礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

怒った五島昇は松田令輔に相談した

2017-05-18 04:41:23 | コラムと名言

◎怒った五島昇は松田令輔に相談した

 先日、新井喜美夫氏の『転進 瀬島龍三の「遺言」』(講談社、二〇〇八)という本を読んだ。いろいろ知らなかったことが学べ、私にとっては有益な本であった。
 半分ほど読んだところで、この本についての、アマゾンのレビューがどうなっているのかを確認したところ、あまりに評価が低いので驚いた。☆ひとつ十一人、☆☆四人、☆☆☆三人、☆☆☆☆一人、☆☆☆☆☆一人(この数字は、二〇一七年五月一七日現在のもの)。つまり、評価が下方に集中していたのである。
 ☆ひとつとされている方のレビューを読むと、「題材が瀬島でなければ、自費出版のレベルだと思う」(なべゆーこ)、「著者と瀬島龍三の親交と、自分の自慢話だけで終わっている」(暗夜の鷹)、「多分に妄想や耄碌が入り込んでいるのではなかろうか」(ぽぽたろ)、「明白な歴史的事実に反している内容を、歴史的証言として発刊した出版社の良識を疑わざるを得ない」(わんわん)、「こんなものを活字化した講談社およびその編集者の見識を疑わざるを得ない」(kajiT)、「今後、この社の本には十分気をつけることにした」(othello2)、などの厳しい言葉が並んでいる。
 著者、編集担当者ともに、大きく傷ついたことと推察する。
 では、この本は、そこまで酷評されなくてはならないような本なのだろうか。タイトルやオビを見て、瀬島龍三の知られざる証言、瀬島龍三に関わる新事実などを期待した読者にとっては、たしかに「期待外れ」の本だったかもしれない。しかし、新証言・新事実を期待せず、戦後における政財界の流れ、そのウラ話などを紹介した本として、これを読む場合には、けっこう有意義で興味深い本なのではないだろうか。以下、そのあたりのことについて、書いてみたいと思う。
 ところで、本書二五六ページに、次の一節がある。

 怒った五島は、東京裁判で東急ホテルチェーンの会長でもあった星野直樹の弁護人を務めた弁護士に相談した。
「どうなんだ。訴訟に持ち込めば、勝てる可能性はあるのか」

 ここで、「五島」とは、東急グループの総帥・五島昇(一九一六~一九八九)のことである。一九六六年に起きた「東京ヒルトン事件」にからむ話の一部である(当時、五島昇は東急電鉄社長)。
 いま、同事件について説明するつもりは全くない。ただ、上記の一節を読んで、私は、この本は、新井氏の口述をもとに、専門的なライターがまとめたものに違いないと確信した。なぜなら、もし、新井喜美夫氏本人が、この部分を、みずから書いたとしたら、こういう不正確な表現はせず、次のように書いたと思うからである。

 怒った五島昇は、東京裁判で星野直樹の弁護人を務めた弁護士で、東急ホテルチェーンの会長でもあった人物に相談した。
「どうなんだ。訴訟に持ち込めば、勝てる可能性はあるのか」

 つまり、二五六ページの原文は、「東京裁判で」の位置が適切でない。この文章をまとめたライターは、十分に有能だったと思うが、この箇所に関しては、新井氏の真意を理解し損っている(チェックを怠った新井氏にも、もちろん責任がある)。
 なお、もし、このライターに探究心があったとしたら、東京裁判で星野直樹の弁護人を務めた弁護士の名前を、新井氏から聞き出し、文章を次のように書き直したことであろう。

 怒った五島昇は、東京裁判で星野直樹の補助弁護人を務めた弁護士で、東急ホテルチェーンの会長でもあった松田令輔に相談した。
「どうなんだ。訴訟に持ち込めば、勝てる可能性はあるのか」

 ちなみに、星野直樹(一八九二~一九七八)は、第二次近衛内閣で企画院総裁兼無任所大臣、東条内閣で内閣書記官長を務めるなどしたために、東京裁判でA級戦犯被告となり、終身禁固の刑を受けた(一九五八年、釈放)。東京裁判における星野直樹の主任弁護人は藤井五一郎で、アメリカ人弁護人はジョージ・C・ウィリアムス。補助弁護人はふたりいて、右田政夫と松田令輔であった。松田令輔(一九〇〇~一九八四)は、戦後、専売公社副総裁、北海道東北開発公庫総裁、東急ホテルチェーン会長などを務めている。
 それにしても、なぜ五島昇は、松田令輔に相談を持ちかけたのであろうか。あるいは、そもそもなぜ、松田令輔は東急ホテルチェーン会長を務めていたのだろうか。【この話、続く】

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