説教要旨とみことば

いのちの冠福岡教会の礼拝説教の要旨と聖書のことばです。

主は私の羊飼い。

2010-12-30 09:39:43 | 説教要旨
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。

たとい、死の影の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。

あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

詩篇23篇1~4節

写真はガリラヤ湖


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賛美

2010-12-30 09:31:52 | 聖書の言葉
けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。

詩篇22篇3節
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罪人を招くために

2010-12-29 17:33:40 | 説教要旨
イエスはこれを聞いて言われた。

「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。

わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

マタイの福音書9章12~13節
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説教要旨

2010-12-27 09:38:42 | 説教要旨
2010年12月19日  説教要旨 第Ⅰコリント12章22~27節

(27)私たち一人一人はイエス・キリストを信じた時、新しく生まれましたが、その時教会の一部としても生まれました。神は教会を通して栄光、力を現されます。
一人一人それぞれ違いがあり、働きも違い、与えられている賜物も違いますが全体で一つのからだです。教会の中で気が合う人もいれば合わない人もいるでしょう。けれども、私たちはそれぞれお互いにみからだの一部であることを意識して覚える必要があります。個人で祈るとともに教会で祈ることもとても重要です。教会で心合わせて祈る時、神が働かれます。教会の祈りは強力です。「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちているところです。」(エペソ人への手紙1章23節)
何となく感謝がなくなったり、教会から引き離そうとしてくるのは信仰を失わせようとするサタンの働きです。私たちは意識してすべてのことを感謝し、教会の恵みの中を歩んでいきましょう。
私たちは各部分です。これから賜物が現わされていきますが、互いに違う部分であり、お互いに必要としていて助け合って一つのからだとして導かれています。
ペテロは教会の祈りによって奇蹟の救出がなされました。ザカリヤはたった一度神殿で祈る時が与えられましたが、この時神殿のまわりで人々が祈っている時(私たちに適用すると教会の祈り)、ザカリヤの前に天使が現れヨハネが生まれることが告げられたのです。
これから更に現される、教会を通してのたくさんの奇蹟を、共に見ていきましょう。
(文責・木本)
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愛は決して絶えることがありません。

2010-12-25 21:19:55 | 聖書の言葉
愛は決して絶えることがありません。


こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。

その中で一番すぐれているのは愛です。

コリント人への手紙第一、13章8、13節
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