礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)

2023-07-02 03:25:00 | コラムと名言

◎日露戦争より余が受けし利益(内村鑑三)

 山本七平編『内村鑑三文明評論集(一)』(講談社学術文庫、1977)を紹介している。本日は、その六回目で、「日露戦争より余が受けし利益」という文章を紹介したい。
 1905年(明治38)に発表された文章である。『聖書之研究』における巻号は、確認していないが、日露戦争(1904~1905)が終わって間もないころの文章であろう。

   日露戦争より余が受けし利益
 日露戦争によりて私は一層深く戦争の非を悟りました。戦捷国にありて連戦連捷を目撃しまして私は再び元の可戦論者に化せられませんでした。いな、戦勝の害毒の戦敗のそれに劣らぬことを目前に示されまして私はますます固い非戦論者となりました。捷報至るごとに国民は抃舞雀躍【べんぶじやくやく】しつつある間にその内心にいかなる変化が起こりつつあるかを思いまして、私はみずから進んでその狂喜の群に加わることは出来ませんでした。日露戦争ばわが国民の中に残留せしわずかばかりの誠実の念を根こそぎ取りさらいました。すでに非常に不真面目なりし民はさらに一層不真面目になりました。その新聞紙のごとき、一つとして真事実を伝うる者なく、味方の非事と言えばことごとくこれを蔽【おお】い、敵国の非事と言えば針小を棒大にしても語るを歓び、真理その物を貴ぶの念は全く失せて、虚をもってするも実【じつ】をもってするも、ただひとえに同胞の敵愾心を盛んにして戦場において敵に勝たしめんとのみ努めました。戦争最中の新聞紙は真理を外【ほか】にして勝利をのみこれ求むる者でありました。私は信じて疑いません。戦争二十ヵ月間日本国に一個の新聞紙のありませんでしたことを。すなわち事実を報道し、吾人をして公平の判断を下さしむるに足る一個の新聞紙のありませんでしたことを。戦争は吾人を不道理なる、不真面目きわまる民となしました。そうしてもし民の道徳になにか価値【ねうち】があるとしまするならば――そうして私は無上の価値があると信じまする――かくて道徳的に蒙【こうむ】りし国民の損害は戦争によりて獲【え】しわずかばかりの土地や権利をもって到底償【つぐな】うことの出来るものではないと思います。
 そうして真理を貴ぶの念が失せたのみではありません。人命を貴ぶの念までが失せました。常には人命の貴重を唱えて止まざる民は戦争によりて人の生命の牛馬の生命と較べて見てさほどに貴いものではないように思うに至りました。敵の死傷二十万と聞けば歓びのあまりわが死傷五万との報に接しても一滴の涙を注がざるに至りました。わが死傷五万とよ! 五万の家庭はあるいはその夫を、あるいはその父をあるいはその子弟を失ったのであります。五万の家庭より同時に悲鳴の声は揚【あが】りつつあるのであります。しかるにこれを悲しむ者とては一人も無く、祝杯は全国到るところにおいて挙げられ、感謝の祈祷は各教会において献【ささ】げられたのであります。人命の貴尊も何もあったものではありません。同胞の愛も何もあったものではありません。同胞の屍【かばね】は山を築き、その血は流れて河をなしましても、それは深く国民の問うところではありませんでした。「戦に勝てり」、「敵を敗れり」、この事を聞いて同胞の苦痛はすべて忘れ去られました。戦争は人を不道理になすのみならず、彼を不人情になします。戦争によりて人は敵を悪【にく】むのみならず、同胞をも省みざるに至ります。人情を無視【なみ】し、社会をその根底において破壊する者にして戦争のごときはありません。戦争は実に人を禽獣化するものであります。

『内村鑑三文明評論集(一)』の紹介は、ここまでとする。今回、紹介できなかった文章がいくつかあるが、機会を改める。

今日の名言 2023・7・2

◎戦争は人を不道理になすのみならず、彼を不人情になします

 内村鑑三の言葉。「日露戦争より余が受けし利益」という文章(1905)のなかで述べている。内村は、日露戦争によって、一層深く戦争の非を悟ったという。これが、「日露戦争より余が受けし利益」だったと言う。「戦争は人を不道理になすのみならず、彼を不人情になします」。このこともまた、内村が、日露戦争を通じて悟った真理のひとつであった。上記コラム参照。

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