礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

秋田県の農民の写真から戦争と平和を考える

2013-01-01 05:27:14 | 日記

◎秋田県の農民の写真から戦争と平和を考える

 明けましておめでとうございます。
 このブログも、足掛け二年目にはいりました。本年もよろしくお願いします。
 元旦にご紹介する文献については、少し迷ったが、農業経済学者の東畑精一〈トウハタ・セイイチ〉が、敗戦直後に発表した「農村婦人の生活と進路」という文章の末尾から引用してみることにする。
 これを選んだのは、この文章が示唆している問題が、今日なお重い問題であるからであり、かつ私が今年追究しようとしているテーマのひとつと関わっていると思ったからである。

 昨今の日本、敗戦前後からの日本において農村はある意味で恵まれた状態にある。少くとも戦災を蒙らなかつた点において、またインフレーションによる物価暴騰の影響の少き点において然りである。「人は単純に富まんとは欲せず、ただ他人よりも富まんと欲する」。農村民は自らについて考へず他の恵まれざる苦難の人に較べて自らを考へてゐる。さうしてその結果が現在の自己の生活に対する自己満足である。今の日本農村民を蔽つてゐる空気は一種の空虚なる繁栄感ではなからうか。この環境からは改革への情念は生れて来ない。さなくてさへ停滞的な農村が一層現状維持的ならざるを得ない。――ここに今日最も大きい日本の陥穽が横たはつてゐる。昨年〔一九四五〕の九月の半ばであつた。進駐早々の一米海軍士官が拙宅を訪れた。偶々机上に柳田國男・三木茂両氏の『雪国の風俗』なる写真帳を見せたことであつた。その巻頭には東北の農民、殊に老人老婦の実に平和な、立派な人間らしい大写しの顔が多数出てゐて、見るものをして思はずほほゑましめる。海軍士官これをつくづく見ながら、こんな農民を多数もつてゐる日本に軍国的暴逆が如何にして生れたかは自分に容易に解けないとしきりにいふのである。これに答へて私はいつた、かやうな農民の間から社会、経済の改革の意識も亦一度も生れて来なかつたと。何時の日にか日本の農村婦人の進路が彼女自らの内から勇ましく拓けられることであらうか。平和と改革とが農村の間に何時の日にか共々に進み得るであらうか。(『女性線』一の三・昭和二一年五月)

 この文章は、東畑精一『農地をめぐる地主と農民』酣灯社(一九四七)から引いた。初出は、引用の最後にあるように、一九四六年五月である。
 柳田國男・三木茂『雪国の風俗』は、たまたま架蔵していたので、久しぶりに開いてみた。一九四四年(昭和一九)五月に、養徳社(旧・甲鳥書林)から発行された写真集である。B4判で紙質も良く、とても戦中に出たとは思えない立派な本である。
 だからこそ、東畑精一は、これを「米海軍士官」に示したのであろう。
 この写真集の巻頭には、「土に生きる人々」と題し、一八ページにわたって、秋田県の農民の写真が置かれている。うち一五ページは、一ページにひとりで、農民の姿や顔が大写しされている。「老人老婦」の写真が多いが、働き盛りの農夫もいれば、若い農村女性の顔もある。
 これら農民の写真を見て、「こんな農民を多数もつてゐる日本に軍国的暴逆が如何にして生れたかは自分に容易に解けない」と語った米海軍士官の問題意識は鋭い。七〇年近くたった今日でも、ハッとさせられる指摘である。おそらく、民俗学者の柳田國男や記録映画作家の三木茂の想定を超える問いだったであろう。
 その問いに対する東畑の、「かやうな農民の間から社会、経済の改革の意識も亦一度も生れて来なかつた」という回答は、論点がずれているというか、は論理が飛躍している。おそらく米海軍士官を納得させるものではなかったと思う。ただ、この回答が、当時の東畑における「問題意識」を反映しているということは言える。これはこれで、きわめて重要かつ複雑な問題である。
 今年も、このコラムでは、こんな感じで、何の脈絡もなく文献を引っぱってきて、それについて論評するというスタイルを続けてゆくことになりそうだ。ただし、本年は、自分なりのテーマというものをいくつか用意し、そのテーマを意識しながら、それにふさわしい文献を選ぶように努めたいと思う。

今日の名言 2013・1・1

◎こんな農民を多数もつてゐる日本に軍国的暴逆が如何にして生れたか

 1946年9月に、東畑精一の家で東北の農民の写真を見た米海軍士官が抱いた疑問。『農地をめぐる地主と農民』酣灯社(1947)232ページに出てくる。上記コラム参照。

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