゃったりとか・・・伝説ですが。

 ヒロトが出演したテレビ番組で、したり顔の司会者、古館氏からインディーズ出身のことを尋ねられ、「インド人のことは良くわからねえ」と答えたのは痛快でした。

 それにしてもニュースステーションでの古館氏は・・・人の悪口はいいたくありませんが、いったいどうしちゃったのでしょうか?・・・久米氏もひどかったですが・・・。

パンクの美感1

2007年03月19日 14時44分39秒 | Weblog
 今回はあまり女性にはウケない話題だと思います。

 パンクロックという、音楽のジャンルがあります。

 パンク/Punkとは辞書によれば、「青二才・ちんぴら・男色の相手の少年・パンクロック(の演奏家)・下らない事」と載っております。



 有名なロンドンパンクとしては、『セックス・ピストルズ』と『ザ・クラッシュ』(The Clash)を挙げたいと思います。

 ピストルズはヴォーカルのジョニー・ロットンと後のベーシスト、シド・ヴィシャスが代表です。

 一方ザ・クラッシュはリーダーでヴォーカルのジョー・ストラマーと、ギタリストのミック・ジョーンズが率いました。

 まあその前に『ストラングラーズ』がおりましたね。

 そしてクラッシュ以降は、『ザ・ジャム』のポール・ウェラー(バブル時代に流行したThe Style Council でShout to the Topがヒット)などが続きました。


 実際パンクなんてもんにまったく興味のない大多数の方から見れば、パンクロックのイメージとしては、スキンヘッドやらモヒカンに、ピアスに安全ピンに鎖に革製品って感じでしょ?

 北斗の拳で負けちゃう悪党一味か!?ってくらい。

 その上、あまり知的ではない破壊行為や無秩序、暴力、強奪・・・社会道徳にのっとらない反社会分子ぶりばかりが連想され、なんだかはた迷惑という感情しか浮かびませんよね。

 それだけの存在意義であれば、誰にだって迷惑なだけであり、ところがパンクが発生した背景には、時代に因果というか必然があり、なしえた業績は日本に伝わる以上の真実があると思い、書いてみようと思います。

 パンクが起こった当時、音楽界にはやれプログレッシブロックだ、ニューウェイブだ、その後のテクノだなどと言って、演奏技術と屁理屈ばかりが、あるいはコンピュータはじめ機械演奏やらが横行し、ロックに肝心な魂や感情、アジテーションといった情緒が抜けたような流行がありました。

 エセインテリが飛びつきやすいネタです。

 ロックがなんだか小難しく複雑化してしまい、化石のような、なんだか堅苦しい授業のように退屈化の傾向が生じ、それを批評家が持ち上げて、なにやら危うい雰囲気が醸成されてしまったのです。

 代表的にはピンク・フロイドだとか、ELPやらイエスやら・・・

 もちろん上記のバンドはそれ自体全否定されるわけではなく、今聞いても技術の卓越性、斬新さ、狂気・・・素晴らしいものはありますが、あくまでロックはアウトロー、時代の欲求があってこそのスター、大人になれないガキのためのものであり、プログレは理屈先行、小難しすぎます。

 映画や小説、その他の芸術全般に言えることだとも思いますけど、簡単がベストというわけでもありませんが、難解であればこそ格調が高いというのは錯覚だと思います。

 どれだけ人間の魂を揺さぶるか、が問われるわけですから、理屈だけで人を説得できるものでもありません。

 また正義や勝者や原理原則、きれいなものだけが感情を刺激するとも限らず、敗者やワルに美しさを感じることもあります。

ドレスデン剛胆王の美感11

2007年03月18日 08時26分02秒 | Weblog
 せっかくの柿右衛門を母国日本で保存できるように・・・西洋人に倣って、日本のお金持ちは美術品にもっともっと投資しなければなりません。

 ゴッホを骨と一緒に灰にするだなんて、成金趣味的な下品な発想は言語道断ですが、美術品を蒐集することは世界でも認められた趣味であり投資なのです。

 フェラーリに乗るよりも、株を買うよりも、大邸宅に住むよりも、プライベートジェット機を所有することよりも、美術品を集めることの方が高尚であるという国民的意識を持つようにマスコミも僕たちも心がけ、また美術品に投資して博物館に寄付すれば免税になるように国会も法整備をしてください。



 ドレスデンはその後、第二次世界大戦の大空襲では美術品を疎開させて守り抜き、また敗戦後ロシアが美術品をロシアに移動させたそうですが、無事返還されたそうです。

 なにより素晴らしいのが、街の人々が、美術品を愛した王を誇りに思い、古い街並みを大切に残し、市民も美術品を愛し、美しいものを思い、官民一体となり、誇りを持って街全体で宝物の保存に努めているという点です。

 日本ではまだまだそのような美意識が育っておらず、子供の頃からあの美術館にはよく家族で出かけて、何度もあの名画を見て育った・・・というような、うらやましく、尊敬すべき環境にはなっておりません。

 美しいものを愛する、かっこいいものに惹かれるという意識が、僕たち一般国民全体に希薄であるから、行政や議員の先生方もあの風だし、日本情緒溢れる景色を自ら葬り、街は清潔ではありますが美しいとはとても呼べず、映画・音楽も国産はあのレベルなわけです。

 美しい和式の建築物も、美しい水田の風景も、神社もお寺も守り伝えねばなりません。

 おっと他人のせいにしてはいけません、僕ももっともっと目を養わなければなりません。

 そして自分の子供にそれを伝えなければなりません。

 いつしか日本人全体が美しいものを愛し、保存し、せっかくの美しい日本を世界に向けて発信し、自分の信仰や信念、美意識というものをしっかり話せるような背骨のある日本人になってくれることでしょう。

 サンクトペテルスブルクに立ち寄って、プラハからドレスデンへ、そしてブタペストとウィーンを回って・・・・フランス一周も捨てがたいな・・・教会、宮殿、美術館、古城、磁器にガラスめぐり・・・ああ行ってみた~い!

ドレスデン剛胆王の美感10

2007年03月17日 06時15分07秒 | Weblog
 マイセン磁器の特徴といえば、白地に明るい色で描く繊細な花模様ですよね。

 「ドイツの花」と呼ばれます。

 一方「インドの花」と呼ばれるシリーズは、古伊万里や柿右衛門から転用した東洋の菊や牡丹です・・・東洋をすべてインドと呼んでいたんですね、当時は。

 マイセンの絵付師は、有田の「柿右衛門」を何度も何度も模写させられ、特訓したそうです。

 他にもクレッチマー氏によるコバルトを用いた「ブルーオニオン」も有名ですが、これもモチーフは日本(東洋)・・・意匠が他社からまねされるほどの人気ですが、マイセンの本物には竹の部分にサーベルが入ります。

 そう、あの有名なマイセンの証のサーベル・・・青色の2本のサーベルを交差させたあの形がマイセン磁器の本物の証、その形の僅かな違いでマニアには年代まで分かるそうです。

 ヘンチェル人形もいいですよね。

http://www.interq.or.jp/venus/eiko/euro_classics_meissen.htm

 レジデンス城 Rezidenzschloß(ドレスデン城?=行ったことがないので同一かどうかは不明)の元厩舎の裏壁にある、有名な「君主の行列」Der Fürstenzug は、100mにも及び、25,000枚のマイセンの絵付けタイルでできているそうです。

 バロックからロココ時代の宮廷で流行した東洋趣味を「シノワズリ」(中国趣味)といいます。

 「琥珀」で書いたシャルロッテンブルグ宮殿(2006年9月11日分)、ハプスブルク家のウィーンはシェーンブルン宮殿にも磁器の間があります。

 浮世絵に端を発し、ゴッホらに影響を与え、パリ博あたりのアール・ヌーボーで流行した日本趣味をジャポネスクといいます。

 大航海時代には黄金の国ジパングと言われました。

 江戸時代には植民地化を考えた国が、江戸の庶民を見て、こんな高度な国はだめだとあきらめたそうです。

 そして現在でも、事あるたびに「サンライズジャパン」と呼ばれます。



 僕たち日本人は、祖国日本に、アジアにもっと誇りを持っていいと思います・・傲慢にならないよう心の中で控えめに。

ドレスデン剛胆王の美感9

2007年03月16日 11時42分58秒 | Weblog
 仁清の流れを汲む、尾形乾山の「花籠図」の可憐な野の花も素晴らしい、純和風情緒あふれる彩りです。

http://www.fukuoka-art-museum.jp/jc/html/jc05/fs_jc05.html

 近年では毀誉褒貶、しかし「いい仕事」をした、魯山人先生もおりますね。

 

 「磁器」といえば本家本元は中国・景徳鎮ですが、景徳鎮産の磁器をもって「china」と呼ばれることもあるほど、景徳鎮は欧州に衝撃を与えました。

 それにしてもただの土を、白い黄金や宝石、玉(ぎょく)に変えたのですから、おそるべし中華工芸。



 磁器は普通は英語ではポーサリンporcelain、チャイナと呼びますが、ドイツ語でKeramik、フランス語でcéramiqueと呼ぶこともあります・・・お気づきですね、セラミックはここから来ているそうです。

 セラミックス(Ceramics)とは、ウィキペディアによれば

「広義には陶磁器(いわゆる瀬戸物)全般であるが、狭義では、基本成分が金属酸化物で、高温での熱処理によって焼き固めた成形体を指す」そうで、

「無機固体材料の総称として用いられている。セラミックスの語源は、ギリシャ語の「keramos」(粘土を焼き固めたもの)と言われている」そうです。


 さてさて錬金術師などを雇って美術品を得ようとした剛胆王は、当然でしょうがザクセン磁器を独り占めにし、大もうけしようとして、ヨーロッパ最初の磁器工場を『マイセン』のアルブレヒツブルク城内に造ったそうです。

 なぜならドレスデンのような町では、磁器の製法の秘密をスパイに嗅ぎつけられると思ったそうで、城内なら秘密を守るのにうってつけだと考えたそうです。

 城内に窯を築き、外部の人間が入ることを禁じ、陶器工が町の外に出たり、磁器造りの技法を他人に話したりすることも禁じ、秘密保持に努めたそうですが、ここらへんのくだりはベネチアグラスに似てますね。

 一方イカサマ野郎からヨーロッパ磁器の開祖にまで出世したベットガーは、軟禁という精神的苦痛のために酒におぼれ、37歳にしてこの世を去りました。

 いやはやこのインチキ錬金術師ベットガーと磁器フェチの剛胆王の話なんて、映画や小説にはうってつけだと思いますが、どなたか脚本を書いてハリウッドに売り込みませんか?

ドレスデン剛胆王の美感8

2007年03月15日 07時52分34秒 | Weblog
 「磁器」は白さが勝負、薄くて堅く、透光性があり、絵が鮮やか、一方、「陶器」は厚手で熱を通しにくい性質があり、素朴で自然な色合いのものが多くなります。

 日本では元来「陶器」がほとんどでした。

 ですから、コーヒーカップにはとってがあり、湯飲み茶碗にはとってがないのですね。

 有田、伊万里、九谷は有名な「磁器」産地ですね。

 「陶器」は釉薬がはがれその割れ方だとか、そこに茶渋がついたり、その趣や変化(へんげ)までをも楽しむものだ、と亡くなった父が言っておりました。

 これは「磁器」かな、「陶器」かな、と迷ったときは、底を見てください。

 糸で切った口が、白ければ「磁器」、ベージュでざらざらしていれば「陶器」です。

 中国では今でも、「磁器」は高級、「陶器」は低級という意識が強く、日本では僕のように「陶器」にぬくもりや自然、わびさびを感じる意識が強いそうです。

 中国人はわびさびや「陶器」の価値は理解できず、僕たちもあの極彩色が理解できず、それぞれの立場でそれぞれ考えが異なるようですね。

 ですから僕は、いわゆる「柿の赤」、中華風極彩色風の、朱色と緑の有田の柿右衛門の柄も、好きになれません。

 一般に茶の道では「一 樂、二萩、三唐津」とは言いますが。

 確かに利休が愛した桃山時代の『長次郎』の、「無一物」「大黒」「俊寛」に代表される赤樂茶碗・黒樂茶碗の京都・樂焼き(らくやき)や、琳派の創始者でマルチ・アーティストの『本阿弥光悦』「雨雲」(本当に本人の作かは・・・?)に見られる、わびさびの「陶器」も素敵です。

 特に「大黒」は宇宙のようです。

http://izucul.cocolog-nifty.com/balance/2006/10/post_4c8c.html

 しかし僕は日本「陶器」の傑作には、江戸時代の京都の陶芸家『野々村仁清』(ののむら にんせい)、通称、清右衛門を推したい。

 「色絵雉香炉」(いろえきじこうろ)、「法螺貝形香炉」などの、形態模倣が有名でこれらもすごいけど、それよりも僕の感性にびったし来たのが、福岡市美術館所有の「色絵吉野山図茶壺」(いろえよしのやま)    

http://www.fukuoka-art-museum.jp/jc/html/jc05/fs_jc05.html

http://www.sow.co.jp/AMuseum/collection/Ancient/33/33.html


 どうです、みなさま??

 この色彩こそが、大和国日本が誇る、色彩感覚だと思うのです。

 人工的な極彩色ではなく、あくまで自然に存在する淡く上品な色合い、しかし金もなきゃさびしいので、つつましやかに、さりげなく。

 僕の中ではこれぞ日本を代表する、世界に誇れる最高の「陶器」と考えます。

 吉野の山の四季と日内の、彩りの変化があふれております。

 美しい、美しすぎる・・・なんて美しいんだ。

 しかも仁清は、絵付けばかりが特色ではなく、実はその轆轤(ろくろ)技術にあるといいます。

 この美しさの中で、器は極限的に薄く均一だと。