◎五・一五音頭を高唱しつゝ……
『司法研究 第十九輯』から、第十章第一部第一項の「三 愛国法曹連盟」を紹介している。本日は、その三回目（最後）。
二、判決確定後に於ける策動
本件上告審は昭和八年〔一九三三〕九月二十五日以来大審院刑事第一部に於て審理中なりしが、同年十一月六日、佐郷屋、松木両名に対し上告棄却の判決言渡しあり、茲に佐郷屋の死刑は確定するに至つた。之より先愛国青年連盟員神保幸三郎等十名は十一月五日早朝より明治神宮社前に於て「減刑断食祈願」を開始したる為警視庁係員に於て一旦之を懇諭中止せしめたるが、同人等は更に同夜宮城外苑楠公銅像附近に跪座〈キザ〉し祈願を継続せんとしたるを以て検束処分に附せられた。斯て〈カクテ〉翌六日判決の言渡あるや愛国青年連盟本部に於ては午後七時頃各支部に宛て「佐郷屋死刑ニ決ル、七日夜六時頃テ期シテ昭和維新断行老廃内閣打倒ノ火蓋ヲ切レ、青連」との電報指令を発する等異常なる興奮状態を呈した。而して翌七日夜には國體擁護連合主催の演説会と相〈アイ〉呼応し、愛国青年連盟、愛国学生連盟主催の下に東京市内四ケ所に於て一斉に「濱口事件、五・一五事件報告演説会」を開催し、其の散会後約六十名は芝区愛宕町〈アタゴチョウ〉一ノ五二青松院書院に集合し飲酒籠城を開始せんとしたるも、警官の諭旨により翌八日午前一時五十分無事散会したる外関係当局の徹底せる視察により同夜は各地とも格別の動揺なくして経過した。然るに十一月九日五・一五事件海軍側被告に対する判決言渡あるや、俄然両事件の量刑に著しき差異ありとなし益々此種策動に拍車を加ふる結果を来し、同夜日比谷松本楼に於ける國體擁護連合会主催の時局懇談会席上に於ても青年連盟員は「国賊的非国民的裁判官ノ割腹ヲ要求スル」旨の決議案を緊急動議として提出し（為に会場の混乱を来し未決となる）、又同月十四日松木良勝の入獄送別会を開催、散会後一同は帰宅を装ひて秘かに三々五々銀座一丁目附近に集合し隊伍を整へて五・一五音頭〈ゴイチゴ・オンド〉を高唱しつゝ暗に佐郷屋の判決に対する示威的行進に移りたるを以て、日大生山中一雄等十名は当夜検束せらるゝに至つた。
而して其後に於ても機関紙等によりて五・一五事件被告又は中岡艮一〈コンイチ〉若は三田村四郎等に対する判決と本判決とを比較して其の刑の量定に於ける懸隔を指摘し、或は本件は愛国的犯罪、然も未遂なるにも拘らず前例なき極刑を科せりとなし、又は判決理由書に表れたる辞句を以て自由主義に基調する裁判なりとし、又は五・一五海軍側被告に対する判决直前に本判決の言渡ありたるは海軍側に対する牽制策にして多分に政治的意味を含むものなりと為す等の論述をなし、依然として不穏気雲を醸成しつゝありしが、〔一九三三年〕十二月二十三日皇太子殿下御降誕遊ばさるゝや格別の御沙汰を拝するにあらずやとの一縷の光明を得たるものゝ如く、本件に関する限り策動を中止したるが、昭和九年〔一九三四〕二月十一日の減刑令公布により佐郷屋も亦減刑せられて無期懲役となり、本運動は全く終熄した。
此の外昭和七年〔一九三二〕八月には明糖事件に策動し昭和九年〔一九三四〕三月十六日には日比谷公園松本楼に於て代議士岡本一巳〈カズミ〉より小山〔松吉〕法相告発の根拠を聴くの会を催し、更に五月一日同所に於て晩餐会を催し飽く迄も同代議士等の弁護と擁護に当り且國體擁護連合会其他諸団体と提携して所期の目的貫徹に努めることに決定した。又七月二十四日には本連盟の外青年、労働、学生の各連盟合同の幹部会を開き、一九三五・六年の国際危機に対する態度方針につき協議を為し、政府に於ても最善の対策を講じつゝあり、愛国団体に於ても熾烈なる国民運動を起すべく幾多の会議を開催しつゝある現状に鑑み、愛国社関係四団体中心の運動を避け岡田〔啓介〕内閣の危局に対する態度決定迄厳重監視する事に決定して散会した。
文中、「青松院」とあるのは、「青松寺」の誤記か。萬年山青松寺（ばんねんざん・せいしょうじ）は、今も愛宕にある曹洞宗の寺院。
「五・一五音頭」は、今日、ユーチューブで視聴できる。曲は東京音頭と同じ、詞も東京音頭の替え歌。作詞者は不詳という。
「一九三五・六年の国際危機」とあるのは、ロンドン軍縮会議をめぐる諸情勢を指すものと思われる。
「愛国社関係四団体」とは、文脈から判断して、愛国法曹連盟、愛国青年連盟、愛国労働連盟、愛国学生連盟の四団体のことであろう。
