横田予防医学研究所

現代医学で原因未解明とされている慢性諸病は
今だ本当に解明されていないのか?
その答えを述べたいと思っています。

座して死を待つのか? それとも・・・その69

2008-06-29 10:30:31 | Weblog
 ただ、日本人独特の習性であるのか?この点は私にも良く判りませんが、概して薬好きな人が多いようなのです。薬及び医師に対する信頼が高く(これらの信頼が低いようでは困るわけですが)、受診し薬を貰うだけで半分治ったかのごとく安心される方が多いようです。

 日本の医師と外国の医師の違いとして、処方して出される薬の種類数にかなりの差異のあることが言われています。
 日本人の医師の方が一人の患者に処方する薬の種類数が遥かに多いのです。

 この差異は、日本の場合には、患者の症状を訴える言葉を聞き取り、その症状毎に薬が処方されるシステムとなっています。したがって、自ずと処方される薬の種類が増えることになるようです(このことは、正に対症療法が行われているということを如実に示すものであるわけです)。

 一方、外国では、患者の症状を聞き、その人の病気の主たるものは何かを医師が判断して、その主たるものに対する薬のみが処方されるのだそうです。
 この場合も、根本療法とは言い難いものの、服用する薬の種類が増えれば副作用の害も増えるなどのことも考えますと、日本の方法より優れているのではと私は感じます。

 ブラックユーモアとでも言いうるものかも知れませんが、皆さんは次のような話を耳にされたことはありませんか・・・
 病気を治してもらうため医師に受診しあれこれと長々症状をしゃべったら、馬に食わせるほど多量の薬が処方された。
 医師に言われた通りにそれらの薬を服用していたところ、ますます病気は悪化してきた。
 心配になってきてどうしようか思案して知人に相談したところ、「それらの薬を服むのを止めれば病気は治るよ」と言われ、その通りにしたら病気が治ったというな話です。

 すべてのケースで上記のように上手く事が運ぶわけではもちろんありませんので、その点はくれぐれも勘違いをなされないようにして頂かねばなりません。
 しかし、慢性病の場合、対症療法で目前の苦痛の症状が緩和されたとしても、現行の医療では、あとは自然治癒力とでも呼びうるものが発揮される余裕の有無まかせというものに近いものがあります。
 数多くの種類の薬を服むことで、その副作用などで、自然治癒力が発揮される余裕の奪われてしまうことすらあると推測されますので、上記の話はあながちまったくの嘘とも言い難いものを私は感ずるのです。
 病気とは何か、その予防・治癒を上手く図るためにはどうすべきかということを、個々人がもっとよーく考える必要がある時代になってきているのではと私は強く感ずるのです。