【水曜討論】:ニセコ地域の開発規制強化
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【水曜討論】:ニセコ地域の開発規制強化
長引く新型コロナウイルス禍の中でも、国内外からのリゾート投資が相次いでいる後志管内のニセコ地域(倶知安、ニセコ両町)。開発の大規模化と広域化が年々進む中、豊かな自然や景観を守ろうと、両町はともに規制を強化する準備を進めている。
地域経済の成長と、環境との調和を両立させるには何が必要なのか。長年、ニセコの観光をけん引してきた事業者と環境法に詳しい専門家に聞いた。
■リゾート育てる視点を ニセコアドベンチャーセンター社長・ロス・フィンドレーさん
オーストラリア出身の私が倶知安町に来て30年になります。アウトドア体験の仕事をする傍ら、スキーリゾートに世界中から観光客が訪れ、今後、新幹線や高速道路が通るこの町は、すごく潜在力が高いと感じてきました。これからも森が豊かな雰囲気を守りながら、うまく開発が進んでほしいし、そのためのルールは必要です。その際、規制ばかりではなく、どんなリゾートに育てていくかを考えることこそ、大事だと思います。
町は2020年から開発の規制を検討しており、私も部会のメンバーです。部会では町内ひらふ地区の宿泊施設のベッド数を、地区のスキー場にあるリフトの能力に基づき計1万8千(現在は約1万1千)を上限とする前提で議論を進めています。しかし、リフトを造ればスキー客も増えるし、集客のキャパシティー(収容力)をどう見込むかはニセコ町を含めリゾート全体で考えないと、正しく評価できません。水道や道路インフラの限界も指摘されますが、投資をすればその能力を高めることは可能です。
インフラ整備はお金がかかりますが、民間投資を呼び込むことでの固定資産税や、リゾートで働く従業員の転入による税収の増加もあるでしょう。現在、倶知安町の人口は1万5千人ほどですが、コロナ禍の前の冬は季節雇用による転入で1万7千人まで増えました。将来の人口を2万人に増やす目標を立て、まちづくりを考える発想があってもいいと思います。
リゾートを育てることと、インフラの能力を同時に適切に考えるには、新たに都市計画の専門家に議論に加わってもらうべきであり、部会ができた当初から指摘してきました。オーストラリアでは行政の計画に専門家が加わるのは当たり前です。
ニセコエリアでは、建てて売ればお金になるコンドミニアムや別荘が投資の主流となってきた一方で、商業施設やおしゃれなカフェなど、人々が足を止めるような場所があまりありません。今回のルールの検討では、リゾートのにぎわいづくりも考えたいと思ってきましたが、それには専門のノウハウが足りないと感じています。
私は専門家ではないので、検討作業の中で課題を指摘してくれる人がいると助かります。今、町は景観保全を目指す地域を設け、宿泊施設の床面積を千平方メートル以内に制限しようとしていますが、地域内には既により大規模ながら上手に緑を残しているように思える施設もあります。新たなルールが正しいかどうか、評価してもらいたい。
町は秋にも新しい規制を運用したいようです。しかし、乱開発の防止が最も重要だとすれば、まずはその目的に絞ってルールを作った上で、本当の意味でのリゾートのプランニングは専門家を交えて、もう1、2年期間を延ばして取り組んでもよいと思います。
コロナ禍で外国人観光客は来られなくなりましたが、代わりに日本の市場が開拓され、夏も冬も多くの国内客が来るようになりました。ニセコに移住したいという人も増えてきました。コロナとの付き合いは当面続くと思いますが、その中でも世界から注目されるニセコ地域の将来をしっかり議論して、もっと高いレベルを目指すべきです。
■強制力伴う規定不可欠 上智大法科大学院教授・北村喜宣さん
先進的な住民自治を実践するニセコ町には長年関心を持っています。新たな景観政策に取り組むということで、昨年11月には町内で講演もしました。
現在のニセコ町の景観条例は、開発事業者に事前景観調査を求めています。建設前に、完成した建物が周囲からどのように見えるかをシミュレーションし、住民説明会や町への提出を事業者に義務づけた「景観アセスメント」です。
ニセコ地域のリゾートエリア全体の規制を見てみましょう。現在、倶知安町で検討されているのは、特定地区の規制を強め、宿泊施設の延べ床面積に上限を設けるなどハード的に開発計画を制約する対応です。これに対し、ニセコ町は事業者と住民や行政の合意形成を重んじるソフト的な規制と言えます。新年度には景観を損なわない開発のガイドラインも作る予定です。
倶知安町のような地区ごとの規制は、事業者にとってわかりやすい。一方、建物は同じ地区内でも場所によって周囲への影響は異なるので、ニセコ町のように住民に寄り添ったアセスメントのような手法も有効です。今後はハード、ソフト両面を併用するプロセスが効果的です。
ただ、ニセコ町の現状には大きく二つの課題があります。
一つは、町全体で良い景観とは何かを、計画などで明確に表現できていない点です。これでは個別の開発に場当たり的な判断しかできません。
条例では、景観調査や住民説明会、町との協議を経て、町長が開発に同意するという手続きを定めていますが、事前に景観の基準がなければ「この開発は景観にそぐわない」と言われても、事業者にとっては後出しじゃんけんのようなもの。何が起こるかわからない制度下では、良い事業者は入ってきません。
町が新年度に作る景観を損なわない開発のガイドラインも内容が重要です。国内外にニセコファンがおり、町外の土地所有者も多く、ニセコはもはや町民だけのものではありません。良質な開発をしようとする事業者には配慮しつつ、将来の景観について合意形成していくことが大切ではないでしょうか。
もう一つの課題は、事業者がなりふり構わず開発を進めようとした際、規制の実効性がまだ弱い点です。今のままでは、近年相次いでいる開発に対して「防戦一方」になりかねません。
現行の条例では、開発に町長が不同意を出すこともできますが、それを無視して開発を強行した場合に罰則がありません。開発を決めている事業者は相当な資金を投資しているので、現行条例にある氏名公表では抑止効果が期待できません。今後さらに開発圧力が高まる中で、景観を損ないかねない強引な開発を防ぐには、強制力の伴う命令や罰則の規定は不可欠です。
規制について、行政が事業者や住民との間で全てを一度に合意形成しようとすれば長い時間がかかり、その間規制はない状態が続くことになります。ニセコ町が策定する計画やガイドラインでは、まず町全体について目指す景観の合意を図り、それを各地区に合わせて読み解き、さらに個別事業に即してみるという多段階的なやり方が重要になるでしょう。十分な住民参画を通して、規制の正当性を高めることが必要です。(倶知安支局 高橋祐二)
■<ことば>開発規制の仕組み
市町村は建物の建ぺい率、容積率などを制限する地域の指定や、これらの率の設定、変更を都道府県に提案できる。都道府県は提案内容を審議会に諮り、認めるかどうかを決める。根拠法は都市計画法など。都市部以外の「準都市計画区域」内では、市町村が「景観地区」や「特定用途制限地域」を定め、建物の高さや建築できる建物の用途に制限をかけられる。これらとは別に、倶知安町は「倶知安の美しい風景を守り育てる条例」、ニセコ町は「ニセコ町景観条例」をそれぞれ策定し、開発を行う際に必要な届け出や住民説明会の開催義務などを定めている。
■<ことば>ニセコ地域での開発の動き
これまでコンドミニアムやホテルの開発の中心となっていた倶知安町ひらふ地区で開発適地の減少や地価の高騰が進行したことに伴い、同町内の他地区やニセコ町のリゾートから一定程度離れた郊外エリアにも開発の範囲が拡大している。郊外の広大な敷地を生かし、ホテルや別荘地、商業施設などを一体的に開発する「アマン」や「カペラ」などのブランドを冠した大規模高級リゾート開発のほか、比較的小規模な数十棟の戸建て別荘をまとめて建設、販売する例も増えつつある。
元稿:北海道新聞社 主要ニュース 社説・解説・コラム 【水曜討論】 2022年02月02日 09:34:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。