例によって図書館から借りてきた本で、「ロシアの鉄道」という本を読もうとした。
ところがこれが実に読むに値しない代物で、途中で放棄してしまった。
あとがきや著者略歴を見ると、戦後国鉄に長いこと奉職していたらしいことは判るが、読み物の体をなしていない。
題名に惹かれて手にとって見たが、表と数字ばかりで、完全なる専門書の類で、一般向けの読み物ではあり得ない。
中学生の自由研究の域を出るものではない。
それでも私が強烈に興味を持った部分があった。
1917年のロシア革命の時、スイスに亡命していたレーニンが、封印列車でペテログラードに戻ったという部分である。
この封印列車というのが今まで意味不明であった。
ところがこの本を読んでなるほどなと思えることは、このときドイツとロシアは交戦国同士であったので、捕虜交換という意味で列車そのものを治外法権としてあつかったということがわかった。
ドイツのもくろみとしては、共産主義の指導者としてレーニンをロシアのペテログラードに送り込んで、ロシアを内部から崩壊させようという魂胆であったに違いない。
事実、それは功を奏してロシア帝国は内部から革命という内部崩壊を誘発して帝国としては消滅した。
この本の欠陥は、そういう歴史的事実にたいして、個人、つまり作者の主観が全く入っていないので、書き手が何をどう考え、どういう風の思っていたのかという部分がないので、面白味に欠けるのである。
事実を事実として何の虚飾も付加せずに羅列したところで読む側としては好奇心が刺激されない。
それにしてもレーニンの封印列車は歴史的には非常に興味ある出来事だと見なしていいし、それが捕虜交換であったとしたら、当然ロシア側からドイツに返された人たちもいたはずで、そういう部分を物語に仕立てたらきっとおもしろい話ができあがるに違いないと思うが、どうも聞いたことがない。
この本によると、スイスを出たレーニンはドイツを南から北に抜け、スエーデンからフインランドを通ってペテログラードに向かったようだが、この一番肝心な部分の説明が抜け落ちている。
封印列車というのはドイツ領内のみのことか、それともペテログラードにつくまで完全に封印されていたのか、という部分がきわめて説明不足だと思う。
それと、この本の図版が不思議なことに向こうの切手で表されている。
これは一体どういうことなのであろう。
生の写真が撮れないということなのであろうか。
写真機で、機関車や列車の写真を撮ると、そぐさまラーゲリに送られるということなのであろうか。
切手の収集家が、切手で自分の思いを表現するというのならばある程度は納得できるが、一般読者の立場としては、生の写真で巨大な機関車や壮大な列車の勇姿をみたいではないか。
著者にしてみれば、自分で本を出そうと考えた時点で、読む側のことも当然考えているものと思うが、それをしていないということは生の写真が撮れない、あるいは使えないという制約があったものと推察せざるを得ない。
だから写真を使いたくても使えず、公開された切手の図版でその役を果たそうとしているのであろうか。
共産主義国では機関車や列車の写真も国家機密になるわけで、そういう国に夢と希望を託した我が同胞の知識人、教養人の存在を今どう考えたらいいのであろう。
機関車や列車の写真も国家機密になるということは、ただただ人を収容所に送り込むための理由付けであって、収容所に人を送り込むためにはどんな理由でも構わないわけで、そういう不合理がまかり通っていたから期せずして崩壊したということであろう。
この著者の略歴を見ると、東京外語のロシア語課を卒業して国鉄に入社しているが、これが満鉄の入ったというならばまだ納得できるが、国鉄に入社したということは、国鉄内部から組織を崩壊に導いたのではないかとさえ勘ぐりたくなる。
なんだか胡散臭いものを感じないわけにはいかない。
ところがこれが実に読むに値しない代物で、途中で放棄してしまった。
あとがきや著者略歴を見ると、戦後国鉄に長いこと奉職していたらしいことは判るが、読み物の体をなしていない。
題名に惹かれて手にとって見たが、表と数字ばかりで、完全なる専門書の類で、一般向けの読み物ではあり得ない。
中学生の自由研究の域を出るものではない。
それでも私が強烈に興味を持った部分があった。
1917年のロシア革命の時、スイスに亡命していたレーニンが、封印列車でペテログラードに戻ったという部分である。
この封印列車というのが今まで意味不明であった。
ところがこの本を読んでなるほどなと思えることは、このときドイツとロシアは交戦国同士であったので、捕虜交換という意味で列車そのものを治外法権としてあつかったということがわかった。
ドイツのもくろみとしては、共産主義の指導者としてレーニンをロシアのペテログラードに送り込んで、ロシアを内部から崩壊させようという魂胆であったに違いない。
事実、それは功を奏してロシア帝国は内部から革命という内部崩壊を誘発して帝国としては消滅した。
この本の欠陥は、そういう歴史的事実にたいして、個人、つまり作者の主観が全く入っていないので、書き手が何をどう考え、どういう風の思っていたのかという部分がないので、面白味に欠けるのである。
事実を事実として何の虚飾も付加せずに羅列したところで読む側としては好奇心が刺激されない。
それにしてもレーニンの封印列車は歴史的には非常に興味ある出来事だと見なしていいし、それが捕虜交換であったとしたら、当然ロシア側からドイツに返された人たちもいたはずで、そういう部分を物語に仕立てたらきっとおもしろい話ができあがるに違いないと思うが、どうも聞いたことがない。
この本によると、スイスを出たレーニンはドイツを南から北に抜け、スエーデンからフインランドを通ってペテログラードに向かったようだが、この一番肝心な部分の説明が抜け落ちている。
封印列車というのはドイツ領内のみのことか、それともペテログラードにつくまで完全に封印されていたのか、という部分がきわめて説明不足だと思う。
それと、この本の図版が不思議なことに向こうの切手で表されている。
これは一体どういうことなのであろう。
生の写真が撮れないということなのであろうか。
写真機で、機関車や列車の写真を撮ると、そぐさまラーゲリに送られるということなのであろうか。
切手の収集家が、切手で自分の思いを表現するというのならばある程度は納得できるが、一般読者の立場としては、生の写真で巨大な機関車や壮大な列車の勇姿をみたいではないか。
著者にしてみれば、自分で本を出そうと考えた時点で、読む側のことも当然考えているものと思うが、それをしていないということは生の写真が撮れない、あるいは使えないという制約があったものと推察せざるを得ない。
だから写真を使いたくても使えず、公開された切手の図版でその役を果たそうとしているのであろうか。
共産主義国では機関車や列車の写真も国家機密になるわけで、そういう国に夢と希望を託した我が同胞の知識人、教養人の存在を今どう考えたらいいのであろう。
機関車や列車の写真も国家機密になるということは、ただただ人を収容所に送り込むための理由付けであって、収容所に人を送り込むためにはどんな理由でも構わないわけで、そういう不合理がまかり通っていたから期せずして崩壊したということであろう。
この著者の略歴を見ると、東京外語のロシア語課を卒業して国鉄に入社しているが、これが満鉄の入ったというならばまだ納得できるが、国鉄に入社したということは、国鉄内部から組織を崩壊に導いたのではないかとさえ勘ぐりたくなる。
なんだか胡散臭いものを感じないわけにはいかない。