礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

坂本は「頭をやられたから駄目だ」と言った(中岡慎太郎)

2018-03-26 04:41:56 | コラムと名言

◎坂本は「頭をやられたから駄目だ」と言った(中岡慎太郎)

 月刊誌『うわさ』通巻一六七号(一九六九年七月)から、山雨楼主人(村本喜代作)による「宝珠荘の偉人」という文章を紹介している。本日は、その三回目。

 高杉の蛮声のことは既に書いたが、これと反対に坂本竜馬は美声だったという。田中〔光顕〕の話によると竜馬が三条大橋の上に立って詩吟をやると、加茂川畔の旗亭につどう幾百の艷妓が耳を傾けてその美声に陶酔したということである。田中の馬関時代、本陣の宿舎に土州の坂本がいると聞いて訪ねたところ、熊の皮を敷いて脇息〈キョウソク〉に倚り床の間に千両箱を二つ積み重ねて天下の形勢を説いておったには、田中も一寸吃驚したそうだ。坂本が京都河原町の醤油屋楼上で殺された時(慶応三年〔一八六七〕十一月十五日夜)田中は白川の陸援隊におったが、同志の菊屋峰吉の注進によって第一番に馳け付けた。坂本はこの時既に頭を斬られて絶命していたが、中岡慎太郎は重傷にも屈せず、前後の模様を述べて、
「突然二人の男が二階へ馳け上って来て斬り掛ったので、僕は予て〈カネテ〉君(田中光顕のこと)から貰った短刀で受けたが、何分手許に刀が無かったので不覚を取った。坂本の方は斬り込んで来た太刀先を刀の鞘の侭受けておったが、頭をやられた。刺客が去った後で坂本は、頭をやられたから駄目だと言った。俺もこれくらいやられてはとても助かるまいと話し合った」と告げた。田中は中岡を激励して
「大丈夫だ、しっかりして下さい。長州の井上聞多〈ブンタ〉は、あれほどやられて生き返ったではありませんか」と慰めたが、翌日八ツ前後に斃れた。坂本の身辺が危険であるということは、新選組の近藤勇と意見を異にして脱退した伊藤甲子太郎〈カシタロウ〉が屡々忠告し、土州屋敷に入れと勧告したが、坂本は千葉周作門の塾頭を勤めた縁故から、当時京都桶町〈オケマチ〉に道場を開いて桶町千葉と言われた千葉周作の弟定吉〈サダキチ〉の娘さな子という(竜子ともいう)美貌で剣道に達した愛人があって、窮屈な土州屋敷に入るのを嫌がっておった為に、この兇変に遭遇した。坂本と中岡の下手人は近藤勇と土方歳三〈ヒジカタ・トシゾウ〉だとも言い、あるいは京都所司代与力今井信郎〈ノブオ〉だとも伝えられ、田中も遂にそれを確かめることができなかったと話しておったが、本県相良町〈サガラチョウ〉〔静岡県榛原郡相良町〕に隠棲した今井信郎が、後年自から人に語って坂本、中岡の刺客であったと告白したという。今井の子健彦〈タケヒコ〉は、関東方から出て代議士〔衆議院議員〕に当選し、私〔村岡〕も交際したことがあるが、最近その消息を聞かないから物故したであろう。
 高杉と共に松蔭門下の高足〈コウソク〉と唄われた久坂玄瑞は、元治〈ゲンジ〉元年〔一八六四〕七月十九日、京都堺町御門の戦い〔禁門の変〕に鷹司〔輔煕〕関白邸で重傷を負って切腹(享年二十六才)したが、久坂に対する田中光顕の談話は、
「あれは医者の伜〈セガレ〉で、背も高くはなく、しかも痩せていて顔色もよくはなかったが、上品で沈着な男だった。学問もあり、識見も高く友人間には信望が厚かった。蛤門の戦いが終ってから、その遺骸をたずねたが判らない。越前の桑山重蔵という男が、それらしい八人の首級を京都寺町頭鞍馬口〈テラマチガシラ・クラマグチ〉の上禅寺〔ママ〕の境内に、樽詰めにして葬ったという話を聞いて早速調べて見たところ、久坂と同時に戦死したものの首が七ツあって久坂だけがない。寺のものに聞合せると、その首を埋めると間もなく一人の若い女が来て、一つだけ持ち帰ったと判った。そんな訳で久坂の首はとうとうどこかへ紛失してしまったが、多分彼の愛人が窃かに〈ヒソカニ〉持ち去ったのであろう。明治になってから、京都の芸妓に久坂の産ませた男の児があるという噂が立ったので、友人達が集まってその子供の首実験をした結果、確かに久坂に似ているというので、養育費を出し合って育てたが、親爺程の英物ではなかったと見えて、どうにかなってしまった」と興味ある話である。【以下、次回】

 若干、注釈する。文中、「長州の井上聞多」とあるのは、井上薫のことである。井上は、文久三年(一八六三)九月、俗論党に襲われ、瀕死の重傷を負ったことがある。
 また、「今井の子健彦」とあるのは、衆議院議員、東京毎日新聞社社長などを務めた今井健彦(一八八三~一九六六)のことである。「京都寺町頭鞍馬口の上禅寺」とあるのは、京都市北区の浄土宗上善寺のことであろう。

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