2015年5月31日 説教要旨
使徒の働き13:13、Ⅰコリント13:4~7
パウロの一行はベルガに行ったがヨハネはエルサレムに帰ったとあります。
使徒15:36~41を見ると、ヨハネがエルサレムに帰ったのは仕事のためであり、神の働きよりも仕事を優先したことがわかります。その結果、パウロはもうヨハネは連れて行かない方が良いと考え、メンバーから外すことにしました。しかし、バルナバは彼を引き受けてキプロスへと渡っていきました。
使徒12:12では、マルコと呼ばれるヨハネはエルサレムの裕福な家に生まれ、彼の家では多くの人々が集まり、祈ったり集会をしていたことがわかります。彼はおぼっちゃんだったのかもしれません。しかし、この後、テモテへの手紙4:11ではパウロは彼を役に立つ者と言っています。そして彼はマルコの福音書を書く者にになりました。これらのことからわかることは、ヨハネは失敗をしましたが、悔い改め、神に従い、大きく用いられていったということです。興味深いことですが、聖書に出てくる多くの器は失敗したり、罪を犯しているのですが、悔い改め、主に従っていき、逆に大きく用いられていっているのです。私たちは失敗する者であり、罪を犯してしまうものですが、大切なことは信仰を用いることであり、神は信仰に働かれていることです。
Ⅰコリント13章は愛について具体的に書かれています。(4)愛は寛容:他社の存在と行為を自分にとっての価値にとっての価値によってのみ判断しない、根本的に受け入れ続けること。(5)人のした悪を思わず:人の悪を記録しない、数え上げない(神はメモを取らない)。(7)がまんする:簡単にあきらめたり放棄しない。ヨハネの歩みをみても神が神の愛と忍耐をもって導いてくださったことがわかります。これから多くの人々が救われ、教会に集まって来られますが、私たちも自分に関しても他の人に関しても神の目で見れるように求めましょう。神はこれらの愛をもって私たちを導き、立て上げてくださっています。罪があったら悔い改めましょう。全てを感謝し、主に従いましょう。主はすべてを益にして用いてくださいます。
使徒の働き13:13、Ⅰコリント13:4~7
パウロの一行はベルガに行ったがヨハネはエルサレムに帰ったとあります。
使徒15:36~41を見ると、ヨハネがエルサレムに帰ったのは仕事のためであり、神の働きよりも仕事を優先したことがわかります。その結果、パウロはもうヨハネは連れて行かない方が良いと考え、メンバーから外すことにしました。しかし、バルナバは彼を引き受けてキプロスへと渡っていきました。
使徒12:12では、マルコと呼ばれるヨハネはエルサレムの裕福な家に生まれ、彼の家では多くの人々が集まり、祈ったり集会をしていたことがわかります。彼はおぼっちゃんだったのかもしれません。しかし、この後、テモテへの手紙4:11ではパウロは彼を役に立つ者と言っています。そして彼はマルコの福音書を書く者にになりました。これらのことからわかることは、ヨハネは失敗をしましたが、悔い改め、神に従い、大きく用いられていったということです。興味深いことですが、聖書に出てくる多くの器は失敗したり、罪を犯しているのですが、悔い改め、主に従っていき、逆に大きく用いられていっているのです。私たちは失敗する者であり、罪を犯してしまうものですが、大切なことは信仰を用いることであり、神は信仰に働かれていることです。
Ⅰコリント13章は愛について具体的に書かれています。(4)愛は寛容:他社の存在と行為を自分にとっての価値にとっての価値によってのみ判断しない、根本的に受け入れ続けること。(5)人のした悪を思わず:人の悪を記録しない、数え上げない(神はメモを取らない)。(7)がまんする:簡単にあきらめたり放棄しない。ヨハネの歩みをみても神が神の愛と忍耐をもって導いてくださったことがわかります。これから多くの人々が救われ、教会に集まって来られますが、私たちも自分に関しても他の人に関しても神の目で見れるように求めましょう。神はこれらの愛をもって私たちを導き、立て上げてくださっています。罪があったら悔い改めましょう。全てを感謝し、主に従いましょう。主はすべてを益にして用いてくださいます。
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