◎商工業が国家の基礎である(渋沢栄一)
土屋喬雄著『渋沢栄一伝』(改造社、一九三一)から、別篇の二「日本資本主義の父渋沢栄一の政治経済思想」を紹介している。本日は、その二回目。前回、紹介した部分のあと、次のように続く。『 』内は、渋沢栄一の文章である。
『維新後商工業界の気運一転し、経済社会百般の事業共に勃興したりと雖【いへど】も、是とて商工業者の自動によりて起れるにあらず。全く政治の力に誘導せられて他動的に興起したりしに過ぎず。即ち交通機関の如き、商工業組織の如き凡【すべ】て政治の力によりて欧米より移入せられしが、欧米諸国に在りては夙【つと】に商工業の国家の基礎となすの旨義【しぎ】を取り居れるが故に、此の商工国本〔商工業が国の基礎〕の旨義も移入せられて漸次大成の素を成したるものの如し。』
『抑【そもそ】も我国実業家の位置卑く其の勢力の微弱なるは予の平素最も遺憾とする所にして実業家の位置を高め、其勢力を伸張するの必要に就ては毎【つね】に咽喉【のど】を枯らし舌頭【ぜつとう】を爛【ただ】らすを知らずして世人の注意を喚起したり。何となれば我国に於ける実業と政治との関係は実に前述する所の如くにして、斯【かゝ】る状態に安んずるは国家の実益を進むる所以にあらざればなり。斯く言へばとて予は政治と実業とを全く隔絶せよと希望する者にあらず。実業の発達にも政治の保護を必要とするは勿論なり。唯々【たゞ】実業家の位置勢力能く政治家を動すに至るに非ざれば発達は期すべからざる物にして希望する所は此の点にあり。』
『武官並びに外交官の御方々は畢竟【ひつきやう】するに我々実業者の先鋒にあらずして、実に我々の為には後背に在りて援護の労を採らるゝに過ぎざるものなり。而るに却て武官や外交官が主となり、我々実業家は後方より附託して漸く自家頭上の経営を為すが如きは我も人も甚だ遺憾の極ならずや。』
政治と経済の関係に於いてかゝる認識に達してゐたが故に、日清戦後に於て(日露戦後に於ても同様であつたことは我々の既に見た所である。)次の如く述べて軍備の縮少、商工業の負担軽減、財政経済の均衡を主張したのであつた。
『国として真に隆盛の運に達すると云ふのは大【おほい】に商工業が拡張したる有様を言ふのである。故に政治は常に其商工業の拡張を助くるが要旨ではあるまいか。‥‥商工業者があつてそれを保護する為に政事家も軍人も要ると云ひたい。』
そして三十二年【一八九九】鉄道国有調査会設置に当つて国有反対を叫んだのも全く同じ根拠に基いたのである。
『国の進歩発達に大関係【だいくわんけい】ある運輸交通の機関は軍隊の輸送を目的とすべきか、将【は】た商工業の平時輸送を目的とすべきかと云ふことである。』【以下、次回】
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